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「完結済」婚約破棄されて辺境に追放された悪役令嬢ですが、のんびりカフェを開いたら無愛想辺境伯様に溺愛されています  作者: 夢見叶
第5章 新婚とその後のスローライフ

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第41話 辺境式か王都式か、カフェ会議です

完結まであと9話!

 王都からの荷物は、朝のカフェにまったく似合わない、きらきらした金色の紐でぐるぐる巻きにされていた。


「り、リリアナ様……これ、本当に全部お手紙なんでしょうか」

「たぶん手紙というより、呪いのアイテムですね。見るだけで胃が痛くなってきました」


 マリアが震える手で木箱を置き、私はおそるおそる封を切る。

 中から出てきたのは、分厚い革表紙の本と、きらびやかな紙束だった。


「……『王国公式・婚礼儀礼マニュアル 完全版』」

「タイトルからして容赦がありませんね……」


 ぱらりとめくった瞬間、細かい文字がぎっしり目に飛び込んでくる。


『第1章 開式までの準備』

『第3章 招待客の席順と入場順』

『第7章 王族および公爵家のための特別儀礼』


「章が7つある時点で嫌な予感しかしません。……あ、まだ付録が」

「り、リリアナ様、付録はきっと優しい内容ですよ? きっと……」


 マリアのかすかな期待は、次の瞬間きれいに散った。


「『貴族令嬢のための花嫁修業チェックリスト』……『失敗しない婚礼の挨拶集』」

「チェックリスト……挨拶集……」

「前世でこういうの会社で渡されました。はい、地獄の研修マニュアルです」


 懐かしい社畜記憶が胸を刺してきて、私はそっと本を閉じた。

 隣の紙束には、王都の大聖堂の絵が印刷されている。高い天井、長いバージンロード、ぎっしり並んだ貴族席。


「すごく綺麗ですけど……」

「そうですね。綺麗だし、立派だし、たぶん寒いです」

「寒い、ですか?」

「ええ。ああいう場所って、きっと暖炉とか焚き火とか置いてくれないんですよ。スカスカの空間にドレスで長時間立たされて、笑顔を保てって言われるやつです」


 ページの端には、王都の文官からの丁寧な文章が添えられていた。


『国王陛下および王族のご列席を前提とした、王都大聖堂での挙式を推奨いたします』


「ディルク様にもお渡ししないとですね」

「はい……領主館で結婚式の打ち合わせ、でしたね」

「ええ。……よし」


 私はマニュアルを抱え直し、カウンターをぐるりと見回した。

 雪で曇った窓。湯気の立つスープ鍋。焙煎したての穀物コーヒーの香り。

 ここで過ごした日々の方が、大聖堂の絵より何倍も胸に響いている。


(王都式か、辺境式か。さて、交渉のお時間です)



 午前の営業を早めに切り上げ、私はマリアと一緒に領主館へ向かった。

 応接室にはすでに、ディルクとお父様、それから側近たちが揃っている。


「お忙しいところ失礼いたします。王都から、婚礼の式次第が届きました」


 私はテーブルの上にマニュアルと紙束を並べた。

 お父様がぱらぱらとページをめくり、側近が説明を添える。


「王都としては、大聖堂での挙式を強く推しているようですな。陛下もご列席なさる可能性が高いとのこと」

「グランツ家としても、王都で盛大に式を挙げるのが本来は妥当かと。辺境で済ませてしまうのは、体面の面で懸念が……」


 うんうん、と頷く声がいくつか上がる。

 私は内心で深呼吸した。


(ここで黙っていたら、そのまま大聖堂ルート直行ですね)


「あの」


 思い切って、私は手を挙げた。


「ひとつ、お願いがあります」


 視線が一斉にこちらへ向く。

 心臓がどくん、と大きく鳴ったけれど、不思議と怖くはなかった。


「私の結婚式は……このノルドハイムで、カフェと広場を使って行いたいです」


 静まり返った空気の中で、自分の声だけがはっきり届いている。


「王都の大聖堂が立派なのは分かっています。ですが、私が毎日を過ごしてきたのは、雪の中のこの街で、あのカフェででして」

「……カフェで、ですか」


 側近のひとりが、思わずといった様子で聞き返す。

 私はうなずき、言葉を続けた。


「最初の日に、あたたかい一杯を受け取ってくれた人たちがいます。雪の日に、手をかじかませながらパンを買いに来てくれた人たちもいます。そんな皆さんと同じ場所で、同じ湯気の中で誓いを交わしたいんです」

「しかし、公爵令嬢としての格式が……」

「格式、大事ですよね。重々承知しています」


 慌てる側近に、私はにっこり笑いかけた。


「ですから、礼儀や必要な儀式の部分は、このマニュアルをしっかり読んで、できる限り整えます。けれど、場所と空気だけは、私の今の暮らしに合ったものにさせてほしくて」


 王都の式は、きっと完成されたイベントだ。

 でも私は、まだ途中の毎日を生きている。雪かきをして、パンケーキを焼いて、カウンター越しに笑い合う、その延長線上に式があってほしい。


「それに、この雪の中を王都まで往復していただくのも大変です。お世話になった皆さんには、『遠くの豪華な式』より、『いつものカフェの延長みたいなお祝い』を見ていただきたいんです」


 一度言葉を切ると、部屋の空気が少しだけ揺れた。

 側近たちは顔を見合わせ、お父様は黙って私の顔を見ている。

 ディルクだけが、最初からずっと静かな目でこちらを見ていて、その視線に妙な落ち着きをもらった。


「……お前は、本当に」


 沈黙を破ったのは、お父様だった。


「お前らしいことを言う」


 思わず、背筋がしゃんと伸びる。


「王都の舞台で着飾るより、自分の選んだ店と街で祝われたいか」

「はい」


 答えると、お父様はふっと笑った。


「グランツ家の面目など、娘の望みに比べれば安いものだ。陛下にも、娘が自分で選んだ場所だと伝えよう」

「お父様……!」


 胸がじんと熱くなる。


「辺境伯はどう考える」


 お父様に問われ、ディルクが短くうなずいた。


「俺も賛成だ。ここで暮らす者たちに祝ってもらう方が、あいつに似合う」

「で、ディルク様、人前で『あいつ』呼びは少しだけ刺さります」


 つい口からこぼれた抗議に、部屋の空気が和らいだ。

 ディルクはわずかに視線をそらし、耳の先がほんのり赤い。


「……リリアナの、だった」

「はい、満点です」


 場違いなやり取りに、側近たちがぽかんと口を開ける。

 お父様は肩をすくめて笑った。


「決まりだな。会場はノルドハイムのカフェと広場。王都にはその旨を伝え、儀礼だけはこちらの形に合わせて調整してもらおう」

「は、はい……かしこまりました!」


 慌ててメモを取り始める側近たちを横目に、お父様が小さな声で付け加える。


「……あの時は、お前の望みを守れなかったからな。今度こそ、優先しよう」

「お父様?」


 思わず問い返した私に、お父様はそれ以上何も言わず、ただ目を細めて笑った。



 打ち合わせがひと段落して、私はマニュアルを抱えたまま廊下を歩いていた。

 後ろから足音が近づき、振り返る前に名前を呼ばれる。


「リリアナ」


 振り向けば、ディルクが少しだけ歩幅を緩めて隣に並んだ。


「さっきの件、無理を言わせたか」

「いいえ。むしろ、言わせてもらえてよかったです」


 私はマニュアルを胸に抱きしめる。


「王都式も、きっと綺麗なんでしょうけど……なんだか、『他人の台本』に再び乗るみたいで」

「台本?」


 首をかしげるディルクに、私は笑ってごまかした。


「はい。前に一度、王都の台本には振り回されましたから。今度くらい、自分たちで選んだ舞台で誓わせてください」


 この街の雪も、焚き火も、カウンターも、ぜんぶ込めて「私たちの式」にしたい。


「……俺も、その方がいい」


 ディルクがぽつりと呟いた。


「大聖堂より、カフェの方が落ち着く。緊張しても、お前の淹れたコーヒーがあればどうにかなりそうだ」

「式の最中に飲むつもりですか」

「一口くらいなら」

「では、誓いの言葉を噛まずに言えたら、ご褒美で一口です」

「……難しい条件だな」


 思わず笑いがこみ上げる。

 さっきまで胸にあった不安が、少しだけ軽くなっていくのが分かった。


「がんばって、私らしい式にしますね」

「ああ。俺も全力でそれを守る」


 ディルクの言葉に、胸の奥でそっと灯りがともる。

 王都の大聖堂ではなく、雪のノルドハイムで。カフェと広場で。

 そこで皆に囲まれて誓い合う未来を想像して、私はこっそり拳を握った。


 マニュアルの重さも少しだけ軽く感じながら、私はカフェ式結婚式の準備という新しい仕事に向けて歩き出した。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

婚約破棄→辺境カフェ生活のお話、少しでも「続きが読みたい」「この二人をもっと見ていたい」と思っていただけましたら、ブックマークや評価をぽちっとしていただけると、とても励みになります。

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