第2章:第5話『魔力を持つ生き物たち』
ここは東京魔導学園。日本国内でも有数の魔導学校で、小中高大一貫教育。一般の教育に加えて魔力の扱い方を指南している、誠奈人達が通っている学校だ。誠奈人、莉央奈、律華の所属する高等部魔導科二年の教室では授業の真っ最中。魔導学…つまり魔導についての座学の授業を、クラスの担任である生田凛子が執り行ってていた。
「このように、相反する存在と思われがちな魔導と科学ですが、かつてはその境界は曖昧だったところがあります。例えば錬金術では科学的なアプローチで魔導的な成果を得ようとする実験が行われていました。卑金属から金を作り出そうとした事などが有名ですね。結局金を作る事はできませんでしたが、その過程で多くの化学物質の発見や実験器具の発明を成し得ています」
生徒は皆、凛子の話を真剣に聞き入っている。自身の使う力に直接関わる事なので、魔導科の生徒は魔導学への関心が高く、テストの平均点も高い。
「歴史上に名を残している魔導士は、魔導だけを専門に研究しているわけではなく、複数の分野を修めている人物が多いのも特徴ですね。先ほど錬金術の例を挙げましたが、15世紀頃のドイツに実在したとされる魔導士ヨハン・ファウストは、錬金術の権威でしたが、占星術や降霊術も研究していたとされています。その中で悪魔の召喚に成功したという記録もありますね。さて、ここまでで何か質問はありますか? 」
凛子が問いかけたが、生徒達は大丈夫だと頷く。その中で莉央奈は周りをきょろきょろと見回し、誰も質問が無い事を確認すると、真っ直ぐと挙手をしながら質問した。
「せ、先生。悪魔って本当にいたんでしょうか? 」
声が少し上擦っており、怯えたような様子。それを見た凛子が質問に答える。
「一般的に想像されるような悪魔は、存在する可能性は低いと思います。だけど、『悪魔のような何か』は存在していたかもしれない。世界には、人間以外の生き物が魔力を持つ事もあるの」
「えっ、そうなんですか! 」
記憶喪失の影響で忘れている事をまた一つ見つけた莉央奈。凛子の話を聞きながら熱心にメモを取る。
「そうなの。ただ、同一種の生物が全て等しく魔力を持っているという例は確認されてません。あくまで、突然変異でそういう個体が生まれてくる事がある、という感じです。日本では魔力を持った芝犬が産まれたという記録もあります。そのような魔力を持った生き物を、『魔獣』と総称します。勿論、人間以外のね」
「ワンちゃんが魔導を…なんだかカッコいいですね」
「ただ、人間みたいに魔導を自在に操る事は稀です。誰からも教えてもらう事ができないしね。そしてUMAだとか精霊だとか、そういう現代科学で説明がつかない生き物の正体の多くは魔獣ではないかと言われています。魔獣は魔力の影響で体のつくりが同種とは変化する事があるという研究記録もあるから、たとえばツチノコはヘビが突然変異で魔力を持った姿だったりするのかも」
「ちょっと聞いただけでも、なんだか魔獣って神秘的ですね。精霊とか悪魔とか、そういう風に見られても不思議じゃないかも…ありがとうございます! 」
「どういたしまして。他に質問が無ければ、授業を進めますね」
質問への応対が終わり、凛子は授業を再開する。授業はつつがなく進行し、やがて休み時間になった。
「誠奈人くん、なんかぼーっとしてる? 」
「あ、いや…大した事じゃ無い」
「気になるよぅ」
「…気を悪くしたら申し訳ないが、魔導士ってのは人間からみたら、『人間の魔獣』なのかなって思ってな」
「また変な事を考えないの」
後ろから誠奈人の脳天に律華のチョップが振り下ろされる。もちろん手加減は多少されている。
「結構痛い…」
「そういうネガティブ思考は止めなさいって言ってるでしょ。誠奈人はいつも考え過ぎ」
「そう、だな。悪かったよ。痛…」
まだ痛がっている誠奈人の頭を、莉央奈はよしよしと優しく撫でる。
「しかし、莉央奈はなかなか着眼点がいいな。魔獣の事は知らなかったみたいだし、良い所に気づいたな」
「えへへ。ありがとう。怖かったというのもあるけどね」
「日本には八百万の神という概念があるけど、もしかしたらそれも魔力が関係してるかもしれないわね」
「八百万の神…自然とか生活用品とか、この世に存在する色んな物に神様が宿っているってやつだっけ」
「そうそう。魔力を持った生き物が本来の姿から形を変えて、それを見た昔の人が神と崇めたっていう事もあったかもしれないわ。ちょっとバチ当たりな考えかもしれないけど」
「まぁ、否定はできないな。太古の時代にはもしかしたら今より強力な魔導があったかもしれないしな。機械や科学にだって、オーパーツってのがあるんだから」
「太古のロマン、だね。魔導を絡めてみると、歴史とか過去の遺物に興味を持つ人の気持ちがちょっと分かるかも」
「神社や仏閣を見る目もちょっと変わるわね。なんでも魔導に結び付ける気はないけどね。神様は神様で信奉したって良いと思うわ」
「ここぞという時に神様に見放されちゃうかもしれないしね…お参りに行ったらちゃんとお賽銭入れようっと」
「…金で解決を? 」
「そういう事じゃないってば、もう! 」
午後になり、魔導実技の授業が始まった。魔導科二年の生徒達は体操服に着替えて校庭に集まる。担当教師である武本大輔の号令の元、それぞれウォーミングアップを始める。生徒達は皆一様に、手のひらサイズの魔力の塊を作り出し、それをボールのように操る。魔力を体外に放出して留め、それを操る訓練だ。小さな光球を地面に投げてバウンドさせたり、腕の上を走らせたり。熟練度の高い物は空中に浮かべたり飛び回らせたりしている。以前の莉央奈は魔力を引き出す事ができなかった。しかし、先の戦いで魔導の発現に成功したため、多少なりとも魔力の放出とコントロールが可能になった。
「むぐぐ…おりゃーっ! 」
大層な掛け声と共に莉央奈は右手を前に突き出す。開いた掌からビー玉程の大きさの光球が表れ、ふよふよと空中に浮かぶ。たんぽぽの綿毛のように頼りなく、あっちへふらふら、こっちへふらふら。安定しない様子だ。
「ぐぐ…一旦、と、止まれぇっっ」
光球は少ししてから空中で止まったが、ぷるぷると小刻みに震えている。
「おー。上出来だな」
「上出来、なのかな? 」
「出して動かす事までできれば初級編合格だ。少しずつ威力や精度をあげてけばいい」
「神楽君の言うとおり。そこまで出来れば、後はそれをレベルアップしていくだけだよ。最初の感覚を掴むまでが大変だからね」
莉央奈の様子を見ながら、武本が拍手で称える。実際、以前は魔力を体外に出す事すらできなかったのだから、大きな進歩と言える。
「えへへ。なんか魔導士って感じになってきたなぁ」
「魔力を自在に扱えるようになれば、もっと色々な事ができるようになるよ。頑張っていこう」
「はいっ! がんばりますっ」
莉央奈の威勢の良い返事を聞くと、武本は他の生徒の見回りに戻った。莉央奈は光球をもっと自在に操ろうと、必死の形相で掲げた右手に力を込める。
「ぐっぎきぎぎ…ぐぬぅ……! 」
「だから力み過ぎだって」
「うっ、つい力が…」
「莉央奈は結構脳筋なところあるよな」
「確かに、考えるよりも体が先に動いてる時あるわね」
誠奈人の意見に、側にいた律華も同意する。
「な、なにをぅ…わたしだって、よく考えて動く時もあるもん」
「莉央奈、悩まずにすぐ行動に移せるというのは、悪い事じゃないわよ」
「そうなの? わたし、褒められた? 」
「両方だろうな」
「褒められたし、馬鹿にされた…? 」
「誠奈人。莉央奈をからかって遊ばない」
「…反省してまーす」
「やーい、怒られた。けらけら」
「こら、莉央奈も怒られてる人を笑わないの」
「ごめんなさい…」
(因果応報…)
「そういえば今日は協会で部隊の会議がある日だから。三人で行きましょう」
「どんな事を話すんだろうね」
「みーこのSNSの件だったりしてな」
「何とかしてあげたいとは思うけど、どうかしらね」
「ふぇっくち! 」
中等部魔導科三年の教室で、美心はくしゃみをした。授業中だったので、慌てて口元を押さえる。
「大丈夫? 風邪? 」
隣の席の女の子が心配して声をかける。
「うん、大丈夫。誰かが噂してたのかも」
黒板に大きく『自習』と書かれている。担当教師が一時的に不在で、この授業はプリントで自習することになっていた。
「そういえば、あれからSNSはどう? 返信とかした? 」
「ものすごーく丁寧に返信してみたよ。『気に障ったならごめんなさい。あなたの事をもっと教えてください。私のこともちゃんと知って欲しいですー』てな感じ」
「歩み寄ったんだ。大人ーっ」
「ふふふ。かっこいいでしょ」
「どうなるかな? どちらにしろ、火に油注ぐような危ない事は駄目だからね」
「うん、わかってる。むしろちゃんと水をかけて火元をなくせたらって思ってるの」
「なかなか難しいと思うけどねえ」
「それは分かってるけど、わたしは負けないよ」
どうしようか悩んでいる時点で向こうの思う壺なのかもしれないが、それでも美心はこの件に対して真摯に向き合いたいと思っていた。あのコメントの内容は、大治と聡太にも話したとおり、自分の掲げる信念に対する真っ向からの挑戦なのだ。できれば逃げるような真似たくない。一方で、更に炎上するような事態も避けたい。
(どうするのがベストなのかな…)
答えは出ず、美心は小さくため息をついて自習に戻った。




