第1章:第23話『戦いを終えて、それぞれのこれから』
「二人とも、無事でよかったぁ」
「入院すらしなくて済んだのは莉央奈のおかげね。本当にありがとう」
魔導協会御用達である小清水総合病院の一室。誠奈人達は医師による診断と治療を受けていた。
「治癒魔導ってすごいんだね。自分でもびっくり」
「治癒魔導も魔導士によって出力は変わる。莉央奈のヤツはかなりすごかった。打ち身とかの、魔力以外の傷はほとんど治った」
「無我夢中で、わたしも皆を守りたいって念じたんだ。そしたらなんか、頭の中のロックが一部解除されたみたいな、そんな感じ」
「他にも何か思い出せたことはあるか? 」
「残念ながら何も…治癒魔導も、思い出したっていう感覚とはなんか少し違うんだよね」
莉央奈は眉間に指を当てて、むむむと唸る。
「記憶を取り戻すにはまだちょっと時間が必要かも」
「焦る必要はない。俺と律華は莉央奈に救われた。今はそれで十分だ」
「うん。誠奈人くんと律華ちゃんもありがとう。あんなに必死になって、わたしを守ってくれて」
微笑み合う三人。今この瞬間を守る事ができて良かったという思いは、共通していた。
「これで、魔導の修行も捗るかな? 」
「魔力を扱う感覚は、体が覚えてる。効率はかなり良くなるはずだ」
「やった。どんどん上達しちゃうぞー」
「ふふ、次の授業が楽しみね」
「今回ね、二人を見て思ったんだ。誰かを守るために体を張って頑張る…すごくかっこいいなって。わたしもそんな人になりたいって。魔導が使えるようになったのも、そんな事を考えてた時なんだ。わたしも皆を守りたいって」
空っぽだった自分に芽生えた思いを、ひとつひとつ確かめながら、莉央奈は続ける。
「だからね…わたしも、魔導協会に、魔導隊に入りたい。誰かを守るための力がわたしにあるなら、それを正しく使いたい。自分の身を自分で守れるようになりたいし…それに、お金も稼げるんだよね」
最後は悪戯っぽく笑いながら。協会の支援があるとはいえ、無一文だったのだから、まとまった収入が欲しいというのも本音だ。
「もっと大変な目に合うかもしれないわよ? 」
「うん」
「痛くて苦しい思いも沢山するし、誰かに感謝されるとも限らないわよ? 」
「うん」
誠奈人と律華は、莉央奈の眼に強い意志が宿っているのを感じた。二人で顔を見合わせて笑う。
「まずは、隊長に掛け合ってみるか」
「うん! 」
扉の隙間から、誠奈人達の様子を窺う聡太、大治、美心。
「へこんでるかもって思ったけど、大丈夫そうだね」
「ええ。怪我も大した事ないみたいっすね」
「むしろなんか楽しそうですよね。みーこは安心しました」
「大治君もみーこちゃんもごめんね。僕のいない間にそんな大変な事が起きてたなんて」
「仕方ないですよ。それにオレらも大した事してないです」
「誠奈人先輩が、『危ないところだった。助かった』って褒めてくれたじゃないですか。感謝は遠慮なく受け取っておきましょ! 」
「みーこちゃんは前向きだね」
「はい! 自己肯定感の向上につながります。アイドルにとってすごく大事なことです」
「しかし、これからどうなってくんだか」
「街外れとはいえ、今回の至遠君は目立つ行動を起こした。次々と刺客が襲ってくるという可能性は低いかもね」
「結局敵の正体も目的もわからないままだから、多少は動いてくれた方がいいかもしれないですよっ。返り討ちにして、搾ります」
「みーこちゃんは過激派だね…たしかに、敵の情報が少ないのは厄介だ」
「なんなんすかね。一人の女の子を付け狙う理由ってのは」
「そうだね…まぁ、その辺りは莉央奈ちゃんの記憶が戻る可能性もあるよ」
「そうですね。今回も治癒魔導が使えたわけだし」
「何にせよまだまだ始まったばかりなんだから、焦る事はないさ」
「慌てず焦らず。急がば回れ。今日のみーこと大治先輩は、とてもとても学びました」
「いや、それはマジでそう。俺達も頑張ったな」
「お手柄だったみたいだね。容疑者も観念して罪を認めたようだし。お疲れ様」
「いえいえ。みーこ達は黙々と善行を積んだだけにすぎませんよ」
「善行を…? 」
「はい。今日ばっかりは神様の存在をちょっとだけ信じましたよ、俺も」
「なんかそっちの話も気になってきたよ」
日本魔導協会本部にて、三木は神代龍文会長に事の顛末を報告していた。
「折角の敵との接触でしたが、新たな情報を得る事は出来ませんでした。申し訳ありません」
「保護対象を守れたのだ。隊員も無事で、周囲への被害も軽微。十分によくやってくれた」
「会長…ありがとうございます」
「しかし、|久住「くずみ至遠とはな。彼は若くして優秀な魔導士だった。神楽誠奈人に並ぶほどの」
「はい。元部下がこのような事になり、責任を痛感しております」
「君は何でも背負い込みすぎるきらいがある。もう少し肩の力を抜きたまえ。今度は君の心が壊れてしまうぞ」
「は…恐縮です」
「正体は分からずとも、敵が組織立って動いているのは明確なようだな」
「はい。賢者の石片を軽々しく持ち出した事からも、大掛かりな組織である事は間違いありません」
「伝説の物質・賢者の石を目指して開発された魔力増幅装置。その危険性から世界的に規制が掛けられている代物だが…大量に保持しているか、生産技術を有しているようだったら少々厄介だ」
「久住至遠は実莉央奈の確保を明確な目的としていました。彼女の存在は敵組織にとって重要なようです」
「一介の魔導士…それも年端もいかぬ少女を捉えて何をしようと言うのか。その先は全く見えんな」
「調査隊からも情報は特に上がっていません。日野が出没した港地区や、今回の襲撃があった公園近辺での調査を続けくれていますが、めぼしい成果は、まだ何も」
「なかなか尻尾を出さんな。あとは、実莉央奈の魔導刻印の方はどうかね」
「解析隊が調べてくれていますが、詳細はまだ分からないようです。やはり一般的に知られている既存の魔導とは全く一致しません。刻印の法則からどのような魔導なのかの推測はある程度可能ですが、かなり複雑で未知の構造をしているようで、解析にはまだまだ時間がかかりそうです」
「そうか…なぜそんな物が彼女の魔導核に刻まれていたのか。本件最大の謎かもしれんな。本人の様子はどうだね? 」
「あんな事件が起きた後ですが、落ち着いています。神楽隊員と佐倉隊員の尽力の賜物です。それとこれはあくまで私の希望的観測ですが…彼女は日野から追われていた事から、敵と協力関係にあったわけではないと考えます。過去に敵組織の一員だったのだとしても。今の彼女からは、邪悪な物はやはり感じられない」
「私もそうであることを願うよ。公平な立場でいる必要はあるがね…。今回はご苦労だったな。隊員達も労ってくれ」
「はい。お伝えいたします」
三木は会長室を後にして、歩きながら考えを巡らせる。
(まだまだ分からない事だらけだ。敵の事もそうだが、日野の護送に関する情報が漏れていた原因も分かっていない。協会も一枚岩でない事は十分に理解している。彼女を危険に晒さないためにも、注意する必要があるな)
エレベーターに乗り込み、壁に寄り掛かりながら溜息つく。
「ふぅ…背負い込みすぎ…か」
会長に言われた言葉を思い出す。
「背負わなくてはならんのだ。俺は」
病院から寮に帰ってきた誠奈人達。それを真っ先に迎えたのは、誠奈人達二年生の担任である生田凛子だった。
「実さん!! 神楽君も佐倉さんも…本当に無事で良かった…」
涙ぐみながら莉央奈を抱き締める。少しびっくりした莉央奈だったが、凛子の優しさに触れて微笑み、抱き返す。
「先生、心配してくれてありがとうございます。三人で頑張って、なんとか乗り切れました。みんなで諦めずに協力した成果です! 」
「うん…うん。ごめんなさい、生徒が堂々としてるのに、先生がこんなに取り乱して」
「いえ、嬉しいです。わたしには、わたしのために涙を流してくれる人がいる…こんなに嬉しいこと、ないですよ。わたし凛子先生のこと大好きになっちゃいました」
「実さんっっっ!」
更に強く莉央奈を抱きしめる凛子。頭に手をまわし、よしよしと撫でるそれを見ながら誠奈人は律華に小さな声で言った。
「凛子先生って、本当に良い人だよな。こんなに教師に向いてる人いないってくらい」
「そうね。私も助かってるわ。魔導科は訳アリの生徒も多いから、凛子先生みたいな人がいてくれると皆助かるわよね」
「俺、そういうところでは自分は結構運が良いって思ってる。人との巡り合わせっていうのか。周りにいるのがもっと嫌な人ばかりだったら、グレてたと思う」
「良い出会いばかりじゃないけど、こういう巡り合わせは大切にしたいわ。しかし、グレた誠奈人って想像つかないわね」
「グレた律華はわりと想像つくけどな」
「あら、なんでかしら? 私が普段からグレる一歩手前だとでも? 」
「そういうところだぞ」
「こっちの台詞。もう! 」
「神楽君も佐倉さんも、無事で良かった…二人が大怪我したって聞いて、先生はもう心臓が止まるかと思ってぇ…! 」
「ご心配おかけして、すみません。私も誠奈人も、色々あったけど今はもう平気ですよ。怪我も治癒魔導でほとんど治って、大したことありません」
「俺も大丈夫です。腹を斬られて死にかけましたけど、もう治りました」
「し、死に……大丈夫なの神楽君!! 」
「だから大丈夫ですって」
「誠奈人、余計なことを言わないの! あなたそうやって口下手な所があるんだからまったく」
「うぅ…そうかな」
「神楽君は、もっと自分を大切にしなさい! ぐすっ…こんなに若い頃からそんなんじゃあ、本当にそのうち死んじゃう! そんなのはみんな悲しいんだからね! 」
「はい、ごめんなさい…」
担任、しかも女性を泣かせてしまった事に罪悪感を抱く誠奈人。そして凛子の心配の声や、莉央奈が言っていた事を頭の中で反芻する。
(自分を大切に。そして、自分のために涙を流してくれる人がいる…か)
「凛子先生、心配なのはわかるけど、そろそろ中に入ったらどうだい? 皆疲れてるだろうし」
側にいた寮母の和子が嗜めるように声をかける。
「確かに、そうですね。ごめんなさい和子さん。それにみんなも。帰ってきたところなのにね。とりあえず、上がりましょう。先生ももう少しいてもいいかな…もうちょっと、みんなの顔を見ていたいの」
「もちろんです。お話しましょう! 実はわたし、ついに魔導を使えたんですよ! 」
「そうなの!? すごいわね実さん! 」
莉央奈が話題を切り替え、明るい表情に変わる凛子。わいわいと話しながら談話室に向かって行った。誠奈人達も後に続く。
「莉央奈って、魔導士向いてるのかもな」
「そうね。人の心を動かすほどの、強い心を持ってると思うわ」
「俺も負けてられないな」
「私も。もっと強くなる」
歩きながら話している二人の背後から、穏やかな声が投げ掛けられた。
「良い心構えだね」
二人が振り返ると、そこにはいつも通り柔和な笑顔を浮かべた守衛の玄治がいた。
「二人とも、お疲れ様。よく頑張ったね」
「ありがとう。なんとか乗り越えられたよ」
「…至遠がいたそうだね」
「えぇ。彼は…変わりました。別人のように」
「あの優しかった至遠が…まだ信じられていない自分がいるよ」
「きっと、皆同じ気持ちだ。俺もあれだけの目に遭ってようやく受け入れられたよ」
「そうか…私は今でも思うんだ。あの子のために、もっと何かしてやれる事があったんじゃないかって」
「気にし過ぎたら駄目だ。俺みたいにやられるかも」
「確かにね。はは、誠奈人に教えられるとはね。気を付けるよ。守衛の任を全うできるように」
「そうだ、今度また稽古に付き合って欲しい。色々と試したい事があるんだ」
「勿論だとも。私に出来る事ならなんでも言って欲しい」
「新技でも開発するの? 」
「まぁ、そんなところか」
「珍しいわね。誠奈人は地道に基礎を鍛えるイメージがあったけど」
「今のままじゃ力が足りないと実感したんだ。何か大きな変化が要る」
「そっか。楽しみに待ってるわね」
「あぁ。任せておけ」




