第38話 カフェ閉店、婚約祝いの一日
翌朝のノルドハイムは白くて寒くて、カフェ前には開店前から常連さんが並んでいた。
(よし、言うなら今です)
私は深呼吸をして扉を開け、大きめの声を出した。
「本日ののんびりカフェは、通常営業はお休みです!」
「ええっ!?」「店長、それマジっすか!」
ロルフさんや兵士さん、おばさま方の声が一斉に上がる。
「朝の戦士の一杯がないなんて」「スープなしで雪かきしろってのかい」
「皆さま、落ち着いてくださいませ」
後ろからマリアが一歩進み出て、腕に抱えた招待状の束を掲げた。
「本日は、店長と閣下の婚約祝いパーティのため、貸し切り営業とさせていただきます。常連の皆さまは、お昼過ぎにお越しください」
「こ、婚約祝い……」「やっぱり本決まりだったのねえ」
視線が一斉に私の左手へ集まり、指輪がきらりと光る。顔が熱くなり、私は慌てて手を引っ込めた。
「参加費は?」と誰かが問うと、ノエルがすかさず前に出る。
「参加費は、笑顔とお祝いの言葉でいいっす。代わりに、腹ぺこで来てくださいね」
どっと笑いが起こり、空気が和んだ。
◇
扉を閉めると、店内は一気に戦場前モードになる。テーブルを端に寄せ、真ん中には立ち話用の丸テーブルを並べる。
「マリア、雪解けパンケーキの生地、《生活鑑定》しておきますわ」
「承知しました」
私はボウルに手をかざし、意識を集中させた。
《生活鑑定》
対象:雪解けパンケーキ(婚約祝い仕様)
体温 +2 満腹感 +2 幸福感 +3
(うん、食べすぎて動けなくならない、ちょうどいいライン)
「ノエル君、戦士の一杯ライト版の出来は?」
「肉少なめでも、ちゃんと腹にたまる感じっす。今日は戦わない日なんで、重さはこのくらいで」
「雨宿りポタージュは、冷えと緊張に効くようにハーブを調整しました」
鍋から立ちのぼる湯気に鼻をくすぐられながら、私は店全体を見渡す。奥では、上着を脱いだディルク様が、無言でグラスを並べていた。
「ディルク様、領主様なのに、そんな雑用まで」
「お前の店の祝いだ。俺にも働かせろ」
短い言葉なのに、胸の奥がふわりと温かくなる。
◇
やがて鈴がひっきりなしに鳴り始めた。
「おじゃましまーす!」「花、持ってきたぞ」「差し入れのハムだ、何かに使ってくれ」
兵士たち、おばさま方、子どもたち。猟師頭のグンターさんまで、樽ごと薪を抱えて入ってくる。
「火なら足りておりますけれど」
「祝いに焚き火を増やしてやる。外で子どもらが冷えねえようにな」
ぶっきらぼうに言いながら、店内をぐるりと見渡し、ぽつり。
「ふん。相変わらず、いい匂いだ」
それは、この店への最大級の褒め言葉だ。
「グンターさん、奥の席をご用意してあります。今日はライト版で、胃袋にも休暇をあげてくださいませ」
「……まあ、祝いの日ぐらいは従ってやるか」
カウンターではラウルさんが穀物コーヒーを飲んでいる。私はくすりと笑い、《生活鑑定》を店全体に広げた。
《生活鑑定》
対象:のんびりカフェ(婚約祝いパーティ中)
暖かさ 高め 安心感 高め 幸福感 +3→+4
(いい感じです)
ミアがパンケーキを見つけて跳ねる。
「リリアナおねえちゃん、このふわふわのやつ、また作ってくれたの?」
「ええ。今日は特別に、ベリー多めですよ」
「やった! お嫁さんになる前にいっぱい食べないと!」
「お嫁さんになる前?」
思わず聞き返すと、ミアは当たり前の顔でうなずいた。
「だって、指輪してるもん。お嫁さんになる人の指輪でしょ?」
周りから笑いが起こり、私は顔まで熱くなる。
◇
ひとしきり食べて笑った後、ノエルが木製カップを指で鳴らした。
「静粛にー。本日は、我らが店長と閣下の婚約祝いにお集まりいただき、ありがとうございます!」
「ちょっとノエル君、いつ司会になったんですの」
「こういうのは、若いもんの役目っす」
みんなの視線がこちらへ集まる。私は一度息を吸い、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「改めまして、元公爵令嬢、今は辺境のカフェ店主のリリアナです。王都を追放されたときは、自分の居場所なんてどこにもないと思っていました」
みんなの顔が見える。
「でも、カフェを開いて、皆さまに通っていただいて……今は胸を張って言えます。ここが、私の居場所です」
拍手がわっと広がった。隣でディルク様が、静かに頷いてくれる。
「ではマリアさん、一言どうぞ」
「ノエル君、急ですね」
マリアは私を見つめ、小さく笑った。
「……リリアナ様が、今のように笑っていらっしゃるのを見られて、本当に良かったです。これからも、おそばでお仕えできれば幸いです」
「マリア……ありがとう」
「次、ノエル」
「うわ、やっぱ来た」
頭をかきながら前に出てきた彼は、視線を泳がせつつ言う。
「店長、閣下、婚約おめでとうございます。その、店長が幸せなら、別にいいっすよ。いいっすけど」
「けど?」
「これからも、がっつり働いてもらいますからね。サボったら、買い出し用ソリに乗せて街中引き回しますから」
「脅し混じりの祝辞、ありがとうございます」
笑いが起こり、ラウルさんが最後にカップを掲げた。
「この街にこのカフェがあって、本当に良かった。ここで一杯飲めば、また頑張れる。俺はそう思ってる」
胸の奥がじんわりと熱くなり、私は深く頭を下げた。
◇
日が傾き、最後の客を見送ると、店内には静けさが戻った。片付けを終えたマリアとノエルがエプロンを外す。
「では、私たちはこれで」「あとは新婚約さんたちでごゆっくり」
「最後の一言が余計ですわ」
二人が階段を上がっていき、カフェには私とディルク様だけが残る。ランプと外の雪明かりが、カウンターを柔らかく照らしていた。
「疲れてないか」
「少し。でも、良い疲れです」
穀物コーヒーを一口飲んだところで、ディルク様がふと口を開いた。
「結婚式は、ここでやろう」
「……ここで?」
思わず聞き返すと、彼はいつも通りの無表情でうなずく。
「お前の居場所はここだろう。なら、一番似合う場所で迎えた方がいい」
胸の奥が、ぽうっと熱を帯びる。
「……はい。ここで、お願いいたします」
カウンターの木目と湯気、外の静かな雪景色。全部が、私の選んだ日常だ。
(王都がこれからどうなっても。この店の灯りと味だけは、変わらない)
そう心の中でそっとつぶやき、私はもう一口、いつものノルドハイムブレンドを味わった。
お読みいただきありがとうございます!
ついに婚約お披露目パーティ回でした。
追放から始まったリリアナの物語が、「ここが居場所」と言えるところまで来られて感無量です。
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