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第3話 天使と悪魔と商人親子

 二人の果てしないプライドのぶつけ合いにほうけていると、非現実を現実に引き戻す声がした――


「……いさん。……ちょっとそこのお兄さーん。麦畑なんぞに入ってなぁ~にしとるんだーい?」


 咄嗟に振り向く。顔を向けた先には、髭を蓄えた男がこちらに向かって手を振っていた。


「大丈夫かーい。旅人さんかなにかかーい?」


 少し小太りの男は、馬車の御者台から首を傾げているようだった。その後ろの荷台からは、へりにちょこんと手を乗せた少女までが顔を覗かせている。


「あ、あのもしかして……、あなた達はこの世界の人ですか?」


 当たり前のことだろうに、当たり前でないことを聞いてしまった。しかも俺の声は届いてさえいないはずだ。

 よろよろと馬車の方へと歩みを進め、いや、吸い寄せられるようにと言ったほうがいいだろう。

 感動していたからだ。自然と手を伸ばすほどに。


 それもそのはず。突如現れた二人組。いきなりの大喧嘩。巻き添え喰らって何度も吹き飛ばされる始末。

 せっかくの新たな人生の門出が、とんでもないことになっているからだ。

 そして初めての人間……。そもそも上の二人は人間ですらないからな……。


「ねぇーお父さぁ~ん。あんな人に声かけて大丈夫なの? なんかふらふらしてるし、服も汚れてるし……。しわくちゃに泣いちゃってもいるよ」


「ええんだよええんだよ。こんな所で棒立ちしてるんだ。なんかツライ事でもあったんだろ。ほっとけねっ」


「お人好しなんだから。お父さんはもお」


 髭の男が御者台からゆっくり降りると麦畑に入ってくる。

 穂をかき分けながら、迎えに来てくれた男は、そっと俺の肩に手をまわし、


「大丈夫かいお兄さん。あれま、こんなにも汚れて。どこか痛むかい? 喉は乾いてるかい? 馬車に水があるで」


 目元穏やかに言うと馬車まで導いてくれた。

 紳士だ。なんて良い人なんだ。これが人間なんだ。


「ありがとうございます……」


 この世界で初めて優しさに触れた気がする。この世界で初めて、まともそうな人。

 

 そんな想いに浸る原因の空を見上げると、壮絶な戦いを繰り広げていた両者の姿がいつの間にか消えていた。

 あれ、どこ行った?

 先程から穏やかだなとは思っていたけども。ちゃんとした人間に出会えたものだから忘れていた。

 かすかに遠くで衝撃音なるものが聞こえなくもないけど、なんか静かになってるな。


 上をきょろきょろしていると、紳士のおじさんが革製の袋をそっと手渡し。


「まずはこれで、喉でも潤してみたらいいで」


 俺が受け取ると、おじさんはにこやかに小さく頷いた。

 革越しから伝わるひんやりとした冷感。ぶにぶに……それが液体だとわかる手への感触。

 たまらず俺は栓を引き抜き、天へと掲げた。


「――――んんんんん……! いき……かえる……っ!」


 勢いよくあおった。なりふり構わずくちへ放り込んだ。

 水。異世界で初めて味わう水。


 先程まで砂利まみれだったくちが一気に洗われる。

 体に染み渡るとはこのことなんだ。水がこんなにも美味しかったなんて。


「ハハハハハ、なにもそんな慌てんでも。くちも注がずに……。ゆっくり飲んだらいいゆっくり。まだまだあるもんで」


 男は水嚢すいのうを持ち上げ、密な髭を上下にぱっくり割ると豪快に笑う。


「お兄ちゃん、干し肉もあるよぉ。果物の方がいーい?」


 最初は怪訝な顔をしていた少女も、両手で物を差し出してくれている。

 俺の飲みっぷりがあまりにもおかしかったのか、今はクスクスと笑いながら手に持つ干し肉が揺れていた。

 御者台に座らせてもらった俺は、改めて二人に向き直り。


「ふぅ……おかげ様でだいぶ落ち着きました、ありがとうございます。あっ、名乗りもせずにすみませんでした――俺は、姓が織糸オリト、名がカデキといいます。こちらですと……カデキ・オリトになるのでしょうか」


 親子一人一人の顔を見つめながら「ご親切にしていただいて感謝しています。本当にありがとうございます――」俺は二人に何度も頭を下げた。


「そう畏まらんでも。構いません構いませんって! 困った時はお互い様ですから、ガハハハハ。そうですかそうですか、カデキ・オリトさんとおっしゃるんで。私はマルロロ・マルロウ、商いを少々しておりますで。そしてこっちが――」


「わたしはマルリーだよ! お父さんの名前面白いでしょ? 見た目も名前もマルマルなんだよ、きゃははは」


 紳士の豪快な笑い声と、鈴を転がしたようなマルリーちゃんの明るい声が、俺を励ましてくれているようだった。


「ほぉーらマルリー。父ちゃんのお腹のことはいいで。母ちゃんにも痩せろ痩せろうるさく言われてんだからよお……。あっ、私のことは好きなように呼んでください。マルロロって言いづらいでしょうからね。仲間内からはおじさんやおっちゃんなんかと呼ばれてますんで」


 娘にお腹をぺちぺち叩かれながら、そのおじさんが言葉を続ける――


「ところでお兄さん、あんなところで……。あんな麦畑なんかに入って、なにかしてたんで?」


「…………あっ、いや……その、んんですねぇ……」


 言葉に詰まる俺を見て、男は腕を大きく仰ぎ。


「ええんだええんだ。ちょっと心配になっただけでな。街に向かう途中、なんかぼぉーっと突っ立ってるお兄さんが見えたもんだからさ。なにかあったんかなあー思うたんで……つい声かけちまったんだよ」


 言いたくないこともある、そう察してくれてのことだと思う。言えないことに申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 空で天使と悪魔が戦っていてそれを眺めていたんです、なんて到底言えないもんな……。


「お父さんはね、困ってる人がいるとほっとけないんだよ。商売人のくせにね、ほんっと甘いんだよ」


「何度も言っているだろうマルリー。商売の根本は人様の助けになることだって。商品を売るだけが商売人じゃないんだで」


「でもぉ~。もしも野盗とかだったらどうするのこの人が! 周りに仲間が隠れてたりするかもしれないじゃん! もっと気を付けないとだよ、お父さんは!」


「こらこらお兄さんに対して失礼でしょ、どうもすみませんね。へへ、それにしてもまいったなこりゃ。ご覧の通り、娘のがしっかりしてる始末でして」


 頬をぷくりと膨らませる娘に対して、苦笑いを浮かべながら頭をかく父親。

 胸がじんわりと温かくなるのを覚えた。親子の微笑ましいやり取りを見て、遥か昔に思える自分の転生前に気持ちを馳せる。

 こういうなんでもないやり取りが良かったりするんだよね。見ていてこっちまで気持ちがほんわかする。



 ――そんな温かい空間に身を染めていると、不気味な音色がしていることに気付いた。


「な、なにこの音。なんか変な音するよお父さん……。どこからだろ」




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