第2章:第8話『水野美心は許せない』
東京魔導学園の全校生徒宛に、学園から緊急連絡が届いた。学園の生徒が放課後に襲われる事件が発生。犯人は逃走中で、目的や所属も不明のため、十分に注意をするようにとの事。女子生徒は魔導科の生徒という事は明らかにされた。突然のことで驚いたせいもあるだろうが、襲われた際に魔導で反撃する事はなかったという。また、不幸中の幸いで、目立った怪我もしていない。ただし、精神的なダメージを負った事は想像に難く無い。
「驚いたね誠奈人くん…」
「そうだな…間をおかずにまたこんな事が起きるなんてな。とにかく被害者に怪我が無いらしい事は良かった」
朝の通学路。誠奈人、莉央奈、律華の三人は、心配そうな顔で昨日の事件について話しながら登校中だ。
「わたしの事と何か関係があるのかな? わたしとの人違いで襲われちゃった、とか」
「いや、莉央奈を攫おうとした日野や至遠は、ちゃんと顔を把握してた。それにこの前失敗したばかりで、またすぐにこんなヘマをするとも思えないな」
「私もそう思う。ひとまず別件だから、莉央奈はそっちの方面での心配はしなくてもいいと思うわ」
誠奈人と律華は、莉央奈の不安をおさめるためにも、今回の件については莉央奈の身柄を狙っている一団の関与を否定した。
「うん。二人ともありがとう」
「犯人は鋭利な刃物で女子生徒に切り付けたが、その子が後ろに尻餅を付いたので当たらなかった。そして大きい悲鳴を上げられて、走り去っていったと」
「刃物を使ったって事は、魔導士じゃないのかな? 」
「いや、魔導で付けた傷は治癒魔導で治せるからな。もしも強い殺意を持ってた場合、治させないようにあえて刃物を使ったという可能性も否定はできない」
「でも、魔導士とはいえ魔導隊員でもない女子生徒を、おそらくは成人男性が、強い殺意を持って攻撃することとってありえるのかしら」
「それは犯人にしかわからないさ。材料が少ないうちは、あらゆる可能性を排除しない方が懸命だ。今回使った刃物も女子生徒がとっさに見間違えて実は何らかの魔導だったとか、襲って来たのは道端に立っていた男とは別の人間だったとか、成人男性と思っていたが身長の高い女性だった…とか」
「よくそんなに思いつくねぇ」
莉央奈は誠奈人に感心すると同時に、彼らが魔導士による事件を解決するスペシャリストである事を再認識する。
「まぁ経験則だな。どちらにしろ、今回の事件の管轄は今のところ警察だ。魔導隊の出る幕じゃない」
「魔導士の起こした事件とは断定できないから? 」
「そういう事だ。捜査の中で魔導の痕跡が見つかれば、魔導協会に連絡が入って、俺たちのような魔導隊に捜査権限が移る」
「途中から魔導士の仕業ってわかる事もあるんだね。その時は大変そうだなぁ」
「そこはどうしても組織間の軋轢がな。色々不都合があるけど、それは末端の俺たちにどうにかできる事じゃない」
「被害に遭った子達も心配ね。魔導士といっても一般生徒みたいだから、学生魔導隊みたいに荒事には慣れてないはずだし」
律華は少し目線を下げる。話した事のある相手かはわからないが、学園の仲間の身を案じる。
「そうだな…学年とか詳しくは周知されてないが、たぶんどこかから噂は入るだろう。だけど外部の人間にはなるべく話さないように気をつけておこう。今俺達にできるのはそれくらいだ」
「うん。その子達の心と体の安全が一番だもんね」
しばらくして三人は校門前にたどり着く。校門の脇に備え付けてある『日本魔導学園』の表札を一瞥し、高等部の校舎へと向かって行った。学園では、朝のホームルームでも事件の件について改めて周知があった。なるべく複数人で登下校し、不用意な外出は避け、外出する際は制服は着替えるように。誠奈人達の担任である生田凛子は、沈痛な面持ちで学園からの伝達事項を伝えた。
(この感じ、久々かもしれないな…)
誠奈人は教室のどこか物々しい雰囲気を察した。日本魔導学園は魔導士の教育に携わっている事に加え、誠奈人達のように、法を犯した魔導士と戦う事になる学生魔導隊も在籍している。なので、関係者が負傷する事も珍しくはなく、そのような事態にも皆比較的耐性がある。しかし、今回はいつもとは毛色が違い、通り魔的に一般生徒が襲われるという事件だった。魔導士かどうかも含めて犯人の正体も不明で、生徒達にも不安が残っていた。
(魔導が護身術になるとは言え、俺達みたいに戦闘慣れしてる方が少数だからな。早く犯人が捕まるといいんだが)
放課後になり、学生寮に真っ直ぐ帰った誠奈人達。手持ち無沙汰になり寮の談話室に三人でやって来た。室内はいつもより多くの生徒でごった返していた。
「まぁ、そうなるわな…」
「皆、外出を避けてここにいるんだね」
「こういう時は、自宅から通ってる生徒よりも寮生の方が良いかもしれないわね。話し相手がいるのは助かるもの」
席が埋まっているので、どこか別の所に行こうかと思っていたところ、同じく座れずにいた三人の女子生徒グループが話しかけてきた。
「あ、佐倉先輩」
女子生徒達は高等部魔導科一年の後輩で、律華とは面識があった。
「あら、あなた達も来てたのね」
「そうなんです。でも皆考える事は同じですね」
「仕方ないわね。騒動が収まるまでは」
「犯人、捕まるでしょうか」
「きっと捕まるから大丈夫よ、安心して。それにうちの生徒は皆優秀だから、わかっていれば襲われても返り討ちにできちゃうかも」
「でも、私達は魔導隊の人達と比べたら全然大した事ないです」
「それでも、みんな魔導学園の立派な魔導士の一人よ。自身を持って。もちろん、自分から危険に身を晒す必要はないけどね」
「…はい! ありがとうございます」
すると、三人組の中の別の女生徒がおずおずと声をあげた。
「あの…ひょっとして、神楽誠奈人先輩ですか? 」
「あ、あぁ。そうだけど」
不意に自分の方に声をかけられ、返事が少し詰まってしまった誠奈人。それを見た莉央奈が「ぷっ」と小さく笑ったのが聞こえたので、誠奈人は自分の靴で莉央奈の靴を小突いて反撃した。
「わぁ、やっぱり。初めてお会いできました。感動です」
「そんな大袈裟な。俺ここに住んでるしな」
「いえいえ。私達からすると、憧れのエリート魔導士って感じなんです」
「エリートって、柄じゃないけどな…でも、ありがとう」
「ほら、もっとしゃんとしなさい。憧れてくれてるんだから」
律華が誠奈人の背中をバシッと平手で叩く。誠奈人はなんとなく気恥ずかしくて後頭部をぽりぽり掻いて、一応背筋を真っ直ぐに伸ばした。
「それじゃあ、私達は行きますね。座れる所なくて、どこかいい場所を探そうって話してたんです」
「うん、気を付けてね。元気そうな顔が見られてよかったわ」
女子生徒三人組は誠奈人達の方をを振り返ってお辞儀しつつ、談話室を後にした。残された誠奈人達も、座れる席がなくては仕方なく、別の場所へ行こうと談話室の出口に向かった。すると、そこに腕を組んだ美心が仁王立ちして待ち受けていた。誠奈人達と目が合うと、美心は「ちょっと面貸しな」と言わんばかりに、手招きをする。三人は顔を見合わせ、ずんずんと歩いていく美心について行くことにした。程なくして寮の中庭にたどり着いたが、そこにはすでに聡太と大治が待っていた。談話室とは打って変わって人の姿はまばらだ。
「皆いるのか。で、どうしたんだ」
誠奈人が美心に尋ねると、美心俯きながらぷるぷると小刻みに震え出した。そして、力を溜めて一気に解放するかのように顔を上げて感情を発露した。
「ゆるっっっっせぇぇえん!! 」
美心の可愛らしい声色からは想像もつかない程の大音響。その場にいた五人は反射的に手で両耳を押さえた。美心は鬼気迫る表情で拳を握っている美心に、全員を代表して大治が質問を投げかけた。
「それは、SNSの事か? それとも通り魔の事か? 」
「両方! だけど今は特に通り魔の方です! 」
「なるほど、そっちか」
「被害を受けた子…みーこの知ってる子だったんです。カワイイカワイイ後輩ちゃん達だったんですっ! 」
「知ってる子だったのね。だったら確かに、怒るのも無理ないわね」
「純真無垢な女子中学生に暴力を働くその行為…天が許しても、この美少女アイドル魔導士・水野美心が、絶対に許しはしない! 然るべき…裁きを! 」
「落ち着け。気持ちはわかるが、捕まえるのも裁くのも俺達の仕事じゃない」
興奮状態にある美心を、誠奈人が諌めようと試みる。
「確かに仕事ではありません。魔導隊員としてではなく…学園の先輩として、ほっとけないのです! 」
先輩から何だかんだ可愛がられている美心だが、後輩に対しては面倒見のいい一面を発揮する。
「ほっとけないと言っても、俺達は捜査に関われないんだぜ。立場上、下手に何かしら警察に目をつけられる可能性もある」
「それは、そうですけど…」
「…どうしてほっとけないと思ったんだ?」
誠奈人が美心に問い掛ける。
「その子が、泣いてたからです。恐かったって。そして、学園の魔導士として訓練を受けてるのに、何もできなくて悔しかったって。美心先輩みたいにはやれせんでした、ごめんなさい…って。誰にも謝る必要なんてないのに」
涙目になりながら、握った両拳に、無意識のうちに力が入る。
「それで、わたしが何を感じて、どうして許せないと思ったのか…まだ言葉にはまとまんなくて。でも、でも…」
美心が言葉を詰まらせる。間を置かずに誠奈人は、本人にしては優しい声色で告げた。
「…こっそり見回りするぐらいならいいんじゃないか。もちろん制服は着替えてな。学園からも外出を禁じられている訳じゃない」
「…まなどぜんばい…」
「隊長には僕が上手く話しておくよ。一番上級生だしね。さすがに隊長に無断でというわけにはいかないから」
「ぞうだぜんばぃ…」
残りの面子も顔を見合わせて頷き、意見が一致した。それぞれが美心を優しく慰める。
「みなざん…ありがどうございまず…うわぁぁん! 」
美心が泣き止むのを待ち、六人で事件現場の近辺へと向かって行った。




