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学生魔導士は街を駆ける ー現代社会における魔導の在り方ー  作者: 小仲はたる
第1章 全てを失った少女

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第1章:第17話『序曲』

 小鳥の囀りが澄んだ空気に反響し、心地よい音色となって響き渡る。安らかな風が吹き、青々とした葉が触れ合ってさらさらと音を立てる。都会の喧騒から外れた公園で聞こえるのは、自然の紡ぎ出す旋律。


「寮から少し歩いたところに、こんな公園があるんだね」


 10分程歩いて辿り着いた公園は、陸上トラックより一回り大きい程の広さがあり、花壇に植えられた花々や噴水、道に沿って生えた並木が目に優しい。


「あまり人もこない穴場なんだ。散歩したり、のんびり過ごすには丁度いい」


 誠奈人(まなと)莉央奈(りおな)律華(りっか)の三人はベンチに並んで腰掛け、ゆったりと過ごしていた。


「風が気持ちいいわね」


「うん、木陰もあって涼しいね」


「噴水とか川とかも、見てるだけでなんか涼しい気分になるし、落ち着くな」


「わかる。なんでだろうねぇ」


「水の奏でる音はリラックス効果のあるリズムになってるらしいわ」


「ちゃんと理由があるんだ。思い込みかと思ってたよ」


「リズムで癒されるってのも、不思議な話だ。人体って結構ファンタジーな作りをしていると思う」


「思い込みの力とかもあるものね。人のパフォーマンスはメンタルに左右されることもあるし」


「魔導はどうなの? メンタルによって力を発揮できなかったり? 」


「いい質問だ。魔導は心の力と表現されることもあって、精神状態が魔導の精度に強く反映される。心が揺れてると、たくさんの魔力を出そうとしても、上手くいかない」


「心の力…かぁ。影響が大きいんだね」


「そうだな、スポーツとかも似たような物だが、それよりも魔導はメンタルの影響が大きい。心次第でいつもより強い力が発揮できることもあれば、逆もまたしかりだ」


「精神修行も大切だね! わたしみたいに最初の取っ掛かりでもそういうのは大切だよねきっと」


「そうね、最初は出来ると強く思うことが大切よ。技術的な事もそうだけど、自分が魔力をコントロールしている様子をイメージして、それを実現する。だから、魔導士が大勢いる学園で魔導を学ぶ事はメリットが大きいほず」


「うん、今度やってみるよ。優秀な先生がいっぱいいて、助かっちゃうな」


 辺りをとことこ歩いていた鳩が、羽音を立てながら飛び立つ。


「なんだか、のんびりしちゃうね」


「こういう時間も大切よね」


「ずーっとこうして生きていられたらいいのになぁ」


「それはどんな生き物に転生しても叶わない願いだな」


「ナマケモノとかも、それなりの苦労があるのかな? 」


「あるんじゃないかしら? その立場になってみないと分からない苦労というのは、誰にでもあると思う」


「そうだよねぇ。すぐにやられちゃいそうだし、わたしナマケモノには転生したくないなぁ」


「じゃあ何だったらいい? 」


「そうだなぁ。動物園の人気者がいいな。キリンとかパンダとか」


「いいわね、パンダ。私もパンダになりたい」


「律華…パンダが好きすぎるあまり自分自身がパンダに…」


「呪いみたいに言わないでくれるかしら? 」


「誠奈人くんは何だったらなりたい? 」


「特になりたいものはないな…。生まれ変わるなら天に任せる」


「こいう人が、意外と当たりを引き当てたりするのよね」


「確かに、福引とか得意だな。何か欲しい景品があったら言ってくれ」


 穏やかな時間が、ゆっくりと流れて行く。




大治(だいち)先輩! 」


「わかってる! 」


 美心(みこ)が大治に声を掛けると、大治は地面に手を当てる。地面が隆起して二人の前に背丈よりも大きい土の壁が現れた。一瞬遅れて、ドン! という爆発に似た音を立てて、放出された魔力が壁の向こう側に激突する。ビリビリと振動したものの、それを無事に防ぎ切った。大治が魔力を解除した事でボロボロと壁が崩れていく。崩れた壁の向こうからフードを被った男が現れ、大治の目前まで迫る。秘密基地の少年のおかげで見つけた、大治達が探していた魔導士だ。しかし、すんでのところで男の動きが止まった。


「視界が塞がれて隙だらけだ…とでも思ったか? 」


男の足元から膝にかけて、地面から伸びた土がまとわりつき、乾燥した粘土のように硬く固まっていた。視界を塞いでいるうちに、周囲に敵の動きを止めるための罠を仕込んでいたのだ。


「計算どおりだ」


 男の腹部めがけて大治が魔力を込めたボディブローをお見舞いする。男の動きが止まり、前に倒れ込みそうになるが、脚を固定されているのでその場から動けず、地面に肘をついて体を支える。


「さて、拘束させてもらうぜ」


 大治が右手をかざすと地面から更に多くの土が伸びて男の全身を絡め取った。やがて首から上を残して体全体が土で覆われた。


「いつも思いますけど、まるでダルマですね」


「文字通り手も足も出ないだろ、これなら」


 美心がスマートフォンを取り出し、協会本部に連絡を入れる。先日傷害事件を起こした魔導士の目撃情報が入ったので近隣を調査していたところ、ばったりと犯人と遭遇したところだった。腹部への一撃が効いたのか、男は呻き声を上げながら抵抗の気配を見せない。


「身柄の引き渡し、ちょっと時間かかるみたいです。しばらくここで待機していて欲しいと」


「しょうがねーな。まぁ無事捕まえられたし朝から出張った甲斐があったな」


「寝不足は美容の天敵なのですが、成果があったのでよしとしましょう」


「夜寝るのを早くすればいいんじゃないのか? 」


「乙女は夜も色々忙しいんですよ。SNSの更新とか」


「そーかい。ま、今日はこれで終わりだから、早く済んでよかったな」


「でも協会の人が車でここを離れられないですよねぇ。早く来てくださーーい」


「暇だな…筋トレでもして待ってるか」


「うわ、暇つぶしがそれなのやばいですよ。脳みそ筋肉です」


「うるせい。おまえももっと筋肉つけろ。魔導士も筋力は重要だぞ」


「確かに最近のアイドルは腹筋バキバキに割れてる人もいたりしますけどぉ、バランスが難しいんですよ。それに、カッコいい系ならそういうのも似合うかもしれないですけど、みーこはカワイイ系なので」


「なーーにがカワイイ系だよ。ていうかアイドルの話はしてないが」


「え? だって、こんなにカワイイんですよ? 」


 左手を腰に当て、右手で顔の横にピースを作り、びしっとポーズを決める美心と、反応を考えて数秒動きが止まる大治。


「…ソウダネカワイイネ」


「棒読みやめろ。しばくぞ」


「アイドルの仮面剥がれてんぞ」


 黙り込む犯人をよそに、大治と美心は言い合いながら時間を潰していた。




「さて、そろそろ行くか」


 ベンチから立ち上がり、二人に声を掛ける誠奈人。


「どこに行くの? 」


「んーー、わからん」


「そうねえ、もう少しどこか散策してみる? 莉央奈はこの辺りの地理を知っておいた方がいいし」


 誠奈人と莉央奈は同意して頷き、とりあえず公園の出口に向けて三人は歩き出した。


「この辺、結構住みやすい所だよね。都会過ぎず、でもちょっと行けば商店街とかあるし」


「そうだな、結構気に入ってる」


 雑談しながら歩いていたが、誠奈人はふと寒気のようなものを感じて立ち止まった。


「どうしたの? 誠奈人くん」


「いや…」


 その時、誰もいなかったはずの背後から不意に声が聞こえた。


「誠奈人、律華」


 穏やかな声だった。何度も聞いた、懐かしい声。聞き間違えるはずもない。ずっと探していた、二年前のあの日遠ざかっていった声。誠奈人が真っ先に振り返り、律華と莉央奈が続く。


「なんだ、こんなものか」


 莉央奈と律華が振り向いた時には、誠奈人の腹に、鋭い刃が突き立てられていた。


「…し、至遠(しおん)


 声をかけられた少年、久住(くずみ)至遠(しおん)は真那刀の体を貫通させた魔力の剣を、そのまま斜めに振り抜いた。刀身が血肉を引き裂き、脇腹辺からその刃が姿を現した。同時に誠奈人の傷口から鮮血が吹き出す。


「い、いやぁぁぁ!!」


 莉央奈が悲鳴を上げる。律華は見開いた瞳で至遠をまっすぐに捉える。瞬時に体が動き、魔力を込めた右の貫手を至遠の顔面に向けて放った。それが目前に迫った所で至遠は剣を握る手とは逆の手で律華の手首を掴み、防ぐ。それでも一撃を届かせようと律華は力を込めるが、掴まれた手は微動だにしない。


「至遠…どうして!! 」


 絞り出すように律華が声を上げるが、答えは無い。地面へ崩れ落ちる誠奈人と、両手で口を押さえ、震えたまま動けない莉央奈。


(とりあえず、距離を取らないと…! )


 律華は空いていた左手を至遠の腹部に向け、魔力を放出する。至遠は律華の手を放し、後ろへ吹き飛ばされたが、体を捻って綺麗に着地する。直撃を受けた腹部を中心に、傷一つ追っていない。


(魔力で防がれた…でも、目的は果たした)


 至遠から目を離さないまま、律華は誠奈人の傷口に触れる。柔らかな光が律華の手と誠奈人の傷口を包む。


治癒魔導(ちゆまどう)か。だけどそれだけ大掛かりな怪我を治すには、時間をかけて、治療に集中する必要がある。この状況では焼石に水だね。他者の治療は魔力の消費も大きい」


 笑みを浮かべながら至遠が口を開く。


「あなた…本当に至遠なの? 」


「そうだよ? たった二年しか離れていないのに、分からなくなったのかな? 悲しいじゃないか」


 律華には信じられなかった。誠奈人と親友だったあの至遠が、こんなことを。だが、目の前にいる少年は、背も伸びて雰囲気が変わっているが、自分の記憶の中の久住至遠と限りなく近い。そして、その少しの違いが、二年という年月で成長、変化した至遠なのだとリアルな実感を持たせる。


「律華は、変わらないね。安心したよ」


「…変わったって言われた方が女子は嬉しいものよ」


 その時、周囲を炎が包み込む。炎の壁に阻まれて、逃げ道を失う律華達。


「かっ…グラ…まな…ト…ぐぎ…ぎガギ……」


 至遠の後ろから現れたのは、かつて莉央奈を梨央奈襲撃した魔導士、日野(ひの)剛也(ごうや)。その額には、妖しく輝く球体―賢者の石片(フラグメント)が皮膚に食い込むように装着されている。瞳孔が開き、体中の血管が浮き出ている様は、明らかに異様だった。


「至遠、あなたが日野の護送車を襲ったのね…」


「そうだよ。一応武装してたみたいだが、彼らは全然大した事なくて拍子抜けしたよ」


賢者の石片(フラグメント)。魔科学の負の遺産。どうしてそんなものを持ってるの? それに、日野に何を…」


「さぁ…どうしてかな。彼はちょっと問題があったんでね…最大限に力を発揮できるようにしてあげたんだよ。ちょっと凶暴になってるけど、賢者の石片(フラグメント)に僕の魔力を受信させれば、ある程度は僕が彼の行動をコントロールできる。精神操作とまではいかないけど、すごいだろう? まぁ、こんな事が通用するのは魔力の弱い魔導士くらいだけどね」


 律華は胸が張り裂けそうな思いになる。級友が正体もわからない犯罪組織に加担し、かつての親友を殺すつもりで攻撃を仕掛けてきた…。しかし、今この場で闘えるのは自分しかいない事を思い出す。涙を堪え、気が動転している莉央奈に声をかける。


「莉央奈、大丈夫よ。あなたは必ずわたしが守る。誠奈人もきっと大丈夫。だから安心して」


「律華ちゃん…でも、でも、危ないよ! わたしのことなんて、いいんだよ。逃げてよ」


「いいえ、絶対に逃げない。何があっても私はあなたを守り抜く」


「魔導士だから? それが、任務だから? 」


「確かに、最初はそうだった。だけど、それ以上に、あなたは私の大切な友達だから。あんなやつらに渡したりはしない」


「律華ちゃん…」


「不安なことは何もないわ。大丈夫、私に任せて。だから、泣かないで」


 律華が莉央奈に微笑みかける。それを見て莉央奈は平常心をなんとか取り戻す。力になれない自分にできるのは、律華を信じること。不安そうな顔をしていてはいけない。


「うん…わたし、律華ちゃんを信じてるよ。今のわたしにはそれしかできないから…だから…」


「ありがとう。私のそばから、離れないでね」


「うんっ! 」


 唐突に、現実を引き裂くように、戦いの幕が開いた。

今回から第1章のクライマックスへと突入していきます。お楽しみいただけますと幸いです。

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