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「完結済」婚約破棄されて辺境に追放された悪役令嬢ですが、のんびりカフェを開いたら無愛想辺境伯様に溺愛されています  作者: 夢見叶
第4章 再会ざまぁと国を救うごはん

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番外編2 辺境伯、カウンター席に座る

 カウンター席というものは、俺にとっていまだに落ち着かない場所だ。


 普段は奥の席に腰を下ろし、店全体と出入り口を見張るようにして座る。

 領主としては、その方が都合がいい。何かあればすぐ動ける。


 それなのに、その夜の俺は、珍しくカウンター席に腰を下ろしていた。


「ディルク様、珍しいですね。そちら側に座られるなんて」


 向こう側から、リリアナが首をかしげる。

 カウンター越しの距離は、いつもより近い。手を伸ばせば届きそうだ。


「……たまには、こっちの景色も見ておこうと思ってな」


 自分で言っておいて、少しだけむずがゆくなる。


 閉店後のカフェは、昼間の喧噪が嘘みたいに静かだ。

 テーブルの上には、今日試した新しいハーブブレンドのカップがいくつか、そのまま残っている。


「新しい香り、どうでしたか?」

「悪くない」


 いつもの言葉が口をついて出る。

 それが褒め言葉だと、もう彼女は完全に理解しているらしい。


「よかった。これなら、春先のメニューに入れても良さそうですね」


 嬉しそうに笑いながら、カップを重ねていく動きは、すっかりこの店の主のものだ。


 ふと、彼女の左手がこちらを向いた。


 指輪が、ランプの灯りを受けて、小さく光る。


 あの日、雪の広場の片隅で差し出した小さな箱。

 受け取ったときに浮かんだ涙と笑顔を思い出して、胸の奥がじんわり熱くなる。


「……忙しくないか」


 思わず、そんな言葉が口から漏れた。

 リリアナが、片付けの手を止める。


「カフェのことですか? それとも、王都へのレシピと……婚約の準備と……全部まとめて、ですか?」

「全部だ」


 自分で言っておいて、少しだけ情けなくなる。

 領主として、どんな寒波や魔物でも受けて立つくせに、一人の相手の疲れはやけに気になる。


 彼女は小さく息を吐き、それから、ふっと笑った。


「忙しいですよ。正直に言うと」

「……そうか」


 胸がざわつく。何かを減らさせるべきか、仕事を振るべきか。

 そんなことを考え始めたところで、続きが飛んできた。


「でも、前の人生の比じゃないくらい、楽しいです」


 きっぱりと。


「前の人生、か」


 彼女が時々口にするその言葉を、俺は正確には理解していない。

 それでも、「昔より今の方がいい」と笑うたびに、胸の奥に小さな安堵が灯る。


「このカウンターの中にいると、ああ、本当にこっちを選んでよかったなって思うんです」


 そう言って、彼女はカウンター越しにカップを差し出してきた。


「ディルク様、味見お願いします。今日のノルドハイムブレンド特別版です」


 受け取ったカップから、穏やかな香りが立ちのぼる。

 口に含むと、深い苦味と、少しだけ甘さ。


「……いつものより、少し柔らかいな」

「婚約者仕様ですから」


 いたずらっぽい笑顔に、思わず視線を逸らした。


 婚約者。

 王都では、重々しい意味を持つ言葉だ。政略と、家同士の思惑と、面倒な儀式と。


 けれど、このカフェでその言葉を聞くと、肩の力が抜ける。

 ただ、この店の主と、その隣にいたい男、というだけの意味になるからだ。


 テーブルに立てかけられた書類の束に目をやる。

 王都から届いた、豪華すぎる式場案内と儀式の手順書。


 金箔だらけの紙束を見たときの彼女の顔は、忘れられない。


「無理です。絶対に途中で寝ます」


 真顔で言われて、笑いを堪えるのに苦労した。


「……結婚式の場所のことだが」


 口を開きながら、カウンターの木目を指先でなぞる。

 磨き込まれた木には、何度も人が手を置いた跡が、目に見えない形で残っている気がする。


「やはり、ここでやろう」


 ぽつりと落とした言葉に、リリアナが瞬きをした。


「ここ、って……このカフェで、ですか?」

「ああ。カフェと広場。皆が来やすい場所がいい」


 この店で、何度も笑ってきた顔。

 兵士たち、おばさまたち、子どもたち。行商人も、鍛冶屋も、元孤児の少年も。


 その全員に祝ってもらうなら、俺の館の大広間より、ここがふさわしい。


「王都の式場は、立派だろう」

「はい。すごく立派でした。立派すぎて、途中で倒れそうでした」


 想像だけで疲れたらしい彼女の顔に、苦笑が漏れる。


「俺は、立派な式より、いつもの顔ぶれの笑い声が聞こえる方がいい」


 それが本音だ。

 北の雪も、氷の風も、この店の灯りがあれば耐えられる。


 リリアナは、しばらく黙って私の顔を見ていた。

 やがて、ふわりと、雪解けみたいに柔らかい笑みを浮かべる。


「……いいですね。それ」

「そうか」


 胸の奥の緊張が、すとんと落ちる音がした気がした。


「じゃあ、決まりです。カフェと広場で、皆さんと一緒に。

 ……忙しくなりますね」


 言葉とは裏腹に、その声は嬉しそうだった。


「忙しいのは、得意だろう」

「ディルク様もですよ?」


 そう言って、カウンター越しに人差し指を向けてくる。


「この店と、広場と、私と。ぜんぶ守るって、さっき皆さんの前でも宣言していましたから」


「……そうだったな」


 逃げ道を自分で塞いだのは、他でもない俺だ。

 けれど不思議と、その重さは心地よい。


 カップの底に残った一口を飲み干す。

 穀物コーヒーの温かさが、喉から胸の中に落ちていく。


(王都がどう変わろうと、ここは俺が守る)


 カウンターの木の感触を確かめながら、静かにそう決める。


「……ディルク様?」

「何でもない。少し、考え事をしていただけだ」


 立ち上がりかけて、ふと、カウンター越しに手を伸ばす。


 リリアナの指先に触れ、すぐに離す。


「無理はするな。それだけだ」

「はい」


 彼女の返事は、穏やかで、揺るがない。


 外では、北風が窓を揺らしている。

 けれどこの小さなカフェの中だけは、どんな冬よりも暖かかった。


番外編2は、寡黙な辺境伯ディルク視点で、カウンター越しのささやかな時間と、「ここで式を挙げる」と決める瞬間を書いてみました。

豪華な式場ではなく、いつものカフェと広場で祝われる二人の未来を想像して、少しでも胸があたたかくなっていたら嬉しいです。

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