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第08話 悪魔と天使と初の街


「……武具屋さんだ! おっ、あれは食べ物屋さんかな! あっ、こっちはオシャレなお洋服屋さん!? アクセサリー屋さん!?」


 馬車の荷台からグイッ!と身を乗り出し、俺は新鮮な風を全身で浴びていた。

 外の街道では時折お尻が浮くほど跳ねていた馬車も、レンガが整然と敷き詰められたこの道では滑らかに進む。


 そうここは『エリリコス』――異世界で初の街。


 心地よい風が通るこの目抜き通りには、両脇に色とりどりな建物が立ち並ぶ。

 鉄製の看板が渋く揺れる店。甘い匂いを漂わせるテラス店。かと思えば、肉が焼ける香ばしさを放つ店まで。

 一際ひときわ目を引いたのが、ガラス越しに飾られる煌びやかなドレスや宝石。まるでブティックだ。


 転生して紆余曲折あったけど……夢の舞台にこうしてやっと辿り着けたのだ。


「あははは! カデキお兄ちゃん、なんだか田舎者みた~~い」


 視線があちこちに奪われるものだから、馬車内を落ち着きなく走り回ってた俺をマルリーちゃんが刺してきた。

 グサリとね。

 こっちの世界でも、大きな街できょろきょろしていると田舎者呼ばわりされるのね……。


 だって仕方ないじゃないマルリーちゃん。

 元の世界では病弱で外には全然でられなかったし、異世界では小麦畑と野蛮な喧嘩しかほぼ見てなかったのよ……。

 それにほろのぶっ飛んだこの馬車。見晴らしが良すぎて足を止めるなんて無理だよ。


 そんな俺がブレイクハートを決めていると、だがここには田舎者が他にもいた――


「おいカデキありゃなんだ! 装身具じゃねぇーのか!? あっちはなんだよ、おいカデキ! 宝飾かオイ! オイッ!!」


「あそこの店前で、優雅に召し上がっているのは何でしょうかカデキ様! ひゃっ、あちらには見たこともない果実がありますよカデキ様!」


 アヴォリンとサラフィアだ。


 紅蓮の瞳を妖艶に輝かせ、熱烈な渇望と陶酔でもしてるかの如く視線を這わせる悪魔。


「たまらねぇー匂いがするぜ……喰いモンか! ありゃ肉だな! 牛かブタか!? はたまたウサギか鳥か!? オイなんの肉だよカデキッ!」


 溢れる眩さを淡い碧に映しとり、未知なる煌めきに心奪われ爛々と瞳を凝らす天使。


「あの白いのがたっぷりかかってる細長いの美味しそうですよカデキ様! 塔になってますよ塔に! 色々刺さってますし果物まで乗ってますよカデキ様ッ!」


 両者もまた、俺に負けず劣らず馬車の中を駆けずりまわっていた。

 

 一見西洋風だけど思ったより発展してるし、この世界の住人であろう彼女たちにとってもこの街は驚くには十分なのかもしれない。

 そもそも道を間違えてたし、存在すら知らなかったのかも。


(ところで……俺に聞かれてもちょっと困るけどね二人とも。俺だって見るもの全てが初めてなんだよ)


 そんな事を思いつつも彼女たちに共感を示し、さらに感動している理由が他にもあった。

 それはもちろん……なんたって本やゲーム内だけの冒険譚だったものが、今こうして現実として目の前にある。この嬉しさはたまらないものがあるよ。

 ここに冒険者たちが集うギルドやら酒場やら、いろいろな物語があるのかと思うと……本当に胸が高鳴る! 


「サラフィアとアヴォリュンのお姉ちゃんたちも田舎者みたーーい! キャハハハ!」

 

 アヴォリュンって呼ぶようにしたんだねマルリーちゃんは。……リュンって。

 そんな都会っ子にクスクス笑われながらも、改めて俺たち三人の足は止まらない。さらに加速してあちこち見てまわる始末。


「うお、あれは女性剣士! こっちは魔法使い!?」

「耳飾りがあんぞ! 髪留めも見えんぞ、おいカデキッ!」

「看板にぱふぇって書いてありますわ! ぱふぇってなんですかカデキ様ッ!」


 やんややんや騒ぐ中。するとここで、急にアヴォリンの足が止まる――

 勢いあまって俺が背中の羽にぶつかるも、遠くにそびえたつ時計塔を静かにただ眺めているだけだった。

 そして、真紅の前髪を軽くはらい、彼女はふっと息を漏らす。


「……ちょっと見ないうちによ、人間の街も様変わりしたもんだな……随分と」


 風が優しく髪をなびかせ、黄昏にも似た表情を覗かせる。

 名乗る時に「数百年ぶり」そんな言葉を思い出した俺は、彼女のどこか淋しげな横顔が、悠久なる時を経てきた者のみが持つ深い感慨に思えた。


「だからよ…………。だから人間ってのは……オモシレーンだよッ!」


 ギンギンに紅い瞳が据わる。


「すぐに進歩進化しやがってよ、いつも驚かせてくれやがるぜっ! 興奮するよなっ! ナッ、カデキよッ! これだから人間に憑りつくのはやめらんねぇーんだよ、そうだろカデキッ!」


 爛々と猛っているアヴォリンが俺の肩をガクンガクンと揺らす。おかげで俺の首は強制的に「ウン! ウン!」と頷かされていた。

 

(……むち打ちになりそう)ってか、あのちょっと切ない表情はなんだったのよ。興奮しすぎだよアヴォリン。俺の元いた世界とか見たらどうなっちゃうんだろ。

 それに憑りつくって……憑りついてる意識だったのかよ。勧誘どこいった。



 俺の首がその内もげるんじゃないかと前後に激しく振られる最中、馬車の速度が緩やかになり静かに停車へと向かうと――


「お待たせしました、みなさん。さぁ、着きましたで! ここが私の拠点、マルロウ商会でございます!」


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