第1章:第7話『東京魔導士収容所』
ガコン、と重い扉が開き一人の男が部屋に入ってくる。神楽誠奈人は椅子に座り、分厚いアクリル板越しに男を見据えた。支給品であろう全身グレーのスウェットに身を包み、両手に手錠を掛けた男の名は日野剛也。莉央奈を襲って誠奈人に返り討ちにされた魔導士だ。アクリル板を挟んで誠奈人に向かい合うように、椅子に腰掛ける。日野は協会に捕縛された後、この東京魔導士収容所に連行された。魔導士は魔導を行使して脱走する恐れがあるため、専任の魔導士や専用の装置を用いて発生させた、魔力の使用を抑制する特殊な力場の中に収容した上で厳重な警備がしかれる。
「てめぇか…むかつくツラ見せやがって」
「なかなか口が固いと聞いたんでな。俺も直接話してみたかった」
「飽きもせずに取り調べってか。暇なこった」
「地道な調査も仕事のうちだ」
魔導士の起こした事件については、基本的に警察ではなく魔導協会が捜査を担当する。協会による取り調べが連日続いていたが、日野は事件については黙秘を続けていた。
「あの日、あの少女を狙ったお前の行動。今までのお前の犯行とは毛色が異なる。これまではどれも金銭目当てだった。そして一連の犯行の後、しばらくお前は行方を完全にくらませた。一時的とは言え協会の追跡から逃れるほどにな。そして再び姿を現したと思ったら、これだ」
「ふん、何が言いてえ」
余裕の態度を崩さない日野。
「お前、どこの組織に拾われた? 」
日野の表情がわずかに強張る。
「ただのチンピラ魔導士が、そんなに上手に身を隠せるとは思えん。そして再び現れた時には今までとは全く違う行動を取った」
冷たい目線を日野に向けながら、誠奈人は淡々と低い声で続ける。
「でかい組織に匿われたんだろう。そして今回の件は、そこの差金だ」
静寂。目線は逸らさないが、日野は何も答えない。
「沈黙が答えだな」
「…言ってろ」
「粗暴な男だと思っていたが、意外と冷静だな。それとも組織への忠誠心が高いのか。チンケな組織ではない事は確かみたいだ」
一瞬、誠奈人を睨みつけた日野だが、数秒固まるとふーっと息を吐き、落ち着く。
「なぜ、暴力を振り撒く」
「は? 」
「あんたが人を傷つけるために魔導を使う理由はなんだ。最後にやったコンビニ強盗は金に困ってやったと思われるが、その前の暴行事件は何が目的だ。それであんたは何が満たされた? 」
怪訝そうな表情で見る日野。暫くの沈黙の後、口を開いた。
「むかついたからだよ。あいつら、魔導士を見下してやがった。てめぇらの方が数が多いってだけでよ。何の力もないくせに。どいつもこいつも…おまえも魔導士ならわかるはずだろうが」
「まぁ、な。理解はできるが同意はしない。俺はそういう生き方は選ばなかった」
「魔力を持たない連中の味方だろ。良いように使われやがってよ。せっかくの魔力が泣いてんぞ」
「別に、俺は彼らの味方ってわけじゃない。協会にいる者の大半も、魔導士と魔力の無い人々との調和が目的だ。服従しているわけじゃない」
「…ふん。そうかよ。ご立派な理想だな」
「あんたも色々やってきたが、殺しはやってない。それ以外は良いというわけではないが、まだ引っ込みはつくだろう。更生してまともに生きてくつもりはないのか」
「ないね。ぶちのめした連中に悪いとも思わねえ」
「筋の通った動機があったとしても罪は罪だ。相手にも非があったって、あんたのやった事が認められる訳じゃない。だけど、罪を抱えて生きてく覚悟があれば、やれない事はない。償って前を向けばいい」
「ふん…偉そうに」
「これは説教じゃなくて、こうした方がいいんじゃないかっていう、提案だ。その方が人生良い方向に行くと思っているからな。俺は同じ魔導士として、あんたがそうなる事を望む。ガキの戯言と思うかもしれないが、俺もこの道に足を踏み入れて長いもんでね。色々な物を見てきた末の考えだ。まぁ、検討くらいはしておいてほしい」
誠奈人の本心からの言葉だった。今まで多くの魔導犯罪者を捕らえてきたが、根っからの悪ではなく、どこかで道を踏み外した者も多くいた。特に魔導士は、魔力があるというただそれだけで社会から弾かれることも多い。真っ当な道に戻れるのなら、その道を選んで欲しいと考えている。
「さて、話は終わりだ。参考になった。ありがとう」
日野から返答は無かったが、誠奈人は立ち上がり、先に部屋を後にした。収容所内の通路を歩きながら誠人は考えを巡らせる。
(収穫はなし…か。一旦そっちの捜査は任せて、俺は護衛の任務に注力するか。敵が莉央奈を狙っているなら、必ず尻尾を出す。一番大切なのは、何があっても彼女を守り切ることだ。気を引き締めるか)
日野は看守に連れられて檻の中に戻った後、腰掛けて誠奈人との会話を思い起こしていた。
「罪を抱えて生きていく…か。ふん、今更そんな事…」
思えば、自分に対して諭すような言葉をかけた人間は、初めてだったかもしれない。周りには魔力を持つ人間があまりいない環境で育った。暴走族あがりの両親は、自分を便利な道具としか思っていなかった。子供の頃は言われるがままに力を振るった。借金取りから逃れる為に住処を転々としていたからか、魔導協会に関わる事もなかった。気づいたら父親はいなくなり、母親も自分を置いて蒸発した。それでもなんとか生きてきたが、結局周りの人間は自分を見下すか、便利な道具としか見ていなかった。
「今更何が変えられるってんだ。それに、散々オレを使い倒してきた奴らの良いようになるなんて、気に食わねー」
なぜ、あの少年はあんな事が言えるのか。なぜ、こんな世界で他人のために戦えるのか。日野には理解できなかった。他者を信じることなんてできない。利用して、潰して、殴って。それが日野にとっての他者との繋がりだった。世界は、そうやって自分と繋がってきた。
「そうだ…オレにもあいつみたいな力があれば…同じ魔導士なんだ。どうしてオレは…」
日野の両親は魔導士では無かったし、日野自身も魔導学校に通ってはいなかった。だから、日野はまともに誰かに魔導を教わった事はない。いつも我流で魔導の腕を磨いてきた。魔力の上手な扱い方は、一朝一夕で身につくものではない。誠奈人との力の差を痛感した日野は、自分の今までの生き方を思い返していた。
「…オレとあいつ、何がそんなに違うってんだよ」
考えれば考える程、誠奈人との問答が頭から離れなくなり、心が揺さぶられる。そんな自分に腹が立ち、舌打ちをしてから寝転んで目を閉じた。
「……くそっ」
誠奈人は収容所のロビーまで戻ってきたところで、声を掛けられた。
「神楽さん、お待ちしてました」
スーツを着たその若い男性には見覚えがあった。ちゃんと挨拶をした訳ではないが、確か魔導協会の職員だ。何度か顔を見掛けた事がある。
「あ、どうも。どうしたんですか? 」
「すみません、対魔導士の案件です。現場に最も早く迎えるのは神楽さんだということで。私は送迎係を仰せつかりました。三木隊長からの正式な依頼です。まもなくそちらの電話に連絡が入るかと思いますので、恐縮ですが移動しながらお願いします。車までご案内しますので」
「了解です。よろしくお願いします」
万年人手不足の魔導協会は、他部署との連携が盛んで、皆フットワークが軽い。このように出先ですぐに別の仕事の対応に回る事もある。この男性職員も、何か別の要件で近くにいたのだろう。
(魔導士じゃない職員の人も大変だよな。むしろ、魔導士じゃないのに協会に入ろうっていう人材の方が貴重なんだろうな。だけどそういう人がいてくれないと、事務とか容疑者の調査とか、とても追いつかないからな)
誠奈人は駐車場に停めてある協会所有の乗用車まで案内された。後部座席に座るように勧められたが、なんだか偉い人みたいだからと助手席に乗り込む。発車してしばらく経ってから、誠奈人は男性職員に話しかけてみた。
「顔を合わせた事はあるけど、ちゃんと話すのって、初めてでしたよね」
「ご記憶いただけていたとは、恐縮です。私は調査班の真田正志と申します。普段は聞き込み調査や各種調査資料の作成などを担当しています。実莉央奈さんの件に関しても、調査に関わらせていただいています」
「そうでしたか。いつもありがとうございます。例の事件は色々大変で、面倒かけます」
「いえいえ。私達は戦ったりできませんからね。自分に出来ることをやれればと」
「そういえば、敬語じゃなくても良いですよ。自分の方がずっと年下だと思いますから」
「とんでもない。神楽さんは魔導隊のエースですよ。協会員としても、私より先輩ですし」
「ふぅん。じゃあ俺はタメ口で話すからな、真田。後輩なんだからいいよな」
「あはは、お戯れを。じゃあ、神楽君と呼ばせてもらおうかな」
「今更だけど真田さんが察しの良い人で良かったです。本気だと思われたらまずかったな」
「神楽君も、思ってたよりユーモアのある人なんだね。クールな印象が強かったんだけど」
「よく言われます。普段、冷たく振る舞ってるつもりはないんですが。人と話すのが上手い方じゃなくて」
「今度皆にも教えてあげようかな。神楽君は気さくで話しやすい人だって」
「助かります。神楽はそんなに悪いやつじゃないですよ」
丁度その時、スマートフォンの着信音が鳴り始めた。この音は誠奈人の私物の方ではなく、協会から支給されている、業務内での連絡用の物が発する着信音だ。発信元が三木である事を確認し、誠奈人は通話に出た。




