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「完結済」婚約破棄されて辺境に追放された悪役令嬢ですが、のんびりカフェを開いたら無愛想辺境伯様に溺愛されています  作者: 夢見叶
第4章 再会ざまぁと国を救うごはん

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番外編1 ノエルの婚約パーティ裏側レポート

 朝、カフェの前に着いて、入り口の札を見た瞬間、思わず目をこすった。


「……本日、貸切?」


 きれいな字で、そう書いてある。いつもの「いらっしゃいませ」の裏側だ。胸の奥が、じわっとくすぐったくなる。


(そっか。今日は、リリアナ様と辺境伯様の……)


 頭の中で、こそっと「婚約祝いパーティ」という単語を補う。声に出すと照れくさい。


 ドアを開けると、もうマリアが動き回っていた。


「ノエル、早いですね。助かります。ほら、これ、広場まで運んで」

「うわ、パンケーキの生地、多っ!」


 樽みたいなボウルに、生地がたぷたぷしている。今日の目玉、「雪解けパンケーキ」用だ。


「兵士さんたちも来ますし、子どもたちも。足りないより、余る方がいいでしょう?」

「そりゃそうだけどさ……腕がちぎれる……」


 ぶつぶつ言いながらも、ボウルを抱えて外へ出る。吐く息が白い。広場の真ん中には簡易の焚き火台が置かれ、兵士たちが鉄板を載せているところだった。


「悪いな、ノエル」

「今さらだよ、ロルフさん。今日一日こき使われる覚悟はできてます」


 言いながら、つい口元が緩む。


 少し前まで、この街で「貴族」といえば、面倒事と一緒にやってくる存在だった。

 でも今は違う。


 このカフェの「元・公爵令嬢」は、俺の雇い主で、弟を叱るみたいな顔で説教してきて、忙しいときは自分の分のパンも後回しにして動き回る人だ。


 だから、王都から偉い連中が来て、「戻ってきてくれ」だの何だの言ってるって噂を聞いたときは、正直、心臓が変な跳ね方をした。


(また、どっか行っちまうのかって)


 けど、その後すぐ、「嫌ですってきっぱり断ったらしいぞ」と聞いて。

 あの人なら言いそうだ、と妙に納得して、胸の奥が軽くなったのも覚えている。


     ◇


「ノエル、戻りましたか?」


 カフェに戻ると、カウンターの中から声が飛んだ。


 エプロン姿のリリアナ様が、いつもより少しだけ豪華なドレスを着ている。そこまで派手じゃないのに、髪にさしている小さな花と、左手の指輪がやたらと目立つ。


 視線が釘付けになってしまって、慌てて目をそらした。


「な、何ですか、その顔は」

「い、いや別に。今日の主役って感じだなって」

「主役は私だけではありませんよ? 皆さんのお祝いの日ですから」


 そう言って笑う顔は、やっぱりちょっといつもと違う。

 王都で何があったか、詳しくは知らない。けど、多分いろいろあって、それでもここにいるって決めた人の顔だ。


「ノエル、こっち手伝って。雪解けパンケーキのトッピング、あなたの方がセンスありますから」

「……買い被りですよ。俺、甘いの盛るのなんて、妹にせがまれたときくらいしか」

「その妹さんが喜ぶ盛り付けなら、きっと子どもたちも喜びます」


 ずるい言い方をする。断れるわけがない。


 皿に小さく焼いたパンケーキを重ねて、粉砂糖で雪みたいにお化粧して、ベリーをちょんとのせる。

 並んだ皿を見て、リリアナ様が目を細めた。


「いいですね。眺めているだけで、春が待ち遠しくなります」

「……そんな詩みたいなこと言われても」


 こそばゆくて、皿から視線を外した。


     ◇


 昼過ぎ。カフェの中は、もう人でぎゅうぎゅうだ。


 兵士たちの笑い声、エルザおばさんたちのおしゃべり、ミアのはしゃぎ声。

 そんな喧噪の真ん中に、ディルク様とリリアナ様が並んで座っている。


「では、僭越ながら、私から一言」


 いつも寡黙な辺境伯様が、グラスを持ち上げた瞬間、店内が一気に静まった。


「……俺は言葉が多い方ではない。だから、ひとつだけ」


 短い溜め。皆が息を飲む。


「リリアナを、この店を、この街を、これからも俺は守る。それだけだ」


 ざわっと、温かい空気が広がった。

 誰かが「それで十分だろう」と笑い、ぱちぱちと拍手が起こる。


 次々と祝辞が続き、とうとう俺の番が回ってきた。


「ノエルくんも、何か一言どう?」


 ラウルさんが、いかにも面白がっている顔でニヤニヤしてくる。

 逃げ場はないらしい。


「……じゃあ、ひとつだけ」


 グラスを持つ指が、少し震えているのを自分で感じる。


「リリアナ様」

「はい?」


 皆の視線が集まる。こんなに注目されるのは生まれて初めてだ。


「これからも……」


 一瞬、何を言うか迷う。

 この人に、何を願い、何を頼むのか。


 口から出たのは、ほとんど反射の言葉だった。


「これからも、ちゃんと働いてもらいますからね!」


 一拍置いて、店内がどっと笑いに包まれた。


「ノエル!」


 マリアがあきれたように言う。リリアナ様は、目尻を少し潤ませながら笑っていた。


「任されました。その代わり、ノエルも、ちゃんとご飯を食べて、ちゃんと寝てくださいね」

「子ども扱いしないでください!」


 言い返しながらも、胸の奥が、じんわり熱くなる。


(ああ、やっぱりここが俺の場所だ)


 誰かがくれた場所じゃなくて、自分で掴んだ仕事場。

 そして、ここにいたくて残った大人たちの背中。


 グラスを口に運びながら、こっそり決める。


(王都が何しようと、誰が何を言おうと。俺は、このカフェで、あの人の役に立てる人間になる)


 窓の外には、静かに雪が降っていた。

 その向こうで、どこかの王子様が悔やんでいようが知ったことじゃない。


 俺の主役は、ここのカウンターの向こう側だ。


     ◇


 夜。片付けが一段落した頃、俺はエプロンを外して頭を下げた。


「お疲れさまでした。先に帰ります」

「はい、今日は本当にありがとう。助かりました」


 リリアナ様が、少し疲れた顔で、それでもいつもの笑顔を向けてくれる。

 その左手で、さりげなく指輪を撫でたのを、見てしまった。


「……お幸せに」


 自然と、そんな言葉が口をついて出た。


 彼女は一瞬きょとんとしてから、照れくさそうに笑う。


「はい。みんなと一緒に、幸せになります」


 外に出ると、夜気が頬に刺さるほど冷たかった。

 でも胸の中は、不思議とあったかい。


「……よし。明日も働くか」


 降り積もる雪を蹴りながら、家路を急いだ。

番外編1はノエル視点で、リリアナたちの婚約パーティの「裏側」からお届けしました。

彼の胸の内や、カフェが彼の居場所になっていく過程を少しでも楽しんでいただけていたら嬉しいです。

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