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第6話 悪魔と天使のお名前

 

 ――そんな諸々のことをつらつら考えつつ、俺は睨み合う両者を見上げていた。

 ほのかに香る、日向のような匂いと、甘い果実のような香り。そのかぐわしさにいざなわれ、なかなかに大きい四つの見事なたわわをただ眺めている、そう見えなくもないことにハッとした時……とある視線に気付く。


「カデキお兄ちゃん……」


 向かい側に座る、マルリーちゃんだ。


「あっこれは、そその、ち、違うんだよマルリーちゃん。ちょ、ちょっと考え事をしてただけなんだよ……」


 少女の視線が刺さる。 


 馬車に乗せてもらう前おじさんと「この度はご迷惑をお掛けして……」などと会話をしていた時に、

「何も悪くないよお兄ちゃんは! 馬車を止めようと頑張ってたの知ってるもん!」そんな擁護をしてくれたマルリーちゃん……のジトリ目が今は痛い。

 ダメなお兄ちゃんでごめんなさい……。


 そうお兄ちゃんの威厳が危うさを抱いてる時に、悪魔と天使が同時にしゃがみ込み、ぶしつけなことを告げる。


「なんだオマエ……カデキっていうのか。変な名前だな」

「あら、カデキ様とおっしゃるのですか。知りませんでしたわ」


 左を向けば悪魔、右を向けば天使。

 両者の精緻を極めたかお。透き通る白磁の肌。吐息に混じる甘い芳香。宝石が嵌め込まれたかのような双眸。

 それこそ神話から抜け出してきたかのような。黙っていればこれほど美しい女性はいないだろう。そう。

 ――黙ってさえいれば。


 余計な一言というか、デリカシーがないというか……。

 人の名前を揶揄する前に、君たちは名乗ってすらいないけどねそもそもが。気付いてないのかな。まぁ散々好き勝手に暴れまわっていたもんね……。

 あっ、それは俺も同じか……暴れてはいないけど。



 揺れる馬車の中、樽に手を添え立ち上がった俺は――


「なんか今更だけどさ、きちんと自己紹介するよ。俺は姓が織糸オリト、名がカデキっていうんだ。とてつもなく色々とまぁたくさんのことがあったけど……どうぞよろしくね」


 二人よりも先に「んっしょ!」そうお尻をあげ、小さなお嬢ちゃんが俺の太ももにしがみつき、


「うんとね、わたしはマルリー・マルロウだよ! んでお馬さんを操ってるのが、お父さんのマルロロ・マルロウ。見た目も名前もマルマルでしょ、きゃははは。お姉ちゃんたちよろしくね!」


 屈託のない笑顔で、場を和やかにする。


 次に天使が緩やかに膝を伸ばし、白い衣を整える。

 純白の翼を二度ほどばたつかせると、金色こんじきの髪に静かに手をあてがい軽く撫でた――かと思いきや。


「恐れるな!」

 

 ……右腕を勢いよく突き出し、掌をこれでもかと広げる。

 あとは穏やかに――


「わたくしは大・大・大・大天使の『サラフィアラエルノ』と申しますわ。そこの低・低・低・低俗悪魔とは違いますので。どうぞお見知りおきを」


 流麗に一礼をする。


 ……じ、自己主張が強いな。

 最初の発声でマルリーちゃんが「ビクッ!」て、俺の太ももへの抱き付きが強くなってたぞ。

 恐れさせてどうするんだよ。


 あとは悪魔だけど。俺が転生前に読んでた冒険譚や文献だと、たしか悪魔って名乗るの嫌がってたような記憶があるのだけど。こっちの世界だとどうなんだろ……教えてくれるのかな?

 

 マルリーちゃんと俺の視線が注がれるなか。

 悪魔が左の赤い耳飾りを軽く弾き、細状さいじょうの宝石を断続的にきらめかせる。

 そのままの指先で、後ろ手に高く結われた真紅の髪束を撫でくと、


「そう注目されちゃ仕方ねぇな。人間に名乗るなんざ……数百年ぶり以来か。あっ? わかりゃしねぇーぜ」……静かに腰を上げた。


 すかさず――


「その身に刻め! アタシはあの『アヴォリュバルゼザルザバゼ』だぜ! そこの卑俗不浄(ひぞくふじょう)下劣醜悪(げれつしゅうあく)陋劣畜生(ろうれつちくしょう)の天使などとは格が違うから、よぉぉおおおく焼き付けておけよ!」


 両脚を開き、胸を突き上げ、声高に叫んだ。


 ……早口言葉かな? この揺れる馬車の中、よくそこまで噛まずにくちが回るものだね。

 天使の悪口に大人しくしてると思ったらちゃんと言い返すあたりなんともまぁ。それにあのって言ってるけど、どのよ。

 そして肝心のお名前だけど。

 アヴォリュ――な、なんだって? ゼザザバ? バルゼ、バルザ、ミコス? ん!?


 しかし困ったぞ。

 多少想像はしてたけど、思ったより個性的で、だいぶ独特なお名前なのね二人とも。天使の方はまだなんとか呼べる気がするけど、悪魔の方は……ごめんよ正直厳しいかもしれない……。

 ちゃんと二人とも教えてくれたのに、間違えたら失礼だしなぁ。俺は結構こういうところを気にするし、気を遣うタイプなのだ。

 う~~~ん……。俺がどうしたものかと唸りを上げていると、助け船が足元からこだます。


「じぁあ、サラフィアお姉ちゃんと、アヴォルお姉ちゃんだ。そうなるよね! よろしくねお姉ちゃんたち!」


 なるほど愛称みたく呼ぶってことね。ナイスアシストだよ、マルリーちゃん!

 さすがは女の子、こういった名前を付けるのは得意だよね。まぁ父親のこともマルマルとか言っちゃうくらいだしね。


「いいねマルリーちゃん、そのお名前。サラフィアとアヴォル。それにカデキお兄ちゃんも大賛成だなぁ!」


 ちょっとわざとらしかったかもしれない。でもバルザザなんとかなんて最後まで言える自信ないし、ごめんよ……。

 これを聞いてサラフィアと呼ばれた女性が、少女の高さまで目線を落としその碧き瞳で覗き込む。


「あら素敵ですこと。わたくしの()()()()()()から、その美しい響きをすくい上げるなんて。小さき旅人の貴女あなたよ。なんじすえに、大いなる加護があらんことを」

 

 まさに俺の知る天使像がそこにはあった。

 ……は、は、初めて見た。彼女が天使らしくしてるところを……。

 でもちょこちょこ自尊心の高さが顔を覗かせるあたり、ブレてないなぁと思わせるのも事実。


「おい、カデキとガキんちょ」


 キタ……。

 ゆるふわに波打つあかいポニーテール、それをもてあそびながら悪魔の声が響いた。


「アタシは……アヴォルじゃなく、アヴォリュだ。「ル」じゃねぇー「リ」だ。これだから人間はよ……」


 まぁそうなるよね、やっぱり物言いがつくよね。悪魔は名前にうるさいとか聞くし。

 顔の近くで髪束の端を、指先でさらにいじり倒しながら悪魔が続ける。


「たやすいだろアヴォリュバルゼザルザバゼなんてよ。なっ? 全部続けて言うなんざ簡単だろオイ。なんで言えねぇーんだよ。いいかよく聞けよ、アタシの名はアヴォリュバルゼ――」


「そっか、ならアヴォリュンだね! アヴォリンもいいかなぁー? ねえー黒いお服のお姉ちゃんはどっちがいーい?」


 悪魔がまた少し早口で呪文の如く唱えだしたとき、マルリーちゃんがひょっこり横から言葉を被せてきたのだった。


 つ、つよい……。子供の無邪気さのがまさっている。


 それを聞いたアヴォリュンだかアヴォリンのお姉ちゃんは、今度は頬まで垂れるゆるふわな前髪の端を、指でクルクルし始めると。


「……チッ、好きに呼びな」

 

 ぼそりとただそう呟いた。


 あ、諦めた……。

 サラフィアとのくち喧嘩じゃ絶対に言い返し、あれだけポンポンポンポン悪態が沸いて出てくる猛者が。

 この小さな勇者にはどうやら敵わなかったらしい。

 ありがとうマルリーちゃん。そしてアヴォリン(俺はそう呼ぼうと決めた)も認めてくれてありがとう。


 彼女は座り込みあぐらをかき始めると、後ろに結われた髪束をこれでもかと指に巻き付けている。

 髪の毛いじるの好きだなぁアヴォリンは……。

 サラフィアに目を向ければ「悪魔の名前の呼ばれ方などどうでもいいですわ」そう言わんばかりに翼を繕っていた。

  

 しかしまぁ、こうやって穏やかに名乗ってくれた二人を見ていると、普通の女の子なんだよね本当に。

 はは、穏やか……ではないか。くちの悪さは健在だから。


 それに種族は違えど、案外子供には優しいのかもしれないな。

 この先、この二人とも少しは仲良くやっていけるかも。

 そう俺が安堵していると、先程まで「やったー! どっちのお名前で呼ぼうかな~~」とぴょんぴょん飛び跳ねていたマルリーちゃんが。


「お姉ちゃんたちってホント綺麗だよねー。わたしもいつかお姉ちゃんたちみたくなれるかなぁ?」



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