第1章:第18話『守る為の戦い-佐倉律華』
「誠奈人、これみて」
「なんだ、それ? 」
「せみのぬけがら。そこの木にくっついてた」
「へー。かっこいいな。怪獣みたいで」
「ぬけがらって、幸せのお守りになるって聞いたことある」
「それは蛇とかじゃなかった? 」
「そっか、じゃあせみはダメかな? 」
「まぁ、どこにでもいるから」
「少ない方が、縁起がいい? 」
「そうなんじゃないか。」
「じゃあ、魔導士もおんなじだね」
「…たしかに。至遠は頭がいい」
「ふふ、僕は天才だ」
「じゃあ俺もまた天才だな」
「おまえもだったのか」
「天才コンビだな」
「ふふ、そうだね。天才が二人いれば、無敵だ」
「そのとおりだ。よーし、行くぞ至遠」
「行くって、どこに? 」
「どこかに。どこまでも」
「……うん! 」
自分なんかいない方がいいと思ってた。でも、いなくなることはできなくて、仕方なく生きてた。そんな時に、自分と同じようなヤツに出会った。同い年で、境遇も似ていた。学園の初等部で初めて会って、それからずっと一緒だった。二人とも産まれつき魔力量が多くて、それを扱う才能もあった。珍しい事だけど初等部の高学年になる頃には学生第一魔導隊に所属して、そこでも一緒だった。一緒に戦って、苦しんで、喜んで…。でも、少しずつ何かが狂っていった。そして、二年前のあの日、何もかもが壊れてしまった。
自分は、最初はただ生きるために戦っていた。だけどそのうち、異端である魔導士という存在そのものについて悩むようになる。魔導士が世間に少しでも受け入れられるように…その助けになればと思って戦うようになった。だけどそれもなかなか上手くいかなくて、同じように悩んでいた大切な親友を救えなかった。嘆いて悔やんで、自分に怒りを向けた。少し経ってからようやく前を向いて…親友を、至遠を取り戻す事が目的に加わった。だけど、ようやく見つけた至遠は、俺に刃を向けた。報い、なのだろうか。かつて世界の大きな流れに抗えないまま、親友を救えなかった自分に対する…罰なのかもしれない。裁きを下したのが、他でもないその親友なのだから。
―だけど、今の自分には、以前は無かったものがある。守りたいと思う気持ちが…。底抜けに明るくて純粋で、何も分からないまま危険に晒されている、莉央奈を…律華を、共に戦う仲間達を。もう失いたくない。守りたい。そのためにも、まだ、死ねない。
律華は手の甲で額の汗を拭う。周りで揺らめいている炎が熱い。まともな魔導で出せる出力ではない。賢者の石片で限界を越えて力を引き出されている証だ。
「日野剛也…あなた、それで本当にいいのかしら? そんなめちゃくちゃな力を出し続けたら、そのうち死んでしまう」
「チカラ、が…ある…オレに…は…ギ、が、ぐ、ぐぐ……」
律華は日野の命を案じたが、話が通じていない。日野は目の焦点が合っていないし、まともな会話ができる状態では無かった。
「無駄だ。あまり知られてないが、アレを脳に直接繋ぐとこういう感じになるんだ。判断力が鈍くなって、扱いやすくなる。あとは僕の魔力を注入することで、僕の言葉だけが彼に届くようになる。便利な武器の完成だ。自分より魔力の劣る相手にしかできないけどね」
「本来は専用の制御装置を介して使用するはず。それすらも使っていないなんて、この人ノ体に何が起こるか分からないわ。使い捨てにするつもり? 」
「どうかな? 運が良ければ生き残るさ」
狂気をはらんだ瞳を歪ませ、至遠は笑う。その邪悪な様は以前の至遠からは想像も付かなかった。
「別に、どっちでもいいだろ、こんなの。他人に迷惑しかかけられない生き物なんだから。せめて有効に消費してあげているんだよ」
「…最低ね。それを決めるのはあなたじゃない」
「ありがとう、褒められてゾクゾクするよ
」
至遠が少しずつ律華達との距離を詰めると、日野もその後に続く。
「先に聞いておくけど、実莉央奈をこちらに渡してくれないか? 分かってると思うけど、僕の目的はそれの回収だ。そうすれば、きみを傷付けずに済むんだが」
「絶対に渡さない」
「そうか…きみは任務に忠実で、立派な魔導隊員だ。だから、残念だよ」
「莉央奈を攫って、何をするつもり? 」
「律華には関係ないことさ。誠奈人にもね」
「…どうして誠奈人を? 莉央奈が目的なら、どうしてこんな…! 」
「一番邪魔だったからに決まってるだろう。おかげでこの状況を作り出す事ができた。それと、誠奈人を試したかったんだよ。期待外れだったけどね」
「試す…? 」
「さて、あんまりのんびりもしてられないな。協会の応援が来るまでに済ませないといけない。悪いけど、すぐに終わらせてもらおう」
「やってみなさい! 」
律華は前方への注意を怠らないまま、誠奈人の様子をうかがう。至遠との会話で時間をかせげた為、出血を止めるところまでは治療ができた。しかし、離れてしまえば治療はできない。まだ予断を許さない状態だ。
(今はまだ治療を中断はできない…ここを動かずに時間を稼ぐしか…! )
律華は左手を誠奈人に添えたまま、右手を至遠の方へ構える。律華の右腕の周りから、桜の花弁のような形をした小さな魔力の塊が無数に放たれた。それは十メートル程離れた位置にいる至遠と日野に襲い掛かる。日野が突っ込んで花弁の群れに拳を放つと、触れた瞬間に花弁が炸裂する。桜色の魔力の輝きが美しく広がる。
「ぐっ…うぎっ! 」
日野が炎を放とうと腕を振るが、再び迫ってきた花弁に触れ、連鎖的に炸裂する。
「うっ…ぐ、く…」
呻き声を上げ、思わず後退する日野。一方、至遠は西洋のサーベルの形状をした魔力の剣を華麗に操る。剣の切先から鋭く光る魔力の弾が放たれ、花弁を撃ち落としていく。
「桜火の舞…佐倉家に昔から伝わる、君が最も得意とする魔導だったね。炸裂魔導の応用技で、対象が触れた時に衝撃と閃光を見舞う。見た目が華やかで好きなんだ。それ」
「見せ物じゃないんだけどね」
律華は次々と花弁を放ち、二人を取り囲む。
「残念だけどその技は何度も側で見ていたから、対処の仕方も手に取るようにわかる。だから僕にとっては、美しいだけの見せ物でしかないよ」
至遠は次々に花弁を狙って剣を振るう。至遠の魔力弾と衝突した花弁は一つずつ炸裂していく。それが至遠に届くことはない。至遠は自身に届く前に遠距離攻撃で全てを迎撃する事で、律華の攻撃に対応してみせた。
「このまま続けるつもりかな? まぁ、君の目的は時間稼ぎだろうからね。協会の魔導士が助けに来るまで。それと、誠奈人の治療が完了するまで。だから、きみは僕達を倒す必要はない。もっとも、誠奈人が目を覚ます保証はないけどね。傷はなかなか深かっただろう? 」
花弁が次々と光を放ち、散っていく。その中に僅かな隙を見つけた至遠は、一気に地面を蹴って接近する。だが、次の瞬間、魔力弾に触れた花弁のいくつかが炸裂せず、そのまま至遠に向かって飛来する。至遠は咄嗟に後ろに飛んで回避を測ったが、腕と頬をいくつかの花弁がかすめた。その側面は刃の様に硬く鋭く、至遠の肌を切り裂いた。
「別に倒す気がないとは、言ってないけど? 」
「…ははは。やっぱり、変わったね律華」
頬を伝う血を拭いながら、至遠は不敵に笑った。
「悪い、やっぱりそんなに嬉しくなかったわ。訂正する」
至遠が再び距離を取ったところで、花弁は一旦動きを止める。至遠と日野をいつでも迎撃できるように広く展開し、待ち受ける。
「桜火の舞・欺刃。これは私のオリジナルよ」
(アレの弱点は炸裂するタイミングを選べない事。あれほどの数の花弁を一つ一つ精密操作するのは困難だ。だから『自分以外に触れたら炸裂する』という命令をあらかじめ仕込んである。だからこちらに届く前に衝撃を与えてしまえばよかった。しかし、あの中に炸裂しない花弁が潜んでいる。特別な命令は仕込まれていないが、硬度を上げて直接攻撃に特化させている。見た目の変化はなく、識別はできない)
「成程。意外と厄介だ。シンプルだが、弱点を補完する方法としては効果的。考えたね律華」
律華は答えない。回復魔導で真那刀の治療を行いながら、至遠と日野への警戒を怠らない。
「対処できないわけではないけど…手っ取り早い方法でやらせてもらおうか」
至遠が日野の方を見ると、それに応えるかのように日野は前に出る。その両手を前に掲げると、以前誠奈人に放ったものとは比べ物にならない程の大きさの炎を放つ。そのあまりの強大さに律華は息を呑む。
炎が花弁の群れを呑み込むと、次々と桜色の光が花開いては散っていく。炎の勢いは衰えず、律華へと迫る。
「くっ…! 」
律華達が正方形の魔力の壁に包まれる。真那刀斗玄治の稽古の時にも使用した結界だ。
(範囲を狭めて…硬度を上げる! )
次の瞬間、炎が結界を包み込んだ。魔力による炎は、同じく魔力で形成された結界とぶつかり合い、異なる魔力の衝突による発光現象が辺りを照らす。
「治癒魔導を続けたままでは結界に回す魔力も制限される…さて、どちらが先に根を上げるかな? 」
(至遠…仲間を本当に使い捨てに! )
炎を防ぎながら、律華は次の手を考える。しかし、有効な一手が浮かばない。
(確かに、治癒魔導と結界魔導の併用は負担が大きいけど、どちらも緩めるわけにはいかない。片手間にこの炎をいつまで防いでいられるか…何か、打開する手段は…! )
考えている間にも魔力は消費されていく。日野は禁忌の実で増幅された自身の魔力全てを放出するまで止まらないだろう。治癒を続けながらそれに付き合っていては先にこちらの魔力が尽きる事は明白だった。
「く……私が、守る…二人とも、絶対に! 」
「律華ちゃん…」
莉央奈もなんとなく今の状況は理解できていた。このままでは律華が危ない。自分を、真那刀を守っているがために。
(私のせいで…ごめんね、律華ちゃん…ごめん)
一筋の涙が莉央奈の頬を伝う。手で拭った涙を見て、しかし莉央奈は律華の言葉を思い出す。彼女は泣かないでと言っていた。不安なことなんてないからと。自分を勇気付けてくれた。その人が今、命をかけて自分を守ろうとしてくれている。
(律華ちゃんは、命がけで闘ってくれてる。どこから来たのかも分からないわたしを、大切な友達だって言ってくれた。わたしも同じ気持ちだよ…律華ちゃんも、誠奈人くんも、わたしの大切な、友達)
結界に亀裂が走る。律華はそれを確認してすぐに魔力を込めなおし、修復する。修復が間に合ってはいるが、炎の勢いは止まる事を知らない。
(わたしも守りたい。律華ちゃんを、誠奈人くんを。わたしの友達を…死なせたくない! )
莉央奈は血溜まりの中に倒れ込んでいる真那刀を見る。律華が治癒魔導による治療を続けているが、意識を失ったまま動かない。
(誠奈人くん、死なないで。まだまだ話したい事がいっぱいあるよ)
誠奈人に触れている律華の手元を見ると、治癒魔導による暖かな光が患部を変わらず包んでいる。詳しい事は莉央奈に知る由もないが、これが誠奈人を癒している事は理解できた。
「焦ったいな。もう少し強くするか」
至遠が日野を一瞥すると、額にある禁忌の実が妖しく光を放つ。皮膚との結合部から血飛沫が上がり、浮き上がっていた全身の血管が更に隆起すると、日野から放たれる炎が更に激しさを増した。律華もそれを察知し、結界を強化する。魔導士にはそれぞれ一度に出すことのできる魔力の放出量に限界があるが、律華は既に今までの限界を越えていた。放出量を越える魔力を一度に放出すれば、体に深刻なダメージが現れる。律華の手の皮膚が裂け、鮮血を撒き散らす。
「放出量の限界を越えて魔力を放出するのは、拷問に近い苦しみを伴う。そしていずれは肉体がそれに耐えきれず、深刻なダメージが生じる。生き延びたかったら治癒の方を止めることをおすすめするよ」
「止めない…絶対に! 」
(考えろ…何かを変えなきゃ状況を打破できない。どうすればいい…! )
「そうか。じゃあどちらも守れないまま、燃え尽きるがいい」
律華の表情が苦痛に歪む。それでもその瞳に諦めの色は見えない。
(律華ちゃんは諦めてない。だからわたしも諦めない。わたしに何かできることを…わたしは二人の友達だから。わたしも二人を守りたい。わたしも、魔導士だから! )
莉央奈が強く願うと、その体から向日葵色の眩い光が放たれた。鮮やかで、赤みが掛かった、太陽のような黄色。その場にいた誰もが目を奪われる。莉央奈は屈んで無意識に誠奈人に手をかざすと、律華と同じ様に、その手と誠奈人の患部が光で包まれる。治癒魔導の発動を意味していた。
「莉央奈、あなた、それ…」
「律華ちゃん。上手く言えないけど、誠奈人くんは大丈夫。感じるの…わたしが治す。治せる! だから律華ちゃんはそっちに集中して! 」
「莉央奈、あなたってばほんとにすごい。最高よ! 」
律華は誠奈人から手を離す。立ち上がって前を見据えると、結界が光を増した。治癒に回していた魔力を結界に注ぎ込む。
「散々やってくれたわね。ちゃんとお返ししてあげるから」
「ふぅん。できるかな? 君に」




