第1章:第20話『敵』
剣と刀が拮抗状態になると、至遠は後ろに跳び、再び距離を取った。
「律華。俺が不甲斐ないせいで、本当に済まない。後は、俺がやる」
誠奈人は律華を抱き上げ、莉央奈の所まで下がる。
「莉央奈もありがとう。治癒魔導、できたんだな。俺が守らなきゃいけない立場なのに…すまなかった」
「誠奈人くん…いいんだよ。わたし、もうたくさん助けてもらってるんだから。本当に良かった…」
涙ぐみながら、誠奈人を見つめる莉央奈。
「もう一つ、頼めるか? 」
「うん、律華ちゃんは任せて」
「あぁ。任せた」
誠奈人は律華を地面に優しく置き、横たわらせる。莉央奈は律華の頭を膝に載せて座り、至遠にやられた左腕に治癒魔導をかける始めた。
「ま、誠奈人…」
「律華。もう大丈夫だ。相手が至遠でも…俺は」
ボロボロになった律華を見て、誠奈人の眼に激しい怒りが灯る。そこには、至遠に向けていた困惑の色は、もう無い。誠奈人は至遠達の方を向き、ゆっくりと歩みを進める。
「おはよう。もう少し眠ってくれててもよかったんだけど」
「これ以上呑気に寝ていられないからな」
「律華にも聞いたけど、大人しく実莉央奈を渡してくれないかな? 」
「断る」
「なぜ? その子の正体も知らないのに」
莉央奈が、はっとなって至遠の方を見る。この人は自分が何者なのかを知っているのだろうかと。
「関係ない。それにお前は俺を言葉で揺さぶろうとしているだけだ」
至遠の歪んだ口元から笑い声が漏れる。
「あははは。さっきはあんなに上手くいったんだけど。久しぶりにトモダチと会えて嬉しかっただろ? 」
「…俺はお前を探していた。もう一度、話がしたくて。戻ってきて欲しくて」
「念願叶って感極まったのかな? 神楽誠奈人ともあろう者が、さっきは本当に隙だらけだったよ。それで、今度はどうする? 君がいったとおり、お話しようか? もっとも、僕がそちらに戻る事は二度と無いけどね」
「今はいい。俺の目の前には敵がいる。敵が現れたなら…戦うだけだ」
「そう、敵なんだよ。わかってるじゃないか。」
「迷いは力を鈍らせる。魔導は心の力だから」
「…覚えてるよ、その教えは」
「だから俺は…戦う事をもう迷わない。敵は斬る。後の事はそれから考えればいい。俺以外の誰かを傷付けないためにも」
「残念だが、君が『それから』に辿り着くことはない」
対峙する誠奈人と至遠だったが、その間に割って入る者がいた。
「かグラ…まナト!! 」
これまで大人しくしていた日野が、限界が訪れたかのように雄叫びを上げる。
「う、ぎ、ギアァァあああ!! 」
「…あんたも、可哀想に。すぐに目を覚ましてやる」
日野は両手を広げて獣のように誠奈人へ襲い掛かる。焔を纏わせた両手で誠奈人を引き裂こうと交互に繰り出すが、それが誠奈人を捉えることはない。誠奈人が攻撃をかわし続けていると、業を煮やした日野は前方に炎を噴射する。自身の身長よりも大きな炎が誠奈人を呑み込もうと迫る。
「纏水刀」
誠奈人の刀が魔力で作り出した水を纏う。刀を振り下ろすと同時に水が膨れ上がり、一気に放たれる。炎よりもさらに大きな水の塊が日野の炎を呑み込み、その勢いを殺した。更に水飛沫と水蒸気で視界が奪われる。辺りを見回しても誠奈人の姿を捉えられない日野は両手の炎を再び燃え上がらせる。炎は全身に伝播し、それを解き放とうとした瞬間、正面の水蒸気の中から真那刀が飛び出してくる。体勢を低くして、右手で握った刀を腰の左側に収めている。日野はそれに気付き驚愕の表情を浮かべるが、体の反応は間に合わない。誠奈人は飛び上がりながら、居合の要領で刀を高速で横に薙ぎ払い、日野の額に埋め込まれていた賢者の石片を一閃。日野の体には傷を付けることなく、それを真っ二つに斬り裂いた。
「…すごい」
莉央奈が感嘆の声を上げると共に、日野の体が地面に崩れ落ちた。それと共に、周囲を囲っていた炎の壁が消失する。真那誠奈人は歩み寄って日野の首元に手の指を当てたが、脈があることを確認して安堵のため息をついた。
「今の剣さばき、なかなかやるじゃあないか。それに、今目覚めたばかりなのに賢者の石片が暴走の原因だと一瞬で見抜くとは、大したものだね」
至遠は一連の誠奈人の動作を見て、白々しく拍手を送る。
「わざわざそれを狙ったのは、彼の命を気遣ってくれたのかな? 優しいんだね」
「死なないに越した事はない」
「でも、心臓を串刺しにした方が楽だったろう? 」
「別に、この程度どうってことはない」
「そうか…なら、もっと見せてくれよ。きみのその実力をさ」
「言われなくても、たっぷり味わってもらう。泣いて赦しを乞う程に」
誠奈人と至遠の目線が交わると、誠奈人は目を逸らさずに至遠に疑問を投げ掛けた。
「先に聞いておく。なぜ魔力の剣で俺を刺した? 」
「殺そうとしたからに決まってるだろ? 」
「確実に殺すつもりなら、実物の刃物を使ったはずだ。治癒魔導で治せるのは基本的に魔導によって付いた傷だけだ。俺が一人ならともかく、律華もいる状況では魔導で攻撃すれば治される可能性があるのは分かっていたはずだ」
「…そんなの持ち歩いてたら、警察に職質でもされたら厄介だろ? 暗殺における魔導士の利点は、凶器を持ち歩かなくてもいいってところだ」
肩をすくめながら、大袈裟な言い方で誤魔化すように至遠は返答する。
「本当に殺す気があったのか? 俺を」
「…呑気な脳ミソだな。あんな目に合っておきながら」
「憎んで欲しいのか? わざわざ。それはおまえの心に、かつての繋がりがまだ残っているからじゃないか。憎まれる事で、それを強引に断ち切ろうとした」
「黙れ」
「だったら憎まない。おまえの思い通りにはしない」
「黙れッッ!!」
「…ようやく似合わないうすら笑いが消えたな」
莉央奈は二人の会話を聞きながら、悲しげな表情を見せる。
(なにがあったんだろう。二人は親友だったんだって、誠奈人くんの様子からもわかる。だけど、どうしてあんなに…)
「言いたい事はそれで全部か? そんな減らず口が叩けないように、今度はちゃんと殺してあげよう」
「もう遅い。おまえが俺を殺せたのは、さっきの一瞬だけだ。最後のチャンスを逃したんだよ」
「上から見下ろしてるんじゃねえ。今は…僕が上で、お前が下なんだよ!! 」
激昂した至遠が地面を強く蹴り、誠奈人との距離を詰める。心臓を目掛けて鋭い刺突を放つが、誠奈人がそれを刀で打ち払う。みぞおち、喉、眼。人体の急所を貫こうと次々に刺突を繰り出すが、誠奈人はその全てを受け流す。金属音に似た鈍い音が辺りに響く。至遠は軽く舌打ちすると、続けて無数の斬撃を放っていくが、誠奈人はその全てを正面から受け止める。一撃ごとに、渾身の魔力が込められているのを誠奈人は感じていた。
(でかい口を叩いたが、至遠は二年前とは比べ物にならない程強くなってる。対してこっちは治癒魔導で治したとはいえ、失った血や体力まで戻ったわけじゃない)
二人の一進一退の攻防が続く。至遠の乱舞を受けながら、誠奈人は攻めるタイミングを図る。時折隙を突いて反撃するが、至遠もこれを防ぐ膠着状態。
「二年間引きこもってたわけじゃなさそうだ」
「そちらこそ」
剣術の実力はほとんど互角だった。かつては魔力無しの模擬戦では自分が一歩先を行っていたことを誠奈人は思い出す。変わったのは言動や風貌だけでなく、その強さも、荒々しい剣筋も、かつての親友とは違っていた。それでも、その中に昔の面影を見つけてしまう。だが、誠奈人がそれに惑わされる事はもう無かった。自分のせいで傷付けてしまった莉央奈と律華の姿を見て、その信念は確固たる物になった。敵が誰であろうと、もう迷わない。




