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逃げても、君は俺のもの

記憶を失った公爵様を、正論で殴り続ける

作者: 唯崎りいち
掲載日:2026/04/16

 記憶喪失の公爵の恋する相手を探す手伝いをさせられて——


 なぜか彼と婚約し、私を振った男たちを正論で叩き潰していました。


 私は偶然通りかかっただけの貴族令嬢なのに。


 倒れていたのが公爵様で、第一発見者だったばっかりに。


◆◇◆


「僕が誰か知ってるんだね、令嬢」


 倒れていた公爵様は記憶喪失だと言う。


「はい、ご自分でおっしゃっていました」


「倒れる前にか!?」


「いえ、以前お会いした時にです」


「以前にも会った事がある!? じゃあ、君が僕の恋してる人じゃないか!?」


「違います。散歩中に会って少し話した事があるだけです」


「少しだって話したことがあるんだろう? だったら確定だろう!」


 嬉しそうに私を見る。


「女性と話したことないんですか、公爵様」


「たくさんあるはず……覚えてはいないけど……」


「その全員が恋する方の候補ですね」


(容疑者が多すぎる……)


「ただ、僕は記憶を失ってはいるが、その人に告白するつもりで、ここに来たことだけは覚えている。それで、会ったのが君なんだ! だったら、君が僕の恋する相手だ!」


 『犯人はお前だ!』という感じのポーズで私を指差す公爵様。


(懐かしい、転生前には毎年、映画館に行きました)


「違います。私と公爵様はこの道でよく会いますが、私がここを通るのは休日と習い事がある曜日だけで、今日はそのどちらでもありません。今日、告白するつもりだったのなら、絶対に私ではありません」


「……違うのか……」


 公爵様が目に見えて落ち込む。


 私がここに来た時にはすでに公爵様は倒れていました。


◆◇◆


「……!」


(人が倒れている!)


(この服と背格好……見かけた事がある……公爵様だ!)


「大丈夫ですか?」


「う〜……!」


(生きてる! 良かった)


「……君は、……僕と結婚してください……!」


「え」


(……大丈夫じゃなかった。イカれてる)


◆◇◆


(それで、公爵様が自分は記憶喪失で、恋する方が見つかれば記憶が戻るかもしれないと言った)


(……私がその手伝いをする必要はあるんでしょうか?)


(人通りも少ない道で、他に人はいない。倒れていた人を一人には出来ない)


(だから、仕方ない)


「まず、倒れていた理由は何ですか? 心当たりがありますか、公爵様」


「全く覚えていないな……」


「身体のどこかに異変はありませんか?」


「いや、特にないな……」


「些細な違和感でもいいんです」


「君を見ているとドキドキする」


「心臓発作……持病があったんでしょうか……」


「君と話し出してからドキドキが始まったんだ」


「急に立ち上がったことによる動悸か……。と言うことは、公爵様はそれなりに長い時間——三十分以上は倒れられていたみたいですね」


 私は公爵様が倒れていた石畳の道を見る。


 石畳は濡れている。


「今朝は私が家を出る前に、石畳を濡らす通り雨が降っていました。その時間から公爵様が倒れていたなら、服も濡れているはずです」


 私は公爵様を見て、服に触れる。


 公爵様が赤くなって照れている。


「うつ伏せで倒れていた公爵様の背中は濡れておらず、前は濡れて汚れた部分もある。石畳の地面は人型に渇いた部分もなく、全て濡れている」


「公爵様は、雨が降った後の一時間から三十分前の間に、ここで倒れたようですね」


 公爵様が目を見張る。


「その間にここを通る人物に告白するつもりだったのでしょう」


「……そうとは限らないだろう。君を待っていたのかもしれない」


「たまたま通りかかっただけで、今日は、私がここを通る日じゃないんです」


「けれど、君の通る曜日を僕が知っていたとは限らないだろう。そんなにいつも会っていたのか……?」


「二、三ヶ月くらいでしょうか……」


「それなら君がいつここを通るか知らなかった可能性がある!」


 公爵様が自信ありげに反論する。


「恋する相手なら二、三ヶ月あれば何曜日に会うかぐらいは把握します。把握していないなら、可能性はありません」


 叩きつけられた事実に、公爵はたじろぐ。


「でも、君を見ているとドキドキするんだ!」


(また身体反応の話ですか)


「今の私を見てドキドキしていることは、過去に私に恋していたことの保証にはなりません。公爵様が、ただの気の多い浮気者の可能性が高いだけです」


「そ、そんなわけがない! 僕は君以外に恋をしたことはない!」


「記憶が戻ったんですか?」


「いや、でも絶対に君だ! 君しかありえない! 記憶がなくても僕の心が君を求めてるんだ!」


(誰にでも言ってそうなセリフね)


「証拠を見せてください」


「……証拠か……」


◆◇◆


「初めて会ってから二、三か月だからと言って、最初から恋していたとは限らないだろう。途中から好きになったのなら、まだ曜日を把握できてなくてもおかしくはない!」


 公爵様が勝ち誇ったように言う。


「初めて会ってからじゃありません。公爵様に声をかけられてから二、三か月です」


「……声をかけたって……それが僕が君に恋してる証拠で、確定じゃないか!?」


 公爵様は嬉しそうに言う。


「だから、公爵様は、女性と話したことないんですか? 声をかけた女性は全員あなたが恋する人ですか? 浮気性の証拠が積み上がりましたね」


 私は冷たく否定した。


「ちょっと待ってくれ、声をかけたってことは、なにか君を好きだって意思表示する事を言ってたんじゃないのか?」


「『やあ、よく会うね。一緒に散歩しない』って、ナンパ男みたいな事を言われました」


「それは……! ……うん、そこを深追いするのはやめておこう」


 公爵様が目を泳がせる。


「……ただ、『よく会うね』と僕が言ったのなら、ずっと前から君を知っていたんだ!」


「そうですね。会う曜日も把握する気のない程度の薄い興味で、『よく会うね』と声をかけてきたんです」


「あ……う……」


 追い詰められたように小さくなりる公爵様。


「いつも女性たちと散歩していたのに、珍しく一人だと思ったら、公爵様に声をかけられたんです」


「う……それは、令嬢も僕を見ていたって事だろう……!」


 公爵様は苦し紛れの一言を口にする。


「見たくなくても、男性一人が数人の女性に囲まれて歩いていたら目立ちます」


「……たまたま、そう言う日があっただけじゃないのか……?」


 私の正論に話を逸らした。


「毎回でした」


「う、毎回って、いつからだ。令嬢は僕をいつから知っていたんだ?」


「公爵様が毎回女性と歩いていたのは四か月くらい前からで、私が公爵様を知ったのは一年くらい前からです」


「は、話が違う! 令嬢はやっぱり僕を見ていたんじゃないか!」


「そうですね。でも、私が公爵様を見ていたからって、公爵様は他の複数の女性といたんですから、私に恋していたと言うことはありません」


 公爵が一瞬沈黙して、真面目な顔で言う。


「……君は僕に恋していたんだね。四か月前に僕が複数の女性を連れてくるまで……! これは間違いない!」


「私が公爵様に恋していることと、公爵様が恋する人とは関係ないことです」


 公爵様の顔が私の言葉の意味に気づいて輝く。


「『恋している』って認めたね、令嬢! なら、僕が今日ここで告白すると知っていたら、君は気になって必ず、今日ここに現れたはずだ!」


 またもや『犯人がお前だ!』ポーズ。


「そうです。公爵様の恋する人は私では無い事を、自ら証明されましたね」


 公爵様はキョトンとする。


「え? だってこんなに君を見てるとドキドキするのに……」


「昨日、公爵様は、『明日のこの時間にここで告白する』とおっしゃっていました」


「この時間って……誰も通らないじゃないか」


「そうですね。誰に告白するつもりだったんですか?」


「それを僕も知りたい!」


「「……」」


 私と公爵様は沈黙する。


 辺りを見回すが誰もいない。


「これだけ待っても来ないなんて……もしかして、公爵様に恋する人なんていなかったのでは……?」


(恐ろしい事実に気づいてしまった……)


「でも、君に『明日のこの時間にここで告白する』と言ったんだろう? 具体的すぎる! この時間のこの場合で何かあるはずだ!」


 公爵様は青くなりなが必死で答えを探す。


「……実際にあったのは、公爵様が倒れて記憶喪失になった事です」


 ハッとした公爵様が、鋭い目つきをする。


「……違う。令嬢が、来なくていい日なのにここに来たんだ!」


「……それは、公爵様が恋する人がいるって言うから……」


 公爵様は人差し指をピンと伸ばす。


 より鋭く『犯人はお前だ!』と立てられた指を私に向けた。


「つまり、君はおびき出されたんだ、僕に!」


「!!」


 私は驚いた。


「僕は、君に告白するために、君をここにおびき出したんだ!」


 腕組みした公爵が最終的な答えであるかのように、私につきつける。


 私は、一度深く呼吸をする。


「……それは飛躍です。私がおびき出されたとして、公爵様が告白するつもりだったとは言えません。そんなことしなくて、昨日、言えばいいだけでしょう」


 公爵様がうなだれた。


「……言えない……」


「なんでですか?」


「こんな理詰めされたら、きっと怖くて何も言えなくなるはずだ……」


 公爵様は心底私に怯えているようだった。


「……じゃあ、私のこと好きなはず絶対にないじゃないですか……」


(今までの反論はなんだったの?)


「……違う! だから、きっと僕の事を好きだって確信して告白するために、おびき出す必要があったんだ!」


 公爵様は誤解を解こうと必死に言うが……。


「情けないですね」


 公爵様は正論に俯くが、暗い瞳に光が宿る。


「……感情論はいい。理屈しか聞かない……」


(……公爵様が、変わった……。ふふ……面白い!)


「情けない公爵様は、恋する人ってエサで私をおびき出す必要があったんですね」


(情けない人であることは認めて貰いましょう)


 公爵様は一瞬たじろいで、まだ諦めない。


「……そうだ。その動機は、君に告白するため! それしか考えられない!」


「そうとも限りません。公爵様はさっき私を『怖くて』とおっしゃいました。『いつも偉そうにしてるくせに、僕を好きだったのか、バーカ』と言いたかったんじゃないでしょうか?」


 公爵様が止まる。


 そして、


「ちょっと待って、君は僕を好きって言ったのに、そんな事を言う男だと思っているのか!? そんな奴が好きなのか!?」


 情けなく抗議する。


「情けない男は好きみたいなので」


 私はため息混じりに言う。


(好みはそう簡単に変えられません)


 公爵様が真っ赤になる。


「……もう僕がどんな男でもいいなら、僕が君に恋してる事も受け入れてくれてもいいだろう」


 静かな声を真っ直ぐ私に向けてくる。


 私は考える。


「……公爵様は記憶喪失で、恋する方が見つかれば記憶が戻るかもとおっしゃっていたのに、記憶が戻っていません。公爵様自身が私が自分の恋する人だと納得していないのではないですか?」


「違う。僕の心臓は君といるとドキドキしっぱなしだ! 君以外のはずがない!」


「他の病気では……?」


「……違う。起き上がったから動悸がしたんじゃない。君へのドキドキなら倒れていた時間が違う……。令嬢に発見される直前に倒れた可能性もあるんだ」


「仮にそうだとすると、一時間前から私が見つける間なら、いつでも犯行(倒れる事)可能ですけど……。何か?」


「そうだ……僕は見ていたんだ……隠れて僕が告白するのを見ようとしている令嬢を!」


「え?」


「令嬢が可愛くて……嬉しくて。僕はすぐにでも令嬢に告白したくて。走って転んだんだ……そして、頭を打って記憶喪失に……」


「思い……だしたんですか……」


「ああ、すっかり」


(記憶が戻ったなら、私が手伝う必要はない)


「それは、良かったです。では、私はこれで……」


 そう言って私は踵を返す。


「ちょっと待って! 僕は記憶って証拠を取り戻したんだ、君に恋してる事を証明した」


 公爵様が私の腕を掴む。


「……それはあり得ません」


「な、なんでだ……? 本人が言ってるのに……」


 何か、隠された事実があるのかと公爵様は緊張する。


 私は絶対の証拠を答える。


「私が好きな人は、私を好きにならないんです」


 公爵様の緊張が緩む。


「……全然、理屈が通ってないじゃないか……。僕が、君を好きな最初の一人で最後まで離さないだけだ」


 公爵様は優しい口調で言って、少し赤い顔の私を抱きしめた。


◆◇◆


「令嬢、僕と結婚してください」


 満面の笑みで公爵様が言う。


「嫌です」


 私はいつもの表情で断る。


「この流れで、なんでだ!?」


 全身を使って驚く。


「公爵様は複数の女性と歩いていました。そんな人とは結婚できません」


 私は、はっきりと突きつける。


「誤解だ! あれは婚約者候補として無理矢理押し付けられていて……三か月だけ、自分で相手を探すって猶予をもらって、今日が最後の日だったんだ……」


 公爵様が必死で説明する。


「三か月もあって、何やってたんですか?」


 呆れて言うと、公爵様は項垂れた。


「君に論破されてた……」


「情けない……」


(でも、それが私の好きな人のようです)


「でも、令嬢は間違っている」


「はい?」


「僕と君がこの道ですれ違うようになったのは一年じゃない。三年前からだ」


「さ、三年!?」


 全然知らない事実だった。


(私は三年前からこの道を通るようになったけど……)


「一年前は、『いつも偉そうにしてるくせに、僕を好きだったのか、バーカ』と言われて、君が振られた時だ。僕が夜会で偶然見かけたんだ」


「はい。この道を歩いていたら、振られた所を見られた人がいたのに気づきました」


 公爵様が微笑む。


「やっと僕に気づいてくれて嬉しかった……!」


 公爵様の笑顔が眩しくて……


「……あの二年も前から……って、公爵様は何やってるんですか? もっと早く言ってくれれば、あんなこと言われて振られなかったのに……」


 私は思い出して目頭が熱くなる。


「そうやって泣いてるところを僕が必ず守るって決めたのに、ごめん。僕が夜会でアイツに会ったら。今度は令嬢の素晴らしさを伝えるよ」


 公爵様が優しく言ってくれた。


「公爵様……十人くらいいます」


「そ、そんなに……分かった……。令嬢、それじゃ、僕と結婚してください」


「はい」


 私は真っ赤になって、でも、笑顔で答えた。


「令嬢……笑えたんだ……」


 公爵様も笑って抱きしめてくれた。


◆◇◆


 その後、公爵様と私が婚約して夜会に行く。


 悔しがる女たちを横目に、私を振った男たちは公爵様に同情した。


「公爵ともあろう方が、なんであんな女と婚約したんですか?」


「もっと従順な女性の方が公爵には似合います」


「彼女は素晴らしい人だよ!」


「どこがですか?」


「えっと……いつも冷静で……」


「冷静すぎるんです」


「人間味がない」


「……」


 公爵様が黙ってしまう。


「公爵様、冷静でなければ、後ろに誰がいるのかもわからなくなるものですから、大事なことですよね」


 にこりと私が声をかけた。


 私を振った男たちが青くなる。


 公爵様の代わりに、私が正論で叩きつぶしておきました。


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― 新着の感想 ―
公爵の記憶を失った理由が面白い。 あのまま思い出さなければどうなっていたことか。
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