第8話 生活鑑定で見えるお腹と心の状態
数日後。私はまた、ノエルと一緒に市場に来ていた。
「今日は根菜多めで頼むわ。あと、豆も」
「はいはい。……公爵令嬢が特売狙ってくるの、何回見ても慣れねえ」
ぶつぶつ言いながらも、ノエルは人混みをすいすい進んでいく。私はその後ろで、並ぶ野菜にそっと《生活鑑定》をかけた。
(この芋は煮込み向き、この人参は甘そう。……うん、合格)
そんなふうに食材チェックをしていたとき、ノエルが不意に立ち止まった。
「なあ、あれ」
顎で示された屋台の影。そこに、小さな人影がうずくまっている。
近づくと、まだ幼い男の子だった。薄い上着一枚で、唇は紫がかっている。
「大丈夫? 聞こえる?」
しゃがみ込んで肩に触れた瞬間、視界の端に文字が浮かんだ。
《生活鑑定》
対象:ノルドハイムの子ども
冷え:大
空腹:大
疲労:中
体温:低下傾向
不安:大
安心感:ほぼ無し
(……え)
思わず息をのむ。今まで食材や兵士の怪我を見たときは、「鮮度」とか「出血」とか、そんな表示ばかりだった。
なのに今は、心の中みたいな言葉まで並んでいる。
「リリアナ?」
ノエルの声で我に返る。
「このままだと危ないわ。家に連れて帰りましょう」
「はあ!? 知らねえガキだぞ」
「親御さんはあとで探せばいいもの。今は、まず温めないと」
私が子どもを抱き上げると、あまりの軽さに胸が痛んだ。
◇
「まあ……!」
家に戻るなり、マリアが目を丸くする。
「市場の隅で倒れそうになっていたの。お湯と、着替えをお願い」
「すぐ用意します!」
マリアとノエルに子どもの体を拭いてもらっているあいだ、私は台所で鍋を火にかけた。
(冷え:大、空腹:大、ね)
倉庫から、安く買えた根菜と豆、少しの干し肉を取り出す。一つずつ手に取り、短く鑑定する。
──この根菜:体を温める効果 小。消化に優しい。
──この豆:腹持ち 大。疲労回復向き。
「よし、スープにしましょう」
鍋で野菜を炒め、水と豆を加えてコトコト煮込む。前世で何度も作った節約スープに、この世界の材料を足したものだ。
「リリアナ様、着替えさせ終わりましたよ」
居間に戻ると、子どもは毛布にくるまれて横になっていた。頬には、さっきより少しだけ赤みが差している。
もう一度《生活鑑定》。
冷え:中
空腹:大
体温:わずかに上昇
不安:中
安心感:小
(……増えてる)
さっき「ほぼ無し」だった安心感が、小さく光っていた。
「スープができたわ。少しだけ飲める?」
背を起こし、スプーンを口元へ運ぶ。熱くないようにふうふうしてから。
子どもはおそるおそる一口飲み、それから目を丸くした。
「……あったかい」
「よかった。ゆっくりでいいからね」
一口、また一口。スープが減るたびに、文字も少しずつ変わっていく。
冷え:中 → 小
空腹:大 → 中 → 小
体温:安定
不安:中 → 小
安心感:小 → 中
(本当に……心まで見えてるんだ)
前世で、徹夜明けに飲んだコンビニスープをふと思い出す。あのときも、体だけじゃなくて心までほぐれた気がした。
きっと今も、それと同じ。
「おいしい……」
子どもがぽつりと呟く。マリアがほっと息をついた。
「少し元気が出たみたいですね。おうちはどのあたりか、分かりますか?」
「市場の裏の長屋……」
小さな声で場所を教えてくれたので、ノエルに視線を向ける。
「一緒に送ってくれる?」
「分かったよ。途中までならな」
素直じゃない返事に、思わず笑ってしまう。
◇
子どもを送り届け、夕方。静かになった台所で、私はひとり《生活鑑定》のことを考えていた。
「食材の鮮度とか、怪我の具合が分かる生活スキル……のはずだったのに」
なのに今日は、「不安」とか「安心感」とかまで見えた。ゲームの知識と照らしても、こんな仕様は覚えがない。
「普通に考えたら、ちょっと怖いわよね」
人の心が丸見えなんて、使い方を間違えたらろくなことにならない。
でも、さっきの子どものステータスを思い出す。
スープを飲むたびに、不安が削れて、安心感が増えていったあの表示。毛布の中で、少し照れくさそうに笑った顔。
「……嬉しかったな」
小さく呟いて、鍋の底に残ったスープをかき混ぜる。
「だったら、この力はきっと、使ってもいい」
誰かを傷つけるためじゃなくて、お腹と心を温めるために。
「これからも、私の料理で『安心感+』って出してあげればいいのよね」
そう口に出してみたら、胸の奥が少しだけ軽くなった。
この日から、《生活鑑定》はただの生活スキルではなく、誰かの心をじんわり温める力になっていく──。
あとがき
ここまでお読みいただきありがとうございます、作者です。
第8話では、リリアナの《生活鑑定》が一歩レベルアップして、「お腹」と「心」の状態まで見えるようになりました。
ひとりの子どもを助ける小さな出来事ですが、ここが「お腹も心もあたたまるカフェ」への第一歩になります。
前世の記憶と今世のスキルが、ただのチートではなく「誰かを楽にするための力」として形になっていく……そんな流れを楽しんでいただけていたら嬉しいです。
「続きが気になる」「カフェオープンを見届けたい」「ノエルやマリアが好きだ」など、少しでも感じていただけましたら、
・ブックマーク
・★評価
・感想
・作者フォロー
のどれかひとつでもしていただけると、本当に励みになります!
次回以降も、のんびりだけど確実に「カフェ開店」に向かって進んでいく予定ですので、引き続きお付き合いいただけたら嬉しいです。




