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Love me, Kitty!!  作者: りほ
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1.What is this?

どこもかしこも埃と汗と泥のにおいばかりで俺は正直あんまり気分がよくなかったがしかたない。瓦礫とごみの山を踏み越え足早に歩いて目当ての情報屋のドアを叩く。

中から出てきた男は俺を見るなりにっこりと笑った。「はい、写真」そして挨拶のようにぐりぐり俺の頭をかいぐるので一発殴って封筒を押しつける。


「約束の100シュテルだ」

「なんだい、シュテルって。俺はランゲで欲しかったんだけどなあ坊」

「その呼び方やめろ。ランゲで20万だ、十分だろ」


アメデーオは頬を撫でながら「そりゃありがたい」と言って一度中にひっこんだ。俺も律儀に彼が出てくるのを待つ。出てきたときには薄汚いコーヒーカップに並々と茶色い液体を注いだものを二つ手に持っていた。


「飲みな。ここまで大変だっただろう」

「んなわけねえだろ、俺がこんなスラムでなにが大変だって言うんだ」

「坊は優しいからさ、ほら、行き倒れてる連中のこと、放っておけなかったり」

「アホかお前はマフィアがそんな慈善活動するわけねえだろが」

「はっは、まあそれは冗談として。最近このへんに上手いスリがでるんだよ。特にこのあたりを抜け道に使う街の連中がよく被害にあっててね」


コーヒーとは思えないほど薄い味の飲み物をちびちび喉に流し込みながらアメデーオの話を聞き流す。

凄腕の情報屋としてマフィアに名を轟かせてるくせに、どうしてアメデーオがいつまでもこんなトコロでぼろ屋に住み続けているのかさっぱり分からない。トタンの屋根は今にも飛んではがれそうだし、このコーヒーカップだって元は白かったんだろうにそこの方は茶色く変色してる つーかどこで拾ったんだこれ?


「マフィアの人たちも何人かスラれてるよ」

「雑魚だな。お前は犯人知ってんだろ、すばしっこいのか?」

「売ってないだけ。ここの子だしね」


ふん、と鼻を鳴らしてコーヒーもどきを飲み干すと、そのカップを返してアメデーオに背を向ける。


「じゃあな、坊」

「坊じゃねえ!」


アメデーオは甘い。下っ端とはいえマフィアが被害に遭ってるならそのスリはすぐ殺されるだろう。





舗装どころか瓦礫も取り除かれていない、道とも言えないような道を下る。

この辺は低所得なんてもんじゃない、無所得のヤツらばっかりが住んでる、エメリア共和国の中でも1,2をあらそう巨大スラム街だ。灰色の街並みと風にはためく褪せた色の服、それに炊き出しの白い煙が全ての集落。

こんなところ、アメデーオがいなけりゃ来るもか。うちのとこはファミリー拡大のために孤児を攫ってくるほど困窮してないし、俺の家は3代前からマフィアだ。スラムとは本当に関係がない。

ざくざく砂利を踏んで歩いていると、俺の服に目をつけて物乞いどもがわらわらと寄ってきた。汚い服と顔。すがりついてくる手をふり払いながら進む。これだからスラムは嫌いだ、人間から尊厳まで奪い取っていきやがる。


ボスの機嫌をそこねて謹慎処分をくらってからすでに5ヶ月。俺たちは暇を持て余している。

どうでもいい連中さえ殺せなくなってヒステリーばかり起こしてうるさい奴や、未練がましくボスに謝りにいっちゃ追い帰されていじけている奴や、将来を悲観して自殺の計画を立てることを趣味にし始めた奴や、あーまったくなんなんだあいつらは!?本当に面倒くさい連中だな!静かなのは金儲けでフーベルに飛んでるルーカだけじゃねえか!

イライラして足元に転がっていた石を蹴っ飛ばすと見事に目の前にいた男の肩にぶつかって男はばったり倒れた。あーあ。死んだか。

興味もないのでそのまま身体をまたいで進んだが、その男の屍(仮)を超えたところでところどころ白髪も抜け落ちた老人の手が右からブーツにすがりついてきたのでそれを蹴りとばして退ける。

あーウゼェ。ため息ついてさっさと帰ろうと思ったところで左半身に違和感を感じた。

反射的に手をひるがえして身体の横をすりぬけようとしたモノをつかむ。「!」掴んだモノは予想外に細くてそのまま抜けられてしまうかと思いそれをねじりあげるようにして引き寄せた。


小さい。


「―――あぁ、おまえかスリってのは」


髪が顔を覆っていて見分けがつかないが、とにかく子供だった。掴みあげた手にはしっかり財布が握られている、俺のものだ。群がっていた乞食どもがなにかぶつぶつ言いながら(「おぉ神よ!」)波のように引き上げていく。


「てめぇ分かってんだろうな?マフィアに手ぇ出したら消されるんだぜ」

「・・・・・・・・・・・・」

「何とか言ったらどうだ?」

「・・・・・・・・・・・・」

「おいガキィ!」


ぐいと力をこめるとボキリと音がしたおいマジかよそんな強く握ってねえぞ。

泣かれるかと身構えたが、ガキはあいかわらず黙ったまま何も言わない。折れた手から落ちた財布を拾ってもう一度手元に戻す。

上を向いたガキの腕は鶏の脚のように細い。腕を折られれば大人だって呻くぐらいはするもんだが、このガキは何も言わない。大したもんだ、と思った。


「おまえ、家は」


だんまり。


「今までに盗んだ金はどこだ?」


だんまり。


「何も言わねえならここで叩っ殺すぞ!」


それでも無言。

折れた腕で吊るされているような状態でもガキはじっとしている。

がさがさに荒れた肌は子供のもんじゃない。端切れを結んだだけの服ともいえない布を被ったこのガキはスラムの中でも最低ランクの様相だ。

ぼさぼさの黒い髪をかき分けようとしたがあんまりに絡まりすぎてて苦労した。ようやく邪魔な髪をどけてガキの顔をさらてみると、ぐりぐりした黒い目はいたって静かで顔も痛みに歪んでるなんてことはなかった。


「痛くねえのか?」


返事はないだろうと思いながらも訊いてみる。掴んだ手に力を入れてみたが、ガキの表情はちらとも動かなかった。


「親、いんのか」


ガキはきょとんとした顔のまま首をかしげる。







にらみ合ったまま丸々3分。きゅうぅ、と気の抜けた音がした。


「・・・・・・・・・来い」




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