第3話 実莉央奈について
小清水総合病院。東京都内にある、日本魔導協会御用達の私立病院だ。任務で怪我を負った魔導士が治療を受ける事も多い。運営を取り仕切る小清水家は協会および魔導士に対して友好的だ。
(最近、ここには来てなかったな。大きい怪我をしてないって事か。我ながら感心)
病院の外観を眺めながら、ここに世話になった日々を誠奈人は思い返していた。
(昔はヘマをやって、ここに担ぎ込まれる事も何度かあったな。まぁ、病院に良い思い出のある人は少ないか)
正面入口の自動扉を抜け、一階ロビーの奥にあるエレベーターに乗り込む誠奈人。先ほどスマートウォッチで確認したメッセージに記載のあった階へ向かう。目的の階のナースステーションでスタッフに声をかけると、個室に案内された。
部屋の中には小さめのテーブル一つ。向こう側の椅子に医師が座り、その対面である入口側に、一人の医師と向かい合うように三木と莉央奈が座っている。声をかけつつ、三木の横に座る。
「お疲れ様です。小清水先生が診てくれたんですね」
「神楽さん、お疲れ様です」
ぺこり、と丁寧に頭を下げる莉央奈。三木は顎に手を当て、少し考え込んでいる様子。
「ご無沙汰だね、神楽くん。元気そうで良かったよ」
少ししわの入った目尻を緩ませて、声を掛けられた医師、小清水直樹は返事をした。院長の長男で、魔導士の治療を積極的に行っており、誠奈人も何度か世話になっている。温和な性格だが、腕は確かな名医だ。
「今、二人にはざっくりと説明したところだったんだけどね。分かった事は大きく分けて四つかな。まず一つ目だけど、専門医に診てもらったところ彼女が記憶喪失なのは間違いないようだ。忘れたふりとかではなく、本当に記憶が飛んでいる。それとニつ目、まだ結果が出てない検査もあるけど、記憶喪失以外は今のところ体に異常はなさそうだね。より詳しい検査結果はまたお知らせするよ」
大きな怪我や病気がないようで、少しほっとする誠奈人。
「三つ目は、彼女の体には魔力が宿っているということだ。だけど、魔力の使い方はわからないみたいだね。魔導という物の存在も忘れているようだしね」
これは誠奈人の想像通りだった。日野剛也は通り魔的犯行ではなく、何か目的を持って彼女を追っている様子だった。魔導士と何らかの関わりがあるという事は、莉央奈自身が魔導士だった可能性は高い。
「そして四つ目、彼女の魔導核には奇妙な魔導刻印が刻まれている。とても複雑で、大掛かりな魔導に関する物だと思われるんだけど、詳細はわからない」
「えっと、魔導刻印っていうのは同じ魔導を何度か使い続けることで、魔導士の体内にある魔導核に刻まれていく痕跡のような物…魔導核は魔力を生み出す器官で、これの有無が魔力を持つかどうか、魔導士であるかどうかの判断基準の一つにもなる。で、いいんでしたっけ」
テストに出る単語の意味を覚えようとしている学生のように、先程受けた説明を暗唱する莉央奈。
「そのとおり。さっそく覚えてくれたんだね。僕は魔導刻印の内容については詳しくないから、協会にデータを送って詳細を調べてもらうつもりだ。ぱっと見たところ一般的な魔導の物でない事は明らかだよ。簡単な物なら僕にも判別が付くからね。それに、こんなに大きく刻まれている刻印は初めて見る」
小清水医師に莉央奈の魔導刻印が記録された検査資料を見せられ、それをまじまじと見つめる誠人。刻印を目にする事は何度もあったが、確かにあまり見覚えのないものだった。三木が考え込んでいる理由を察する誠奈人。
「刻印があるってことは、記憶を失う前は魔導が使えたってことですね。魔力はあるけど魔導を使ったことがない…ってわけじゃない」
「うむ。魔導核のある人間すべてが魔導士になるわけではないが、彼女は確かに魔導士だった。それも高度な魔導を行使できるほどのな」
誠奈人の推察に対して三木が返す。
「えへへ。なんか照れますなぁ」
後頭部を掻きながらへらへらと笑う莉央奈。
「褒められてると捉えたか。前向きだな」
関心半分、あきれ半分の誠奈人。笑顔が崩れないところを見ると、あきれは伝わっていない。
「ふむ…安心できる情報もあったが、謎は増えたようだな。だが、判断材料が足りない以上、今悩んでもどうしようもない」
一旦考え込むことを止めた三木の言葉に、誠奈人と莉央奈も頷く。
「実さん。今日は検査続きで疲れたでしょう。ゆっくり休んでね。何かあれば三木さんを通して連絡するよ」
「はい! ありがとうございました、先生」
深々と頭を下げる莉央奈。誠奈人と三木も一礼し、三人は部屋から出て、病院を後にした。
病院から次の目的地まで、車で向かう3人。三木が運転し、後部座席に莉央奈と誠奈人が座る。万が一何かあっても誠奈人が莉央奈を守れるように。
「わたしも、魔導士だったんですね。なんだか不思議な感じです」
首を傾げ、こめかみに指を当てる莉央奈。
「まぁ、予想してはいたが」
「わたし、どんな魔導士だったんでしょう? 悪者の可能性も…あるのかな」
記憶喪失ながら、ずっと明るい調子でいた莉央奈。少しだけ表情が曇る。その様子を見て、誠奈人は莉央奈に声を掛ける。
「自分が悪事を働けるような人間に見えるか? 俺には全く見えない。出会ったばかりだけど、見ていてそう感じる」
「誠奈人の言うとおりだ。過去を思い出せないなら、今の自分を大切にすればいい。こんな目にあっても明るく振る舞う実さんは、立派だと思うよ」
三木もミラー越しに後部座席の様子を伺いながら、声を掛ける。彼女を安心させるためか、昨日の形式ばった話し方から、少しだけ砕けた話し方になっている。
「ありがとうございます。えへへ…自分でも能天気だなあって思うんですけども。そうやって言ってもらえると、嬉しいです」
曇っていた表情に、笑顔が戻る。笑顔のまま三木に話しかける莉央奈。
「そういえば、この後はどこに? 」
「極東魔導学園の学生寮だ。あそこなら守衛も含めほとんどが魔導士だから比較的安全だし、生活に必要なものは一通り揃っている。年頃の近い魔導士も多くいるから、馴染みやすいだろう。当面は、寮の空き部屋で生活をしてもらうよ」
「俺も寮に住んでる。男子寮と女児寮で分かれているが、すぐ近くだからなにかあれば呼んでくれ」
三木の説明の後に誠奈人が続く。魔導学園の魔導科に通う生徒は、実家が遠方だったり、家族がいなかったりといった理由で、寮に住む者が多い。
「当面の生活費も魔導協会から支給される。きみのように行く当てのない魔導士を保護する制度が協会にあるからね。今回はそれを活用した。連絡には、さっき渡した携帯電話を使ってくれ。他にも必要なものがあるだろうが、明日から少しずつ揃えていこう」
「ありがとうございます! 大切に使いますね」
莉央奈から目を離し、車のガラス越しに夕焼けに染まった街並を眺めながら思いを巡らせる誠奈人。増加している魔導犯罪。そんな中現れた実莉央奈。何か関係があるのか? 何かが始まろうとしているのか? 上手く言い表せない、予感めいたものを感じていた。




