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学生魔導士は街を駆ける ー現代社会における魔導の在り方ー  作者: 小仲はたる
第1章

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第2話 魔導学園

「神楽くん。起きなさい」


 すぐ近くで担任教師である生田(いくた)凛子(りんこ)の声が聞こえ、飛んでいた意識が戻ってくる神楽(かぐら)誠奈人(まなと)。机に突っ伏して居眠りをしていたようだ。


 「寝不足かな? 昨日もお仕事で大変だったみたいね。気の毒ではあるけど、授業中の居眠りを看過はできないかな」


 担任から見下ろされ、真顔で弁明する。

 「はい、凛子先生。夜中の10時に街外れの港まで駆り出されまして。協会の人使いの荒さには辟易します」


 しかし、普段は明るく優しい表情を見せている凛子の顔には冷ややかな笑みが浮かんだままで、微動だにしない。その雰囲気を察した誠奈人は口を塞ぐ。


「それはそれはお疲れ様。じゃあ居眠りしていた間の内容をもう一度説明してあげるから、放課後に職員室まで来なさい」


 ぴしゃりと言い放ち、ショートカットの髪を揺らしながら黒板の前に戻って授業を再開する。


「はい…」


 彼女への反抗心はとっくに折れている誠奈人。気のない返事だけが漏れる。だが、自分の事を思って授業の復習をやろうとしてくれていることは分かっている。生田凛子は面倒見が良いのだ。ついでにお小言を言うつもりだということも分かっている。誠奈人は放課後まで悩んだが、言われた通りに職員室へ行くことを決めた。ボイコットしたら後が怖い。


 ここは東京魔導学園。日本に点在する魔導学校のひとつ。最も歴史が長く、最も大きな学校だ。『魔力』を持つ人間が、魔力を行使して超常現象を起こす『魔導』を学ぶ場所。小中高大の一貫教育校だ。魔導の授業も行うため広大な敷地を有する。誠奈人は高等部魔導科の2年生。魔導科は魔力を持つ者だけが所属しており、魔力の実践的な扱い方も学ぶ。高等部には他に普通科があり、魔力を持たない者が所属する。普通科でも魔導に関する座学等を教えており、ゆくゆくは魔導に関する職に就く者がほとんどだ。


 放課後、職員室までの道のりをゆっくり歩く誠奈人。その横を、ポニーテールを揺らしながら歩くのはクラスメイトの佐倉律華。女性としては背が高く、背筋も伸びて毅然とした佇まい。キリッと引き締まった顔付きもあり、優等生な雰囲気を醸し出している。実際、学業成績優秀で素行も良く、周りからの人望がある委員長タイプである。そんな律華は誠奈人から職員室に呼び出された経緯を聞き、苦笑いする。


「それは気の毒ね。でも誠奈人も凛子先生も、真面目ね」


「そうだな、真面目にやってるところは評価して欲しい。成績も別に悪いわけじゃない」


「忙しいのに頑張ってるものね。だからいつも授業はちゃんと聞いてるのに。家でなるべく勉強しなくてもいいようにって。だけど今日は残念ながら睡魔に勝てなかったようね」


「ここのところ任務続きで疲れていたのかもしれない。それに昨日は夜中の出動があった。悪い事するやつらも、もう少し空気を読んで欲しい。そしたら少しだけ優しくするのもやぶさかではないんだが」


 最近、魔導犯罪は増加傾向にある。本来学生の魔導士に対しては、教会も学業への影響をある程度考慮して指令を出す。ここのところ、そうも言っていられない状態が続いている。増加の明確な原因は今のところ判明していない。


「まぁ、出動すれば手当が出るから儲かる。それを喜ぶしかないな。しかし未成年の深夜労働は禁止されてるのに、なんで魔導士には適応されないんだ」


 不満気に誠奈人がぼやくと、嗜めるように律華が返事をする。


「魔導法にはそういうの、結構あるわよね。魔導士は例外ですよっていうのが。協会に関しては、実働部隊の人手が足りてないっていうのもあるだろうけど」


 魔導や魔導士に関する法律『魔導法』。日本国内の魔導がらみの案件については、基本的に他の法律よりも魔導法が優先される。魔導士としての労働や魔導犯罪についての罰則に関しても、この法律で規程されている。


「みんな、熱心にやってるな」


 ふと廊下の窓から外を見ると、校庭で生徒たちが魔導の訓練をしていた。不測の事態に対応するため、教師や上級生が監督をしている。日野のように炎を放出する者、アニメや漫画のような光線を発射する者、光る球体をいくつも操り宙を舞わせている者、何も無い所から雨を降らせる者など、皆思い思いの魔導を繰り出している。中には空手の組み手のように互いの拳を交えている者もいた。魔力による肉体強化の訓練だ。歩きながら眺めていた誠奈人達だったが、やがて職員室に到着した。


「さて、多分長引くから、律華は先に帰っててくれ」


「うん。頑張ってね誠奈人」


 職員室前で律華と別れた誠奈人。扉をじっと見つめた後、登下校口の方を見る。数秒間の逡巡の後、ふぅーっと息を吐き、意を決して職員室の扉に手をかけた。


「失礼します」


 誇れる事ではないが職員室は常連なので席の配置は覚えている。凛子の席に近づき、声をかける。


「お待たせしました。今、大丈夫ですか? 先生」


「あら、ちゃんと来てくれたのね。関心関心。それじゃ、ちゃちゃっとやってしまいましょう。ここ、座って」


 20分程が経ち、授業の復習はスムーズに終わった。要点が簡潔にわかりやすくまとめられており、誠奈人はすぐに理解できた。


「ありがとうございました。とてもわかりやすかったです。以後、気をつけます」


「素直でよろしい。お仕事が忙しくて疲れちゃうのはしょうがない。だからせめて勉学を大切にする気持ちは忘れないで欲しいの。たくさん勉強すれば、それだけ将来選べる選択肢が増えるのよ。先生も協力するからね」


 優しく微笑みながら諭す。今日のお小言は比較的優しいと感じる誠奈人。凛子の目にも、最近の誠奈人は任務で忙しくしているように映ったらしい。


「将来といっても…俺は協会の魔導士ですよ。これからもずっと戦い続けます」


「信念を持つのはいい事だけどね。未来のことはわからないよー。例えば30年後、神楽君は政治家になってるかも! なんて、それは飛躍し過ぎかもしれないけど。人生色々な事が起こるし、自分の考えも変わるものだよ。そういう時にたくさんの選択肢を選べるように、備えておくの。その手段の一つが勉強ってこと」


「30年後の自分…か」


 凛子の言葉を頭の中で反芻する誠人。全くイメージがわいてこない。50歳近くなってもまだ自分はあちこちの魔導事件の現場を走り回っているのだろうか。それとも何か大きな変化が起きているのだろうか。凛子の話は考えさせられる物が多く、誠奈人が彼女を教師として信頼している理由の一つだ。


「先生は、教師になろうっていつ頃考えたんですか? 」


「高校三年生の頃かな。私も一応魔導士の端くれだから協会に就職するっていう選択肢もあったんだけど、荒事には向いてないっていう自覚があったの。協会に就職した場合、魔力があるなら魔導隊に回されて、魔導士と戦うことになる可能性が高いからね。じゃあ私に出来る事って何かなって考えた時、魔導士の子供達が真っ直ぐ育って行けるように、お手伝いがしたいなって思ったの。そういうのも魔導士として私が出来る事かもって」


「先生はすごいですね。三年生って言ったら俺とほとんど変わんないけど、俺は先の事あんまり深く考えてなかったみたいです」


「まぁ、三年生になったらどうしても進路を決めなきゃいけないタイミングが来るからね。私も教師になるなら進学して教員免許を取らないといけなかったし。今すぐ決めなきゃ間に合わないわけじゃないから、神楽君も少しずつ考えをまとめて行ったらいいんじゃないかな。それで思い悩んじゃうような事があれば、そんな時は教師の出番よ。いつでも相談してね」


 ここまで親身になってくれる事に感謝し、誠奈人の顔が綻ぶ。


「ところで、ちゃんとご飯食べてる? 睡眠時間は確保できてるのかな? 何もしないで体を休める時間も大切だよ。掃除や洗濯なんかの家事もちゃんとできてる? 寮生活とはいえ時間なさそうだから、そういう所も心配だなぁ」


「大丈夫ですよ。人間らしい生活は出来ています」


「ならいいんだけど。神楽君は確かに魔導士として非常に優秀です。協会全体で見ても上位の実力だも思う。だけど、あなたはまだこれから未来を選んでいく高校生なんだってことは、忘れないでほしいな。子供扱いしてるわけではなくてね」


 なんだか照れ臭くなって後頭部をぽりぽりと掻く誠人。凛子の言葉に、深く頷く。


「うん…肝に命じておきます」


 ちょうどその時、誠奈人の左腕に付けていたスマートウォッチが軽く振動し、メッセージが表示される。


「ひょっとして、お仕事が入っちゃったかな?」


「いや、そういうわけじゃないです」


「そう、よかった。じゃあ、今日はこれでおしまい。帰ってよろしい! お疲れ様ね」


 仕事とはいかないまでも、少し用事ができたのだが、それはつい隠してしまった誠奈人だった。また心配させてしまうような気がしたのだ。


「ふぅ…乗り掛かった船だ。気になるし行ってみるか」


 教員室の扉を閉めてから誠奈人は呟いた。

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