第2章:第18話『魔道士を憎むもの』
後輩へのプレゼントを買った美心は、引き続き街中をぶらついていた。手持ち金はあまり無いので、専らウインドウショッピングを楽しもうという算段だ。洋服店や雑貨屋をハシゴしながら、時間を過ごす。
「通り魔の事があって、最近ピリピリしてたから…気分転換になったかも」
先日学園を通して、後輩を襲った通り魔事件の犯人が捕まったという連絡が美心のもとにも届いていた。しかし、その捕まった人物は当初の事件の模倣犯であり、真犯人はまだ捕まっていない。つい先程の取り調べで発覚した事だが、美心はまだその事実を知らない。犯人が捕まったと思っているからこそ、一人で街を歩き回っている。
「最近はデパートとかの試食が昔より減った気がするなー。好きなんだけど」
小さく独り言を言いながら、あてもなく歩いて行く。すると、美心は不意に誰かの視線を感じた。何となくだが、誰かがこっちを見ているような、そんな気配がした。辺りをさりげなく見回してみたが、休日な事もあり、それなりに人が多く、自分の方を見ている者を見つけることはできなかった。
(気のせいかな? なんか見られてるような気がしたんだけど)
歩きながら不自然にならない程度に視線の正体を探すが、やはり見つける事はできない。
(みーこが可愛すぎて、誰かが二度見しちゃったとか、かな? んもー、しょうがないなぁ)
通り魔事件の犯人が捕まったという知らせを聞いた事もあって、美心は安心していた。そして、頭から抜けていた。自分はSNSで顔を出して写真を投稿していること。SNSに批判的なコメントが投稿されていたこと。そして、知らなかった。通り魔事件の真犯人はまだ捕まっていないこと。その真犯人とSNSに投稿した者が同一人物だということ。その人物に莉央奈を追っている組織の構成員―行商人が接触したということ。そして、今この場に、その真犯人がいることも。全てが悪い方向へ噛み合ってしまった。その男は…人混みの中に潜み、美心にじっと視線を送っていた。
時間は少し遡る。至遠と行商人が接触した後。美心がデパートの中で後輩へのプレゼントを物色している頃。真犯人の男は行商人に呼び出され、とある路地裏で接触していた。至遠は姿を隠し、遠目からその様子を伺っている。
「急に呼び出してしまい、すみません」
行商人は、顔に満面の笑みを貼り付けたまま語りかける。
「い、いえ…それで、何を? 」
「はい。お約束どおり、あなたの力になれればと思いまして…まず、あなたは何故あのような事件を起こされたのです? 」
「僕は…魔導士が憎いんです。魔導士のせいで人生何もかも上手くいかなくて…でも、今まではずっと我慢してたんですけど…」
「ふむふむ。何か、特別な事があったのですか? 」
「仕事をクビになったばかりで…その仕事も、ずっと深夜まで働かされてて、疲れもあって。心が、ぐちゃぐちゃだったんだと…」
「そんな時に、憎い魔導士と出会ってしまったのですね」
「は、はい。コンビニでたまたま、東京魔導学園の制服を着た生徒と一緒になって。でも僕はすぐに離れたんです。でも、あの二人が僕をついて来たんです。それで、僕をゴミでも見るような、汚い物を見下すような、そんな目で見て来たんです…わざわざ。僕は関わらないように離れたのに! 僕の人生を壊して来た魔導士が! 」
「なるほど…それで、つい、カッとなって…というやつですかな? 」
「はい…気付いたら手が出てました。頭で考えてというよりは…もうどうしようもありませんでした」
「そうでしたか…それは、あなたは悪くありません。その魔導士の二人が、わざわざあなたを傷付けるために迫って来たのですから」
「そう…ですよ、ね 」
「勿論です。それで…あなたの心は軽くなりましたか? 魔導士に報復して、どうでしたか? 」
「心が、軽く…? 」
「そうです。あなたにとって忌まわしい存在、魔導士をその手で打ちのめしたのです。心が晴れるような感覚はありませんでしたか? 自分を今までずっと傷付けてきた連中に復讐できたのですから」
「復讐…そう…ですね。そうかも、しれません。やってすぐは慌てて…まずいって思ったけど。そういえば、あの時感じたどす黒い気持ちは、今は無い気がします」
「素晴らしい。では、間違っていなかったのですよ。あなたは正しい事をしました。世間でも魔導士の排斥を望む声は多く上がっています。あなたはその先陣を切って行動を起こした。勇気ある、讃えられるべき事ですよ」
「確かに、魔導士を憎んでるのは、自分だけじゃない…だけど、だけど…その人達と僕は違うんです」
「…存じておりますよ。あなたのおっしゃりたい事は」
「えっ!? 」
「大丈夫です。あなたの抱えるその矛盾も、ワタクシは肯定いたします。さぞ、辛かったでしょう。どうする事もできなかったでしょう」
「はい…はい。そう、なんです」
「では、続けましょう。あなたは間違っていない。大丈夫。あなたに力を授けます。その力があれば…あなたは復讐を完遂できます」
「力…? また、魔導士を襲うって事ですか」
「違います。復讐…いや、粛清と言っていいかもしれません。今回あなたが罰を下した魔導士も、あなたに酷い事をしたじゃありませんか。今まで、皆そうだったでしょう? 誰もあなたを助けてはくれなかったでしょう。だったら、自分で道を切り開きましょう。ワタクシがその手助けをします」
「助けては…くれませんでした。僕は…一人だった」
「今は違います。ワタクシが着いております。大丈夫ですよ」
行商人は男の心の隙間に入り込むように、耳触りの良い言葉を繰り返した。催眠をかけるかのように。それは真っ黒だった男の心に、見事に染み渡っていった。正常な状態であれば、ここまですんなりと信じてしまう事は無かったのかもしれない。しかし、男がそういう状態だったからこそ、彼に選ばれてしまった。
「さぁ…これを手に取ってください」
「これは…」
「扱い方は、後でお教えします。そんなに難しいものではありませんがね。さて…早速ですが、それの力を試してみましょう。実は、すぐ近くに魔導士がいるようなんです」
「魔導士が…こんなところにも」
「どこにでもいますよ。身を隠しているだけでね…」
「どうして、分かったんですか? 」
「ふふ、それはいずれお教えしますよ。ワタクシは皆様をお助けするために、様々な用意があるのです。とにかく、ここから近くのデパートの中に、一人魔導士が潜んでいます。まだ入ったばかりですから、しばらく時間があるでしょう。その間、ゆっくりとお話しましょうか…ソレの使い方も含めてね」
「お願い…します」
「自信を持ってください。今のあなたは、もう誰にも縛られない。虐げられる存在ではなく、立ち向かう力を手にしたのです」
「力…僕が…」
「実感、わきましたか? 」
「少しだけ、ですけど。もう…僕は、今までの僕とは違うんだ…」
「その調子です。素晴らしいですよ…本当に。クックック…」
行商人の悪意を秘めた笑いに、男が気づく事は無かった。
時は戻り、デパートを出て街を歩く美心と、人混みに紛れてその後を追う男。
「あの人の言ったとおりだ…魔導士がいた。しかも、あの子は…SNSで見つけた…」
男は美心の事をはっきりと記憶していた。どのようにして目に入ったのかはもはや記憶に無いが、SNSに流れて来た写真の魔導士。魔導士のくせに、楽しそうに、キラキラして、そんな事あってはいけないと思った。許せない…その思いに支配され、彼女に対して批判的な、叩きのめすような発言を残した。
「僕の事は無視して…あれからもずっと同じ事を続けている…なんなんだよ。馬鹿にしやがって」
行商人による誘導もあり、男の精神は既に少し錯乱状態にあった。それでも彼の言いつけを守り、今は騒ぎを起こす事なく、人混みに身を潜め、美心を見失わないように尾行していた。美心は休日という事もあり、完全に気を抜いていた。さっき感じた目線も、恐らく気のせいだろうと、忘れる事にした。やがて美心は大通りを外れて細い道に入っていった。
「最近行ってなかったけど、あそこのドーナツ屋さんまだあるかな? 美味しかったんだよねえ」
近くまできた事で、以前立ち寄った店を思い出し、その方向へ向かっていた。幸か不幸か、人混みから外れた方向へ歩く美心。男は距離をあけてそのまま後を追い続ける。
「あ、あった! やったねっ」
やがて、裏通りにあるドーナツ屋に辿り着く。美心はその店にまっすぐ向かい、店先で陳列されている商品に目線を映す。一方、男は周囲に隠れるようなところが無く、どうすればいいか悩んでいた。立ち止まっているのも不自然だが、通り過ぎればその隙に見失ってしまうかもしれない。すると、男は自分の周りを透明な『何か』が覆った事に気付いた。
「こ、これは…? 」
「動かないで。ワタクシ達の姿は今、外からは見えていません。カメレオンのように風景に溶け込んでいます。しかし、動いたり大きな声を出したりすると、気付かれてしまう可能性が高い」
男の隣には、いつの間にか行商人の姿があった。
「あなたも、やっぱり…」
「隠していて申し訳ありません。ですが、最初から話していたら、あなたに信用して貰えないと思ったのです。ですが、ワタクシも魔導士の身でありながら、魔導士という生き物が嫌いなのです。だからあなたのお力になりたいと思ったのですよ」
「…はい」
「ワタクシの魔導士を憎む気持ち…あなたなら、共鳴してくださると信じております」
男は美心から目を離さないまま、黙りこくった。
「さて、対象が動き始めましたね。もう少ししたら後を追いましょう」
美心は購入したドーナツが入った紙袋と、後輩へのプレゼントが入った紙袋を手に持ち、どこか座れる場所を探しながら歩いていた。ドーナツ屋は店先での販売のみで、店内で飲食する事はできない仕組みだった。
「どこかに、いい場所ないかなー。せっかく良いドーナツを買ったんだから、落ち着いて食べたいよね」
ベンチや公園を探すが、なかなか見当たらない。近隣に無いなら一旦広いところに出ようかと、美心は大通りへ繋がる道へ向かった。
「おや、このままでは人混みに戻ってしまいますね…。仕方ない、ここはワタクシにお任せを。あなたはアレの後を、見失わなずに着いていってください」
男の返事を聞かずして、行商人は音もなく走り出した。更なる裏通りへの道の入口に立ち、どこから取り出したのか、顔を隠す真っ白な無地の仮面をいつのまにか顔に装着している。そして、美心の方向へ指を向け、その先端から魔力の弾を放った。放たれたそれは美心の少し前方の地面に当たり、パキン! という音を立てて消滅した。美心は目の前で爆ぜたそれが、放出された魔力だと瞬時に察知し、発射されたと思われる方向を向いた。それを確認した行商人は、背を向けて走り出す。
「待てっ! 」
魔導隊として悪事を働く魔導士を追い続けてきた美心は、考えるより先に体が動いていた。行商人を追いかけて裏通りへと入って行く。そして男はその後を、全速力で追いかけた。その通りは複雑で、行商人は何度も曲がり角を曲がって走るが、美心もそれを見失わずに追い続けた。やがて美心は行き止まりに辿り着く。曲がり角を曲がる直前まで前方に不審人物が確かに前を走っていたのだが、その袋小路には誰の姿も無い。
「いない…一体どこに? 」
上に逃げたか、それともどこかに隠れているのか…。美心が頭を回転させて次の行動を考えている最中に、その背後に男が追いついた。普段の運動量の差が出たのか、息が切れている。その乱れた呼吸音を聞いて、美心が男の存在に気付く。
(さっきとは違う人? まさか…誘い込まれた? )
自身が罠にかけられた可能性を考え、美心は身構える。
「あなた、一体何者ですか? 」
「…うるさい」
「…うるさくないです。乙女の後を追いかけて来るとは。それ相応の理由があるんでしょうね! さっきの仮面の人はグルですかっ? 」
「うるさぁぁぁぁい!! 魔導士のくせに!! 魔導士は…みんな、みんな消えろっ!!」
自身に向けられた憎悪。それを感じ、美心の頭の中でいくつかの点が線で繋がっていった。確証まであった訳ではないが、真っ先に思い立った男の正体を、美心は口にした。
「あなたまさか…SNSの? 」
「そうだ…おまえが魔導士のくせに、楽しそうにヘラヘラしてやがるから! 」
「…魔導学園の生徒が襲われた通り魔事件、あれにも関わっているんですか? 」
犯人を捕まえたという一報は学園から入っていた。しかし、報道にはまだ情報が出ていない。とは言っても、これは美心の勘によるところが大きかった。自分に向けられたこの黒い感情から、暴力的な何かを感じ取ったからだ。
「そうだっ…! あれは、あのガキ共が悪いんだ。魔導士のくせに、僕を見下しやがったから! ゴミを見るのうな眼で! 許せるわけないだろぉ!! 」
「…きっと、何か悲しい行き違いがあったんですよ。あの子達はそんな子じゃありません」
「うるさい! 僕が嘘をついてるって言うのか! お前も! どうせ誰も僕の事なんか見ちゃいないんだ…! 」
「警察が捕まえた人か、それともこの人か…どちらかが偽物って事かな。それか、共犯か。もしあなたが偽物だったらごめんなさいね。でも、自分から言い出したんですからね」
美心は手に持っていた荷物を地面に置き、戦闘体勢に入る。足を肩幅に広げ、膝を軽く落とし、拳を構える。男はそれを見て、唸り声を上げながら美心に向かって走り出した。
「そんなに痛くないから安心してください。でも、ちょっぴり頭冷やしてもらいますよ。みーこの水流魔導で! 」
美心が両の掌を開いて前に構えると、大気から搾り出されるかのように水が生み出され、球状に形成されていく。それはやがて人の頭部をすっぽりと包める程の大きさになった。美心が右手を一瞬引いてから前方に突き出すと、水の球体は網のように広がりながら男に向かってとんでいく。
「アクア・バスケット! 捕まえて!」
広がった水の網が男に迫り、触れようとした瞬間…男の手が淡く光る。それは魔力特有の輝き。そして、その手が水に触れると、触れた場所から水が氷のように固まっていく。
「あなた…魔導士!? 」
美心は驚き、眼を見開く。続いて、固まって地面に落下した、水の塊に眼をやる。それはゴロゴロと石材のような音を立てながら、男の足元をころがり、やがて止まった。
「水が凍った…いや、固まった? ひょっとしてあなた…みーこの天敵、ですか? 」
苦笑いと冷や汗が、美心の顔に浮かび上がる。水野美心、ピンチである。




