第2章:第17話『暗躍するものたち』
誠奈人と大治が模擬戦をしている頃、とあるホテルの一室。簡素なソファに久住至遠は腰掛け、片手に持ったスマートフォンで何者かと通話していた。
『もう怪我はいいようだな』
「おかげさまで、完治しましたよ」
『日野剛也は未だに目を覚さない。このまま二度と目覚めない可能性もある』
「その時は、その程度の魔導士だったというだけですよ」
『以前も言ったが、同胞はもう少し労わるように。彼の素行の悪さはこちらも認識していたが、君にそれを罰する権限は無い。問題にならずに済んでいるのは、私の便宜による物だと忘れないように。そして、それは君が組織にとって有益な人間だからだ』
「重々、承知しています」
『ならば良い。君の発作…破滅願望も少しは収まる事を願っているよ。ところで、近いうちに組織の人間が一人君に接触する』
「そうですか。一体誰です? 」
『行商人だ』
「…あまり会いたくありません」
『彼は君に会いたがっていたぞ』
「僕が賢者の石片をぞんざいに扱った事を咎めたいんでしょうね」
賢者の石片は魔導士の能力を一時的に向上させる兵器だ。至遠は同じ組織の一員である日野に対して、これを強引に使用したが、脳に接続して日野の自意識を奪うという使い方をした。強大な魔力が本人の許容量を超えて脳に流れる事による副作用で、本来の使い方ではない。
『いや、むしろそれは関心していたくらいだ。その使い方をした者を実際に拝むのは初めてだと。精密な魔力操作が出来なければ実現しないそうだからな』
「そうですか。あの人は組織の武器庫番だ。彼が認めてくれたのなら、いよいよこの前の件はお咎め無しでよさそうですね。助かりました」
『行商人としてはむしろ、嬉しい事だったようだ。彼は自分の仕入れた物品が兵器として有効に活用される事を何より望んでいる』
「故にコードネームが行商人。商人とは言っても、いわゆる死の商人というやつですね」
『彼は魔科学以外の、一般兵器への造詣も深い。科学が発展した現代においては心強い存在だ』
至遠も顔を合わせた事があるが、なかなか掴みどころの無い人物だった。世界中から、主に魔科学による武器や兵器を集め、そしてそれを必要に応じて組織の人間や他の魔導士に与える。今では組織にとって必要不可欠な存在と化していた。
「ところでその行商人は、何故ここに? 」
「彼にはしばらく揺動をしてもらう。日本国内の魔導事件を適度に大きくする事でね。他の国では別の者がその役目を担っている」
「本当の目的を隠すため…それと、魔導士の決起を促すためですか」
『そうだ。この世界には我々の同胞となり得る魔導士が多く存在している。一方で、魔力を持たぬ者の側に立つ魔導士もいる。日本では魔導協会がそうだが…可能であればその戦力を削ぐ事も目的のひとつだ』
「…確かに、連中は目障りですからね」
『協会を見限った君の判断は正しい。我らはあの方の元、必ずや新たな世界を切り開く』
「僕もその理念のために、この組織に参加したんです。やれる事はやらせてもらいますよ」
『期待しているぞ』
至遠は、天井を見上げて息を吐いた。テーブルに置かれていたコップを手に取り、氷で冷やされた水を口に運ぶ。乾き切った喉に冷水が流し込まれ、喉が大きく音を立てる。
『ところで、あの実莉央奈と接触してどうだった? 』
「…何も。アレには記憶が無いんですから。特に何の反応もありませんでしたよ」
『こちらの情報が漏れる心配も無さそうだな。魔導を使ったそうだが、大した脅威にはならないだろう』
「アレ単体では何もできませんからね。来たるべき時までに手中に収めておけば良いという話ですね」
『そうだ。慌てる事はない。君が神楽誠奈人に固執する気持ちは分かるが、今そのためだけに動く事は看過できない』
「弁えています。アイツとはいずれ、相応しい場で決着をつけます」
「彼も、日本においては少々厄介な存在だ。単純に戦力で言えば神代のせがれ等、上はいるがね。まだ若く伸び代も大きい。君と同じくな。本人は知らぬだろうが、組織との因縁もある」
至遠がわずかに顔をしかめると、部屋の入り口の扉が軽くノックされた。
「どうやら、来たようです」
『そうか。では、当面の事は行商人に指示をしてある。彼と話をしてくれ。君はしばらくバックアップだろうがな』
「了解しました。それでは―」
通話を終え、至遠は立ち上がる。扉の前で一呼吸し、扉の覗き穴から向こう側を見た。自分の知っている相手だと確認した後、ゆっくりと、扉を開いた。
「お久しぶりです。至遠サン」
そこに立っていたのは、浅黒い肌に黒い髪、彫りの深い顔をした中年男性だった。かつて、通り魔事件の犯人と接触した男。黒い中折れ帽を右手に持ち、怪しい笑みを至遠に向ける。
「あぁ。立ち話もなんだから、中へどうぞ」
室内に招き入れられ、その男―行商人は、キャメルコートを脱いで側にあったハンガーにかけてから椅子に腰掛ける。
「失礼。色々と歩き回っていたら少々疲れまして」
「既に何か根回しを? 」
「本当にたまたま、丁度いい種を見つけたものですから。水をまいていたのです」
「水…ね。ふふ、与えたのはもっと劇物じゃあないのかな」
「ハハハ、人聞きの悪い。ワタクシは迷える子羊に、望む物を与えているだけです。力という、だれもが欲しがる物をね」
「あなたに貰った賢者の石片…実に役に立ったよ。必要とあらばお返しする。半壊してるけどね」
「非常に面白い使い方をされましたね。先日、あなたが手を加えた被験者・日野の状態も拝見したのですが、それはそれは痛ましい姿でしたよ。良い物を見せてもらった例として、それは差し上げます。必要とあらばメンテナンスも…内緒ですよ」
「感謝するよ。また面白い物をご覧に入れよう」
「期待していますよ、至遠サン。ワタクシはあなたのファンでして。あなたに秘められた狂気…人の心の闇の深淵を覗いているようで、実にそそります」
「…少し、身の危険を感じるよ」
「失敬! 不快にさせるつもりはなかったのですがね。とにかくそういう事ですから、今後もお手伝いできる事があれば、個人的に協力いたしますよ」
「心強いね。組織内でも独自の地位を確立しているあなたの力添えが得られるのは。まぁ、何かあれば相談させてもらうよ」
「是非に。さて、早速ですがワタクシ、日本魔導協会にちょっかいを出している真っ最中でして。大した事ではありませんが…その成果をまた少し観察に行こうかと思うのです。よろしければご一緒にいかがですか? 」
「しばらく共に行動する事になりそうだからね。折角だから、拝見させてもらうよ」
「光栄です。あなたのやり方を見せてもらったお返しとして…ワタクシのやり方を存分にお見せいたしましょう」
行商人の目尻が歪み、その浅黒い顔に刻まれた笑顔を、より一層怪しく際立たせた。
水野美心は一人で歩いていた。今日は通り魔事件の被害者である二人の後輩に何かプレゼントを用意しようと考え、良さそうな品を探しに来ていた。先日犯人も捕まった事だし、元気を出して欲しいと考えての事だ。
「なかなか良い感じの物が見つからないなぁ」
通り魔事件の起きた商店街とは別の場所にあるデパートを散策していたが、これだという物にはなかなか出会えずにいた。
「あの子達に元気出してもらえるような、贈り物にぴったりの物…やっぱりお菓子かな? でもちょっと無難すぎるかなぁ」
とりあえず見ておこうと、美心はお菓子売り場にやって来た。何回か来た事があるが、真新しい物は特に見当たらない。
「うーん…あ、あの試食おいしそ」
マカロンを小さく切り分けた物が、試食品として提供されていた。それは期間限定のフレーバーらしく、店員が客を呼び込んでいた。美心はマカロンに刺さった爪楊枝を掴み、口に運ぶ。数回咀嚼すると、思わず笑みが溢れる。どうやらお眼鏡に叶ったらしい。
「美味しいですね、これ! 」
「あら、お嬢ちゃん、お目が高い。そちらの商品は今でしたら、こちらの詰め合わせに入っていますよ。もちろん単品でもご用意いたします。」
おばさん店員の案内を受け、美心は迷う事なく詰め合わせの商品を選んだ。二人に渡すにはちょうど良い量だった。今月は消費が多くて若干家計がピンチだったが、可愛い後輩のために財布の紐を緩めた。美心は典型的な後輩キャラではあるが、年下に対しては面倒見の良さを発揮する。
「よし、よきものが買えたっ」
マカロン詰め合わせが入ったビニール袋を手にさげてデパートを後にする美心。鼻歌混じりに街を歩く。
「後は、どうしよっかな…もうちょっとぶらぶらしよっか」
美心は一瞬だけ考えたが、目的があるわけでは無いけどせっかく街に出て来たので、適当に見て回る事に決めた。
警察署の一室で、刑事の後藤と里崎が不満そうに話をしていた。
「後藤さんの言うとおりでしたねー」
「だと思ったよ。何か根拠があったわけじゃねえがな」
「刑事の勘でヤツっすか」
「…まぁそんなもんだ。言葉に出来るもんじゃない」
「犯人は捕まったって、もう周知されたんでしたっけ」
「関係者だけだろ。まだ報道にはそういう伝え方はされて無いはずだ」
「それでも、ですね。魔導協会なんかは結構困るんじゃないですか? 話が変わっちゃって。魔導学園の生徒が被害受けてるんだし」
「あの男はどうも怪しいから、まだ外部には伝えない方がいいと周りには言っておいたんだがな」
「しかし、この前捕まった男が『通り魔事件の犯人じゃなかった』なんて。後藤さんの勘は冴えてますねー。まさか模倣犯とは」
「模倣犯…それも未遂だ。例の事件のニュースを見て自分もやってやろうと刃物持ってうろついてたようだが、実行には移してない。真犯人は別にいる」
「自分がやったんだって嘘をついたのは、自分の手柄にしたかったから…でしたっけ? 意味不明ですよね」
「魔導士をぶちのめす事が、あいつにとったら手柄なんだろ。理解はできないし、する必要もない。真犯人を庇ってる可能性も否定できんが」
「まぁ、その辺は任せましょ。身柄抑えてるんだからもう大丈夫ですよ。未遂のうちに捕まえられたのは良かったですね」
「そうだな、良い事言うじゃねえか。未然に事件を防げたのは収穫だ。そんで俺達は俺達で真犯人を探す」
「しかし、犯人が通ってそうな所の監視カメラがことごとく壊されてるってのは不気味ですね」
「自分でせこせこ壊してまわったのか、仲間がいたのか…」
顎に手を当てて考え込む後藤。すこし考えてから溜息混じりに動き出す。
「ハァ…とにかく、そろそろ行くぞ里崎」
真犯人は、まだ捕まっていない。魔導学園の生徒を傷付けた男は、まだどこかに潜んでいる。




