第1章:第16話『じいちゃんによる誠奈人教育』
寮を出て、散歩を始めた誠奈人、莉央奈、律華。まだ朝早く、人通りはまばらだ。今日の天気は快晴で、輝かしい朝日が三人の体に降り注ぐ。
「朝日って気持ちいいよね。なんか浴びてる力が湧いてくる気持ちになるよ。光合成してるみたい」
「日光には体内時計を整える効果があるらしいわね。それから日の光を浴びると、気分が良くなるようなホルモンが出るらしいわよ」
「へぇー。思い込みってわけでもないんだね」
「光合成というのも、あながち間違ってないな。最近の研究で、人の細胞が光合成に近い働きをすると解明されたんだ」
「えっ、そうなんだ! それは知らなかったよ」
「自然な流れで嘘を吐くのはやめなさい」
「えっ!? だましたの誠奈人くん」
「だましたけど…莉央奈はなんでも信じてくれるな」
「くっそぉ…誠奈人くんめぇ…」
「人を疑う事も覚えような。良い経験になったな」
「確かにそうだね。ありがとっ」
「莉央奈…良い子すぎて逆に心配だわ」
素直で純粋なのは良い事ではあるが、律華は莉央奈の将来に一抹の不安を覚えた。
「魔導については、あれからどうだ? 何か掴めそうか? 」
「うーん、まだまだ上手くいかないね。魔力を全く引き出せないや」
「焦る事はないわよ。最初は自分のペースで、確実にやっていきましょう」
「うん…」
誠奈人達の負担を軽くするためにも、少しでも早く自分も魔導を使えるようになりたいという思いが莉央奈にはあった。
「そういえば二人も学校で魔導を特訓したの? 」
「そうね。私は初等部…小学生の頃から学園にいるけど、最初は魔力を全然コントロールできない状態だった。だかり授業で教わりつつ、自主練しながら習得したわね」
「俺も似たようなもんだな。初等部に入学した。俺の場合はじいさんのスパルタ教育もあったけどな」
「前にちょっと話に出た、誠奈人くんのおじいちゃん? 」
「あぁ。じいさんは結構やり手の魔導士だった。俺を少しでも早く一人前にしようっていう考えもあったんだろうな、徹底的にしごかれた。小学生がよく耐え抜いたと自分でも感心する」
「そ、そんなに厳しかったんだ」
「まあな。今思い返してもなかなか強烈だ。例えば…」
誠奈人がまだ幼い頃。魔導の事を教えてくれるのはいつも祖父だった。両親を失ってからは祖父に引き取られ、二人で暮らしていた。あまり長い年月ではなかったが、誠奈人にとってはかけがえの無い時間だった。
「じいちゃん、じいちゃん」
「どうした誠奈人」
「形成魔導がうまくできない」
「どれ、やってみろ」
「うん。ぐぬぬ…」
幼い誠奈人が右手を開いて力を込める。左手は右の手首を掴み、支えている。右の掌にぼんやりと光が集まっていき、やがてぼんやりと何かの形になっていく。30センチ程の細長い形に固まっていったが、徐々にそれは崩れ、歪んだバナナのような形に折れ曲がっていった。
「こんなかんじ。途中まではいくけど、崩れちゃう」
「魔力を一定の形に留めることができとらんな」
「魔力ってなんかふわふわしてるのに、硬く固めるなんて、どやったらできんの」
「いつも言っとるように、大切なのはイメージだ。のりが乾いて固まる、水が凍る、どんな物でもいい。最初のうちは自分の中で掴みやすいイメージで代用するのだ」
「それはやってる。途中まではうまくいくけど、続かなくなっちゃう」
「なるほどな。では、押し固めた魔力がどういう物か、一度体感してみるのが一番」
「…じいちゃん、なんで魔力の刀を出した? 」
「安心せい。刀では無く、ただの棒切れだ。斬れることはない」
「斬るとか斬らないとかじゃないよ、じいちゃん。じいちゃん? 」
「おらぁぁ! 」
老体とは思えない威勢のいい掛け声と共に、棒切れを振り下ろす。誠奈人の脳天にそれがぶつかり、ポコッという小気味の良い音がした。
「いっ! なにすんだ! 」
「体感してみるのがいいと、言っただろう。ほれ」
放り投げられた棒切れを受け取り、ぺたぺたと触ってみる誠奈人。右手で握って左の掌にぺちぺちと叩きつけてみたり、振り回してみたり。感触を確かめるかのように色々と試してみた。
「なんか、ふしぎな感触。かたいけど軽い。中に何も入ってないみたいだ」
「その感触をよーく覚えておけ。おまえは今からそれを作り出すのだ。イメージが繋がれば、必ずできる。逆に言うと、イメージが上手くいかなければ、できない。魔導は心の力だ。心を制すれば、おまえの中の力は自ずとそれに応えるだろう」
「イメージ…でも難しいよ、体を動かすより。意識するほど、別のこととか考えちゃう」
「雑念があるうちは、そうだろうな。余計な事をごちゃごちゃ考えていると、頭の中がいつまで経ってもまとまらん。まずは雑念を消し、集中する事だ。いつも言ってることだがな」
「う、うん。どうすればいい? 」
「かかってこい」
「え? 」
「組手だ。かかってこい。余計な事を考えられん程、体を動かせばいい」
「え、そんな無茶な。またそういうやつ? なんか別の方法ないのか、じいちゃん」
「もたもたしてると、こちらから行くぞ。構えろ誠奈人ぉ! 」
「うぎゃあ! 」
それからしばらくの間、頭の中が真っ白になるまでしごかれた誠奈人。傷や痣はほとんど付かない、絶妙な力加減だった。
「こんなところか。まぁ、実際に魔導士と立ち会った場合はこんなもんじゃすまんがな。ほれ、もう一回形成魔導をやってみろ。立て立て! 」
「今はふらふらで、そんなのとてもむりだよ…」
「いいからやってみい。今おまえの中の雑念は限りなく無に近付いているはずだ。戦いの中で精神が研ぎ澄まされた魔導士が覚醒するのは、ままある話だ」
「ふぅ、ふぅ。よし…」
先程と同じ構えで、誠奈人は魔力を練り上げる。作り上げる物体のフォルム、触感等をイメージし、そのイメージの通りに魔力を動かす。やがて細長い形に魔力が固まり、そこで停滞する。
「…んぐぐ……」
疲れ切った誠奈人の体から自然と余計な力が抜けて行く。それに伴い少しずつ、細長い物体が形を変えて行く。そして、先端の尖った棒の形になり、ぼやけていた輪郭が固まった。それは崩れることなく、その形に留まっていた。出来上った物体を右手で握り、誠奈人は喜びの声を上げる。
「おお、やったぁ! 」
「うむ、できたな。今の感覚を忘れるな。次からはその成功例をもとにイメージを作る。そうすればより速く、より洗練された形で魔力を形成する事ができるだろう。形成魔導の第一歩だ。よくやったぞ、誠奈人」
祖父に頭を撫でられ、満面の笑みをみせる誠奈人。
「へへへ。俺、もっと強くなるよ、じいちゃん」
「あぁ…強くなれ誠奈人。一人でも立派に生きていけるようにな。じいちゃんはいつまでも一緒にはいてやれんからな…それはどうしようもない。だから今こうして精一杯おまえを鍛えておるのだ。厳しいと思うかもしれんが、両親を失ったおまえにとっては、必要な事だ。生い先短いジジイからの贈り物よ」
「うん、ありがとう。俺がんばるからな。でも、なるべく長生きしてくれないと困るぞ、じいちゃん」
「ははは! そうだな、じいちゃんもがんばるぞ」
祖父との思い出を振り返り、その一端を莉央奈に話した誠奈人。
「これはじいさんにまつわるエピソードのごく一部だが、まぁこんな感じの人だった」
「なんというか…武士とか軍人みたいな人だね」
「いい例えだな、それ。的確だ」
「でも、誠奈人くんのことをよく考えてくれてたんだね。優しい人」
「そうだな。ビシバシ鍛えられたけど、なんでそれが必要なのか、じいちゃん自身が何を考えてるのか…そういうのをちゃんと教えてくれたからな。信じてついて行く事ができた。俺のためを思っての事なんだなって」
「今の魔導士誠奈人くんがあるのは、おじいさんのおかげなんだね。それと、誠奈人くんが子供の時から精一杯頑張ったから」
「まぁ…そうかな」
「誠奈人くんて褒められるの苦手なの? ふふ」
「……べつに」
「えへへ。わたしがもっともっと褒めてあげよう! 」
「遠慮する」
「せっかくだからいいじゃない」
「よくない」
「素直じゃないわねぇ。ねー? 莉央奈」
「そうだねー、律華ちゃん」
「こいつら…」
莉央奈が来てからというもの、律華が自分に攻撃してくる頻度が増えて厄介だと感じている誠奈人。しかし、二体一では旗色が悪く、いつも引き下がるしかない。
「いつか逆襲してやるぞ…」
その『いつか』がやってくる日はいつになるのか、定かでは無い。
さて、あれからも捜索を続けている大治と美心だが、全くと言っていい程進展は無かった。
「怪しいやつ…いないな」
「迷子の子供や道路を渡れず困ってるおじいちゃんはいましたけどね」
「あぁ…人助けってのは気持ちいいなぁ」
探している時間の容疑者は一向に見つからないが、何故か困っている人に次々と遭遇する二人。放っておく事もできず、人助けに勤しんでいた。
「みーこ達はおまわりさんでしたっけ? 」
「日本魔導協会第一学徒魔導隊所属の魔導隊員のはずだな、おれ達は」
「デスヨネー…」
「せめてシャキッとしろー。こっちも巻き添えでへこんでくる」
「うぃっす」
とぼとぼと巡回を続ける二人。少し時間が経ち、人通りもやや多くなってきた。探している魔導士の風貌は監視カメラの映像等を確認して覚えているが、それらしい人物はいない。すると、正面から一人の子供が歩いてきた。小学校低学年くらいで、活発そうな男の子だ。男の子は俯き、明らかに元気がなさそうに歩いてくる。下を向いているので、美心とぶつかりそうになる。
「おっと、前を見てないと危ないよー」
「あっ、ごめんなさい」
「車とか自転車が通ることもあるからね。気をつけるんだぞっ」
「うん。ありがとうお姉ちゃん」
「ところで、そんなにしょんぼりしてどうしたんだ? 」
大治が気に掛けて声を掛ける。美心が大治の方を見ると、ちょうど目が合う。今日はもう人助けの日だから仕方ない、と二人とも苦笑いした。男の子に目線を戻すと、話すかどうか悩んでいるのか、しばらくもじとじとしている。少し悩んだ後、決心がついたのか、口を開く。
「ちょっと行ったところの公園に、僕がつくった秘密基地があるんだけど…そこが取られちゃったんだ」
「あらま。それは知ってる子なの? 」
「ううん。知らないおじさん」
「おじさん…だと…」
「そのおじさんとはお話したの? 」
「うん…がんばって声かけてみたんだけど…基地なんて知らない。うるさいからあっち行けって言われちゃって…」
「それでとぼとぼ歩いてたってわけだね。みんなの公園とはいえ、ちょっと大人気ないような」
子供が遊び心で作った秘密基地を、あろうことか成人男性が奪うとは。確かに公園は公共物だが、大人として情けなくはあるまいか。
「その秘密基地には、何か置いてあるのか? 」
男の子の秘密基地と言えば、たからものが隠してあるのがお約束だ。
「きらきらした石とか…たからものが置いてあるんだ」
「秘密基地といえばおたからだよな。そしたら、そのままってわけにはいかん。お兄ちゃん達が取り返してやるぜ」
「え、ほんと? 大丈夫」
「うん。お姉ちゃん達は困っている人を見過ごせないのだ」
男の子の案内で、秘密基地のある公園へと向かう。ざっくばらんに雑談しながら三人で歩いた。程なくして目的地の公園に到着する。公園の外から、中の様子を伺った。
「思ってたよりは広いな。外からもちょっと見づらいし、秘密基地には持ってこいかもな。それで、どこにあるんだ? 」
「うん、あっちの木がたくさん生えてるところ。」
男の子の指差した方には、確かに背の高い木が並んでおり、広めの木陰が形成されている。
「こっからだとさすがによく見えないな…よし、遠回りして隠れて近付こう」
「らじゃー」
公園の外から回り込んで、秘密基地のある方へ近付く。公園にはいくつか入口があったが、秘密基地に一番近い入口に辿り着き、そこから様子をうかがう。木がたくさん生え揃っている中で、一際大きな木の幹に穴が空いたり変形しており、成程、子供からしたらちょっとした秘密基地として使えるかもしれない。そしてその下に、寝転がっている人物がいた。上下野暮ったいジャージ姿で、体格から男性に見える。
「あれか…もしかして寝てるのか? こんなとこで」
「ふてぶてしいですね…思い切って近付いてみますか」
三人はなるべく音を立てないように、そーっと近付いた。男は身じろぎ一つしない。すぐ側まで近付くことがてきたが、男の方からいびきが聞こえてきた。やはり寝ているらしい。
「まったく…どうしたもんかな」
とりあえず大治は男の顔を覗き込む。すると、そのまま固まって動かなくなってしまった。
「どしたんです? 大治先輩」
大治の様子を不審に思った美心が、続いて男の顔を覗き込む。数秒間考えた後、目を見開いて大治の方を見た。二人とも動きが止まったまま脂汗が流れてくる。
「お兄ちゃんたち、どうしたの? 」
男の子の声で、はっと我に帰る。
「なぁ、たからものってすぐに取り出せるか? 」
「え、うん。あの木の穴があいたところ」
素早く男から離れて、男の子が指差したところをがざごそと漁る大治と美心。
「これか? 」
取り出した大治の手には、きらきら光る石が二つ。
「あ、それ! ありがとう」
「うんうん。じゃあ、後の事は任せろ。きみは、今日の所はたからものを持って帰りなさい」
「え、いいの? 」
「大丈夫だよ。お姉ちゃんたちにまかせてね」
「うん。ありがとう。ばいばい! 」
男の子を手を振って見送る大治と美心。今入ってきた入口とは別の所から男の子が出ていったのを確認する。
「どうしておまえまで来た? 一人残ってた方がいいだろ」
「う、あまりの事に、つい…ていうか大治先輩が残ってもよかったでしょ! 」
そこまで話したところで、二人ともそれどころでは無いことを思い出し、素早く振り返る。すると、さっきまでいびきをかいていた男が上半身だけ起き上がり、今まさに寝起きという表情でこちらを見ていた。三者は目線を合わせたまま動かない。互いの出方を探っているかのようだ。しばらくして、大治と美心の沈黙から何かを察した男が慌てて起きあがろうと動き出す。
「確保ぉぉぉーーっ!! 」
「おりゃぁぁーーっ!! 」
監視カメラで見た物と同じ顔。探していた魔導士に向かって大治と美心は突撃した。後で今日の事を振り返った時、善行が自分に返ってくるのは本当なのだと、二人はしみじみと納得した。




