第7話 天使と悪魔と左か右か
それに種族は違えど、案外子供には優しいのかもしれないな。
この先、この二人とも少しは仲良くやっていけるかも。
そう俺が安堵していると、先程まで「やったー! どっちのお名前で呼ぼうかな~~」とぴょんぴょん飛び跳ねていたマルリーちゃんが。
「お姉ちゃんたちってホント綺麗だよねー。わたしもいつかお姉ちゃんたちみたくなれるかなぁ?」
瞳をきらきら輝かせながら、羨望の眼差しを向ける。
それにまず応えたのが意外にもアヴォリンだった。
「おっ、なんだガキんちょ。アタシみてーになりたいってか? 見る目があるじゃねぇーかよ。女ってのはな……まず、なんといっても髪だ! そしてこの魅惑的な身体よ! ほれ、たまらないだろ、どうだ……うりうり。いいかガキんちょ、世界をも魅了する、虜にする女になるんだぞ、キャハハハハ」
案の定それに反応するサラフィア。
「……品性お下劣。バッッッカじゃないのですか。いいですか、小さき旅人よ。あんなのに耳を傾けてはいけません。外見などではないのです。内面を磨いてこそ、麗しい女性になるのです。内面なくして真の美など、この世には存在しないのです。どうぞ貴女はその内なる清らかな美を育んだ女性になってください」
言ってることはわからなくもないが、この二人が言うと……。
俺は両者のやり取りを見ながら、密かに思った。
どうか、マルリーちゃんがこんな女の子たちみたくなりませんように……と。
当のマルリーちゃんはキャッキャッ・キャッキャッしながら聞いているのが、少しだけ将来を不安視させてしまう。
だがそんな心配をよそに、マルリーちゃんが正解を出す。
「じゃあ~お髪を綺麗にして~、みわくな身体つきにして~、内面を磨けばいいんだね~~!!」
ド正論。
でも、それが全部できないから……みんななかなか大変なんだろうけどね……。しかし、この小さき勇者ならやってくれそうだ。将来大物だな、きっと。
「おっ、いっちょ前のこというじゃねぇーかよガキんちょ~~。心意気は大切だからな。その意気でデカクなれよ。まっ、アタシはもうできてるけどね」
「あら、これはこれは。そうですね、小さき貴女が大きくなる頃には達成できてるやもしれませんね。もちろん、わたくしはもう達成済ですけど」
……なんだこの二人。どこで張り合ってるんだ。恥ずかしくないのか。内面はどうした。
そんな和やかな雰囲気が馬車で繰り広げられる。俺も少々ツッコミはいれるものの、みんなのやり取りを聞きながら自然と頬が緩んでいた。
しかし、ここで――
「うん、がんばる! そうすればお姉ちゃんたちみたいな美しい女性になれるんだよねっ! だって、お姉ちゃんたちってホント『女神様』みたいだもんねっ!」
本来ならば褒め言葉であろう。そんな何気ない一言。
女の子が『女神様』と呼ばれて、そんな空気になるものなのか。俺はそう思ったのだが……。
「このアタシが『神』……だと」
「わたくしが『女神』……ですって」
この二人は違ったようだ。
幌の無くなった荷馬車に風だけが通り抜け、車輪と地面は擦れ、樽が密かにぶつかり合う。それら細かな音ばかりが静かにただただ聞こえるのみとなった。
さすがの二人もこんな子供を睨みつけたりはしていないが、明らかに空気が重い。両者が喧嘩している時とはまた違う不穏感。
幸いなことに、二人がぼそりと呟いた言葉はマルリーちゃんには届いていないらしく、この異様さも伝わってはいないようだ。
「どんな髪型にしようかなぁー、おむね大きくなるかなぁー」と、自身の鮮やかなブラウン色の髪や、服の胸元を引っ張って覗いたりしている。
しかしどうして子供の言葉にそこまでの反応を示したのだろうか……。
とても聞ける状況でもないので、まずはこの居心地の悪さをどうにかしようと、俺は思考を巡らせる……が何もでてこない。
子供の無邪気さが欲しいと本気でそう思った。
でもマルリーちゃんに頼りきりになってはお兄ちゃんの威厳が。そんなどうでもいいことを考えていると。
「おねえーーーさんがたや。さっき右だの左だの言ってなかったかーい? そういや、もう右に曲がっちまったけど、ええーーんかな?」
おじさんが振り向き、野太い声で場の空気を上書きにかかる。御者台からの後ろを察してなのかどうかは分からない。
けれど、明らかにおじさんの言葉一つで、二人の反応に変化が生じたのだ。
親子揃って……なんて素晴らしいんだいつも。俺からしたらあなた達こそ女神ですよ。ありがとう髭の女神のおじさん。
そして、この右という言葉にサラフィアが凄い勢いで喰いつく。先程までとは打って変わり、いつもの高慢ちきな天使へと舞い戻った。
「ほぉぉおおおら御覧なさい。わたくしは常に正しいのです、常に。おわかりですか? そうなんです右なんです。ここを道なりに、真っ直ぐ進めば街なのです」
ぶすーっとあぐらに膝を乗せ、その言葉の発信者を凄まじい形相で睨みつけるアヴォリン。
それに対し、サラフィアは瞳をとろんとさせ、くちを半開きにする。して、自身のそのぷるんとした淡いくちびるへ、白く細長い指をあてがいながら――
「正義は常に「わ・た・く・し・な・の」……ですわ」
なんというマウント。
内面こそ美。これを唱えていた同じ人物とは到底思えないほど、大いなるマウンティングを披露する天使。
「滅……いィィいン゛ん゛ますぐ滅ぼしてやんよ……。根絶やしにしてくれるコノ野郎ッ!!」
我慢の限界がきたようだ。アヴォリンは怒声と共に跳ね上がると、空中に突如出現させた黒球に左腕を勢いよくブチ込んだ。
マズイッ!
またあんな目玉が沢山ついてるような、奇妙な武器を出されて暴れられたらたまったもんじゃない。
俺はすかさずマルリーちゃんを抱きかかえ、御者台へ向かおうとした――だがその時。
おじさんがここでもう一度声を上げる。
「あんさー、道なりって言ってたけど、それはちょっと違うかもしんないで。なんか、むかーーーしは街があったみたいだけんどよ。今はもうないで。途中でまた別れ道があんだけどおー、そこを左に向かったらお目当ての街だでーー」
臨戦態勢に入りかけてた二人の動きがピタリと止んだ。
あれ、これってまさか……。
俺がそう感じた時、サラフィアの碧の瞳が遠くを見始めた。
彼女は踵を返し馬車の側面まで歩むと「……もうじき収穫ですわね。また実りの巡りが豊かなものになりそうですわ」
一面に波打つ黄金の麦畑を眺めながら、そう静かに呟いた。
絵にはなる……。とても映えてるんだが、それでやり過ごすには相手が少し悪かったようだ。
「……オイ、腐れ天使。てめぇーアタシになんてぬかしやがったか覚えてるよな。忘れてるなら思い出させてやんぜ……」
黒い球状から武器は取り出さないものの、左腕をめり込ませたままアヴォリンが威圧しているのがまた怖い。
あれだけの煽りをしていたからなぁ。どうか穏便に……なんてのは無理なお願いなのかな。
すると、しゅ~ん……空中の黒い球がみるみる小さくなり、アヴォリンがぱちんと手を叩く。
「あれだ……アタシが言ったのは……。この先の左の道だったわ」
「……え?」
「……は?」
俺とサラフィアが、同時にアヴォリンを見る。
「そうだそうだ、んっんっ。……久しぶりだったからアレなんだよ、うん。アタシが言ったのはこの先の左だぜ」
そう告げながら、真紅のご自慢ポニーテールを、また顔の近くまで引っ張り出してはいじり始めるアヴォリン。
「なにを言っているのですか、この厚顔悪魔は。ツラの皮がラハブの鱗より厚いんじゃないかしら」
「んだとテメェー! アタシのこの麗しい珠肌に向かってふざけたこと言ってんじゃねぇーぞ、オラァ! だいたいクソ天使が間違えてんだろうがよ! アタシこそが正しいんだよ!」
「違いますー! わたくしこそ合っていたんですー! 右は正しかったんですーーー! どこぞのバカ悪魔こそ最初から間違えていた愚か者じゃないですか! わたくしこそが正しいのです!」
「いーや、アタシったらアタシなんだよ!」
「いーえ、わたくしったらわたくしなんです!」
……まーた始まった……子供の喧嘩が。
まぁ剣を振り回されるよりはいいのかもしれないけれど、これはこれで……。
この光景を羨望の眼差しと、キャッキャッしながら楽しんでるマルリーちゃんを、俺はそっと降ろすと、また静かに体育座りに戻った。
御者台のおじさんに目をやると、肩はやわらぎ、どこか嬉しそうな背中にも思えた。
俺は二人の壮絶罵り合いをBGM代わりに、流れる小麦畑をただ眺め街への到着を心待ちにするのであった。




