第1章:第8話『魔導士という存在』
「収容所から動かす? 大丈夫なのか」
収容所からの移動中、真田の運転する車の助手席で三木と通話する誠奈人。
『警察がアレの取り調べを希望していてな。魔導の絡まない犯罪に加担している可能性があるそうだ』
「収容所まで来てくれればいいのにな。相変わらず警察と協会は仲が悪い」
『仕方がないさ。魔導法により、魔導の関わる犯罪の調査権は協会に優先されている。だが魔導士と非魔導士が共謀することも多く、境界線は難しい』
「過去の確執も含め、理解はできるんだけどな」
『組織が大きくなる程、わだかまりを解くのは難しい。今の我々にできるのは、決定事項の中で最善を尽くすことだ』
「そうだな…さてと。そろそろ到着だ」
『急な出動ですまないが、お前が丁度近くにいたものでな。頼んだぞ』
通話を終えてズボンのポケットにスマートフォンをしまう。車が停車し、目的地に到着した事が分かる。
「真田さん、運転ありがとうございました。今度またゆっくり話しましょう」
「こちらこそありがとう。また会えるのを楽しみにしておくよ。それでは、ご武運を」
真田に一礼し、降車する。場所は駅からほど近い商店街。道端で二人の男が口論をしていたところ、片方が魔力で攻撃した…との通報だ。大した物ではなかったらしく、攻撃を受けた相手は大きな怪我もなかったようだ。二人はしばらく殴り合い、ついさっき魔導士の方が現場から逃走を始めた。あまり大きな事件ではないが、周囲に人が多い。誠奈人は気を引き締める。
「ゼロにはならないとは思うが、もう少し事件の数が減らないものか。まったく」
誠奈人は程なくして、逃走中だった魔導士を捉えた。戦い慣れておらず、確保は容易だった。協会職員と共に現場の後始末を行っていた誠奈人だったが、三木より再び連絡が入る。それは、警察の手で移送中だった日野剛也が、脱走したとの知らせだった。
薄暗い部屋だった。グレーのスウェットのまま、日野剛也はソファに腰を掛ける。
「せっかく助かったんだ。もう少し嬉しそうにしたらどうかな? 」
日野の側に立っている少年が話し掛ける。端正な顔立ちは長めの前髪で覆われ、背は高く手足も長いがやや細身ですらっとした印象を受ける。
「ふん…感謝はしてるよ」
「僕もまだ組織に入って二年ほどの若輩なのでね。似た境遇のあなたを放って置けなかったんだ」
「上はなんて言ってる?」
「アレの奪還に失敗した事は残念だが、居場所は知れてるのだから焦る事はない。機を狙い確実に確保されたい、だそうだ。アレが重要な存在なのは確かだが、今すぐ手元にいないと困るという程ではないらしい。協会に囲われている今は、安全ではあるしね」
「そうか。この手の組織はミスしたらすぐに消されるんじゃないかと思ったぜ」
「組織は魔導士の同胞には寛大だよ。同志として、守るべき対象だとね。ただし、組織に歯向かうものには容赦ないけど。さて…あなたはこれからどうする? 」
「機を狙い…なんだろ? いつチャンスが来るかわかんないけどよ」
「好機は今かもしれないよ。今なら僕も手伝ってやれる。アレの居場所も確実に分かるし、手土産も持ってきた。成果を上げれば、今回の失態も取り戻せるだろう。組織内での信頼も勝ち取れる。それに負けたまま終わりたくはないだろう。どうだい? 」
「手土産…? 」
「ああ、これだ。見るのは初めてだろうけど」
手に持っていたアタッシュケースから、何かを取り出す。直径四センチ程の小さな機械の中心に、大きめのビー玉のような水晶体が埋め込まれている。それを日野の前にあるテーブルに置いた。
「なんだ、こりゃ」
「賢者の石片。魔導と科学の複合技術である、魔科学の産物」
「名前はオレでも聞いたことがある。魔導士の魔力を高めるとかいうやつか。これが…? 」
「そのとおり。魔導犯罪者が喉から手が出るほど欲しがる逸品だ。製造と使用が禁止されている希少な物だけど、組織なら容易に手に入る」
「はは…すげえな。一人でいる時はこんなの到底手が届かなかった」
「だろう? 個の力には限界がある。これが組織の力だ。日野剛也、あなたも今やその一員なんだ。あなたは…いや、我々はまだ負けていないよ」
日野は妖しく光る水晶体を見つめる。その様子を見る少年の口元が、邪悪に歪む。しかし、日野は少年の向ける目線には気付かない。日野はしばらく水晶体を眺めて、考え込む。
「だがよ…俺はコレを使っても、あの協会の魔導士には勝てねぇ気がするんだ」
「神楽誠奈人だね。彼はそんなに強かったかな? 」
「ああ。一瞬で負けた。勝負にすらならなかった。俺も魔導士と戦ったことが無い訳じゃない。実力の差を痛感したよ、さすがに。それに、あいつには心でも負けてるんだ。魔導士にとって大切だって言うだろ」
「そうかな? 彼がそんなに大層な信念を持っているとは思えないけど」
「なんだ、知ってんのか? 」
「人づてにね。協会の中でもそれなりに力のある魔導士だから、どんな人なのか聞いた事があるっていう程度だよ。ところで、どうしてそんなに彼を評価してるのかな? 」
「…あいつ収容所に来たんだよ。今まで協会の魔導士なんて碌なもんじゃ無いと思ってたが…あいつの目を見て話を聞いてたら、なんか、俺と同じようなところもあんだなって思ったんだよ。今まで汚い物もたくさん見てきて、その上で真っ当な生き方を決めた…どうしてそんな決断ができたのか俺にはわかんねー。俺にはできなかったからな」
少年は黙って話を聞いていたが、その瞳は徐々に冷たさを増していった。やがて、汚物でも見るかのような、嫌悪感に満ちた物へと変わる。日野はそれに気付かず、固まっていなかった自分の頭の中を整理しながら言葉を絞り出す。
「仕舞いには、改心したらどうだって俺に説教垂れやがってな。しかもその理由が、その方が人生良い方向にいくから、だとよ。今更そんな事よ、馬鹿言ってんじゃねえよな」
自分でも気付かないうちに、笑みを浮かべている日野。少年は氷のように冷たい目線を、日野に突き刺す。
「そうか…ずいぶん気に入ったんだね、彼が」
「そんなんじゃねぇよ」
「いいや、そうだね。それに…改心、するつもりなのかな? 今更」
少年に言われて我に帰る日野。自分は何を言っているのか。しかもこんな事を、組織の人間に対して漏らすとは。
「そ、そういうわけじゃ…うっ!?」
少年は日野の頭を鷲掴みにし、そのまま力で強引に持ち上げる。抵抗する間もなく日野の体が宙に浮く。
「う、うぅ…!!」
「残念だよ日野剛也。せっかく助けたのに…裏切るなんてさ。だったらせめて、あんたのことは僕が有効に使ってやるよ」
日野の悲鳴が、辺りに響く。しかし、それを聞いた者は誰もいなかった。ただ一人を除いて。
日野の脱走。危惧していたとおりの事が起きてしまい、少し苛立つ誠奈人。今は捉えた魔導士を引き渡し、現場の事後処理も終わろうかというところだった。
「まったく…捕まえたのは俺なんだぞ」
ふー、と大きく息を吐いて気持ちを落ち着かせる。組織の政治的な問題に振り回される事は初めてでは無いが、せっかく捉えた魔導犯罪者を逃してしまうのはあまりに実害が大きいと言わざるを得ない。しかし末端の一兵卒に過ぎない誠人にはどうする事もできない問題だと理解はしていた。そしてこのような問題は魔導士の世界だけでなく、あらゆる場所で起きているということも。
「なあ、あんた」
声をかけられ、我に返る誠奈人。目の前には20歳前後かと思われる若い男が立っていた。赤っぽい派手な色のシャツを着崩し、髪は明るめの茶髪に染めている。お世辞にも素行が良さそうには見えなかった。
「今回の件の被害者の方でしたね。どうされましたか」
「あいつ、どうなんの? 厳しくやってくんないと困るんだけど」
「すみませんが、まだわかりません。事情聴取などをこれからやっていきますから」
「呑気な事言ってんじゃねーよ! あんなやつぶっ殺した方がいいだろうが」
「傷害のみで死刑になることはありません。その辺りは、一般の事件と同じですよ」
「はぁ? 魔導士なんだから普通じゃねーだろうが。いつまた同じ事するかわかんねーだろ! 」
「直接被害に遭われたのですから、厳罰を望む気持ちは分かります。ですが、日本は法治国家です。魔導法含む各種法律に則って対応する事になります。どうか、ご理解ください」
男はまだ納得がいっていない様子だったが、協会職員の一人が割って入り、後を受け持った。
「お疲れ様でした。あとは我々にお任せください」
「…すみません、ではお言葉に甘えて」
別の職員に声をかけられ、誠奈人は退散する事にした。振り返ると、件の男はまだ声を荒げて何かを訴えていた。気付かれないように、誠奈人は足早に立ち去った。
「魔導士なんだから、普通じゃない…か。『普通』ってなんなんだろうな」
寮への帰り道、一人でとぼとぼと歩きながら誠奈人は独り言を漏らす。空には夕焼けが広がり始め、夕飯時が近付いていた。手を繋いで歩く親子や、どこかの家から漂ってくる炊事の香り。ともすれば風情を感じさせる情景だが、誠奈人は一抹の切なさを感じていた。母親の手を引いて走る幼子とすれ違い、思わず振り返る。悲しげな表情を見せた後、自分でもそれに気付いたのか、歪な微笑みを顔に貼り付けて誤魔化す。
「『普通』の子供ってのは、あんな感じなのか…な。俺には縁が無いけど」
前を向き、再び歩き出す。歩かなくてはいけない。
「俺たちは…魔導士は…どうしてまだこの世界に存在しているんだろうな」
応える者は誰もいない。と、思っていた。
「生存戦略がうまくいってるからじゃないかな」
誠奈人は驚き、声のした方を向く。いつの間にか自分の横を少女が並んで歩いていた。小柄で身長は130センチ程度。絹のように滑らかな白銀の長髪と、同じ色の透き通るような瞳。どこか超然とした雰囲気を纏っていた。
「きみは…? 」
「フェレという」
「そ、そうか…それが名前か」
「フェレも魔導士だから、おもわず質問に答えてしまったの」
「魔導士、なのか。ここで何してたんだ? どうして俺の横を歩いてる」
「なんだか気になったから。あなたからは面白そうな魔力を感じた。そしたら興味深いことをつぶやいていたから。フェレのセンサーはすぐれている」
「…日本語、上手なんだな。日本人じゃないだろ? 」
「フェレは、だいたいの言語はなんとなく話せるよ。それよりも、さっきの補足だけど」
「あぁ、生存戦略か」
「そう。かつて魔導士は、神聖視されて民から崇められていた。日本では巫女や陰陽師などがそう。だけど時代が進み科学や技術が発展するにつれて、人々は魔導を高次元なモノとは捉えなくなった」
「……」
誠奈人はその少女の言葉から、なぜか耳が離せなかった。自分よりもずっと幼く見える少女の話を、興味深いと感じていた。
「それでも自分たちに無い力だということは変わらない。だからそれはやがて恐れになり、忌避になり、人々と魔導士の間に壁ができた。だから現代の魔導士は、魔力を持たない人々となんとか共存するために、悪い魔導士をつかまえるという役目をはたし、多数派である非魔導士との諍いを減らすように立ち回り、バランスをとろうとしている」
「ということは、悪い魔導士がいなくなったら、共存はできないのかな」
「共通の敵がいなくなると、仲間だった者達の間で争いがはじまる、というのはよくある話だとおもうよ。なにか別のアプローチがあるといいんじゃないかな」
「よく考えてるんだな、フェレは」
「フェレはたくさん物を知っているから、えらいよ」
「そうだな、俺ももっとたくさんの事を知る必要があるな。自分なりの答えを見つけるためにも」
「いまの答えでは、不満だった? 」
「いや、そうじゃない。客観的事実としては正しい。だけど、他にも何か答えはあると思った。見つけられるかはわからないけど、答えを探すという行為は続けたい」
「ふんふん。知的生命体らしくて、いい考えだね。あぁ、そっか。『どうして』というのは、魔導士が生き残った原因というよりも、その存在理由のことだったのかな」
「大層な言い方をするんだな…フェレはいくつだ? 」
「あなた、名前は? 」
「俺は、神楽誠奈人。日本魔導協会の魔導士だ」
(こっちの質問には無視されたな…)
「誠奈人…いい名前だね。フェレはそろそろ行くけど、またどこかであったら遊ぼうね、誠奈人」
振り返り、笑顔で手を振りながら、少女は駆けて行った。あっという間に現れ、そして消えた。銀髪も相待って、まるで霧や霞のようだった。
「変わった子だったな…」
不思議な雰囲気のある少女だった。しかし、彼女の事を誠奈人は不思議と好意的に感じていた。偶然とはいえフェレのおかげで頭の中のもやもやが解消され、帰り道を急ぐ誠奈人だった。今では今日の食堂で出される夕飯が何かを考えていた。




