第1章:第10話『基礎的魔導指南』
「ぐぬぬぬ…ぎ、ぎぎぎ……」
低い唸り声を出しながら、学園指定の体操服を着た莉央奈が全身をぷるぷる振るわせる。胸の前で手を輪っかの形にして力んでいるが、何も起こる気配はない。クラスメイト達も同じようにしているが、皆は手の中にぼんやりと光る球体を作り出し、それを思い思いに操っていた。足でリフティングしたり、指の動きに合わせて飛行させたり、お手玉のように投げてはキャッチしたり。
「力みすぎ。物理的な力を込めれば出来るってわけじゃない。大切なのは頭ん中のイメージだ。血液が体を巡るように、指の先に魔力が流れていくところを想像するんだ。魔力はおまえの体の中に間違いなく存在しているから、必要なのはそれをコントロールすることだ。頑張れ」
誠奈人はバスケットボールをハンドリングするように光る球体を腕の周囲で回転させたり跳ねさせたり、自在にコントロールしている。
「誠奈人くん、わかってはいたけどすごいね…自分がやる立場になったら余計にそう思うよ」
「俺が何年魔導士やってると思ってる。魔力の存在すら知らなかったやつが、今日始めたばかりでいきなり上手くいったら困る。だからそんなに気を張るな」
「ぐぎぎ……おっと、力を抜いて。ふぅー」
「莉央奈の魔導核には刻印があるんだから、一度コツを掴めば後は上手くいくはずよ」
苦戦している莉央奈を気にして、律華が声をかける。
「魔導刻印があると、そんなに違うんだ? 」
「川を作るには、溝を掘ってそこに水を流す必要があるでしょ? 莉央奈の体にはもうその溝が存在している。後は水を持ってくるだけなの」
「なるほどぉ…インターネットのキャッシュデータみたいなものだね! 一度アクセスしたサイトには素早く繋がると」
「なかなかナウい例え方ね。でもその通り」
「今、ナウいって言ったのか? 律華、おまえは今ナウいという言葉を使ったかのか? 現役の高校生が」
「え、何かおかしい? 同じようなこと二回言ってるけど、動揺し過ぎじゃない? 」
「そんなだから後輩からおばさん扱いされるんだぞ」
「だ、誰がおばさんよ! 花の女子高生よ私は! あの子にもきっちりお説教して、分かってもらいましたから! 」
以前後輩の魔導士と任務にあたっていた際、律華の何気ない一言を聞いた後輩が、ついそのように漏らしてしまった事があった。
「は、花の女子高生……死語、だな…」
「なによ! おかしくないってば! 何その神妙な顔! 莉央奈もそう思うわよね? 」
「え、えーーーと、わたし最近の流行りとかはちょっとわかんないなあ。ナウいという言葉は理解できたけども」
「くぅ…同い年だっていうのに。なんでかしら」
「和子さんの影響か知らんが、朝ドラとか昼メロばかり見てるからじゃないか。たまには流行り物も見たらどうだ。人の趣味を否定はしないが…」
「確かに食堂とかで一緒に見たりしてるけど…面白いんだから。はぁ…考えてみるわ」
照れ隠しなのか、律華の周りでは小さい球体が高速で飛び回っている。それを見て莉央奈の口からおぉ…と感嘆の声が漏れる。
「実さん。どう? 何か掴めたかいっ? 」
苦戦していた莉央奈を見かねたのか、魔導実技の担当教師である武本大輔が声をかけてきた。筋肉質でよく鍛えられた肉体に刈り上げた短髪。ジャージがよく似合うその風体はアスリートと言われても違和感がない。そして声が大きい。
「みんなが教えてくれますが、全然上手くいきません…ふひー」
料理も勉強も上手くいったから、魔導もその勢いで上手にできるかもしれない、とたかをくくっていたが現実は厳しかった。実莉央奈はじめての挫折である。
「しょうがないさ。魔力を放出する事は一番最初の関門だからね。両親が魔導士だったりして、小さい頃から魔力を感じながら生活してきた子は最初から上手くできたりするけど、個人差がある。実さんは少し特殊なケースだけど、必ずできるようになるよ。皆をお手本にしながら、慌てずにいこう」
「武本先生、ありがとうございます。がんばります! 」
鼻息をふんすと鳴らす莉央奈。
「うんうん、その意気だ! これは魔力の放出とコントロールの練習で、手練れの魔導士もやっているんだ。サッカーでいうリフティングみたいな、大切な基礎練習だ。基礎からしっかり積み上げていこう。神楽君と佐倉さんも、彼女の事をよろしく頼むよ。もちろん、僕の事もいつでも頼ってほしい! 」
爽やかに告げた後、他の生徒の様子を見に行く武本。
「武本先生って、あんまり魔導士って感じじゃないよね。スポーツ選手みたい」
「魔導士も筋力は大事だ。肉体強化の魔導でパワーやスピードは上げられるが、ベースとなる肉体が強い方が効果は大きいし魔力が節約できる。魔力はあるけど体力が追いつかないと闘えなくなるしな。昔の魔導士は魔力を鍛えてなんぼだったらしいが、最近はちゃんと体も鍛えるように言われてる」
「なるほどねえ。というか、肉体強化の魔導なんてのもあるんだね。誠奈人くん達の動きってすごいなぁって思ってたけど、それのおかげなんだ」
「魔力で筋肉の働きを補助したり、体表に魔力を纏って防御力や攻撃力を上げたりが一般的だな。使い手によって程度の差は大きいが、これを得意とする魔導士なら何メートルもジャンプしたり、コンクリートに叩きつけられても無傷でいられたりする。これの習熟度で勝敗を左右する事もあるから、ほとんどの魔導士が習得している大事な技術だ。武本先生の得意分野だな」
「はぇー…。じゃあ、わたしも肉体強化を極めればスーパーマンになれる? 」
「それは無理ね」
結奈が間髪入れず突っ込みをいれる
「えっ、わたしじゃあ無理かなぁ…」
「いいえ、そうではなくて。莉央奈の場合はスーパーウーマンよ」
「あ、ソダネ…」
「いいや、そこはガールだろう」
「二人とも目のつけどころがおかしいよ? 」
したり顔の律華を前に二人が反応に困っていた時、ちょうど武本が手を叩きながら生徒達に声を掛けた。
「はい、じゃあ次は魔力放出を一人ずつやっていこう。皆、こっちに来て一列に並んで。実さんは僕の隣で見学していようか」
生徒達が武本の前に並び、莉央奈は言われた通りに少し離れて立つ。整列が完了すると、武本は校庭の誰もいない方向を指差しながら説明した。
「では、いつも通りに。向こうの何も無い方へ、空中を狙うようにしてね。それじゃスタート! 」
先頭の男子生徒が右手を斜め上に真っ直ぐ構え、一瞬間を置いてから力むように掛け声をだす。
「はっ! 」
次の瞬間、男子生徒の開かれた掌からバスケットボール程度の大きさの、半透明の楕円形の球体が放たれる。球体は炎のように揺らぎながら勢いよく10メートルほど進むと、大気中に霧散するように消えていった。
「うん、いいね。順番にどんどん撃っていこう」
生徒達は形や形状がそれぞれ異なる魔力の塊を空に向かって撃ち出す。
「うわぁ。魔導士はみんなこんな事ができるんですね」
「体内の魔力を一箇所に集めて撃ち出す。魔力コントロールの基礎だよ! 魔力をそのまま放出する単純な技術だけど、攻撃手段としても使えるから、実さんもひとまずこれができれば護身術程度にはなるんじゃないかなっ! 」
何人かの生徒に代わっていくうちに、誠人の順番が回ってきた。すると、後ろに並んでいた生徒達が少し距離を取る。
「神楽君、角度に注意ね! きみのは遠くまで届くからっ! 」
「了解です。」
他の生徒よりも手を高く構えると、直径1メートル程の球体が出現する。それは揺らぎが少なく、綺麗な円の形を保っている。つぎの瞬間にはプロ野球のピッチャーが投げる豪速球のようなスピードで飛んで行き、数十メートル先で花火のように爆ぜて消えた。
「お見事! 神楽君はあんな感じだけど、普通なのは他の子達の方だからね、勘違いしないでね。彼はあれでも全力ではないだろうけど! 」
「は、はい。なんだかすごいですね」
「神楽君は体内の魔力量も多いんだけど、コントロールが上手なんだ! だから一度にたくさんの魔力を放出する事ができる! 」
「えと、たくさんの魔力があっても、それを扱う技術がないとダメってことですか」
「そのとおり! 大量の水があっても蛇口を少ししか捻らないと、ちょっとずつしか水は出てこないよね! 蛇口をたくさん捻ることができれば多くの水がでてきて、その水を使って色んな事ができるようになる。魔力量と魔力の放出量はどっちも大切なんだ! 魔力量が少なくても、放出量で勝れば相手の魔導を打ち破るもある! 」
「魔力量が優れていても、コントロールできなければ宝の持ち腐れなんですね。逆に、コントロールを磨けば少ない魔力でも力を発揮できると」
「うん、飲み込みが早いね! 鍛えることもできるけど、魔力量は生まれつき人によって差が有る。それに囚われずに技術を磨くことが大切だよ。神楽君も生まれ付き魔力量はかなり多かったようだけど、それ以上に努力家なんだっ! 」
莉央奈はふんふん頷きながら、いつの間にか取り出したメモ帳に書き込んでいる。
「生田先生も言ってたけど、実さんは頭が良いね! そして勉強熱心だ。感心感心っ! 」
「えへへ。それほどでも、ありますね」
「莉央奈は結構お調子者だよな」
後ろから誠奈人の突っ込みが入る。
「いやぁ。そんなそんな。えへへへへ」
「莉央奈、それはたぶん褒められてないわ」
誠奈人の後ろに並んでいた律華が親切にも指摘したが、莉央奈には聞こえていなかった。
放課後、クラスメイトに囲まれていた莉央奈だったが、質問責めもひと段落した。
「実さん、また明日ね」
「うん。ばいばーい」
教室を出て行く女子生徒に手を振って挨拶をする。その顔に疲れは見えず、穏やかな微笑みを浮かべていた。担任の生田凛子が近付き、声をかける。
「実さん、学校生活はどうだったかな? 」
「凛子先生。すごく楽しいですよ。勉強に必要な知識は割と覚えてるみたいだし、なんとかなってます」
「それはよかった。何かあったら、いつでも先生に言ってね。あなたは一人じゃないんだからね」
「はい! ありがとうございます。みんな優しくて良かったです。頼もしいです」
「ふふ。みんなが優しいのは、実さんの力でもあると思うな。あなたがすごくいい子だから、助けてあげたいって思うんだよ。それは実さんの魅力の一つだから、大切にしてね」
「その発想はなかったなぁ。そう言ってもらえると嬉しいです。わたし、まだ大したことできなくて、助けられてばかりなので」
「しょうがないよ、今は右も左もわからないんだから。自分に出来ることを少しずつやっていければいい。それに、もらった優しさに報いるためには、色んな方法があるんだから。お昼のお弁当の話を聞いちゃったんだけど、まさにそういう事なんじゃないかな。神楽くんも佐倉さんもとても喜んでいたよ」
「えへへ、そっかぁ。そうですね! 」
お日様のような笑みを浮かべて満足げな莉央奈。
「前向きでよろしい! それじゃあ、気を付けて帰ってね。二人とも、あとはよろしくね」
誠奈人と律華に向き直り、手を振って立ち去る凛子。
「さて、今日はこのあと協会の本部に行くぞ」
「本部、かぁ。ちょっと緊張する」
「でかくて迷いやすいがそのうち慣れるさ」
「三木隊長が車で迎えに来てくれるから、それまで少しここで待ってましょう。どうだった? 学校初日は」
「楽しかったよ。みんな優しかったし。でも魔導実技は悔しかったなぁ。もうちょっとやれるかと思ってたんだけど。二人はどうだったの? 最初の頃は」
「勿論、私も最初はうまくできなかったわ。学園には初等部…小学生の頃からいるけど、全然平凡な生徒だったもの」
「律華ちゃんにもそういう時はあったんだね。ちょっとわたしも勇気付けられるよ。誠奈人くんは? 」
「俺は…産まれつき魔力量が多くてな。物心ついたあたりから、感情が昂るとコントロールできなくなったりしてた。周りをよく困らせてただろうな…俺のじいさんが結構できる魔導士だったから、よく助けてもらった」
「そうだったんだ…。おじいさんに魔導を教わったの? 」
「あぁ。結構スパルタだったから、思い出すと今でも背筋が凍る。一度体験してみるのが一番じゃーとか言って、組手みたいに俺にどんどん技を掛けるんだよ。めちゃくちゃ手加減してくれてたけどな。お陰様で最低限のコントロールは比較的早くに身に付いて、迷惑掛ける事も少なくなっていった。形成魔導や纏魔の装もじいさん直伝だ。脳天しばかれながら、体で覚えたもんだ」
「なかなか豪快なおじいさんだったんだね」
「協会でもブイブイ言わせてたみたいだし、結構名の知れた魔導士だ。実力でも、破天荒なところでもな。まぁ、俺にとっても大切な家族でもあり、大恩ある師匠でもあった」
「大好きなんだね、おじいさんこと」
「…まぁまぁだ」
「さては誠奈人くん、素直じゃないな? 」
「素直だ俺は。正直者で通っている」
「そうかなぁ? 」
「あら、ちょうど三木隊長から連絡が来たわ。正門に着いたから、出てきてくれって」
律華がスマートフォンをしまいながら二人に伝える。
「残念だけど、続きはまたにしましょうか」
「…助かった」
「ふふ、命拾いしたね誠奈人くん」
「命を取るつもりだったのか…」




