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「完結済」婚約破棄されて辺境に追放された悪役令嬢ですが、のんびりカフェを開いたら無愛想辺境伯様に溺愛されています  作者: 夢見叶
第5章 新婚とその後のスローライフ

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第46話 バフ料理の悪用と、小さな事件

完結まで後4話

 昼の喧噪がやっと引いて、カウンターで穀物コーヒーを一口。


「ふいー……今日も満席でしたね」


 言ったところで、扉のベルがちりんと鳴る。顔を上げると、ノエルが真剣な目つきで立っていた。


「リリアナ、ちょっと話がある。裏でいい?」

「……分かりました。マリア、少しだけお願いします」

「はい、お任せを」


     ◇


「裏路地で、変な賭け試合が流行ってるんだ」


 厨房の奥の小さな机。ノエルは帽子を握りしめたまま言った。


「前から力比べはあったけど、最近は『カフェ聖女のバフ料理を食べたら無敵』って噂がひとり歩きしてる」

「無敵なんて、ありえませんけど」

「だよな。俺も笑い飛ばそうとしたんだけどさ」


 ノエルは、くしゃくしゃになった紙を取り出した。


「これ、見てくれ」


 広げられた紙には、見覚えのある言葉が並んでいた。


『集中力アップ』『筋力アップ』『疲労軽減』


 うちの黒板メニューに書いている、《生活鑑定》の簡易表示にそっくりだ。ただ、隣に書いてある料理名は見知らぬものばかりだった。


「『闘士の特濃シチュー』『限界突破シチュー』……」


 名前からして危険な香りしかしない。


「しかもさ、容器がうちの持ち帰り用のやつだった。『カフェ聖女公認』だって自慢された」

「公認した覚えは一度もありませんけど」


 紙に指を触れ、《生活鑑定》を発動させる。浮かび上がったのは、高カロリーと塩分過多、興奮の数字。そして、その下に赤い警告のような表示。


 疲労:大。怪我リスク:大。


 胃のあたりが冷たくなる。


「最近、治療所で怪我人が増えてるって聞いた。試合の帰りに運び込まれてる。リリアナの料理の名前も出た」

「ノエルくんは、もうその人たちに会いました?」

「膝を引きずってる兄ちゃんがいた。『でもバフ料理があるから平気』って、笑ってた」


 スキルでほんの少し背中を押すくらいならいい。けれど、「これさえあれば無理が利く」と思った瞬間、それは毒になる。


「……教えてくれて、ありがとうございます」


 私は紙を畳んで握りしめた。


「ごめん。もっと早く止められたはずなのに」

「謝るのは、全部片付いてからにしましょう。ノエルくんは、ちゃんと知らせに来てくれましたから」


     ◇


 フロアに戻ってからも、胸のざわつきは消えなかった。


 カウンターには、今日も常連の兵士たち。冷え切った手をカップで温めながら、くだらない冗談で笑っている。その姿を見るのは大好きだ。けれど今は、ふとよぎる。


(あの偽物のメニューに釣られて、無茶をした人たちも、最初はこうやって笑っていたのかもしれない)


「リリアナ」


 はっとして顔を上げると、ディルクがカウンターの端に立っていた。いつの間にか奥の席から移動してきていたらしい。


「ぼんやりしている。具合は」

「いえ。少し、困った話があって」


 私はノエルから預かった紙を差し出した。ディルクは目を通し、露骨に眉をひそめる。


「勝手にお前の名と《生活鑑定》を使っているのか」

「はい。うちの料理をまとめ買いして、こんな名前をつけて賭け試合の前に食べさせているようです」

「怪我人が増えているという報告は、さっきも受け取った」


 ディルクは低く息を吐いた。


「お前の料理が悪いわけではない。だが、このまま黙っていれば、被害も評判も広がる」

「だからこそ、はっきり線を引きたいんです」


 私はカウンターの中で、拳を軽く握った。


「ディルク様、お願いがあります。関係者を、この店に集めてもらえますか。私から直接、伝えたいことがあります」

「……分かった」


 短く返事をした彼の目は、静かに怒っていた。


     ◇


 夕方、小さなカフェは、いつもと違う緊張に包まれていた。


 常連たちには事情を話し、壁際や暖炉のそばに席を移ってもらう。代わりに、奥のテーブルには粗末なコートの男たちが固まって座っていた。賭け試合を仕切っていた連中だと聞く。


 その前に、腕を組んで立つディルクと、控える兵士たち。


「……領主様、悪かった」


 中年の男が代表して頭を下げた。


「ちょっと景気づけのつもりだったんだ。カフェ聖女のご飯は力が出るって話でよ。負け続きだった奴らが勝てるようにって……」

「結果として、怪我人が増えた」


 ディルクの一言に、男たちが肩をすくめる。


「す、すみませんでした」


 私は一歩前に出た。エプロン越しに胸の鼓動が速くなる。


「少し、私からも話させてください」


 ざわめきかけた空気を、マリアが配る穀物コーヒーの香りがそっと落ち着かせる。


「まず、うちの料理を選んでくださったこと自体は、嬉しく思っています」


 代表の男たちが、意外そうに顔を上げた。


「寒い中で働いて、疲れた体を少しでも温めたい。そのためにここを選んでくださるのは、とてもありがたいです。でも──」


 そこで、言葉を区切る。


「私の料理は、人を無茶させるための薬ではありません」


 じん、と空気が張り詰める。


「《生活鑑定》で、その日の体調を見て、少しだけ背中を押す。それが、ここでやっていることです。決して『どれだけ無理をしても大丈夫』なんて保証はできません」

「けど、実際力が出るって……」

「それは、皆さんの体が、ちゃんと頑張ってきたからです」


 私は代表の男の手をそっと取った。ごつごつした掌に《生活鑑定》を重ねると、疲労と古傷と、うっすらとした不安がにじんで見えた。


「限界近くまで酷使して、そこに塩辛い料理や興奮する味を重ねれば、その場は動けます。でも、その先で倒れたら、本末転倒です」

「……分かってる。怪我人が増えたのは俺たちのせいだ。けど、盛り上がりがないと客が寄りつかねえと思ってよ」

「盛り上げる方法なら、他にもあります」


 私は小さく笑った。


「勝ったあとに皆で飲む、体に優しいご褒美スープ。明日も働けるように整える雑穀粥。そういう『次の日も元気でいられる料理』なら、いくらでも協力します」

「次の日も、か」


 ぽつりと漏れた言葉に、何人かがうなずいた。


「はい。私が力を貸したいのは、今日だけ命を削る人ではなく、明日も明後日も、おいしいものを食べて笑っていたい人です」


 私はカウンターの方を振り返る。


「それで、今日から入口に一枚、紙を貼ることにしました」


 皆の視線が、扉の横に集まる。


『この店の料理は、自分を大事にしようとする人のための一杯です』


「自分を粗末に扱うために料理を使う人には、私は力を貸しません。無茶な頼まれ方のテイクアウトは、お断りします」


 静かな沈黙のあと、代表の男が深く頭を下げた。


「……悪かった。本当に。偽物のメニューもやめる。怪我した連中の治療費だって、きっちり払う」

「治療費については、領主様からお話があります」


 私は退き、ディルクに任せる。


「偽メニューは没収する。二度と使うな。賭け試合の内容も報告しろ。危険と判断したものは許可しない」


 淡々と告げる声に、男たちは真っ青になりながらも頷いた。


「怪我人の治療費は、お前たちで負担しろ。払えぬ分は、街の雪かきでも何でもして働いて返せ」

「……はい」


 決まりごとを告げ終えると、ディルクはふっと息を吐き、店内を見渡した。


「それと、もうひとつだけ」


 静かながら、よく通る声。


「この女の料理は、この街の誇りだ」


 思わず、胸の奥がきゅっと鳴った。


「ここで出される一杯に、どれだけ救われたかを、俺は知っている。だから、それを利用して誰かを壊そうとする真似は、二度と許さない」


 常連の兵士たちがうなずき、エルザおばさんが目元をぬぐっているのが見えた。


「……ディルク様」


 呼ぶと、彼は少しだけこちらを振り向き、真っすぐに見つめる。


「お前は、これまで通り、自分の思うように料理を作れ。力の使い方を決めるのは、お前だ」

「はい」


 胸のざわつきが、ゆっくりと温かさに変わっていく。


「それでは、皆さん。今日は反省会用の、体に優しいスープをご用意しています」


 私はカウンターに戻り、大鍋の蓋を開けた。野菜と豆と雑穀がたっぷり入ったスープが、ことことといい音を立てている。


 木の匙で味を見て、《生活鑑定》をそっとのぞく。


 体温:上昇

 筋肉疲労:少し軽減

 安心感:少しプラス


「……うん。これくらいが、ちょうどいいですね」


 そうつぶやきながら、最初の一杯をよそう。カウンター越しに差し出したスープを受け取る手は、さっきよりも少しだけ、力が抜けているように見えた。


ここまで読んでくださりありがとうございます!

今回はバフ料理の「悪用」に少し踏み込みましたが、リリアナたちの選んだ答えはいかがでしたか?

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