第1章:第22話『神楽誠奈人の信念』
辺りを包んでいた光の波…魔力の奔流が収まった時、誠奈人と至遠は、少し離れた所で二人とも片膝をついていた。誠奈人の右手に握られた刀は刀身の半分以上が欠けてボロボロになり、今にも崩れそうな状態になっていた。一方で至遠の右手の剣は一部がひび割れているが剣の形を十分に保っている。
「…勝負あったね、誠奈人」
「どこを見て言ってる? 俺はまだ元気だが」
「…虚勢を張るなよ」
「魔力が完全に無くなったわけじゃない。手足も動く。命も、ある…。戦えない理由はない」
「なんでそこまでする? 協会に与えられた任務だから? それにどれだけの価値がある? 魔力を持たない者達…ただ数が多いというだけで魔導士を虐げる…あいつらのために尽くしてどうなるっていうんだ! その先にあるのは、隷属だけだ」
「勘違いするな。別に俺は彼らに尽くしているわけじゃない。俺が戦うのは、自分の信念を通すためだ」
「信念、だと? 協会に身を置いて、一体何ができるって言うんだ」
「俺は、一人でも多くの魔導士が、この世界でまともに生きていけるようにしたい。昔の俺達みたいなのを少しでも減らせるように。大切な人達を守るために。そのために必要なのは、調和だ。魔導犯罪を食い止めて、世間からあぶれた魔導士を助け上げて、今よりも魔導士が受け入れられる社会に変えていく」
「調和だの共存だの、そんなのは立場の弱い側の者達がさえずっても、何にもならないんだよ」
「でもやってみなきゃ、何も起こらないだろ。絶対に。でかい問題だから、今でも色々と悩む事はあるけど…せめて俺は前に進みながら悩む。自分の行く先を求めながら」
「…僕は悩まない。自分の進む道はとっくに決めたから。そんな小さいやり方じゃ世界は変わらない…もっと大きな力が必要なんだよ」
「力、だと? 」
「…少し、喋り過ぎたか」
顔を伏せ、知らずのうちに自分の顔に張り付いていた表情を、大きく息を吐いて打ち消す。顔を上げた時には、至遠の顔からは全ての感情が消えていた。それを見て誠奈人は覚悟を決める。
(…来るか)
至遠が剣を構え、誠奈人が身構える。二人の目線が交錯し、少しの間を置いてから、意をを決したかのように至遠は歩み始める。そして…。
背後から現れた人影が誠奈人の頭上を飛び越えて、勢いよく至遠に向かって飛んで行く。その人影は右脚を真っ直ぐに伸ばし、至遠に飛び蹴りを見舞う。至遠は剣で受け止めたが、魔力で強化されたその剛脚を傷付ける事は叶わなかった。人影は反動で宙を舞い、一回転して誠奈人の前に着地する。至遠は目の前に立ちはだかった、一条大治を忌々しそうに睨んだ。
「間に合いましたっっ!!」
誠奈人の後方にいた莉央奈と律華の所に、水野美心が元気良く滑り込んできた。振り返った莉央奈と目が合い、美心はピースしながらウインクをする。
「って、莉央奈先輩、それ治癒魔導ですか!? ていうか律華先輩大丈夫ですか! 」
「…なんとか大丈夫よ。怪我もだいぶ治ったみたい」
律華は声を絞り出す。ぐったりとしているが、新たな出血もなく、確かに治療の効果が見て取れた。
「律華ちゃん! 良かったぁ! 」
莉央奈は涙ぐみながら、律華を抱き締める。
「…騒々しくなってきたな」
至遠が、興醒めだと言わんばかりに溜息をつきながら自身の剣を消滅させる。
「至遠先輩。お久しぶりっすね」
「久しぶりだね、大治。さっきのは良い一撃だったよ」
「至遠先輩は、随分人が変わっちまったみたいだ」
「至遠せんぱーい! こんにちは! 早く帰ってきて来てくださーい! 」
(あいつはこんな時にも能天気な…)
緊張感のない美心の一言に、思わず大治はしかめっ面になる。一方で莉央奈は美心のおかげで、殺伐とした修羅場からいつもの日常に戻って来る事ができたような気がした。
「皆、懐かしいね。先輩はいないみたいだけど」
「戻って来る気はないんすか」
「無いね。僕の目的はそこでは果たせない」
「何がしたいんすか? あんたは」
「君らには関係無いよ」
「関係ないすか。悲しいですねー。ずっと一緒だったじゃないですか。仲間だったじゃ、ないですか…」
至遠は、少し離れた位置に倒れていた日野の元へ向かい、地面に転がっていた賢者の石片の破片を拾い上げる。
「至遠…待て! 」
誠奈人が悲壮な声を上げる。
「今日はお終いだよ、誠奈人」
倒れていた日野を肩に担ぎ、至遠は誠奈人達の方に振り向く。感情を消した冷たい視線が向けられる。
「逃さないっすよ」
「…五月蝿いな」
至遠は誠奈人に向けて素早く魔力の弾を放つ。反応はできたが、誠奈人の体は蓄積されたダメージで上手く動かない。それを予期した大治が割って入り、手で魔力弾を打ち払う。至遠はその隙に右の掌に魔力を集中させる。渦を巻くように集積した魔力を地面に向かって放つと、発散された魔力が吹き荒れる突風と共に誠奈人達を襲った。誠奈人の前に大治が、莉央奈と律華の前に美心が立ち、それぞれ前方に魔力を放出して攻撃を相殺した。
「すんません誠奈人先輩、逃げられました」
突風と魔力の奔流が止んだ頃には至遠と日野の姿は消えていた。先ほどの攻撃に見た目程の威力はなく、風と閃光による目眩しで時間を稼ぐための物だった。誠奈人達の守りを優先した事もあり、大治と美心は至遠の逃亡を止める余裕が無かった。
「いや、お手柄だよ。助かった。おまえ達が来てくれなかったら、本当に死んでたかもしれない」
「いえいえ。むしろ自分達が遅かったせいで大変なことに」
「俺がやらかしたせいだ。気にするな」
「自罰的だなあ」
「今日は休日出勤で大変だったろう」
「ちょうど俺らが一仕事終わった頃、協会に通報が入りましてね。公園で魔導士が暴れてるみたいだって。俺達は別件で捉えた魔導士を引き渡すために、協会の職員と合流した所だったんですよ。その人の所にも通報の件の情報が入って来て、寮から歩いて行ける範囲だったからもしかして…と思ったんです。そんで車に載せてもらってここまで来ました」
「お互い災難だったな」
「とにかく、事後処理の事はおまかせして、俺らは引き上げましょうか。病院も行かないと」
「ああ。戦いは終わりだ」
大治に肩を借りて莉央奈達のところまで行く誠奈人。莉央奈の治癒魔導のおかげもあり、律華はかなり回復したようだった。至遠の攻撃を受けた腕も、問題無く動いている。誠奈人も新たにできた傷から出血しているものの、大きな負傷は無かった。莉央奈は安堵からか、止めどなく涙を流していた。美心がそれを優しく慰める。しばらくして涙が止まると、全員で互いの無事を喜び合った。それぞれが死力を尽くして自分にできる事を完遂した。その末に勝ち取った今だった。
誠奈人達のいる公園、その敷地内に生い茂った木々の上に、彼らを見下ろす人影があった。
「…誠奈人、やっぱりおもしろい魔導士だね。フェレの好み」
以前誠奈人に声を掛けてきた少女、フェレ。白銀の長い髪を靡かせて、眼下の魔導士達を眺めている。
「莉央奈…律華…あの子たちも、いいね。強さだけじゃなくて、魔導士にとって大切なもの…それを持ってる」
その顔には無邪気な笑顔が浮かんでいる。小鳥が近くまで飛んできたのでフェレが指を差し出すと、小鳥はその上に綺麗に止まった。
「ふふ。よしよし」
小鳥を撫でながら、目を細める。
「誠奈人、そのうちまた会いに行くよ。それまで元気でね」
空に向かって手を伸ばすと、指先の小鳥はぱたぱたと羽ばたいていった。少ししてから、フェレはハッとなる。
「しまった。至遠…付いてけばよかった。もう、どこか行っちゃったかな。一応探してみよっと」
『失敗するとは、意外だな。情が勝ったか』
薄暗い路地裏で、通話する至遠。相手の声は加工されているが、至遠は誰か分かっているようだった。
「情なんてありませんよ。しかし、失敗に対して弁明はありません。アレを取り戻せなかった」
『…護衛に神楽誠奈人と佐倉律華が着いた以上、その動揺を誘えるきみは最適な人選だった。それでも無理だったのなら、他の動ける人員でも同じだったであろう。あれらの力が予想以上だったという事だ』
「…あいつらは戦い慣れてます。実践経験豊富な魔導士じゃないと厳しいでしょうね」
『そのようだな。敗残兵が捕虜となる可能性も考えると、慎重に事を運ぶ必要がありそうだ』
「お任せしますよ。僕がまた行ってもいいし、別の人に行かせても」
『あのお方とも話をしよう。アレの回収はいずれ必要だが、一刻を争うというわけではない。きみは今回派手に動いたのだから、しばらく休息して体を休めなさい』
「お言葉に甘えさせてもらいます」
『ところで、日野剛也を随分手荒に扱ったようだな』
「ええ、まあ。あんな信念の欠片も無い無法者に大きい顔をさせたら、組織の品位に関わりますよ。それに彼は…神楽誠奈人の影響を受けて、組織に疑念を抱いていました」
『……』
「収容所で何か吹き込まれたようですね。あのままでは、裏切る可能性もありましたから」
『今回は私の方で上手く処理しよう。だが、あのお方は魔導士の同胞を皆大切にしておられる。その逆鱗に触れるような事は避けるように』
「承知いたしました。あのお方の博愛主義は素晴らしい物だと思っていますよ」
『ならば良い。しばらくしたら迎えの者をそちらにら合流させる』
「わかりました。日野さんはその人にお任せします。僕の次の仕事は? 」
『ひとまず待機だ。時が来たらまた動いてもらう。それまでは勝手な行動は慎むように』
通話が終わり、項垂れる。胸中に渦巻く鬱屈とした感情。その正体が掴めない。
「僕はどうして…誠奈人を殺せなかった? 僕の方が強かったはずだ。深手も負わせた。情が、あったとでも言うのか? 」
自問自答しながら、己の心を探る。歪みきったその輪郭を、手探りで確かめる。どんな形をしているのか自分でも把握できていない、自分の心。ただ一つ、この憎しみが止められない程に狂っている事は理解できた。
「…ははは。ははははは! 誠奈人…今度はもっと本気で…最後までやろう。そして、僕が莉央奈を守る」




