第1章:第13話『学生魔導士たちのタコパ』
今回で第一章は起承転結の「承」まで終了です。次回から「転」に入っていきます。
「報告は、以上です」
「うむ。ご苦労、三木隊長」
神代龍文―日本魔導協会会長が三木に労いの言葉を掛ける。他にも協会の幹部数人が、座して三木の報告に耳を傾けていた。
「しかし、あの少女を確保してからもう少しで一週間が経とうというところだが、敵が撒き餌に掛かる気配が見られんとは」
「それほど重要視していないということか? 」
「表現を慎むように。彼女は大切な保護対象だ。護衛も信頼できる人員を配置している」
粗野な物言いをした二人の幹部を神代が制した。莉央奈を学校に通わせる等して一箇所に留まらせていないのは、魔導を習得させるためや記憶を取り戻すきっかけを探すため、誠奈人も律華に護衛をさせるためであるが、この幹部達は敵を誘き出す囮としての役割も期待しているようだった。三木は僅かに眉をひそめる。
「その子がどこかしらのスパイという可能性は無いのかね? 」
「完全にあり得ないというわけではありませんが、効率が悪過ぎます。引き続きその警戒も行いますが、おそらく問題はないかと」
「医師の見立てでも間違いなく記憶喪失だったな」
「はい。普段の様子からも不審な点は見受けられません…失礼ですが、会長はなぜ本件をそこまて気になさるのです? 」
幹部達と問答をしていた三木が、不意に神代へ話を振る。神代は三木の瞳を真っ直ぐ見据えて答える。
「異質なのだ、この事件は。記憶喪失の魔導士と襲撃者。そして敵は捕えられた襲撃者をリスクを冒してまで救出している。例の港を探させているが何の手掛かりも無いというのも妙だ。敵の強大さを示しているように感じられてならん。君はどう思う? 三木隊長」
「…同感であります。刻印の件もそうですが…彼女は何か特別な存在なのかもしれない。杞憂であって欲しいとは思いますが」
「増加傾向にある他の魔導犯罪も、本件との関わりがないかを注視する必要があるな。木を隠すには森…敵が本当の目的を隠すために、小さな事件を誘発している可能性もある」
「そんな事が出来るほどの規模の組織…なのでしょうか」
「どちらにしろ、今ある情報では推測しかできん。何か情報が入ればまた報告を上げてくれ。引き続き、よろしく頼んだぞ三木隊長」
「承知いたしました」
協会幹部の物言いに思うところはあったものの、神代が制したことで三木がその感情を表出させることはなかった。
「それではみなさま、かんぱーい! 」
学生寮の食堂で、美心の音頭が響く。各々コップを掲げて乾杯するが中身はジュースだ。美心の提案を皆快諾し、誠奈人、莉央奈、律華、聡太、大治、美心の六人全員が集まった。テーブルの上にはたこ焼き用に換装されたホットプレートと、たこ焼き用の生地をたっぷり注いだいくつかのボウルと、タコはもちろんチーズや明太子などの様々な具材が並んでいる。美心のアイデアで、今日はたこ焼きパーティーが催された。
「うわ、だれですか? チョコなんて持ち込んだのは」
「俺だ。クレープみたいで、きっと合う。マシュマロも持ってきたぞ。熱で溶けてうまいと思う」
「誠奈人くんは甘いもの好きだねぇ」
「誠奈人先輩って、みょーに女子力高いところありますよネ…」
「よし、さっそく焼いてこーぜ」
大治が先陣を切ってホットプレートの丸穴に生地を注ぎ込んでいき、辺りに香ばしい香りが漂う。
「大治先輩意外とじょーずですね。」
「意外は余計だ。じゃあそれぞれ好きな物入れてったらどうすかね。どれが自分のやつか覚えておいて」
「忘れそうな予感がビンビンしますが、それでいきましょ。間違えちゃっても、それはそれで面白いです」
それぞれが思い思いの具材を、ホットプレート上の生地に詰めていく。シンプルにタコをつめる者、無難に合いそうな具材を追加する者、甘味で固める者、洋風に仕上げる者、個性が発揮される。
「みーこちゃん、ありがとう。歓迎会だなんて」
莉央奈が改めて美心に感謝を伝える。
「いいんですよ。同じ美少女魔導士なんですから、仲良くしましょーね! 」
「自分で言うな自分で」
横にいた大治が思わず突っ込む。
「いいえ、むしろ自分で言った方がいいんですよ。自己肯定感が高まります。自分で自分を応援してるのですよ。心無い言葉が溢れている世の中ですからね」
「ふーん、ちゃんと考えてんのな」
「大治先輩、今意外だと思いましたか? みーこはこう見えて、深く深く物事を考えながら生きてます」
えへん、と腕組みをして得意げに語る美心。
「この中で一番メンタルが強いのはみーこでしょうね。そこに関しては羨ましいわ。鍛えてもなかなか伸びる物ではないから」
律華も太鼓判を押す。美心はお調子者なムードメーカーと捉えられる事も多く、実際その通りなのだが、一本芯が通った心の強さは、仲間内では誰もが認めるところだ。
「律華先輩ー! では、この前の事も…水に流してくださいますかっ」
おばさん事件について、恐る恐る許しを求める美心。
「はぁ…仕方ないわね。許します」
「やった! ありがとうございますっ」
「ただし二度目はない」
「あっはい。肝に銘じます…スミマセン」
「莉央奈先輩、これ焼けましたっす」
「ありがとう大治くん。いただきます」
「主賓なんだから、遠慮せずに一杯食べてね」
「はい。聡太先輩もありがとうございます」
「大治せんぱーい。みーこの分も取ってくださいっ」
「ほらよ、これ」
「それは誠奈人先輩の甘々焼きですっ! 」
「食ってみな。飛ぶぞ」
「本当ですか!? ちょうしゅ…誠奈人先輩! もぐ…意外とおいしい! 」
「マジか。よかった。俺も食べよう」
「みーこに味見させましたか? 誠奈人先輩! 先輩!!」
もう! と頬を膨らませる美心。律華が美心の両頬を左右の人差し指で突くと、ふひゅーと音を立てて口から空気を噴射した。むー! と抗議の声を上げる美心。莉央奈はおかしくてつい声を出して笑う。
「わらったなぁ! 莉央奈先輩も、こうだ! 」
「ほっぺたつんつんやめひぇえ」
「やめませーん! くらえくらえーー」
「主賓…かわいそうに」
じゃれつく女子達を横目に、誠奈人は黙々と自作タコ焼きを食べ続けていた。
「………うまい」
「糖分の撮り過ぎには気をつけて。生活習慣病のもとだよ」
聡太に釘を刺され、誠奈人の箸を持つ手がぴたりと止まる。一瞬の逡巡の後、皿の上に四つ確保してあった甘々タコ焼き一つに爪楊枝を刺し、聡太に差し出した。
「…先輩も、お一つどうぞ」
「お疲れですね、隊長」
会長らへの報告が終わり、魔導協会本部にある第一学生魔導隊に与えられた執務室に三木は戻ってきた。学生達のデスクもあるが常駐はしておらず、協会本部に要があるときに使用する程度だ。自身のデスクに腰掛けて息を吐く三木を、卯月が労った。
「あぁ…だが、まだまだ大丈夫だよ。ありがとう」
「そうですか。でも、無理はなさらずに…どうぞ、ハーブティーです。疲労に効きますよ」
「すまない、いただこう」
卯月が三木のデスクに湯気の立ち登るティーカップを優しく置く。
「日本茶に似た良い香りがするな。悪くない」
「ネトルです。ミネラルや鉄分など、人体に必要な栄養素が多く含まれていますよ」
「それは助かる。栄養素を気にした食事は最近なかなか摂っていないものでね」
「だと思いました。少しは自身のお体も、ご自愛くださいね」
「うん、ほんのり甘くて飲みやすいな。美味しいよ」
「恐縮です。私もいただきますね」
卯月も自身の席に着き、愛用のティーカップで三木と同じハーブティーを味わう。
「会長達は、どうでしたか? 」
「今回の件を重要視してくれているようだ。特に会長はね。事態が動けば、よその協力も取り付けられるかもしれん」
「事態が動く前に解決できれば良いのですが…そうもいかなさそうですね」
「ああ…会長も仰っていたが、この事件はどこか不可解だ。敵の正体も目的も分からない以上、今は打つ手がない」
「今、鍵となるのは実さんですが…魔導に触れる中で何か思い出せるでしょうか」
「どうかな…だが可能性があるとしたらそこだ。学園に通うようにしたのは、魔導に触れてもらうためでもある。誠奈人も言っていたが、魔導の記憶とこれまでの経験の記憶…いわゆるエピソード記憶が結びついている可能性があるその両者が綺麗に抜けているわけだからね」
「幼い頃から魔導に囲まれた生活をしていたということですか」
「そうだ。魔導士ならおかしな事ではないかもしれないが…」
「一体、どんな環境で育ったらあんないい子になるんでしょうね」
「どうかな…訳アリなのは間違いないだろうが」
「とにかく今は色々と種を撒いて、成果が実るのを待つしかありませんね」
「うまいこと言うじゃないか。実だけにな」
「やだ、そういうわけじゃなかったんですけど」
「ははは。さて、今日はもうひと頑張りしていくか」
「お供しますよ。一緒に頑張りましょう」
「助かるよ」
仕事に追われた大人達の夜は更けて行く。
「ふう、美味しかったぁ」
「後片付けもバッチリですね。お粗末さまでした」
タコパとその後片付けが終わり、食堂で一息ついている一堂。和子が淹れてくれた日本茶を啜る。
「皆で集まってワイワイやるのもちょっと久しぶりだね。最近バタバタしてたし」
聡太が目を細めてしみじみと語り、大治が相槌を打つ。
「そうっすね。一息付けて良かったですよ。ちょうどきっかけを作ってくれた莉央奈先輩に感謝です」
「あはは、そう言ってもらえると記憶喪失になった甲斐があるよ」
「それはさすがに釣り合ってない気がするんすけどね…」
「そういえば、部隊のメンバーが増えたりはしないの? ずっとこのみんなでやってきたのかな? 」
莉央奈はなんとなしに聞いてみたのだが、誰からも返答がない時間が数秒続き、しまったと後悔した。答えづらい質問だったのかもしれない。すると誠奈人が声を上げた。
「定期的に審査があって、魔導隊でやっていけると判断された学生が推薦される事はある。それなりに高い水準が求められるから、あんまり数は多くないけどな。あとは、高校を卒業すれば学徒の部隊からは抜けることになる。去年も先輩が一人卒業したよ。それと…二年前は一人、俺の同級生が失踪した」
「えっ…失踪? 」
「ちょっとした事件があってな。たぶん、心を病んでしまったんだ。今頃どこで何をしてるのやら」
「…ごめんね」
「だから、そういうのは気にしないと言ってるだろ。それに、これは学園にいればそのうち知る事だ」
誠奈人は莉央奈に困ったような微笑みを向ける。
「あいつを…至遠を連れ戻すこと。俺の目的の一つだ。さて…みーこ、ちょっと盛り上げてくれ」
「雑ですっ! でも期待にはお答えしましょう! 」
しんみりしてしまった空気を入れ替えたい時、美心の存在は心強い。美心自身もそんな自分の役割を自覚している。
「アイドルみーこのオンステージです! まずは一曲目、皆さんもご存知定番ナンバー、大きな栗の木の下で! 」
いや童謡かよ! といつ突っ込みをよそにノリノリで歌い始める美心。
「わぁ…みーこちゃん歌上手ー」
「ちゃんと実力派なんだよなー」
食堂に美心のかわいらしい歌声が響く。急須から日本茶のおかわりを注ぎ、啜りながら合いの手を入れるオーディエンス。学生達の夜は更けて行く。




