第2章:第11話『魔導士と刑事』
みこファンの人達と別れた後、通り魔事件の現場付近までやってきた誠奈人達。少し先には被害を受けた二人が入店したコンビニが見える。ここまで歩いて来たが、特に変わった様子や怪しい人物も見当たらなかった。
「特におかしな所はないね。もう少し見て回ったら、引き上げようか? 」
聡太が辺りを注意深く見回しながら、他の五人に伝えた。それに対し、頷いて賛成する五人。すると、背後から男性の低い声が聞こえた。
「おい、お前ら」
振り返ると、そこに立っていたのはベージュの野暮ったいコートを羽織った、壮年の男性だった。浅黒い肌と短髪、不機嫌そうに歪んだ皺の入った顔。分かりやすくドラマに登場する刑事のような出立ちをした男だった。
「あ…後藤刑事」
その人物と最も面識のある誠奈人が、反応した。できれば会いたく無いと思っていた、警察関係者だった。
「神楽、またいらん事をしてるんじゃないだろうな。魔導隊が、ガン首揃えてこんな所で何やってる」
「学生が商店街で遊んでちゃいけないですか? 特におかしな事じゃないと思いますが」
「ただの学生ならな。この状況でそんな言い訳が通ると思ってんのか? 」
「後藤刑事が何をそんなに気にしているのかは分からないですが、別に筋道通った意見だと思いますよ。何かおかしな行動を取ってる訳でも無いじゃないですか」
「ふん。ガキのくせに相変わらず堂々としてやがる…物見遊山で捜査の邪魔しやがったら、ただじゃおかねぇからな」
「勿論です。ちゃんと弁えてますよ」
「で、わざわざ何しに来やがった」
なんとか話を逸らそうとしていたが、強引に修正されて「うっ」と呻き声が出てしまう誠奈人。一瞬考えた後、下手に隠さず本音を話す事にした。
「…仲間が襲われたんですよ。ほっとけなくて」
「チッ…その気概は、うちの若いモンにも分けて欲しいとこだ」
「恐縮です。後藤刑事は捜査ですか」
「お前らにゃ関係ない。仕事とだけは言っておくがな…ん、新顔が増えたか」
「私達の顔、覚えてくださってるんですね、後藤刑事」
謎の組織に狙われている莉央奈の存在は、公にはされていない。警察が相手であろうと、知られないに越した事はない。彼女を庇うように律華が割り込む。
「覚えられるような事をお前らがしてるだけだ」
「みーこ達は上の指示で仕事してるだけですよーだ」
「ぁあン? 」
「ぴ、ぴぅ…」
後藤が睨みを効かせると、美心は蛇に睨まれた蛙のように縮こまってしまった。
「すみません、後藤刑事。本当に警察の皆さんの邪魔をしようなんてこれっぽっちも考えてないですよ。もう帰ろうとしてたところです」
「常盤。上級生だろうが。お前がちゃんと手綱握っとけ」
「はい、心得てます」
「チッ…とにかく俺は忠告したからな。さっさと帰れよ小憎ども」
悪態を吐きながら、男は立ち去っていった。
「恐かったぁ…今の人は警察の人? 」
「あぁ。後藤正志刑事。事件に関連して何回か顔を合わせたことがある」
「聞いてたとおり、警察の人は魔導士が苦手な感じなんだね」
「あの人も、過去に魔導士と何かあったらしくてな。個人的にあまりいい感情を持ってないみたいだな」
「でも、なんだか優しいところもあったわね。気概は誉めてくれたみたいだし」
後藤と誠奈人の会話をよく聞いていた律華が、指摘する。
「意外と良い人なのかな。刑事さんだしね」
「まぁ、悪い人は警察になろうとは思わないっすよね。たぶん」
「甘いですよ大治先輩。悪の組織の人間が、スパイとして潜入するって事があるかもしれません。みーこがこの前見たドラマではそうでした」
「ドラマと一緒にすんじゃあねーよ。そんなのが横行したら日本の治安は終わりだ」
「でも、遭遇したのが後藤刑事で良かったかもね。あの感じだと、僕らが大人しくしてれば誰にも言わないでいてくれそうだったし」
「そうですね。あんまり告げ口するようなタイプにも見えないですし」
聡太の意見に、律華も同意する。
「んむむ。今日はこの辺が潮時かもしれませんね。みなさん、みーこに付き合ってくれてありがとうございました」
一行は踵を返し、先程降車した駅を目指して歩いて行った。
誠奈人達が立ち去った後、後藤は事件現周辺で聞き込み調査を続けていた。取り出したメモ帳に何かを記載していたところ、後藤と同じようにコートを羽織った若い男性に話しかけられた。
「後藤さん、どうでした? こっちは成果無しですー」
「里崎か。俺もダメだな。だがこういうのは根気が大事なんだよ」
後藤の同僚刑事である里崎広喜。刑事になって日の浅い新米で、捜査の際はベテランの後藤と行動を共にしていた。
「監視カメラから足取りを探れるといいんですけどね」
「そっちはそっちでやってもらえばいい。人の目にしか映ってない物もあんだよ」
「ははは。後藤さんはほんとに昔ながらの、足で稼ぐ刑事っすね」
「俺はそれが性に合ってんだよ。別に新しいやり方を否定する気はない。それぞれが得意なのでやりゃあいいんだ。だがな、生きてる情報からしか得られない物ってのは絶対にあるもんだ」
「そうですねえ。後藤さんは実際それで成果をあげてるんだから、誰も文句は言えないでしょうね」
「刑事ってのは犯人を抑えんのが仕事だ。真面目に仕事して、その結果が積み重なってるだけだ」
「うーん、シブいなぁ。そういうの、めっちゃカッコいいと思いますよ。結果に焦ってる人も多いけど、後藤さんはドッシリと構えてて、貫禄があるんすよね」
「いらんおべんちゃら使ってる暇あったら、お前も結果の一つでも出してみろ」
「任せてください! やる気と情熱は人一倍ありますからね」
少し変わり者ではあるが、後藤は里崎の事を悪くは思っていなかった。軽薄に見えて、実際は頭を使って物事の分析がよくできている。それに、自分の事を良くも悪くも正しく評価し、慕ってくれているので、それに対しても悪い気はしなかった。
「そういえば、今回の犯人はどっちなんでしょうね」
「魔導士かどうかって話か? 別にどっちでもかまいやしねえよ。今は魔導士だという証拠がないから俺たちがやる。それだけだ」
「でも、もし魔導士だったらウチの手からは離れちゃうんすよね」
「仕方ねえだろ。そういう決まりだ。気に入らんがな」
「そっすよねえ。やっぱり後藤さんて魔導士嫌いなんですか? 」
「やっぱりとはなんだ」
「皆そう言ってますよ。後藤さんは筋金入りの魔導士嫌いだって」
「ふん…昔ちょっとな。大事な仕事を邪魔されたんだよ、魔導士に」
「そうなんすねえ。詳しく聞いても? 」
「そんなの聞いてどうする。楽しい話じゃあねえしな。もう引き上げるぞ、おら」
「後藤さん、待ってくださいよー」
強引に話を打ち切って足早に立ち去る後藤を、里崎は駆け足で追いかけて行った。
商店街を後にして、行きと同じ駅まで戻ってきた誠奈人たち。これといって収穫は無かった。
「平和でなにより、です」
「そういうこと」
胸を張りながら、誠奈人の受け売りの言葉を語る美心。皆の方を振り返ると、その顔にはいつもどおりの笑顔が形作られていた。
「皆さん、今日はありがとうございました。みーこのワガママに付き合ってくれて」
「ワガママって事はないさ。意味のない事とも思わないしなー」
笑いながら大治が美心を励ます。
「元気になったみたいで、良かったわ。やっぱりその方がみーこって感じがする」
「そうだね、みーこちゃんは僕らのムードメーカーだから。いつもみーこちゃんの元気に助けられてたって改めて実感したよ」
律華と聡太も傷心の美心に対して優しく言葉をかける。
「よっ、日本一! 笑顔が似合う最高のアイドルだね! べりべりきゅーと! 」
勢いに任せてよくわからないフレームを羅列する莉央奈。
「えへへ。みーこってば、愛されてるっ! 皆さん、良かったですねぇ。みんなのアイドルみーこちゃんが可愛く復活して」
「ほら調子乗り始めた」
すかさず大治がツッコミを入れる。
「今は何を言われても効きませーん! 皆さんのラヴがみーこを満たしているので」
「別にラヴではねーんだけど」
「まぁまぁ。今日はいいじゃない」
誠奈人が異を唱えたが、律華が制した。いつもは美心に対しては、どちらかと言えば厳しく接するタイプの律華だったが、今日は別だった。
「律華様がそう仰るなら」
「様はやめて」
「誠奈人くん、律華ちゃんのしもべなの? 」
「ないから! 誠奈人が勝手にやってるだけ! 」
「ご、ごめんなさい…律華様」
「莉央奈もやめて! そういうのじゃないから! 」
「仰せのままにっ。律華様」
「みーこ! やめなさい! せっかく元気になって良かったって思ってたのに! 」
「そろそろ帰りしょうか、律華様」
「今日の食堂の夕飯は何すかね、律華様」
「聡太先輩と大治まで…くっ」
律華が悔しそうな顔をすると、残りの五人は思わず吹き出してしまった。笑い合いながら、六人は揃って寮への帰路についた。




