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学生魔導士は街を駆ける ー現代社会における魔導の在り方ー  作者: 小仲はたる
第1章 全てを失った少女

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第1章:第19話『ありがとう』

 治癒魔導は莉央奈(りおな)任せて、前方の敵に集中する律華(りっか)。目前では律華が発生させた魔力の結界に日野が炎で攻撃を続けている。結界には傷一つ付いていないが、攻撃を受ける度に律華の魔力は消費される。既に治癒魔導と合わせてかなりの魔力を消費している事から、このまま結界の中に引き篭もっているよりは、打って出てる方が結果として長く時間を稼げるだろうと律華は判断した。だがそれは、律華が二体一の状況で相手の猛攻を耐える必要がある事を意味している。それでも、律華にはやり遂げる覚悟があった。自分がどれだけ傷付こうとも、誠奈人(まなと)と莉央奈は守り抜いてみせるという覚悟が。


 しばらく続けて結界に傷一つ付けられない事を確認すると、日野は炎の放出をやめた。辺りを取り囲む炎は依然として残ったままで、誠奈人と莉央奈を連れて逃走する事は困難だ。


「暴走した賢者の石片(フラグメント)による攻撃を防ぐとは。この男の元の魔力が大したことないとは言え、やるもんだね」


「そう。じゃあ諦めたら? 」


「そうもいかないよ。僕は(みのり)莉央奈(りおな)を回収するために来たんだから」


 炎が効かないと見た日野は魔力を纏った前蹴りを放つが、律華の結界はびくともしない。


「く…壊れろ! コ、ワ、ぐぐぎ!!」


 殴ったり蹴ったり、火炎放射を浴びせるなど試してみるが、結果は同じだった。日野が一息ついて結界から距離を取り攻撃の手を緩めた瞬間、律華は一瞬にして日野の背後に周る。跳躍し、握りしめた右拳を左手でがっしりと包み込んで日野の後頭部に勢いよく叩きつける。魔力を纏った律華のダブルスレッジハンマーを受けた日野は、たまらずその場にうずくまる。程なくして顔だけは上を向けるが、律華の姿を捉えることはできない。


「遅い」


 背後から声が聞こえてしゃがみ込んだまま反射的に振り返るが、既にそこには誰もいない。前を向き直した日野の顔面に、律華の足の甲が突き刺さった。サッカーのフリーキックのように思いっきり振り抜いた足がしなる。姿勢が低かったために律華の蹴りがクリーンヒットした日野は、はるか後方に吹き飛ばされ、地面に背中から落ちる。


「魔力は強化されていても、それ以外はてんで駄目ね」


 律華は顔にかかった髪を払いながら、冷たい視線を放つ。想像以上の動きを見せる律華を見て、口笛を吹く至遠。


「結界に一瞬だけ穴を開けて脱出し、高速で敵の背後に回り込む。魔力の扱いもそうだけど、格闘スキルがかなり向上したんだね。すごいよ」


「あらそう。で? 次はあなたが相手? 」


「勝ち誇るには、ちょっとまだ早いかな」


 律華が怪訝そうな顔をすると、日野がゆっくりと立ち上がる。腰は曲がり、腕を下にだらんと垂らし、まるでゾンビのような立ち姿は異様な雰囲気を放つ。律華に向けられた日野の顔は白目を剥き、歯を食いしばってこちらを睨め付けている。


「なるほど…賢者の石片(フラグメント)をなんとかしないと、止まる事はないってわけね」


「理解が早いね。アレには僕がちょっと手を加えてあるんだ。賢者の石片(フラグメント)の作用で過剰に生成された魔力を強制的に四肢に流し、体にダメージがあろうとも強制的に体を動かす。少し複雑なプログラムだから、インプットするのに苦労したよ。さて、君はあの小さな球体だけを狙って破壊する事ができるかな? 」


「あなた、さっきからよく予想を外しているでしょ」


「あはは。律華は敵には容赦がないね、昔から」


「敵…だと思ってるのね。私達の事を」


「勿論」


 律華の闘う様子を、莉央奈は誠奈人の治療を続けながら見ていた。暖かな光が血に塗れた誠奈人の傷を包み、癒す。




「律華ちゃん、すごい…かっこいい。わたしも、できる事を頑張らないと」


 不思議な感覚だった。莉央奈は治癒魔導の存在も知らず、さっき律華がやっているところを見て初めて知った。今でもその仕組みを理解できてはいない。だが、記憶はなくても体は覚えているかのように魔力を紡いでいる。


「刻印のおかげ…なのかな」


 魔力を生成する器官、魔導核。莉央奈の魔導核に刻まれていた、魔導の使用痕跡である魔導刻印。その中に、治癒魔導の物もあったのかもしれない。かつて自分はこの力で誰かを治していたのだろうか、と思いをはせる。


「考えるのは後だね。今は集中しなきゃ」




 体勢を立て直した日野はゆっくりと律華に近付く。律華は日野を見据えながら、至遠への警戒も怠らない。


「結界の中に引きこもっていた方がいいんじゃないかな? 」


「余計なお世話」


(並の攻撃なら全て受け切る自信がある。だけど今の至遠は、日野の事を欠片も気にかけていない。いざとなれば日野の命を捨てるような、無茶な事も平然とやってくる…そういう狂気が今の至遠にはある。それで結界を破られるような事があれば、至遠以外の全員の命が危険にさらされる。だったら、結界の外で迎え打つ…賭けかもしれないけど、今の私にとってはそれが最善。まずは日野を速攻で戦闘不能にできれば理想的ね)


 日野の両拳に炎が灯る。唸り声を上げながら律華に向けて走り出す。余裕の表れなのか、続く至遠はゆっくりと歩きながら向かっていく。


「さて…もう少し見せてもらおうかな。きみのあがきを」


「来なさい。八つ裂きにしてあげる」


 日野が律華に向けて突っ込む。振りかぶって右の拳を放つが、律華は横に避けて足払いをかける。体勢を崩した日野の額に向けて攻撃を仕掛けようとするが至遠がそれを許さない。律華は迫り来る魔力の剣による刺突をギリギリのところでかわし、剣が頬を掠めた。裂かれた頬から飛び散る自身の鮮血には目もくれず、律華は至遠に向けてカウンターの掌底を放つ。腹部に律華の掌が突き刺さるが、至遠は後ろに跳んで威力を殺した。律華の放ついくつもの魔力の花弁が至遠を追撃し、そのうちの何枚かが剣と触れ合い炸裂する。衝撃で剣の動きが止まり、その瞬間を見逃さずに律華の掌底が至遠の顔面を捉えた。今度はかわしたり威力を殺したりする暇もなく、至遠は掌底の威力をもろに受けて後ろにのけぞる。残っていた花弁が突撃し、次々と炸裂していく。至遠は吹き飛ばされながら、桜色の光に包まれる。律華はなおも追撃しようとしたが、日野が体勢を立て直していたため、断念する。日野は炎を放ち律華を追い立てるが、その炎がスピードで上回っている律華を捉える事はない。


(さすがに二人同時は厄介ね。なんとか日野の動きを止められれば…)


 律華が走りながら次の一手を考えていると、炎の中から至遠が現れる。予想外の場所から現れた至遠に対して律華は一瞬反応が遅れ、横に動いて直撃は避けたものの、左の脇腹を至遠の刺突が抉った。至遠は口元に血が垂れていたものの、大きなダメージを受けた様子はない。


「く…! 」


 鋭い痛みに顔をしかめる律華。治癒魔導でせめて止血したかったところだが、至遠が追撃する。律華は剣による乱舞をかわすのに精一杯で、脇腹から滴る血が地面に飛び散っていく。律華はそれでも正確に攻撃を捌き、致命傷を避ける。しかし、少しずつ、だが確実に体の傷が増えている。至遠が更に律華を追い込もうとしたところ、日野が唸り声を上げながら乱入する。拳を、脚を、めちゃくちゃに振り回して律華に襲い掛かる。


「ち…さすがに連携なんて器用な事までは出来やしないか」


 至遠は毒づいて一旦身を引く。


「意識がないならなるべく傷付けたくはないけど…そうも言ってられないから。悪く思わないで」


 律華は日野の大振りな格闘を全て正確に防ぐ。新たなダメージは受けていないが、至遠に付けられた傷からは依然として出血が続く。


(さすがにこのままじゃ、血を流し過ぎて倒れるかも…)


 業を煮やしたのか、日野は力を溜めて両腕の筋肉を隆起させる。魔力による身体強化の出力も大幅に上がっているようだ。律華に向けて拳を放とうとするが、日野の懐には既に、複数の花弁が舞っていた。そのまま胸の辺りに当てて炸裂させる。そして、他よりも多く魔力を込めた本命の一片を頭部に放ち、賢者の石片(フラグメント)を狙う。日野にそれを防ぐような知能は既に残っていないが、至遠の剣がそれを阻む。一太刀で花弁を正確に両断して日野の手前で起爆させ、そのまま身を屈めて律華に迫る。右手を大きく後ろに引いてから前に突き出し、律華の脳天を狙って刺突を放つ。律華は魔力で、地面からそびえ立つ半透明の板のような形状をした小型の結界を作り出し、前方をガードする。刺突がその結界に突き刺さり、ガキン! という金属音に似た鈍い音が響く。その間に日野が起き上がり、側面から律華を狙う。掌から野球ボール程の大きさまで圧縮した炎の球を放ち、律華はそれを咄嗟にしゃがんでかわした。それにより律華の注意が一瞬それた隙に至遠は魔力で脚力を強化し、高く跳び上がる。二メートル程あった魔力の壁を難なく飛び越え、空中から剣を振り下ろす。律華は壁を解除して今度は自身の周りを囲むように球状の結界を張る。しかし、咄嗟の対応で十分に魔力を込められなかった為、至遠の一撃で結界はひび割れ、砕け散った。衝撃で狙いがそれたが、至遠の剣は律華の左腕に振り下ろされた。ゴリッ! という、骨と金属がぶつかり合うような、嫌な音がした。


「うぁ…!!」


 律華は悲鳴を堪え、予め配置しておいた花弁のいくつかを炸裂させた。その衝撃で自分と至遠、迫っていた日野を吹き飛ばした。


「うぐ、く…」


 左腕を押さえながら、膝立ちになる律華。それを見ながら眼と口を細く歪め、狂気をはらんだ笑みを浮かべる至遠。


「直撃の瞬間に左腕に魔力を集中させて防いだか。咄嗟に結界を張った判断も良かった。おかげで腕が斬り落とされずにすんだようだね」


(今の攻防でかなり魔力を消費してしまった…あとどれくらい動ける? あれから何分経った? )


 痛みに耐えながら、律華は頭を回転させる。諦めるという選択肢は、決して無い。しかし、思いに反して、莉央奈と誠奈人を守っていた律華の結界が消滅していく。


「もう限界かな? 無理もない。あんな無茶な使い方をしていたら、すぐに魔力は底をつく」


「それでも…ここから先には行かせない」


「…無視するのは、申し訳ないかな。せめて僕の手で終わらせあげよう」


 至遠が歩いて律華に近づいて行くが、律華は立っているだけで精一杯だった。それも、膝を曲げて今にも崩れ落ちそうな体勢だった。目前まで、至遠が迫る。律華は至遠を鋭い目付きで睨みつけるが、至遠は感情を消した暗い瞳で視線を返す。


「……さよなら」


 至遠が剣を振り上げ、律華の頭上から真っ直ぐ振り下ろす。その凶刃は、律華の命を確実に捉えていた。


 しかし、至遠の刃が律華に届く事はなかった。別の刃が横から律華の頭上を掠め、至遠のそれを受け止めていた。青白く輝く魔力の刀が。


「ありがとう、律華」


 神楽(かぐら)誠奈人(まなと)が、そこに立っていた。


「…待たせたな」

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