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第09話 天使と悪魔とマルロウ商会


 俺の首がその内もげるんじゃないかと前後に激しく振られる最中、馬車の速度が緩やかになり静かに停車へと向かうと――


「お待たせしました、みなさん。さぁ、着きましたで! ここが私の拠点、マルロウ商会でございます!」


 マルロロさんの快活な声が大きくこだました。


「……デ・デカッ!!」


 俺は思わずのけ反っていた。声量に驚いたのではない、この目の前に現れた……立派で大きな建築物にだ。

 重厚な石造りの建物。見上げれば三階四階、もっとある? 左右に目を向けると街で見た店々がいくつ入るのだろうという横幅。


「これはこれは立派なお屋敷ですこと。まるで言葉を失うほど積まれし石の塔ですわね」

「やるじぇねぇーかよオヤジ、なかなかに見事な館だぜ。さあ我々のために建てその頂をってか」


 サラフィアとアヴォリンまで見入ってるようだ。


 おじさんが今一度馬を操ると広々とした搬入口が姿をみせる。揃いの革エプロンをした従業員たちがテキパキと荷を捌いたり、滑車で上層階に引き上げたりしている。

 奥には馬を外された幌付きの馬車が何台も置いてあり、熱心に手入れをしてる者達までみえた。


「ふぇえええ……。まるで市場みたいだ」


 思わず声が漏れる。

 二頭立ての幌馬車といい、荷台にある数々の品といい、マルリーちゃんの身なりからも。それなりに成功してる商人の方だとは思っていたけども。

 まさかこれほどとは……。マルリーちゃんが俺を田舎者呼ばわりするわけだ。恐らくこの街でも指折りの大商会に違いない。


「おかえりなさいませ、おじさん!」

「あっ、これはおっちゃんご到着で。あとはうちらでやっておきます!」馬車が再び止まると軽快な声が飛び交う。


 改めて思った、おじさんの人柄を。トップがどうあるかで、ここまで如実に現れるものなのだと。その元で活き活きと働いてる人たちが何よりの証拠だ。

 おじさんの良さがそのままこの土壌になっているんだ……が気になる点が一つ。普通は旦那様だと思うのだけど、本当におじさんやおっちゃんと呼ばれていたんだね。土壌が広いね。



 香辛料や乾燥させたハーブ、羊毛などの匂いが入り混じった搬入場所をあとにすると、おじさんが客間まで案内してくれた――


「あの、おじさん……いやマルロロさん」


 俺はテーブルの前で深く腰を折り「ここまで連れて来てくださり、本当にありがとうございます!」

 頭を上げた後も言葉を続け――

「それに、色々とご迷惑をおかけしまして……。その、今は無一文ですけど、馬車のほろの件……いつか必ず弁償に伺わせてください!」


 むろん俺が壊した訳ではないが、来る途中で決めたのだ。とても親切にしてもらったのだから、その御恩は返さねばと。


 吹き飛ばした当の本人たちは。

「あら、ここからじゃ先程の美味しそうなお店が見えませんね」

「なんか喰いモンねぇーのか。下にはたんまりあったろうがよ」

 最後まで悪びれる様子ゼロ……まぁ期待は元々してないけどね。


 するとおじさんは俺を真っ直ぐに見つめ、一度大きく頷くと――ズサリッ!


「それよりも、どうぞこれを受け取ってください」


 丸みを帯びた革袋が一つテーブルの上に置かれる。おじさんに目をやると、にこりと笑いまた頷いて見せた。

 重みのある袋の中を覗けば……鈍い銀光ぎんこうを放つ硬貨がぎっしり。その数、二十枚、それ以上あるかも。


「い、いや! こんなの受け取れませんって! お世話になったのは俺ですし、ましてや弁償すると言ってる側が、貰う側になるなんて訳がわかりませんよ!」


 この世界の貨幣価値はまだわからないけど、これが安くないことくらいは肌で感じ取れる。

 慌てふためく俺をよそに、豪快ないつもの笑い声が部屋中を飛び交う。


「ガハハハハ! なにを水臭いことを言ってるんで! もうわたしらは、共にあの窮地をくぐり抜けた仲でしょーが! 弁償? 旅にトラブルなんて付き物付き物!」


 おじさんの太い眉とお腹がさらに揺れる。


「本来ならいつも腕利きの護衛をつけて行くんですがね、今回は近場だったものだから怠ったわたしも悪いんですで。でもまぁ……あの二人相手じゃ、護衛がいた所でどうにもならなかったでしょうがね、ガハハハハ!」


「はは……そ、そうですかね……」


 俺は苦笑いするのが精一杯だった。


「だから遠慮はいりませんで! それにこう言っちゃ失礼ですがねお兄さん。……お兄さんの今のその姿、世慣れていないというか、少々みすぼらしいでな」


「そうだよカデキお兄ちゃん! もっと服にも気を遣わないとダメだよ!」


 マルリーちゃんまで加わってきた……。

 確かに、異世界に転生した時の格好がシャツとズボンのみ。最初からちょっとみすぼらしかったけど、それに輪をかけて、あちこち汚れや痛んできてもいる。原因は後ろの二人のせいだけどね。

 汚したその両者が、俺の顔を左右から挟むよう同時に覗き込み。


「んだよカデキィ~~。くれるってんだから貰っときゃいいじゃねぇーかよ。なにグダグダ言ってんだよ。いらねぇーならアタシが受け取ってやんぜ」


「カデキ様、ご寄付というものは頂戴してもいいのです。富める者が貧しい者に施しをするのは当然のこと。でしたらわたくしが、有効活用してみせますわ」


 ……なんなんだ。悪魔や天使でもお金を欲するのか。この二人に渡したら即散財しそうだな。


「ま、まあ、お兄さん。なんにしても……先立つものが必要でしょうで」


 そういうと、おじさんの表情が少し真面目さを帯び。


「商人をしておりますと……品々の目利きはもちろんのこと、人を見る目も養われるんですよ。わたしには分かるんで。お兄さんの勇敢さやその誠実さ。いわばこれはお兄さんへの「先行投資」とでも思ってください」


「せ、先行投資ですか!」自然と俺の背筋にチカラが入る。


「まーたそんな畏まって、ええでええで! それに今後お兄さんが成長して、もしわたしが護衛など何かご依頼をお願いしましたら、多少はお安くしてくれるのでしょう?」


「そりゃもちろんですよ! むしろお金なんて受け取れません。無料で引き受けさせていただきますよ!」


 おじさんはそれを聞くや、くち元を少し緩め、俺においでおいでをし……

(そうこなくては。お兄さんに頼んだら後ろのお姉さん方も「最強の護衛」として一緒に得られるということになりますな。あんな規格外、普通は金貨数枚、いや数十枚は飛ぶでな。それをこの銀貨なら安いもんですで)


 小声で話し終えると「ガハハハハハハハ!」おじさんのお腹が飛びきり跳ねた。

 それに合わせて、マルリーちゃんもリズムよくおじさんのお腹をぺちぺち叩きながら笑っている。


 さ、さすがは商売人……。打算込みの先行投資ってわけね。なかなかの切れ者だ。

 でも、おじさんの性格を考えると打算は考えすぎかもしれないな。俺を気負わせないために、あえてそんなことを言ってくれたのかも。


「せんこーとおし! せんこーとおし! お父さん、せんこーとおしってなーに?」


「ハハハ、お兄さんに期待してるってことだでマルリー」


「そっか! うん、わたしもカデキお兄ちゃんに期待してるぅー! 強い冒険者? 魔法使い? ともかくギルドで有名になってねお兄ちゃん! きゃははは!」


 娘を肩越しに担ぎ上げると、親子は今日一番の屈託ない晴れやかな表情を覗かせてくれた。


「おじさん……マルリーちゃん……」


 両側でマジマジと覗き込んでいる、黙っていれば美しい両者をそっとどかすと立ち上がり――


「……わかりました。かの御恩と、この先行投資。必ずや――期待以上の形でお返しに上がります!」


 俺はおじさんとマルリーちゃんの想いが募るこの「期待の袋」を強く握りしめ、心からの謝意をその身に刻んだ。


「やっと手に取ったか。待ちくたびれたぜ。アタシ欲しいモンがあんだよ! とっとと街に繰り出そうぜカデキよっ!」


「わたくし翼の手入れと、先程のぱふぇなる物を食してみたいんですの! さあ参りましょうカデキ様ッ!」


 ……人がちょっとカッコ良く決めたのに、なんでこう台無しなこと言うかな。

 しかも俺を、金づるとかしか思ってなさそうだなこの二人。


「そ、それじゃおじさん! マルリーちゃん! ま、またねっ!」


 左右から強引に腕を掴まれ、半ば引きずられながら部屋をあとにする。


「成長を楽しみにしておりますで、お兄さん! ガハハハハ!」


「カデキお兄ちゃん、アヴォリュンとサラフィアのお姉ちゃんたちも……うん、またね! ちゃんと服も買ってねお兄ちゃん! じゃないと、また田舎者って言っちゃうからねっキャハハハ!」


 背中で温かい声と明るい笑い声が繰り返す。

 ありがとう、おじさん、マルリーちゃん。


 俺はこうして初めて自分の足で、未知なる異世界の街へと踏み出した――

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