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「完結済」婚約破棄されて辺境に追放された悪役令嬢ですが、のんびりカフェを開いたら無愛想辺境伯様に溺愛されています  作者: 夢見叶
第5章 新婚とその後のスローライフ

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第45話 二号店計画と弟子たちの成長

完結まで後5話

 朝のカフェは、少しだけ落ち着きがなかった。


「ノエルくん、納品書は持ちましたか?」

「持ったって。さっきから三回は確認してる」

「よろしいです。それから……焙煎用の豆と、試作用のスープの材料も」


 私は手帳をぱらぱらとめくりながら、出発前の最終確認をしていた。

 今日は、隣町グラウベンへの日帰り視察だ。二号店候補地の現地確認である。


(本当に、二号店なんて言ってしまっていいのかしら)


 胸の高鳴りを抑えつつ顔を上げると、カウンターの向こうでマリアが落ち着いた笑みを浮かべていた。


「本店は、わたくしと臨時スタッフで回しておきます。どうかお気になさらず、じっくり見てきてくださいませ」

「お願いします。何かあったらすぐ連絡を」

「ありませんよ。リリアナ様がいる時より静かな一日になるだけです」


 軽い冗談に、私は苦笑いをこぼす。


「リリアナ。そろそろ行くぞ」


 低い声に振り向けば、厚手のコートを着込んだディルク様が扉の前に立っていた。


「はい。準備できています」


 エプロンを外し、旅用コートを羽織って店を出る。冷たい空気といっしょに、雪の匂いが肺に広がった。



 ノルドハイムを出てしばらく進むと、景色は少し荒々しくなる。雪をかぶった針葉樹の向こう、斜面に家々が張りつくように並ぶ小さな街が見えてきた。


「あれが、鉱山町グラウベンです」


 馬車の御者が振り返って教えてくれる。

 鍛冶場の煙、酒場のざわめき。ノルドハイムより少しだけ荒っぽくて、でもどこか活気のある空気だ。


 広場で待っていたのは、体格のいい町長さんだった。


「辺境伯殿に、カフェの店主様まで、本当に来てくださるとは」

「リリアナと呼んでください。今日は、こちらこそお世話になります」


 軽く会釈を返すと、町長さんは安堵したように笑った。


「さっそく例の物件をお見せしましょう。昔パン屋をやっていた家でしてな、今は空き家なんだ」


 案内されたのは、小さな市場の外れ。石造りの店と、二階建ての住居がくっついた建物が、雪をかぶってぽつんと立っている。


「ここか」


 ディルク様が扉を押すと、きしんだ音と一緒に、乾いた小麦と炭の匂いがふわりと漂った。

 中はがらんとしていたが、奥には大きな窯と、カウンターの土台がそのまま残っている。


「厨房スペースも十分ですし、水場も近いですね。煙突も生きていそうです」


 私は歩きながら、頭の中で配置図を描いていく。

 窓際にはカウンター席。奥に焙煎台と大鍋。入口近くには子どもでも座りやすい低い椅子。


(少し手を入れれば、ここも立派なカフェになりそう)


 私の隣で、ノエルも真剣な顔であちこちを見ていた。


「カウンター、ちょっと低めだな。子ども連れ多いんなら、かえっていいかもしれないっすね」

「そうですね。作っているところが見えるのも、大事な安心材料ですし」


 私が頷くと、町長さんが遠慮がちに口を開いた。


「……こんなボロで、本当にいいのかね」

「いいんです。高級サロンみたいな店にすると、人が構えてしまいますから。ふらっと寄れる場所の方が、カフェらしいでしょう?」


 そう答えると、町長さんの表情がほっと緩んだ。



 物件を見終えて外へ出ると、広場の端で様子をうかがっていた若者たちが、勢いよく駆け寄ってきた。


「俺たち、ここで働いてもいいですか!」


 先頭の少年が帽子を脱ぎ、深々と頭を下げる。


「この前、討伐帰りにノルドハイムのカフェでスープを飲んだんです。体が軽くなって、すげえってなって……もしこっちにも店ができるなら、ぜひ手伝わせてほしくて」


「わたしも! 料理、ずっと好きで!」


 彼の後ろから、エプロン姿の少女が顔をのぞかせる。その隣には、片脚を少し引きずる青年も立っていた。


「前線には戻れませんが、力仕事ならまだまだできます。皿洗いでも薪運びでも、何でもやります」


 私は思わず頬を緩める。


「ありがとうございます。せっかくですから、皆さんに合いそうな仕事を一緒に考えましょう。少しだけ、体調や得意なことを見せていただいてもいいですか?」


 私はそっと《生活鑑定》を起動し、一人一人を眺めた。


《生活鑑定》

対象:料理好きな少女リーネ

体力  :中

集中力 :高

対人ストレス:小

器用さ :高


(盛り付けやスイーツ担当がよさそうですね)


《生活鑑定》

対象:元兵士の青年ハルド

体力  :高

持久力 :高

細かい作業:苦手気味

責任感 :高


(こちらは仕込みと薪、重い鍋担当にぴったり)


《生活鑑定》

対象:先頭の少年ヨナ

疲労  :中

好奇心 :高

口数  :多

気配り :中


(接客向き。声もよく通るし)


「リーネさんは、キッチンで盛り付けと簡単なお菓子を。ハルドさんは仕込みと薪、ヨナさんは注文取りとホールをお願いしたいです」


 そう告げると、三人は顔を見合わせてから、一斉に頷いた。


「皿洗いと掃除は、全員で持ち回りですからね。そこをサボる子は、どんなに腕がよくても出禁です」


 いつの間にか隣に来ていたマリアが、さらりと釘を刺す。若者たちがびくっと肩を震わせた。



 午後は、簡易焙煎と帳簿の講習会になった。

 ノルドハイムから持ってきた焙煎器を並べ、私はノエルの背中を軽く押す。


「ノエルくん、お手本をお願いできますか」

「はいはい。みんな、こっち来て」


 ぶっきらぼうな声に反して、ノエルの手つきはすっかり板についている。

 豆を入れた器具を火にかけ、音と香りの変化を言葉にして見せていく。


「このぱちぱちが少し落ち着いてきたら、火を弱くする。焦げると台無しだからな。鼻と耳、両方使う感じで」

「すごい……」

「同じ豆なのに、匂いが全然違ってきますね」


 きらきらした目で見つめる若者たちを眺めながら、私は胸の奥がじんわり温かくなるのを感じた。


 ひと段落ついたところで、ノエルが帳簿を持って私のところへ来る。


「リリアナ様、二号店用のざっくりした計算、こんな感じで合ってます?」

「見せてください……はい、材料費と人件費、ちゃんと分けてありますね。とても分かりやすいですよ」

「だろ。前に本店の帳簿でしごかれたおかげだな」


 少し得意げに笑う横顔に、私は決意を固めた。


「ノエルくん」

「うん?」


「ここは、ノエルくんの店ですよ」


 さらりと言ったつもりだったけれど、ノエルの手がぴたりと止まった。


「……は?」

「もちろん、契約や責任者の名前はディルク様や領主館と相談になります。でも、焙煎と日々の判断は、ノエルくんに任せたいんです」

「ちょっと待ってくださいよ。俺、ただの孤児上がりだぞ。失敗したらどうするんすか」

「失敗したら、一緒に片付ければいいんです」


 私は笑って、カウンターの土台を軽く叩いた。


「このカウンターから見える景色を、いちばん長く覚えているのは、きっとノエルくんです。だからここは、ノエルくんの店」


 ノエルはしばらく口をぱくぱくさせてから、小さく視線をそらした。


「……自分の店って言われるの、ちょっと、悪くないっすね」

「ですよね」


 その言葉に、胸がじんわりとあたたかく広がっていく。



 夕方。町長さんたちに試作メニューを出し、改装や開店時期の話を一通り終えるころには、空はすっかり茜色に染まっていた。

 私たちはグラウベンを後にし、馬車でノルドハイムへ戻る。


 窓の外で、小さな街の灯りが遠ざかっていく。隣で、ディルク様がぽつりと呟いた。


「お前、どんどん遠くに行くな」


「……え?」


 聞き返すと、彼は視線を外の雪原に向けたまま続ける。


「王都の食堂を動かして、領主館の書類の山を片付けて、今度は隣町にまで店を出す。気付いたら、手の届かないところに行ってしまうんじゃないかと思う」


 胸の奥がきゅっと痛む。私はそっと彼の腕に自分の腕を絡める。


「違いますよ、ディルク様」


「違う?」


「私が遠くに行くんじゃなくて、私のカフェが増えているだけです。帰る場所は、いつも同じですよ」


 雪原の向こうに広がる夜の空を見ながら、静かに言葉を続ける。


「ノルドハイムのカフェと、領主館の暖炉の前。そこが、私の家で、職場で、居場所です」


 しばらく沈黙が落ちたあと、ディルク様はゆっくりと息を吐いた。


「……それなら、いい」


 絡めた腕の上に、そっと大きな手が重ねられる。


「お前の居場所を守るのが、俺の役目だ。たとえその居場所が、これから二つ、三つと増えていっても」

「増やしすぎたら、一緒に手伝ってくださいね」

「ああ。力仕事なら、いくらでも」


 くすりと笑い合う。

 馬車の奥では、ノエルが静かな寝息を立てていた。


(二号店も、この街も。みんなで育てていけばいい)


 指先に伝わる温もりを確かめながら、私はそっと目を閉じた。


第45話までお付き合いありがとうございます!

二号店計画が動き出し、ノエルも一歩大人に近づいてきました。

リリアナの「居場所」を増やしていく物語はここから本番です。

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