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「完結済」婚約破棄されて辺境に追放された悪役令嬢ですが、のんびりカフェを開いたら無愛想辺境伯様に溺愛されています  作者: 夢見叶
第4章 再会ざまぁと国を救うごはん

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第37話 涙と笑顔の別れ、そして正式な婚約

 翌朝の広場は、白い息と蹄の音で満ちていた。


 王家の紋章旗を掲げた馬車が並び、兵士たちが荷を積み込んでいる。雪を踏む音が、「王都編おしまい」の合図みたいに響いた。


 胸の内だけでつぶやき、私はマントの襟をぎゅっとつかむ。


「リリアナ」


 背後から父の声がした。振り返ると、雪国用の外套をまとった父が立っていた。


「少し、時間をくれるか」


「……はい」


 二人で広場の外れまで歩く。踏みしめた雪が、控えめに鳴った。


「この数日、まともに話してやれなかったな」


「公爵としてお忙しかったのでしょう?」


「忙しさを言い訳にするのは、年寄りの悪い癖だ」


 苦笑と一緒に白い息が立ちのぼる。


「お前の顔を見て、ようやく腹が決まった。……幸せそうだ」


 不意の言葉に、胸の奥がじんわり温かくなった。


「辺境に送られたと聞いたあの日、お前を守れなかったことは、一生の悔いだ」


 あの大広間の冷たい空気がよぎる。けれど、以前ほど息苦しくはない。


「もう、大丈夫ですわ」


 私は雪空を見上げてから、父の瞳をまっすぐ見返した。


「あの日は痛くて、怖くて、悔しくて……全部投げ出したくなりました。でも、ここでカフェを開いて、皆さんに『美味しい』って笑ってもらって、気づきました」


 自分の胸元を握りしめる。


「今の私は、自分で選んだ場所にいます。ここで生きると決めたのは、私自身ですから」


 父の肩がわずかに揺れた。


「……そうか」


「王都に連れ帰ることも、一瞬は考えた。だが――」


「それは、お断りしますわ」


 思わず言葉がかぶる。父は目を瞬かせ、それから苦笑した。


「だろうな。昨日の様子を見ていれば分かる。お前はもう、王都の『飾り』ではない。この雪の街で、自分の足で立っている」


「はい」


 短い返事なのに、胸が軽くなる。


「私は、公爵としても父としても、あの日の選択を抱えたまま生きていく。だが、今のお前を見られたことで、少しは救われた」


「……ありがとうございます」


「それとな」


 父は視線をそらし、わざとらしく咳払いをする。


「ここで店を続けるなら、ほどほどに休め。昨夜、辺境伯と話したが、あやつも相当な仕事中毒だ。二人して倒れられては困る」


「っ……善処します」


 図星すぎて目をそらすと、父は少しだけ意地悪そうに笑った。


「娘を託す以上、そのくらいの注文はさせてもらう」


「はい」


 今度は深く礼をしてから、私は広場へ戻った。


   ◇


 出立の準備はほとんど終わっていて、クラリス様がこちらへ駆け寄ってくるところだった。


「リリアナ様! 短い間でしたが、本当にありがとうございました」


「こちらこそ。どうか、お体に気をつけて」


 握った手は冷たいのに、芯はしっかりしている。


「頂いたレシピも、ご提案も、宝物です。いつか、ちゃんと形にしてお返ししますね」


「きっとできますわ。王都のごはんが、少しでもあたたかくなりますように」


 クラリス様はうるんだ目で笑い、馬車へ戻っていった。


 アルバート殿下は、乗り込む直前に一度だけこちらを振り返り、静かに頭を下げる。その唇が「ありがとう」と動いた気がした。


 やがて馬車が動き出す。蹄と車輪の音が、雪の向こうへと遠ざかっていく。


(これで、本当に元婚約者ルートはクリア、かな)


 胸の奥がすうっと軽くなった。


「終わったな」


 隣に立つ気配に振り向けば、ディルク様がいた。


「お疲れではないか」


「少しだけ。でも、いい疲れ方です」


 私が笑うと、彼もかすかに口元を緩める。


「ならいい。……リリアナ、少し付き合え」


「え? どこへ?」


「すぐそこだ」


 そう言って歩き出した背中を、私は慌てて追いかけた。


   ◇


 連れて来られたのは、表通りから一本外れた路地裏だった。少し先に、私のカフェの看板が見える。


「……ここ、ですか?」


「ああ」


 ディルク様は周囲を一瞥し、それから真っ直ぐ私を見た。


「王都でも言ったが、婚約の届けはもう出した」


「はい。あの場で、しっかり聞きました」


「だが、本来は順番が逆だ」


 そう言って、彼はコートの内ポケットから小箱を取り出す。蓋が開き、細い銀の指輪と小さな宝石が雪明かりを受けて光った。


 喉がきゅっと鳴った。


「リリアナ・フォン・グランツ」


 名前を呼ばれ、背筋が伸びる。


「お前はこの街で店を開き、人を支えている。瘴気が押し寄せても、お前の店の灯りは消えなかった。兵も民も、あそこで息をついて、また前に進んだ。……俺もだ」


「ディルク様も?」


「ああ。お前の穀物コーヒーがなければ、何度か倒れていた」


 胸の奥が、じわりと熱くなる。


「だから」


 彼は指輪を摘まみ、手を差し出した。


「お前が望むスローライフを、俺に守らせてくれ」


 飾り気のない言葉が、真っ直ぐ胸に落ちた瞬間、視界がふわりと滲む。


「……すみません、嫌で泣いてるわけじゃなくて」


「知っている」


 短い返事と一緒に差し出されたハンカチを受け取りながら、私は笑いながら泣いた。


「ここが、私の居場所です」


 ずっと胸の中にあった言葉が、自然とこぼれる。


「辺境の小さなカフェで、皆さんにごはんを出して、ディルク様の隣で生きていきたい。……お嫁さんとして」


 一気に言い切った途端、顔から火が出そうになった。


 ディルク様は短く息をのみ、それから口元を緩める。


「よろしければ、ではない」


「え?」


「もう、逃がさん」


 低く囁かれ、心臓が跳ねる。そのまま左手の薬指に指輪が滑り込み、ぴたりと収まった。


「これで、正式に俺の婚約者だ」


「とっくに書類上はそうでしたけれど……はい。よろしくお願いします」


 返事をすると、彼はそっと私の額に唇を触れさせた。雪の冷たさの中で、その温もりだけがくっきりと残る。


   ◇


 その夜、閉店後のカフェで、私たちはささやかに婚約を祝った。穀物コーヒーの湯気が、静かな店内に立ちのぼる。


「結婚式は、ここでやろう」


 カップを見つめたまま、ディルク様がぽつりと言った。


「えっ、このカフェで、ですか?」


「お前の城だろう。一番大事な日もここがいい」


 胸がじんわり温かくなる。


「……すてきです。その日まで、この店を守ります」


「俺もだ」


(王都がどう変わっていっても、この店の味と灯りは変わらない)


 確信とともに、私はカップを両手で包み込む。


 涙と笑顔の別れのあとに残ったのは、小さな指輪と、二人で守っていく日常の約束だった。


ここまでお読みいただきありがとうございます!

ついにリリアナとディルクが正式に婚約しました。ここからが本当にのんびりカフェスローライフ本編のつもりです。


「続きも読みたい」と思っていただけましたら、ぜひ評価&ブックマークで応援してもらえると、作者が本気で跳ねて次話を書き飛ばします。

これからも二人の日常を一緒に見守っていただけたら幸せです!


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