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第4話 悪魔と天使と魂の輝き


 ――そんな温かい空間に身を染めていると、不気味な音色がしていることに気付いた。


「な、なにこの音。なんか変な音するよお父さん……。どこからだろ」


 改めて耳を澄ませばたしかに聞こえる。

 おそらくあの二人だろう……そう思って空を見上げれば、白と黒の点が交差しながら凄い速さで近付いてくるのが見えた。不協和音がますます大きくなる。


「大丈夫大丈夫。きっと鳥かなにかだろう。すぐにどっか行く」


 少女が袖をキュッと引っ張っり、答えるように父親が娘を包み込む。


(鳥じゃありません……と言えないのが、また申し訳ない気持ちになる。だけども)


「この場を離れたほうがいいかもしれません。あなた達にご迷惑がかかります。すぐに馬車を出してください」


 失念していた。あまりの穏やかさに。

 この無関係で、ましてやこんなにも親切な人達を巻き添えにする訳にはいかない。

 胸がまた熱くなる。


「ど、どういうことなんだい? それにお兄さんはどうするんで……?」


「俺なら大丈夫です。どうぞ早く!」


 しかし時すでに――もう肉眼ではっきりと姿形が分かるほどになると、爆弾が二つ一直線に帰って来る。


「遅かった……」


 俺が小さく呟くと、突風と共に金髪と真紅の髪を躍らせ舞い戻る両者。大翼を悠然と張らし、黄金こがねに染まった麦畑を背景に降り立つ。

 まるで降臨だ。


 威嚇するかの如く広げた翼がたたまれると、二頭の馬を挟みこみ互いを睨み合う。

 馬たちはそれが世界の摂理であるかのように、ただ静かに佇み平然としている。


 両者は見えていない所でも相当やり合っていたのか壮絶さが伺える。

 たなびくほどだった麗しい髪は乱れ、服も所々破れているのが目に付いた。


「くく、腐れ天使が……ゼェゼェ……。とっととあきら、めろってんだよ……」


「だあ、黙りなさい三下悪魔が……ハァハァ……。あなたこ、そ身を引きなさい……」


「バカ言って、ん、じゃねぇぞ。ク、クソ野郎が……」


「減らず口だ、けはいっちょま、えですね……。そ、底が知れますわ……」


 肩で大きく息をしながらも、悪態をやめない両者。この状況でも全くブレない二人に俺は驚きを隠せなかった。

 ガタガタと音がする方へ目を向けると、親子が馬車のより奥へ避難している。

 そうですそれが賢明です。こんな得体の知れないものからは少しでも遠ざかっていて下さい。


 俺はここでパチンと手を叩き。


「さあこれでもうおしまい。もうやめましょう。人様にもご迷惑になりますから。俺を勧誘しに来たんでしょ? 話し合いをしましょう。お二人とも大分お疲れのようですから。いい機会ですね。ここは落ち着いて。どうです? お水ありますよ? 干し肉もあるみたいですよ? あらま、こっちにはフルーツまで。どうですご一緒にみんなで仲良く」


 冷静に、かつ場を和ませる為にもちょっとオーバー気味に言ってみたけど、だいぶ早口になってたのが恥ずかしい。

 勝手にあげるようなこと言ってごめんなさい、おじさん達。でもきっと分かってくれるはず。


 俺の言葉に耳を貸そうともせず、大きく息を吸い込むと吐き捨てるように悪魔が呟く。


「はぁ仕方ねぇなぁー……。てめぇ如きに使いたくなかったんだけどよぉ」


 空間に黒い球状を出現させたかと思うと、左腕を大きくめり込ませていた。

 急なトーンダウンに異様な光景、嫌な悪寒が巡る。

 

 天使が反応するように軽口を叩き始め、


「やっと出す気になりましたか。そもそもこのわたくしを相手に、素手で戦おうなんて。甘いんですの」


「なーに言ってやがる! その素手のアタシに押されてたのはどこの誰だってんだよッ!」


「押されてませんーッ! むしろ圧倒してたのはわたくしのほうですーッ! あれれ、脇腹の一撃もうお忘れですか? ぷぷぷ」


 天使が口先に手をかざすと、悪魔のピキッという破裂音と共に叫びがこだます。


「御託はイイんだよぉぉオオオオオッ!!!」


 黒球こくきゅうより、勢いよく引き抜かれる左腕。その手には一振りの剣が握られていた。

 いや剣というにはあまりに異質な形態。目玉らしきものが柄や刀身に複数ついており、しかも獲物を探すかのようにしきりに動いている。


 悪魔の眼前に並べられたその刃は、瞳よりも深き紅。それが脈打つように鈍く明滅を繰り返す。

 まだ斬ってもいないのに、まさに血染めそのままだった。

 禍々しく左手に握られた剣を見ても、天使は動じない。むしろそれが何かを知ってるかのように話し出した。


「『ディルウィングスの呪われた魔剣』ですか……。それだけ今回は本気ということですね」


「だろ? アレ以来だからな。てめぇもしかして、そんなクソ槍で渡り合えると思ってねぇーよな」


「クソ槍……。これも立派なホーリーランスなんですけど。まぁいいでしょう――地獄へと堕ちる前に御覧なさいッ!」


 咆哮と共に天使の身体が光に包まれた。

 両翼が一度霧散したかと思えば、再び美しい翼が宿る。上下を伴うそれは、計六枚の銀翼となって天使を抱いていた。

 左右三対の羽根がまるで羽化の如く緩やかに開かれると、身体を覆っていた白金は一点に収束する。

 光が具現化をなすや、そこには眩いばかりの槍が。先程よりも長い、一本の槍が峻烈な輝きを放ちながら右手に収まっていた。


「『アンティオリシャの運命の槍』かよ。また、大層な物を持って来やがったな」


 はい。もう名前からしてヤバそう。見た目もさることながら、俺が読んできた冒険譚とかに出てくる伝説の武器クラスの名前でもう終わってる。


「これで、あなたの顔を見なくて済みますね」


「まんま返すぜ。これで、てめぇーとはお別れだ」


 ダメだこいつら。

 人の話しは聞かないし、やりたい放題。頭に血が上ってお互いしか見えていない。


「おじさん、マルリーちゃん。今すぐ逃げましょう!」

 

 せめておじさん達だけでも逃がそうと、俺は馬車の後ろへ歩み寄る。

 こっちの新たな人生も終わりを迎えたくはないし。

 

 すると、けたたましい轟音と共に俺の頭上を後ろからなにかがかすめた。

 肩をすくめた俺が恐る恐る振り返ると、周囲の遮るものがなくなっていた。馬車のほろだけが見事にぶっ飛んでいたのだ――と同時に。


「ヒヒィィィィィィィンッ!!!」


 馬たちが発狂する。いななきと共に、馬車が猛然と駆け出した。

 凄まじい加速。

 ガクンと後ろに引っ張られ体勢を大きく崩す。「ヤバッ」と感じた時にはもう荷台のふちから身体がのめり出す。あわや馬車の外へ放り出される寸での所で、おじさんが俺の服を鷲掴み引き止めてくれた。


「あ、ああ、ありがとうございます……ッ」


 冷や汗が止まらない。あぶなかった……この速度のなか地面にキスなんかしたくないぞ。


 おじさんは小さく頷き笑顔で返したあとに、前方の御者台を睨みつけた。


「馬車を止めんといかんな」


 ふらつきながらも前へ歩もうとするが、マルリーちゃんがしがみついて離れない。

 ガタンガタンッと車体が跳ねるたび、少女は必死に漏れ出る声を押し殺し震えている。


「マルリー……」離しておくれ。とでもおじさんは言おうとしたのだろう。しかし遮るように――


「俺が行きます」と被せた。


 表情を見れば分かる。本当は今すぐにでも泣き出したいはずなんだ。引き剥がす訳にもいかないし、なによりマルリーちゃんが求めているのは父親であるおじさんなんだ。

 だからここは俺が行かないと。


 周りの景色がとてつもない速さで過ぎ去っていく。小麦畑地帯とはいえ、その速度を体感できるほどに。

 凄まじい風圧だ。這いずりながらも御者台についた俺は手綱を力強く握る。

 

「おじさん、馬って手綱をめいいっぱい引けば止まるんですよね!?」


 大声で尋ねる俺に、おじさんの必死の叫びが飛んでくる。


「それでは馬と綱引きするだけになるで! まずは手綱を短く、そして張るんだ。反応したらすぐ緩める。まずはその繰り返しだで。ハミに乗らせちゃいかん。引きっぱなしは口がかとうなって余計前に出るで!」


(ハミ……? 固くなる……?)これはヤバイ。素人には相当厳しいようだ。だがマルリーちゃんは怯えているんだ。俺がやるしかない。

 無我夢中だった。馬車も俺の身体も激しく揺れる。指までも手綱と振動とで感覚がなくなるほどだ。

 しかしおじさんの後押しもチカラにし、


「暴走した馬を止めんのは中々に難しいで。全てが賭けみたいなもんだけどな。もしこちらに意識が向いてきたら、もう一頭に寄せてみい。嫌がって減速するかもしれん。いいか、絶対馬に勝ったと思わせちゃいかん。お兄さんが主導権を握るんだ」


「はい、なんとか頑張ってみます!」


 おじさんの助言を反芻するも、やはり素人の俺の手綱さばきなど狂乱した馬は相手にしてくれない。


(止まってくれよ……ッ! お願いだ、止まってくれッ!)


 焦りと無力感が胸を締め付ける。

 そんな俺とおじさん達の懸命な苦闘を、嘲笑うかのように場外から踏みにじる者たちが現れた――



「おいオマエ。なんか大変なことになってんな。アタシが助けてやろうか、ええ? むろん悪魔になるっつー契約でだけどよ」


「あんなカスの言うことに耳を傾ける必要はありません。あなた様が望めばわたくしがお助けしますわ。もちろん条件は天使になることですけど」


 ひた走る二頭の馬に悠々と並走し、涼しい顔で身勝手な選択を迫る両者。


(コ、ココ……コイツラ……! 誰がおまえらの言いなりになんかなるもんか)

 

 心底、腹が立つ。なんなんだ一体。こんな状況下でも笑みを浮かべながら言える神経。

 そもそも誰のせいでこんなことになってると思っているんだ。

 この二人は、究極の傲慢、エゴイズム、エゴイストに違いないきっと。


 しかしこのままでも状況は好転しない。今はなんとか道なりだが、いずれ大事故につながるのは目に見えている。

 俺は必死に手綱を動かすが馬には伝わらない。おじさんもマルリーちゃんを抱いたまま、片腕を伸ばしてもう一頭の手綱を握るがなかなかに厳しいようだ。


 すると並走している二人が、これだけの事態を見てるにも関わらず、二頭の馬を挟みながらまさかの喧嘩をし始めた。


「ところで、下衆な悪魔はお呼びじゃないんですの。目障りだから馬車の下敷きにでもなってなさい!」


 先刻、天使が出現させていたアンティオリシャの槍なるものを。右腕を大きく前に突き出し、変わらず悪魔の頭を狙い突く。


「おもしれぇ、おもしれぇよ! 全員が危機的状況でなお戦う! かかって来いってんだ、腐れ天使があ!」


 左手に握られたディルウィングスの魔剣が不気味に脈動し、槍を弾くたび鈍く明滅させながら激しく応戦する。


「…………お前ら」


 俺の胸が高まる。熱を帯びる。


「ヒヒィィィィィンッ!!」


「お父さん……お父さん……」


 馬たちはさらに狂ったように加速し、マルリーちゃんの悲鳴が俺の胸に突き刺さった。

 おじさんは必死の形相で、娘と手綱をしっかり離さないでいる。


 どうしてなんだ……。

 俺だけならまだしも、どうしてこの親子を……。


「オラオラどうした。それもクソ槍だな結局。伝説の武器ってのはこういうのを言うんだぜ! これでくたばれ馬鹿が!」


「三流が扱うような武器は所詮は三級品のガラクタです。聖戦の武具をその身で味わいなさい! これで無にしなさい!」


 ドクンッ。


 両者が駆けた時、俺の内でせきを切ったなにかが、灼熱の濁流となって一気にせり上がった。


「――――お前らいい加減にしろォオオオオオオオオオオツ!!!」


 腹の底から絞り出した、喉が裂けんばかりの咆哮。

 視界が染まるほど血は昇り、激情が胸の奥で弾け飛ぶ。

 ふざけるな。

 一顧だにもせず身勝手で。他者を巻き込みこの親子をこんな危険な目に合わせて。

 積み重なった衝動が限界を超えて凝縮した。


 ドクンッ……。


 叫びと同時に俺の胸が激しく脈打つ。心臓ではない。胸が鼓動しているようだった。内側から溶けるような、金属を溶かし再構築するような。圧倒的な存在の熱を感じる。


「「ッッッッ!!??」」


 思わず視線を落とすと、自分の胸から峻烈な光が噴出していた。

 白銀が照らす。染める。辺りを塗り潰すかの如く。

 アツイ……!

 焼かれる苦痛ではない。胸を搔きむしる肉体的な熱さじゃない。グゥーッと心が、想いが、光に焼きこまれるような感覚だ。


「す、すげぇーなオイ……。こんな魂の輝き拝んだことねぇぜ……」

「ここまで純度の高いものは初めてです……。やはりお迎えに来て正解でした」


 再び爆ぜていた両者が今は大人しく俺を一点に見つめている。

 あれほどに暴れる二人を、呆然とさせるほどの魅力が、いま俺の胸には出現しているのか。

 一体なんなんだろこの輝きは。これが謎の声と、この両者が言っていた『魂の輝き』なのだろうか……。


「お兄さん!」


 呆けている俺に、おじさんが気付かせるように声を張ってきた。

 しまった今はあれこれ考えてる場合じゃないんだ。馬をどうにかしないと。

 この胸の輝きになにかチカラとかないのか。使い方とかあるのか。ここは異世界なんだろ。

 思考を巡らせ解決策を模索するが、念じようと手をかざそうとなにも変化がない。

 ただ光ってるだけなの……? もう俺の役立たず!


 はたから見たら少々奇妙な動きに映ったかもしれない。そんな珍妙な行動をとっていた矢先。


 しかしここで信じられないことが起こる。

 散々暴れ、他者の言うことなど聞きもしない。自己中心的なあの二人が動いたのだ。

 悪魔が左の馬に乗り、天使が右の馬の前に回り込むと、

 

「アタシを誰だと思ってるんだ」

「恐れることは何もありませんよ」


 両者はそう一言だけ告げる。

 すると、凄まじかった風圧が収まってゆく。徐々に流れる景色も緩やかになってきた。

 え……?

 あんなにも激しく打ち付けていた蹄鉄の音が嘘のように音色を変え、次第に一定のリズムを刻み。

 暴走がまるで幻かのように、今はもう馬たちは静かに佇み、尻尾を軽く振ったり耳を穏やかに動かすのみとなった。


「と、止まってくれた……」


 全身のチカラが抜け、俺は倒れ込むように背にもたれかかる。

 おじさんも伸ばしきっていた腕をようやく離すと、マルリーちゃんを両手で強く抱きしめる。

 お互い交わす言葉こそなかったが、俺の方へ二回ほど頷き、その表情に灯る安堵が全てを物語っていた。


 あー本当に良かった。この親子が無事で……。

 一時はどうなるかと思ったよ……。


 しみじみ感慨にふける俺たちの元へ、この元凶を作り出した騒がしい二人が押し寄せ、


「これですわ、これこれ! なんて素晴らしい輝きなのでしょう。これぞ正に2000年に一人、いや5000年に一人の逸材かもしれません。あなた様は是非とも天使になってください。いえ、天使になるべきお方なのです!」

「黙れボケッ! 見たぞ見たぞーオマエの結晶。あんなの見せられちゃー引けるわけねぇーよな。いいか、オマエはな悪魔になるべきなんだよ。その魂の輝きは悪魔の為にこそあるんだよ!」


「ッッ痛ッタイ! だからわたくしの麗しい髪に触らないでいただけますかアホ悪魔が! 穢れる! いいですか? あなた様のその輝き、結晶は不可侵なのです。あなた様が選択されてこそ、初めて我が陣営にとって役立つのです。ンンンイタッどこ触ってるんですかバカ悪魔! ですから、どうぞ天使でのご選択をお願い致しますわ」

「アガガガ、テメェまたアタシの大事な髪引っ張りやがったな腐れ天使が! オイ、オマエの魂はな、おいよく聞けよ。とんでもねぇーんだよッ! オマエが選ばねぇーと意味ねぇーんだよ。悪魔側を選択しろ、なっ? ンアアアテメェこそ変なとこイジってんじゃねぇーよ変態天使が! おいだからよ、こっちを選べばすげー天国が拝めるぜ。腐れ天使なんかが言う偽物の天国じゃねぇぞ? 本物の楽園だぞ」


 デジャヴかな?

 最初に出会った時と全く同じなんだが。

 わたしがわたしがと猛烈アピールと共に、互いを小突き合う。

 実に情けない……。


 見てられないと首を横に振っている俺の後ろから、鈴を転がすような声が響き渡った。


「あはははははは、変なのーお姉ちゃんたち」


 マルリーちゃんがひょこっと身を乗り出し、まるで花が咲いたかのような笑顔で楽しそうに笑っている。

 恐ろしい体験なんてもう忘れちゃった。無邪気に指を伸ばす少女を見ていると、そんな気さえ思えてくる。


「お兄ちゃん、また顔がしわくちゃだよ。お兄ちゃんもおっかしいのー」


「こらこらマルリー。みんな必死だったからね。押し寄せてくるものがあるんだで」


 へぐっ。

 彼女の笑顔を見られたからなのか、感情があふれ出してしまっていた。

 

「そ、そうだねおかしいね。みんなおかしいね。あははははは」


 涙を拭いながら、笑った。

 この世界に来て、この異世界という所で、初めて大声を出して笑った。


 来た早々に色々なことが起こりすぎて、整理はまだ追いついてないけども。 

 こうしてまた笑える世界ならば、悪い所ではないのかもしれない。


 最初こそ神々しく輝きを放っていた胸の光も、気付けばもう消えている。胸の熱さも感じない。

 

 あの二人に聞きたいことは山ほどあるが、また俺そっちのけで喧嘩を始めてるのでほうっておこう。


 ともあれ第二の人生。異世界生活を思いきり謳歌するぞ!

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