第2章:第16話『大地の一条』
誠奈人と三木が藤堂家を訪れた翌日の朝。今日は誠奈人と大治が学校の敷地内にある野外の修練場で模擬戦をしていた。側では莉央奈と律華が備え付けのベンチに腰掛けて、観戦している。両者が睨み合う中、大治が地面に手を当てると、そこから土でできた四角い柱が生えた。それは数メートル先の誠奈人の方向へ勢いよく伸びて行った。
「遅い」
誠奈人は迫り来る土の柱を斜め前方にジャンプしてかわし、その上に飛び乗る。風の魔導を使った快ほどではないが、猛烈なスピードでそのまま大治に向かって駆けていく。大治が更に柱に魔力を注ぎ込むと、柱は大蛇のようにその身をうねらせた。誠奈人はたまらずバランスを崩して落ちそうになるが、柱の側面を蹴って離脱した後、左の掌から球状の魔力の弾を放って大治を攻撃した。
「おらあぁっ! 」
大治は柱の根本に手を当てたまま、強く引っ張るような動作をとった。すると、柱が誠奈人を追いかけるように横へ薙ぎ払われ、誠奈人の体を捉える。魔力弾はその柱の動きに巻き込まれて小さな爆発を起こして柱の一部を吹き飛ばした。それでも勢いは死なず、空中で巨大な土の塊を叩きつけられた誠奈人は横に吹っ飛ばされた。
「守りが堅いな…速さで攻めた方が良い。せっかくだし、試してみるか」
誠奈人は快の使っていた魔導を思い出す。自由に舞う風を強くイメージし、右手に握る魔力の刀に、更に魔力を上乗せした。刀の周りに竜巻のように渦状の風がまとわりはじめる。
「纏風刀」
誠奈人は刀を横にして切先を大治の方に向けた。刀身に纏っていた風は、やがて両手でがっしりと掴んだ柄の辺りまで伝播していく。そして、風の勢いは一気に強まり、柄を基点として誠奈人の後方に向け、突風のように吹き荒れた。放出された風によって誠奈人の体が前方へ飛んで行く。そのまま魔力の放出を続けると、竜巻が更に大きくなり、誠奈人のスピードも上昇していく。快が見せた風による加速を、誠奈人なりに自身の得意技である纏魔の装に落とし込んだものだ。
「速っ! 」
大治はとっさに両腕で防御の構えをとり、魔力を集中させた。更に土の柱の一部が鎧のように腕に装着された。誠奈人の刃と大治の両腕がぶつかり、激しい衝突音が聞こえた。大治は仁王立ちしたまま、後ろに押し込まれる。足と地面が擦れて、ズザザッと音と砂煙を上げた。
「いっつつ…結構な速さと威力っすね。今のは藤堂さんに教えてもらったんですか? 」
両者の衝突が収まったところで、いったん小休止となる。
「あぁ。風の魔導は前から練習してたんだけど上手くいかなくて。昨日、藤堂さんが実践をまじえながらコツを教えてくれた」
「それで今日には出来ちゃったんすか? 飲み込み早すぎでしょ」
「さすがに藤堂さんには遠く及ばない。刀を介している事以外は基本的に同じ魔導のはずなんだが、威力は桁違いだ」
「その辺は藤堂さんがさすがですね。というかすぐに追いつけちゃっても困りますけど」
「…大治も腕を上げたみたいだな。あのスピードに対応してくるとは思ってなかった」
「俺も日々鍛錬してますからね。鍛えてるのは筋肉だけじゃないっすよ」
「相変わらず、大治が使う地操魔導は、色々と応用が効いて便利だな。防御が堅いし、大量の土を操れば質量兵器になって威力も出る」
「土や砂が無いとこだと使えないんですけどね。魔力で生み出す事もできますけど、そこにある土を使った方が圧倒的に魔力の効率が良いです」
「魔力で物を作り出すんじゃなくて、操るというのがそもそも良い発想だな。魔力の節約になる」
「一族代々これを使ってたみたいですけど、一条家のご先祖様がどうしてこの魔導を使うようになったかはわかんないんですよね。まぁ特別珍しい魔導ってわけでもないですけど」
「それでも代々紡がれてきた物は、洗練されていく。大治もそれれを大事にするといい」
「そっすね。それじゃ、もういっちょいきますか」
「今度はそっちから仕掛けて構わない」
「うっす」
両者が歩いて距離をとり、視線を交錯させる。大治が一気に駆け出し、サッカーのシュートのように足を振り抜く。地面に擦れさせた足が土を抉り、細かい粒子となったそれは誠奈人へ向かって飛んで行く。ただの土であれば目眩し程度にしかならないが、大治が魔力を込めた事ことで威力が飛躍的に上がり、さながら土の散弾のようだ。誠奈人は魔力で作り出した刀に別の魔導を上乗せする纏魔の装を再び発動する。今度は水の魔導を操る纏水刀を展開し、刀に魔力で生み出した水を纏わせる。誠奈人が刀を振るうと、その眼前には自身の背丈程もある水の壁が現れた。土の散弾はそれに阻まれ、水を吸い込んで泥となり、そのまま地面に落下していく。バシャン! という小気味良い音が聞こえ、水の滴が辺りに舞う。
「守り」
「どんどん行きますよ」
大治が右の掌から魔力の弾を連射する。誠奈人は正面から向かってくるそれを刀で次々と打ち払上った。その隙に大治は手で自身の足元の土に触れて魔力を流し込むと、大治の足元から周囲一メートル四方の地面が隆起した。その勢いと自身の脚力を合わせて空高く舞い上がった。誠奈人もそれに気付くが、大治は上空から誠奈人に攻撃を仕掛けるが、その下からは隆起した地面が波のように誠奈人へと押し寄せる。地上と空中の両方への対応を余儀なくされた。
「成程、良い策だ」
大治の攻撃が届く前にその隙に誠奈人は左手にも魔力の刀を作り出す。左の刀をそのまま振り下ろすと土の津波が一刀両断された。真っ二つに裂けた土塊が誠奈人の左右を通り過ぎて行く。それとほぼ同時に上空からはだいちの手刀が誠奈人を襲う。誠奈人は残る右の刀を、下から峰の方を大治に向けて振り上げた。魔力を込めた大治の手刀と誠奈人の峰打ちが交錯し、金属同士がぶつかり合うような鈍い音が響く。その衝撃で誠奈人の体が下に沈み込み、膝が曲がる。誠奈人はそれ以上は大勢を崩さずに持ち堪え、その時には大治は下半身を捻り、落下の勢いも載せて左足で蹴りを放った。両手が塞がっていた誠奈人の腹に直撃し、後方に吹っ飛ばされる。
「いっ…やるな」
大きなダメージには至らなかったが、誠奈人は顔をしかめて腹を抑える。大治は追撃のため誠奈人の吹っ飛ばされた方向に走る。右の拳を握りしめた大治に対し、すぐに体勢を立て直した誠奈人は、左手の刀を魔力に還元して体内に回収した。両手で一本の刀を握り、大治を迎撃するように袈裟斬りを放つ。しかし、大治は途中で急ブレーキをかけ、バックステップでそれをかわす。誠奈人なら迎撃が間に合い、刀を振るってくると読んで、フェイントを入れたのだった。誠奈人の刀が空を斬り、地面に振り下ろされるのを確認して大治は再び誠奈人に向かって突進する。その距離は既に手を伸ばせば届く所まで到達しており、あとは握りしめた拳を前方に放てば、誠奈人に渾身の一撃を叩き込める算段だった。
「もらった! 」
「俺がな」
勝利を確信していた大治は、誠奈人が余裕を含んだ返答をよこした事で我に返る。誠奈人は振り下ろした刀を一瞬のうちに逆方向へ振り上げる。誠奈人のカウンターを予期していた大治と同じく、誠奈人も大治が袈裟斬りを避けるであろう事を予測していた。拳を放つ動作に入っていた大治は回避が間に合わず、刀の峰による鋭い一撃が下顎に命中する。大治は後方に身を逸らせてよろめくが、倒れる事なく堪えた。
「直前で顎を上に引いたか。良い反射神経だな」
「それには自信があるんで。でもさすがに痛かったっすよ」
「まだやるか? 」
「もちろん。先輩も足りないでしょ」
誠奈人はにやりと笑うと、前方に踏み込みながら刀で四方八方から連続で斬撃を放つ。大治は一撃毎に見極めて回避に徹するが、かわしきれなかったいくつかの斬撃は魔力で強化した腕で防御した。誠奈人は休む間もなく攻撃を続け、徐々に大治が後退りを始める。魔力で強化はしているが、腕へのダメージも蓄積されてきた。
「速すぎて…抜け出せないっ」
斬撃の嵐に押さえ込まれるように、身動きが取れなくなる大治。打開する手段を求めて思考を巡らせる。
(いくら誠奈人先輩の剣捌きが速くても、刀よりも拳の方が攻撃のスピードは上だ。それをカバーするための乱舞なんだ。これで俺の動きを牽制し、自分に有利な間合いをキープしようとしてる)
誠奈人の考えは大治の予測どおりだった。息もつかせぬ誠奈人の連続攻撃は、大治が自身の間合いの内側に入れないように、守りを固めるためのものでもあった。誠奈人は自分の弱点を洗い出し、それを補う戦術を試していた。刀の間合いの内側に入る事ができれば、リーチは短いがスピードで勝る徒手空拳で戦う大治が有利になる。しかし、容易にそれを許す誠奈人ではなかった。大治が一歩進もうとすると、すかさずその足を止めるように牽制の一撃が放たれる。攻撃の手を休ませず、その上で大治の動きへの警戒も怠っていない。
(分かってたけど、俺よりずっと戦い慣れてる。初等部の頃から魔導隊にいるんだもんな)
真正面から誠奈人の間合いの内側に入り込むのは困難だと判断し、大治は誠奈人の刀が届かない程度まで距離を取った。誠奈人は無理に追撃せず、その場で構えて大治の次の行動を待った。大治が両手を地面に当てると、地面が大きく盛り上がり、そこから土を固めて作った無数の棘が生成され、誠奈人に迫って行く。誠奈人は走って逃れようとするが、一つ一つが人の体ほどもある棘による広範囲に及ぶ攻撃からは逃げきれず、刀で棘を砕きながら走り続けた。土の棘は誠奈人を追いかけ続け、大治はその棘の上を足場にして飛び移りながら誠奈人に迫って行った。誠奈人は大治の動きに気付き、前方に大きく跳躍しながら振り向いた。迫る大治と土の棘の大群から少し離れた所に着地し、居合の要領で右手の刀を左腰に収める。そして刀に魔力を込め、一気に振り抜いた。その一閃が地面から無数に生えた全ての棘を根本から切り裂く。足場を失った大治は空中でバランスを崩した。なんとか着地した頃には頬に誠奈人の刀が添えられており、たまらず両手を上げて降参の意思を示した。
「二人とも、すごいね…」
黙って二人の戦いを眺めていた莉央奈が感嘆の声を上げる。
「大治も中等部の頃から魔導隊に配属されてる凄い人よ。彼が使う土の魔導は応用力もあって、重宝する。土や砂が無い所だと使える技は限られてしまうけどね」
「そっかぁ。わたしも自分だけの必殺技とかできたらカッコいいんだけどな」
「残念だけど、一朝一夕ではいかないわね。まずは基本から」
「はぁい」
内心焦りが見える梨央奈を律華が制した。




