What makes you cry?
当然ながら子供用の靴なんてものもなかったし、今まで大丈夫だったんだからこれからも大丈夫だろうと都合よく解釈して、足にはきつめに包帯を巻いただけでそのまま歩かせた。
ホテルを出てとりあえず駅のほうへ向かう。そのあたりに商店街があったはずだ。
ガキは目にするものすべてが珍しいのか、あっちへふらふらこっちへふらふら落着きがなく、ガラス片でも踏みつけたらまた面倒だと思ってそのたびに手をひいてそばに戻さなくちゃならなかった。
小さい手。
そういやさっきこの手が俺の財布をかっぱらっていこうとしたのだと思うと複雑な気持ちになった。なんでこんなところで慈善活動なんかしてるんだ。捨てていこうか。
だがそのときガキがふらふら向かっていったのがパン屋だったので機会を逃した。
「ちっ」
仕方なく後を追ってガキが開いてる左手でべちべち叩いているドアを開けてやる。
とっくに昼時は過ぎていて、店の中には退屈そうな顔をした売り子しかいなかった。俺の顔を見たとたんものすごい笑顔になったが、アメデーオの所へ行く前にもう昼食はとり終えていたから俺はクロワッサンを2つだけ買うにとどめた。
ありがとうございましたー、とそれでも嬉しそうな売り子の声を締め出すようにドアを閉める。女ってのはまったく…
片方のパンをガキに与えてそのへんにいくらでも広がっている畦の一角に腰を下ろす。真似をしてガキもよじ登ろうとするが、右腕をつっている上にパンを握っているのでなかなか上手くいかない。
しばらくほうっておいたが視界の端でちょろちょろうるさいので手を出した。
「ほらよ」
襟首掴んでひきあげてやる。腰を落ち着けるとガキは足をぷらぷらゆすりながらパンをこねくり回し始めた。
それを横目にパンをかしるとオリーブオイルの味が口の中に広がった。まあまあだな。もう一口かじって振り返るとガキがまじまじと俺の口元を凝視していた。
俺と目が合うとやはり真似てか大きく口を開けてあむりとパンを口に押し込んだ。
もしこれが、スリをしていたのが、男だったなら迷わず半殺しにしていただろうし女だったとしても張り倒すくらいはしただろう。俺は例えばボスやルーカなんかに比べりゃ物欲も執着心も薄いほうだが、自分のものを故意に奪取されるのは我慢ならない。
手足の手当てをしてやりパンまで買い与えてやったのは、これが子供で、しかも傷を負うことに無感動であるという点に興味を覚えたからだった。
だからガキが泣きだしたことで俺は大いに狼狽した。
「おい………」
ガキが瞬きするたびにぽろぽろ涙が落ちていく。なのに肝心のガキ自身は苦悶の表情を浮かべるでもなく哀惜の色を見せるでもなく黙々とパンをかじり続けているのだ。
心底気持ち悪い。
俺は顔をしかめた。
このガキがどんな状態にあろうがこれ以上ここに俺がいる必要はない。言葉も通じないスラムのガキを拾って面倒見てやらなきゃいけない理由なんてないだろう。腹を満たしてやっただけで充分だ。
このガキ天性の女優なのかもしれねえし。
もう帰ってしまおうか。そう思うのになぜか脚が動かない。
「おい」
もう一度強く呼んでも無視された。
イラッとして親指で近いほうの頬を乱暴にぬぐうとようやくきょとんと見上げられる。ぬぐったそばからまた涙があふれてくるのできりがない。
黒い目と透明な水。
気づいてないのか、と分かった。自分に与えられた痛みにも、自分が泣いていることにもこのガキは気づいていないのだ。だから麻酔も打たれていない右腕を抱えてぽろぽろ泣きながらパンをかじるなんてことができるのだ。
ガキがパンを食べようと口を開くとそのたびにあふれた涙が体内へと侵入する。ガキはそのままパンをかじる。ぶらぶら揺れる小さな足。
脚がやっと動いた。