第2章:プロローグ
水野美心の朝は早い。アイドルたる者、女子たる者。朝に家を出る時は自分の中で最もカワイイ状態でいる必要がある。そのためには入念な準備が必要となるのだ…というのがこのわたし、みーこのポリシーです。年上のお姉様方からは、その気概がいつまで保つかな…と遠い目で諭される事もあります。女子である事に加えて大人になるという事は、とても大変なんでしょうね。モラトリアムの期間をなるべく長く取りたいものです。みーこは中学三年生なので、まだ先の話ですけどね。東京魔導学園中等部の三年生で、日本魔導協会第一学生魔導隊所属。中学生兼魔導士兼アイドルの美少女。そんな水野美心をよろしくお願いします。
「よし、今日もバッチリ。カワイイよ、わたし! 」
ドライヤーでのブローを終え、お気に入りのとびきりキュートなナチュラルボブヘアのセットが完了。今日は学校の日なのでメイクはしません。先生に怒られるので、休日だけこっそりやるようにしてます。中学生のつらいところですね。
「さて、SNSチェックっと」
身だしなみに妥協をしたくないので、学校の日やお出かけの日はスマホを後で見るタイプなのです。
「うん、なかなかの反響。上手に作れたもんね」
フォロワーさん達が、昨日アップした自炊動画に反応してくれている。なかなか良い出来のオムライスが作れたので、満足です。見た目も味も。反応をくれた中に新規の人はいなかったけど、しょうがない。いつも応援してくれる人達に感謝感謝。
「今日はいい天気だなあ。お日様が気持ちいい〜」
白いレースのカーテンを開き、外を覗く。みーこはお日様が好き。あったかくて眩しくて、時にはエネルギーにもなる。まるでアイドルみたいだと思う。地球上の生き物全てを分け隔てなく照らしてくれる、おっきな存在。あんな風にわたしもなりたい…なんてね。ちょっと哲学っぽくなっちゃいました。
「さて、食堂に行こうかな」
食べたいものがあったり、SNSに載せたいと思ったりした時は自炊するけど、朝は寮の食堂で食べる事が多い。朝はなかなか時間が無いですからね。律華先輩なんかはバナナとかのフルーツですませる事もあるって言ってたな。高等部二年の佐倉律華先輩。真面目な委員長タイプだけど、意外とそういうズボラなところもあるんだよね。キチっとしている人がたまに見せる隙。かわいくてオイシイと思う。律華先輩もなかなかやりますね。
食堂につくと既に何人かの学生が朝食を食べていた。今朝のメニューは白米、焼鮭、卵焼き、味噌汁、大根ときゅうりの漬物、デザートのヨーグルト。ザ・日本の朝ご飯て感じで良いですね。食事の受け取り口に行くと、その内側の方に寮母の館野和子さんが立っていた。学生寮には調理師さんが何人かいるが、和子さんも配膳などを手伝っている。
「おはよう、みーこちゃん」
「和子さん、おはようございます。今日も綺麗ですねえ」
「そんな事言ってくれるのはみーこちゃんだけよ。まぁ褒めても何も出ないけどね」
「デザートがケーキになったりはしませんでしたか。残念」
「朝から食べるもんじゃないでしょうに。和食で一日頑張ってきな」
和子さんから朝食を受け取り、テーブルへと向かう。どこに座ろうか考えていたら、よく知っている顔を見つけました。
「あら、大治先輩。おはようございます」
「おう、おはよう。早いな」
一条大治先輩。みーこの一個年上で、高等部一年生。何かと顔を合わせる事が多い人です。同じ部隊に所属しているので、魔導士のお仕事もよく一緒になります。この前も悪い魔導士を探して共に街を駆け回った中です。
「先輩こそ。トレーニングしてたんですか? 」
大治先輩の向かい側の席に座りながら話し掛ける。この人は体を鍛えるのが大好きで、隙あらば筋トレをしている。がっしりした逞しい肉体がそれを裏付ける。
「まあな。朝に体を軽く動かしておくと、調子が良いんだ」
「ちゃんと『軽く』のレベルに収まってるんでしょうね? 」
「俺にとってはな。おまえじゃ無理だろうけど」
「馬鹿にしましたね? 今度みーこの実力を見せてあげてもいいんですよ」
「機会があったらな」
軽くあしらわれてしまい、むむむと唸っていると、お日様のように暖かな声が聞こえてきた。
「二人とも、おはようー」
「あ、おはようございます」
「莉央奈先輩! おっはようございます! 」
高等部二年の実莉央奈先輩。とある事件に巻き込まれて記憶喪失になり、この東京魔導学園に転入してきた。記憶喪失とは思えない程明るくて、頑張り屋さんで、素敵な人だ。腰の辺りまで伸びた黒い長髪がさらさらですごく綺麗。何より、みーこにとても優しい。大好き。
「朝から元気だねぇ。さすがアイドルだね」
「いついかなる時も、カワイイ状態をキープしなくてはならないですならね…朝から全力ですよ」
「寮の食堂で誰が見てるってんだよ」
「大治先輩…その油断が命取りですよ。たまたま撮られた気の抜けた写真なんかをネットの海に放流されてしまいますよ」
「ネットリテラシーがちゃんとしてるのは感心だな」
「アイドルにとってネットでの炎上や個人情報の流出は最も警戒しないといけないモノですから。日頃から注意してますよ」
「しっかり者だねぇ。わたしはそういうの結構ぼけぼけだから」
「そんな莉央奈先輩も、みーことアイドル活動を始めれば、自然と身につきますよ」
「うーん、そう言ってもらえるのは嬉しいんだけど、向いてないと思うから」
「えっ、こんなにカワイイのにですか? 」
「や、やめてよぉ。わたし、大勢の人に見られてると緊張して固まっちゃうと思うんだ」
「むむ…まぁ無理強いはしません。だけど諦めませんよ」
「諦めてよぉ。そ、そういえば、みーこちゃんは普段どんな活動をしてるの? 」
「あ、気になりますか? ふふふ。説明しましょう! 」
自分の活動に興味を持ってもらえるのは、とても嬉しいです。大治先輩がなんとも言えない表情をしているのは気にしません。
「メインの活動は動画サイトやSNSでの発信ですね。歌とかダンスだけじゃなくて、料理だとか、バラエティ的な動画を撮ったりもしてます」
「最近は動画配信が一番人の目につくもんな」
「そうですね。今は個人でもちょっとした準備とスキルがあれば世界中に発信できるので。良い時代に産まれました。芸能事務所に応募した事もありますが、全部落ちてしまったので。魔導士だからと」
「さらりと悲しい過去を言ったね…そっか。それで自分一人でも頑張ってるんだね。やっぱりみーこちゃんはすごいよ」
「ありがとうございます! もっと褒めてくださいー。みーこ褒められて伸びるタイプなので! 」
「誠奈人くんと律華ちゃんも、みーこちゃんはメンタルが強いからすごいって言ってたよ。わたしもそう思うなぁ。いつも元気いっぱいで、アイドルって感じだもん」
「まぁまぁまぁ、そんなこと、ありますけどね…うへへへへ」
何これ。莉央奈先輩褒め上手! すっっごく気持ちいいー! なんてあったかい人なんだぁ。
「締まりの無い顔になってるぞ。その油断が命取りじゃないのか? 」
「はっ! 」
大治先輩に言われて我に帰る私。危ない危ない。よだれが垂れるんじゃないかってくらい口元が緩んでた。
「気の抜けた顔もたまにはいいんじゃないかな? オフショットっていうのかな」
「確かに、そういうのはあまりやってなかったなぁ。自撮りだとどうしてもキメ顔ばっかり撮っちゃいますね」
「自然体を撮るのは難しいかもね。わたしでよかったら、撮影協力するよ」
「ほんとですか! ありがとうございます! じゃあ日常の中でシャッターチャンスがあったら、遠慮なくいつでも撮ってください」
「まかせて! それじゃあみーこちゃんの事、よぉく観察しておくねっ」
そう言うと莉央奈先輩はにこにこしながらみーこを見つめ出した。めっっちゃ観察されてる。本当に可愛い人です。
「あ、誠奈人先輩おはようございます」
大治先輩が声をかけた方を向くと、莉央奈先輩と同じ高等部二年生の神楽誠奈人先輩が、ツンツン無造作ヘアーをはためかせて、ぼーっとした表情(みーこ的には)で立っていた。事件に巻き込まれて、悪い魔導士に追われていた莉央奈先輩を助けた張本人だ。テンション低めで口下手で何考えてるかよくわからないところもあるんだけど、実は面白い事が好きで、基本的には良い人だ。みーこの事も応援してくれる。そして何よりめちゃくちゃ強い。大人顔負けの実力を持った魔導士で、ウチの学生の中では一番かも。
「おはよう。莉央奈も元気そうだな」
「うん。バッチリだよ。誠奈人くんも、もう完治したんだね」
「あぁ。怪我はもう大丈夫だ。もともと大した事なかったし。その節は世話になったな」
「いやぁ、こちらこそ」
少し前に、誠奈人先輩、律華先輩、莉央奈先輩は悪い魔導士に襲われた事があった。その襲撃犯が、元々ここの生徒で誠奈人先輩の親友でもあった久住至遠先輩。二年前に姿を消して久しぶりに現れたと思ったら、いきなり襲って来た。それで誠奈人先輩も不意を突かれて大変だったみたいだけど、なんとか撃退できた。その時の怪我も三人とも治ったみたい。至遠先輩、もうここには帰ってこないのかな…。
「そういえばみーこ、おまえのSNSに珍しくアンチがいたな」
「なんですとっ!? さっき見た時はいなかったんですけどねぇ」
「その後にコメント付けたのかもな。俺はついさっき開いたばかりだから」
誠奈人先輩の指摘を受け、慌ててSNSを開く。こういう活動をしていれば応援してくれる人ばかりじゃないのは理解してる。だけど、自分で言うのもなんだけど、みーこのような個人で活動しているアマチュアに、一体どれほどの文句があると言うのか。
「こ、これですね」
さっきのオムライスの投稿を再び開くと、なるほど、みーこがチェックした時より少し後の時間に、コメントが一件付けられている。
『魔導士のくせにアイドルとか(笑) きもいし迷惑だからさっさと辞めたい方がいいよ。人前に出てくんなよ。身の程を知れ』
―ぷちん。
「魔導士のくせに…だとぉ? ゆるせん!! 」
「みーこちゃん!? 」
言っちゃあいけねぇ事をいったな、こいつぁ。キレる私に莉央奈先輩が驚く。だが止まんねーですよもう。
「魔導士でもアイドルがやれるって…それを示すために私は日々研鑽を積んでいるのだ! それを、なにも知らない馬鹿者が愚弄するなんて…許せません!! 」
「珍しいな。そこまでキレるとは。煽り耐性は強い方だろうに」
「それだけ許せない内容だったんでしょーね。コメントしたヤツは知る由もないだろうけど、みーこの信念を土足で踏み荒らすような内容ですからね…ユーザー名は鎌足、か。投稿もほとんどしてない、捨てアカウントですね。典型的な荒らしだな」
「長く続けてればこういうのも出てくるか。大変だな」
「だからこそ…みーこはコレを避けて通る事ができませんよ。徹底抗戦だ!! 」
「炎上しないように穏便にな…って、ファンの人達がすごい擁護してくれてるな」
「みんな…ありがとう。こいつはみーこが必ず、とっちめてやるからね。首を洗って待ってろよぉ…鎌足ぃぃぃぃ!! 」
己の誇りを守るための、みーこの聖戦がここに始まったのだった。
プロローグのとおり、第2章では水野美心の出番が多めになります。(主人公は神楽誠奈人から変わりありません。)
メインヒロインの莉央奈とはまた違った魅力を出せたらと思っています。
お楽しみいただけますと幸いです。




