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「完結済」婚約破棄されて辺境に追放された悪役令嬢ですが、のんびりカフェを開いたら無愛想辺境伯様に溺愛されています  作者: 夢見叶
第5章 新婚とその後のスローライフ

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第48話 未来の話をしましょう

完結まで後2話

 窓の外では、今日も静かに雪が降っていた。


 領主館の一番奥にある寝室は、暖炉と厚いカーテンのおかげで外よりずっと暖かい。けれど、ベッドの上の包帯を見るたび、胸の奥だけはまだ冷えたままだ。


「……また来たのか」


 低い声に顔を上げると、枕元で半身を起こしたディルク様がこちらを見ていた。


「はい。お見舞いと、経過観察です」


 盆を抱えたまま笑うと、灰色の瞳がわずかに和らぐ。私はそっと、彼の手に視線を重ねた。


《生活鑑定》


 淡い光が、指先から立ちのぼる。


 体力:7/10

 疲労:中

 骨折痕:回復中

 生命力:安定


(よし、今日もちゃんと上向き)


「また妙な顔をしているな」

「看護師さん顔です」


 軽口を返しながら、サイドテーブルに盆を置く。湯気の立つスープと、柔らかく煮た野菜、それからいつもより薄めの穀物コーヒー。


「カフェは」

「大繁盛です。マリアが仕込みを回して、ノエルくんが『旦那様が完全復活するまで、店番は任せとけ』って張り切ってました」

「……俺の復活とやらを賭けのネタにしていないだろうな」

「してませんよ」


 ぼやきながらも、きちんとスープに手を伸ばしてくれるところが真面目だ。


《生活鑑定》


 器に指先を触れると、小さな表示が浮かぶ。


 体力:微増

 回復速度:微増

 気分:ぽかぽか


「今日は回復期用スペシャルです。体力と骨の回復と、ついでに機嫌アップに振ってあります」

「機嫌アップ……?」


 半眼になりながらも、結局は最後のひと口まできれいに飲み干す。その様子に、胸の緊張が少しだけほどけた。


     ◇


「救護所の指揮に、山での捜索に、帰ってきたらまたカフェか」


 食器を片づけていると、ディルク様がぽつりとつぶやく。


「お前こそ、無茶をした」


「うっ」


 図星だ。私は反射的に背筋を伸ばした。


「そ、それは……反省しています。マリアにも同じことを言われました」

「当然だ」


 短く言い切られて、前世で上司に怒られた時みたいな気持ちになる。


「でも、今はちゃんと休んでます。ほら、こうして座ってますし」

「いつ倒れるか分からん働き方をしておいて、よく言う」


 言葉は厳しいのに、視線はどこか心配そうだ。申し訳なさで胸がむずむずする。


 私は、ベッドの上に置かれた手をそっと握った。


「……本当は、怖かったんです」


 自分でも驚くほど、あっさりと言葉がこぼれた。


「救護所で怪我人を見ている間も、ずっと頭のどこかで、最悪のパターンばかり考えてました。『もし間に合わなかったら』『もし二度と会えなかったら』って」


 雪崩の白さと、冷たくなっていく指先の感触がよみがえる。視界の端で減っていくゲージ。あの時は必死で考えないようにしていたけれど、怖くなかったわけがない。


「だから、もう無茶な突撃は禁止です」


 勢いで言い切ると、ディルク様が目を瞬いた。


「禁止?」

「禁止です。雪崩の真ん中に突っ込んでいくのも、瘴気の濃いところで一人で踏ん張るのも、全部無し。領主様が先に倒れたら、この領地のゲージごとゼロになります」


「多少は誇張が混じっている気がするが」


 苦笑交じりの声。それでも少し沈黙したあと、彼は真っ直ぐこちらを見た。


「……すまん」


 その一言だけで、視界がじわりと滲む。


「俺はいつも、先代の背中を追っていた。前線から下がらないことだけが、守るということだと信じていたが……お前にあんな顔をさせるくらいなら、やり方を変えるくらい、どうということもない」

「……あんな顔、ですか」

「泣きながら怒鳴られたのは初めてだ」


「忘れてください!」


 思わず声が裏返る。あの取り乱しっぷりを思い出すと、布団に潜りたくなる。


「忘れられん」

「ディルク様」

「いい意味でだ」


 そこでようやく少しだけ口元がゆるむ。


「俺も、お前を置いていかずに済んでよかった」


 静かな声が、暖炉の火よりあたたかく胸に落ちる。


「……はい」


 泣きそうになるのをごまかすように、私は大きく息を吸い込んだ。


     ◇


「よし。暗い話はここまでです」


 ぱん、と手を叩く。


「せっかく助かった命ですから。ここから先の話をしましょう。将来設計会議の開幕です」

「将来設計会議」

「はい。議題その一、子どもの話」


 灰色の瞳が一瞬固まる。私自身も、言った瞬間に耳まで熱くなった。


「べ、別に今すぐどうこうというわけではありません。ただ……いつか、カウンターの向こうを小さな足音が走り回る日が来たらいいなって」


 想像してみる。暖炉の前で子どもたちがブランケットにくるまってスープを飲み、エプロンの裾を引っ張って「おかわり」とねだる姿。


「……忙しそうだな」

「そこですか」


 ついツッコミが出る。


「だが、悪くない」


 短く落ちたその一言に、胸がふわっと軽くなった。


「お前に似て、よく食べてよく笑う子になるかもしれん」

「ディルク様に似て、無茶をしそうになったらちゃんと止まってくれる子にしたいですね」

「それは……父親の教育次第だな」


 少しだけ目をそらす仕草が、妙に新鮮でおかしい。


「議題その二。二号店と三号店の話です」


 話題を切り替えると、ディルク様の目つきが少しだけ領主モードになる。


「隣町の店か」

「はい。ノエルくんたちもすっかり板についてきましたし、弟子たちの適性も見えてきました。《生活鑑定》で見ると、接客向き、仕込み向き、力仕事向きがはっきりしてきて」


 ノエルは焙煎と空気づくり。料理好きな少女はキッチンの下ごしらえ。元兵士の青年は忙しい時間帯の客さばき。


「私の役目は、レシピと仕組みを整えて、あとは信頼できる人に任せること。そうすれば、『私がいなくても回る店』を増やしていけます」

「他の街にも、か」

「はい」


 私は頭の中で地図を広げる。


「北の村に、小さなカウンターだけの店。鉱山の町には、夜遅くまで開いている軽食カフェ。森に近い集落には、猟師さんが朝一番に寄れるスープスタンド」


 白い地図の上に、小さなカップの印がぽつぽつ増えていく。


「吹雪で足止めされた旅人が、どこかの街で『のんびりカフェ』の看板を見つけて、体を温めて、『生きててよかった』って思ってくれたら……それだけで、前世残業の元は取れる気がします」


「お前は、本当に欲張りだな」


 呆れたように言いながら、声色はどこか楽しそうだ。


「だが、悪くない案だ。食糧の流通も雇用も増える。辺境の印象も変わる」

「でしょう?」


 つい社畜OLの顔になってしまう。効率、雇用、ブランド展開。魔物より数字のほうがよほど扱いやすい。


「……ただ、その分、お前の仕事も増える」

「そこは、まあ」

「ダメだ」


 即答された。


「店を増やすなら、お前の休みも増やす。お前の寿命を削って作る店など、いらん」

「大げさです」

「大げさでいい。約束しろ」


 真剣な目に射抜かれて、私は観念してうなずいた。


「分かりました。ちゃんと休みを取りながら増やします」

「よし」


     ◇


 ふと、窓の隙間から外を見る。空は相変わらず鉛色で、細かな雪が静かに舞っている。


「領地の将来って、考え始めるときりがありませんね」


 思わずこぼすと、ディルク様も視線を外に向けた。


「雪は変わらん。寒さも厳しいままだろう」

「ですね」

「だが」


 小さく息を吸って、彼は続けた。


「この雪の国を、あったかいカフェでいっぱいにしよう」


 その一言が、じんわりと胸に染みた。


「……いいですね、その計画」


 自然と笑みがこぼれる。


「カフェも、家も、広場も。どこに行っても、誰かが『おかえり』って言ってくれる場所がある国にしたいです」

「それなら、領主の仕事も悪くない」


 少し誇らしげな横顔を、私はそっと目に焼き付けた。


 婚約破棄されたあの日、馬車の中で一人で震えていた自分には想像もできなかった未来。雪の国で、誰かと一緒に「これから」の話をしている今。


(未来の不安より、楽しみのほうが増えた)


 そう静かに噛みしめながら、私はもう一度、彼の手を握りしめた。


 この手となら、どんな地図にでも、あったかいカフェの印を描き足していける気がした。


ここまで読んでくださりありがとうございます!

雪崩編もようやくひと区切り、二人は少しだけ「これから」の話ができるようになりました。

「続きが読みたい」「この世界でもっとのんびりしたい」と感じていただけたら、ぜひ【評価】や【ブックマーク】で応援してもらえると、とても励みになります。感想も一行でもすごく嬉しいです。次回も雪国カフェでお待ちしています。


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