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「完結済」婚約破棄されて辺境に追放された悪役令嬢ですが、のんびりカフェを開いたら無愛想辺境伯様に溺愛されています  作者: 夢見叶
第5章 新婚とその後のスローライフ

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第49話 数年後の王都と辺境、それぞれのその後

完結まで後1話

 店は今日も満席だった。


「ノエル、カウンターの三番と窓際の二番、穀物コーヒー追加で三つお願いします」

「了解。ノルドハイムブレンド二つと、旅人用ブレンド一つな」

「正解ですわ。さすが一人前の焙煎士さんですね」


 ひと昔前なら「誰が焙煎士だよ」と耳まで赤くしていた少年は、今では堂々たるカウンターの顔だ。

 焙煎場からは、深く炒った穀物と新しいスパイスの香り。ノエルの後ろには、弟子たちが慣れた手つきで豆を挽き、湯を落としている。


「そこの子たち、手は止めずに口だけ動かしなさい。ミルはリズムが命ですよ」


 フロアを見回っていたマリアが、きびきびと声を飛ばした。

 白いエプロンの腰にはメモ帳、腕には小さな砂時計。完全に店長仕様である。


(うんうん。立派になりましたね、うちの副店長兼店長)


 私がスープ鍋をかき混ぜながら目を細めていると、暖炉の前を小さな影が走り抜けた。


「きゃっ」「転ぶな、火のそばはゆっくりだ」

「はーい!」


 ミアと、うちの子どもたちだ。

 いつの間にかミアは私の肩くらいの背丈になり、下の子たちの手を引いて店の中を駆け回っている。前はお客様席の椅子によじ登るのも大仕事だったのに、今ではトレイを抱えて片付けまで手伝ってくれる。


「ミア、暖炉前の席、そろそろデザートね。ハニーオートクッキーをお子さま用に小さくして」

「はーい、リリアナさん!」


 返事の声は明るくて、よく通る。

 その様子を、カウンターに座ったエルザおばさんが目を細めて見ていた。


「ほんと、ここは子どもが増えたねえ」

「ありがたいことですわ。おばあちゃん予備軍としては、にやにやが止まりません」

「お嬢さん、まだ自分の子の心配しな」


 笑いながら小声でそんなことを言われて、私は思わず視線を客席の奥へ滑らせた。


 いつもの特等席には、仕事の合間に抜けてきたらしいディルク様。

 膝には、上の子がちょこんと座っている。絵本代わりの帳簿を広げて、「これはお城の台所の数字でな」とかなんとか説明しているあたり、将来有望なのかちょっと心配なのか、判断に迷うところだ。


《生活鑑定》

対象:のんびりカフェ店内(昼どき)

暖かさ:高め

満腹度:上昇中

安心感:かなり高め

騒がしさ:ちょっと高め


(騒がしさは毎年伸びてますけどね)


 苦笑しながら鑑定表示を閉じる。

 でも、この賑やかさを見ていると、胸の奥のどこかがいつもじんわり温かい。


     ◇


「本日の昼営業、お疲れさまでした」


 最後のお客さまを見送って扉の鈴が鳴き止むと、店の中にようやく一息ついた空気が広がった。

 マリアがテーブルを整え、弟子たちが皿を片付け、ノエルが焙煎場の火を落とす。


「いやあ、今日もいい匂いだったな。隣町の二号店よりも、やっぱり本店の空気は落ち着く」


 カウンターに腰を落ち着けた行商人ラウルさんが、空になったカップを揺らした。


「二号店も、ノエルくんがしっかり育ててくれていると聞いていますよ」

「おう。あっちはあっちで若いのが張り切ってる。『カフェ聖女直伝の店』って触れ込みで、旅人にも兵士にも大人気だ」


「その呼び名は、そろそろ卒業したいんですけど」

「今さら無理だろ。あちこちの国で『よく効くカフェ』の噂が歩き回ってるんだ。俺も手伝ってるし」


 胸を張られても困るのだが、ラウルさんが運んでくれる穀物や新しい豆のおかげで、ここまで店を増やせたのも事実だ。


「三号店の方はどうだ」


 いつの間にか片付けを終えたディルク様が、グラスの水を一口飲んで尋ねた。


「鉱山の町の夜カフェも、順調です。遅番帰りの人たちが、温かいスープとパンを目当てに寄ってくれて」

「《生活鑑定》の数値も、概ね良好ですわ。疲労軽減・安心感アップ・眠りの質アップ」


 帳簿を軽く叩きながら、私はメモに目を走らせる。


「私がいなくても回る店が増えていくのは、少し寂しくて、でも誇らしいですね」

「そういう顔をするな。お前の店が増えれば増えるほど、この辺境は守りやすくなる」


 ディルク様は、いつも通りぶっきらぼうにそう言って、私の頭にそっと手を置いた。


「それに……」


《生活鑑定》

対象:ディルク・ノルドハイム

疲労:中

安心:高め

家族への甘さ:測定不能


(はいはい、測定不能ですね)


 昔よりも、数値に「甘さ」系の項目が増えた気がするのは、きっと気のせいではない。


     ◇


 午後の仕込みに戻ろうとしたところで、扉の鈴が控えめに鳴った。


「いらっしゃいませ……って、お父様?」


 立っていたのは、少し白髪の増えたグランツ公爵だった。

 以前より頬がこけた気もするけれど、目の奥の柔らかさは変わっていない。


「邪魔をする。……ふむ、相変わらず賑やかな店だな」

「おかげさまで。本日は、公爵様用特別メニューをご用意できますよ」

「普通のメニューでいい」


 そう言いながらも、用意した雨宿りポタージュと窓辺トーストのセットを前にすると、少しだけ口元が緩む。


《生活鑑定》

対象:雨宿りポタージュと窓辺トースト

体温:+2

緊張:−1

安心感:+2


(昔、婚約祝いの日にも作ったメニューですね)


 ほのかなハーブの香りと、外はかりっと中ふんわりのパン。

 お父様は一口スープを味わい、ゆっくりと息を吐いた。


「……王都でも、この味が随分と評判だ」

「王都で?」


 思わず身を乗り出すと、お父様は頷いた。


「今の王都には、市民食堂がいくつもできた。兵士食堂も改修され、孤児院には温かいスープとパンが毎日届く」

「アルバート殿下が、いえ、今は陛下ですね。ちゃんと続けておられるんですね」


 前に送ったマニュアルのコピーが、紙束になって帰ってきた日のことを思い出す。


「陛下は忙しく走り回っているよ。食堂の視察にもよく顔を出しているそうだ」

「クラリス様は、いかがお過ごしで?」


 問いかけると、お父様は少し目を細めた。


「聖女殿は、市民食堂や孤児院を回っているそうだ。自ら配膳を手伝い、子どもたちに本を読んで聞かせることもあると聞く」

「……そうですか」


 目を閉じると、見たことのない光景が頭の中に浮かぶ。

 灰色の王都の冬に、湯気と笑い声が立ち上る食堂。列に並ぶ子どもたちの前で、白い聖衣の女の子が、スープをよそいながら笑っている。


「お前の書いた『福祉と食堂の改善案』は、もはや王都の公式文書の一部だ。娘の書いたレシピが、国の政策に影響していると知ると……父親としては、少し誇らしいな」


 照れ隠しのように、最後だけ小声になる。

 その姿に、胸がじんわりした。


「ありがとうございます。……でも、あの人たちが自分で選んで、動き始めたからこその結果ですわ。私は、きっかけの一部をお裾分けしただけです」


 前世で山のように書いた報告書が、こんな形で誰かの温かさにつながっているなんて、あの頃の私が知ったらどう思うだろう。


     ◇


「そういえば、これを預かってきた」


 お父様は、懐から小さな封筒を取り出した。

 整った文字で、私の名前が書かれている。その筆跡には見覚えがあった。


「クラリス様から、ですか」

「うむ。公の便に紛れ込ませるのは憚られたらしく、私に託された」


 胸の奥が、少しだけ緊張で固くなる。

 でも、逃げ出したいほどではない。あの日と今とでは、もう立っている場所が違うから。


「少し、読んできますね」


 私はマリアにフロアを任せ、カウンター奥の小さな休憩スペースに腰を下ろした。

 封を切ると、柔らかなインクの香りとともに、丁寧な文字が目に飛び込んでくる。


『リリアナ様』


 その一行だけで、手紙の主がどんな顔でペンを握っているか想像できた。


『あの日、辺境でお別れしてから、もう何年も経ったのですね。

 王都では、あなたからいただいたレシピと仕組みをもとに、市民食堂や子ども食堂が少しずつ増えています。

 わたくしは聖女として祈りを捧げるだけでなく、鍋をかき混ぜ、パンを配り、子どもたちと一緒にごはんを食べる日々を送っています』


 行間から、あの子の少し真面目で不器用な笑顔がのぞく。


『あの頃のわたくしは、ただ愛されたいと願うだけの、弱い女の子でした。

 でも今は、あなたの背中を追いかけるように、「食で誰かを救う」ということを、王都で続けていきたいと思っています』


 そっと息を吸い込む。

 胸のどこかに残っていた棘のようなものが、少しだけ形を変えていく感覚がした。


『いつか、責任や贖罪ではなく、ただのわたくしとして。

 そして、あなたの元婚約者の恋敵ではなく、ひとりの女の子として』


 そこまで読んで、思わず苦笑が漏れた。


『いつか普通のお客として、そちらのカフェに行ける日を夢見ています。

 その日が来たなら、どうか一杯のスープと、あなたのおすすめのパンを出していただけたら嬉しいです』


 手紙は、丁寧な結びの言葉で終わっていた。


「普通のお客として、か」


 私はそっと便箋を畳み、胸の前で抱きしめる。


《生活鑑定》

対象:リリアナ・ノルドハイム

心のざわつき:小

過去へのわだかまり:小→とても小

未来への期待:中→高め


(……うん。悪くない変化ですね)


 顔を上げると、カウンター越しにマリアと目が合った。

 彼女は何も聞いていないはずなのに、全部分かっているみたいな顔で、静かに微笑む。


「リリアナ様、よろしければお飲み物をお持ちしますが」

「穀物コーヒーをお願いします。それと……雨宿りポタージュを一杯」


 自分で言って、くすりと笑う。


「クラリス様が本当にここへ来られたら、その時は雨宿りポタージュでも出そうかな、と思いまして」

「きっと、よく似合いますね」


 マリアの言葉に、胸の奥の何かが、静かにほどけていく。


 王都には王都の、雪の街には雪の街の、それぞれの役目とあたたかさがある。

 過去の物語はもう閉じて、新しい日常が、それぞれの場所で続いていくのだ。


 私は窓の外を見上げた。

 今日の空は少し曇っているけれど、その向こうには、きっと星が待っている。


「さて。もうひと仕事、がんばりますか」


 鍋の蓋を開けると、雨宿りポタージュの湯気がふわりと立ちのぼる。

 その香りは、数年前と変わらないのに、胸に広がる温かさは、以前よりずっと穏やかで、やわらかかった。


第5章第49話までお付き合いありがとうございます! 

辺境カフェも王都の食堂も、それぞれの「その後」を書けて、作者としてしみじみしております。

リリアナとクラリスの距離が、少しだけ縮まった未来を感じていただけたなら嬉しいです。

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