第1章:エピローグ
昨晩はぐっすりと眠れた。全力を出し切って体が疲れたから、そして緊張の糸が切れたからだろうか。莉央奈も律華も大事には至らなくて本当に良かった。莉央奈に怖い思いをさせてしまったのが気掛かりだが。
(昨日早く寝たし、少し早く目が覚めてしまったな)
外はまだ薄暗い。まだ誰も起きてないかもしれない。だからといって今日は体を動かす気にはならなかった。トレーニングは止めておこう…。とりあえず洗面所に向かい、明かりをつける。洗面所の鏡には、俺の…神楽誠奈人のしみったれたツラが写っている。私は気分が落ち込んでます、と顔に書いてある。不貞腐れてわざとそうしてるわけじゃないけど、自分の気持ちが上手くコントロールできない。なんとかしようと、声に出してみる。
「もっと喜べよ。至遠に会えたし、みんな無事だったんだ」
鏡の中の自分に注文をつけるが、表情は変わらなかった。体よりも心を動かす方が、俺は苦手だ。魔導は心の力などと偉そうに語ったりしたが、それは自分に言い聞かせている言葉でもある。心技体の中で心が最も弱い自覚はあるが、鍛えてもなかなか強くならないのが、この心という物の難しさだ。体も技も魔力も、正しい方法で時間を掛けて鍛えれば必ず成果が出る。だが、心はそうもいかない。
「俺以外はみんな、ちゃんとした心の強さを持ってる。尊敬するよ」
冷水で顔を洗うと、頭の中も少し冷えた。ちょっと早いけど制服に着替えてしまうか。テレビを付けながら居間を通り過ぎて寝室のクローゼットに向かう。上の寝巻を脱いだ時に、ふと至遠に斬られた腹部が目に入った。律華と莉央奈のおかげで、ほとんど傷は残っていない。まるで至遠との死闘も何も無かったかのように。魔導以外で攻撃されたり、治療できないまま時間が経っていたりしたら、こうはいかなかった。命を張って俺を守ってくれた二人に、俺は少しは報えただろうか。
居間に戻るとテレビで昨日の件がニュースで報道されていた。火の手も上がっていたし、目立つのも無理はない。至遠と日野の姿や名前は映されておらず、安堵する自分がいた。あんな事になっても、まだ親友を気に掛けているらしい。それか、至遠が悪者として世に知れ渡る事に自分がショックを受けるのが嫌だったのかもしれない。情けないな。
「……今度は負けない。お前を止めるためにも」
テレビを他のチャンネルに適当に変えてみたが、そこまで大きな特集を組んでいるところは無かった。報道はされるが、他の事件と同程度の扱いといったところだ。被害を最小限に抑えられたのも大きいだろう。壁にかけられた時計を見ると、まだまだ登校時間まで時間があった。どうしたものかと考えていると、スマートフォンが軽く振動する。画面を見ると、「もう起きてる? 」とのメッセージが浮かび上がった。渡りに船だな…メッセージの送り主に暇潰しの相手になってもらおう。俺はスマートフォンを拾い上げて、返信しながら立ち上がった。
中庭のベンチで、俺と莉央奈は並んで座っていた。昼間より少し肌寒いが、朝の風は心地良い。全身に染み渡り、身が清められていくような、そんな気持ちになる。
「律華ちゃんはまだ寝てるみたい」
「あぁ。寝かしといてあげよう」
「誠奈人くんは、なんともない? 怪我とか」
「お陰様でな。二人には頭が上がらない。特に莉央奈の事は、こっちが守る側の立場だってのに。逆に守られてたら世話無いな」
「最後に頑張ってくれたのは誠奈人くんだし、お互い様だよ。助け合い! 」
「…ふふ。そうだな、そういうことにしとこう」
なんとなく空を見上げながら、俺は続ける。自分を慰めてくれる莉央奈の顔を見るのがなんだか照れ臭かったから。
「莉央奈が自分の事どう思ってるかは分からないが、俺は…莉央奈がいてくれて良かった」
「うん、ありがとう。わたしも、ちょっとだけ自分のことを認めてあげられたかも。わたしでも誰かを助けることができたのかなって」
「正真正銘、命を助けてもらったよ。だけどな、それだけじゃない。魔導がなくたって莉央奈は皆を救ってくれてるんだ」
「わたしが? どうやって? 」
「莉央奈はいつでも笑ってる。記憶を失って、危ない目にあっても。なかなか出来ることじゃない。最近、みんなの笑顔が増えたよ。莉央奈の存在が、明るさが、そうさせてくれるんだ」
「えへへ。そっかぁ」
「そうだ」
「じゃあ、これからも今のままのわたしでいるね」
「ああ。それが嫌じゃなければ」
「嫌じゃないよ。わたしも、こうありたいって思える」
俺達を包むように、優しく風が吹く。
「風が、心地良いな」
「そうだねぇ」
「朝ごはん食べたか? 」
「まだだよ」
「じゃあ、一緒に食べるか」
「うん! 」
それから朝食も済ませ、律華と合流した。そろそろ登校しないといけない時間になり、寮の正面玄関までやって来た。
「律華ちゃん、体大丈夫? 」
「ええ。もうすっかり。行きましょう」
「いってらっしゃい。気をつけてね」
「和子さん、玄治さん、いってきます! 」
朝食を食べた後、俺と莉央奈は律華と合流した。寮の正面玄関まで見送りに来てくれた和子さんと玄治さんに挨拶して、学園へ向かう。
「あ、誠奈人先輩たち! おはよーございます! 」
「おはざっす」
「おはよう」
程なくして寮から出てきたみーこ、大治、聡太先輩の三人が合流する。みーこは朝から元気だ。よくそんなに声が出るもんだと感心する。
「もう怪我も大丈夫そうっすね」
「あぁ。問題無く動ける。莉央奈と律華のおかげだ」
「私の怪我が完治したのも、莉央奈のおかげ」
「莉央奈先輩すごーい! いきなり大怪我を治しちゃうなんて。お医者様だったんですか? 」
「えへへ。いやぁ本当に無我夢中で。今同じ事をやろうとしても、できるかどうか」
「何にせよ、皆無事で良かったよ。お疲れ様」
「ありがとうございます先輩」
雑談しながら通学路を歩いて進むすると、聡太先輩のスマートフォンが振動し、着信を知らせる。
「お疲れ様です、常盤です。…はい、はい、ええ」
相手の話を聞いているのか、相槌が続く。敬語だし、隊長からだろうか。
「なるほど、今丁度全員ここにいますよ。そうですか…確かに、一番足が速い誠奈人君が適任ですかね」
なんてことだ。朝っぱらから一仕事しなければいけない予感がする。思わず動きが止まってしまった。
「では、誠奈人くんに代わりますね」
く…。聡太先輩に悪気はない。電話先にいるであろう三木隊長にも、恐らくないだろう。
「代わりました、神楽です」
『三木だ。おはよう。察しはついているだろうが、頼みたい仕事がある。先ほど通報が入ったばかりだ。現場に向かってもらいたい』
「そんな事だろうと思った」
一日の始まりに出鼻をくじかれた気分になったが、隊長はもっと早くから働いていたのだろう。それに免じて俺も頑張るか…とスイッチを切り替える。指示を聞き終えると通話を切り、聡太先輩にスマートフォンを返す。
「ちょっと行ってくる。すぐ終わらせるから、莉央奈はそれまであんまりウロウロするなよ。学園の中とはいえな」
「わかった。誠奈人くんも気を付けてね! 」
「私は莉央奈の側にいるようにするわね」
「にしし。がんばってくださーい! 」
「朝からお疲れ様っす」
「ごめんね、よろしく頼んだよ」
皆に送り出されて、俺は片手を上げながら後ろに振り返った。一息付いてから、走り出す。残念な事にまたどこかで魔導士が事件を起こしている。太古の時代にはもてはやされていたであろう魔導士も、科学が栄えたこの時代ではご覧の有様だ。そういう大きな世の流れは、すぐに変えられるものじゃない。目の前の事から一つ一つやっていかないと。だから俺は、今日も魔導士として街を駆ける。
第1章終了です。
第2章も一通り執筆済のため、少し間をあけて内容を整えつつ、投稿を開始する予定です。
ここまでお読みいただいた皆様、ありがとうございます。引き続きお楽しみいただければ幸いです。




