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「完結済」婚約破棄されて辺境に追放された悪役令嬢ですが、のんびりカフェを開いたら無愛想辺境伯様に溺愛されています  作者: 夢見叶
第4章 再会ざまぁと国を救うごはん

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第35話 辺境伯の宣言 リリアナは俺の婚約者だ

 私の「嫌です」が落ちてから、部屋の空気はぴたりと止まっていた。


 楕円のテーブルを挟んで向かい合う私たちと、王都一行。

 暖炉の火のぱち、と弾ける音だけが妙に大きく響く。


「……リリアナ。本気で言っているのか」


 沈黙を破ったアルバート殿下の問いに、私は背筋を伸ばした。


「はい。本気です」


 殿下の喉が、ごくりと鳴る。隣のクラリス様が小さく肩を震わせ、父は難しい顔のまま目を伏せていた。


 気まずさで胃が縮む。でも、ここで曖昧に笑ったら、また前みたいに流されてしまう。

 膝の上で組んだ手に力を込めたその時――隣で椅子がきしんだ。


 ディルク様が立ち上がり、テーブル越しに一歩前へ出る。

 いつもの無表情なのに、その存在だけで場の中心が塗り替わっていく。


「その必要はない」


 低い声が、静まり返った空気を震わせた。


「リリアナは、俺の婚約者だ」


 ……はい?


 一瞬、自分の耳を疑う。婚約者って、今、婚約者って言った?


 皆の視線が一斉に私たちに注がれ、別の意味で部屋が凍りついた。


「……どういうことだ、ディルク辺境伯」


 絞り出すような殿下の声に、ディルク様は淡々と答える。


「そのままの意味だ。彼女はノルドハイムにおいて、俺の伴侶として迎えると決めた。

 すでに王都にも、婚約の届けは出してある」


「……は?」


 今度こそ、間抜けな声を上げたのは私だ。


「ちょ、ちょっと待ってください。婚約の届けって、いつの間に……!」


 椅子から半分立ち上がって問いただすと、ディルク様はわずかに眉尻を下げた。


「言う機会を逃していた。悪かった」


「機会、というか、それは立派な事後報告です!」


 胸の鼓動がうるさい。嬉しさと怒りと混乱がごった煮になって、落ち着く暇がない。


「勝手な真似を。王家と公爵家の承諾なく、そのような――」


 殿下が声を荒げかけたところで、ディルク様がぴしゃりと遮った。


「勝手ではない。国王陛下には正式に伺いを立てた。

 『辺境でこの者を保護し、ゆくゆくは伴侶とする意志がある』とな。

 返答は、『当人と父親が納得するならば問題ない』、だった」


 そこで視線が、公爵家の父へと向かう。


 父は静かに瞼を閉じ、長いため息を一つ落としてから、顔を上げた。


「……陛下からの書状は、確かに受け取っている」


 低く落ち着いた声が部屋に広がる。


「グランツ公爵」


 アルバート殿下の呼びかけを、父は軽く受け流し、そのまま私とディルク様を見据えた。


「ディルク辺境伯。お前の覚悟は、書状からも伝わってきたつもりだ。

 それに、この場でそれを口にする胆力もな」


 皮肉めいた言葉とは裏腹に、その表情にはうっすらと安堵が浮かんでいる。


「だが――」


 父の視線が、真正面から私を捉えた。


「最後に決めるのは、リリアナ。お前だ。

 王太子殿下の言葉でも、辺境伯の宣言でもなく、自分の意思を聞かせなさい」


 胸の奥が、じんわりと熱くなる。


 まだ小さな棘は残っている。それでも私は、そっと息を吸い込んだ。

 もう振り返らないと決めたのだ。


 椅子から立ち上がり、深呼吸をひとつ。


「私の意思は――」


 テーブルを挟んで、皆の視線が集まる。


「ノルドハイムで、ディルク様の婚約者として生きていきたい、です」


 震えないように気をつけた声が、思ったよりはっきりと響いた。


「ここでカフェを開いて、皆さんにごはんやお菓子を出して……

 その日々が、私の大切な生活です。

 それを守りたいから、辺境伯様の隣に立ちたいと思います」


 言いながら、ちらりとディルク様を見上げる。

 無表情気味の横顔が、ほんの少しだけ緩んだように見えた。


 父は短く笑った。


「……そうか」


 椅子から立ち上がり、今度はディルク様に向き直る。


「ディルク・ノルドハイム辺境伯」


「なんだ」


「娘を託す以上、こちらも容赦はせん。

 リリアナは、王都でも辺境でも、自分の足で立てるように育ててきたつもりだ。

 それでも、娘は娘だ。泣かせたりしたら、さすがのお前でも許さんぞ」


 思わず「お父様」と声が漏れる。


 ディルク様は、少しだけ目を細めて頷いた。


「約束しよう」


 短く、それだけ。


「俺は、この領と同じように、彼女の居場所も必ず守る。

 泣かせるとしたら……嬉し涙だけで十分だ」


 さらっと爆弾みたいな台詞を投下するのはやめてほしい。


 顔に一気に血が上って、足先まで熱くなる。テーブルの下でこっそり足をばたつかせた。


 アルバート殿下は、拳を握りしめたまま黙っていたが、やがてゆっくりと立ち上がる。


「……そうか。完全に、俺は遅かったんだな」


 絞り出すような声。

 その横で、クラリス様がそっと裾を握った。


「アルバート様」


「分かっている」


 殿下はクラリス様の手に、自分の手を重ねる。

 その仕草に、もう私の入る余地はどこにもない。


 胸の奥が、少しだけちくりとした。けれど、それ以上にほっとしている自分もいる。


 クラリス様が、潤んだ瞳で一歩前に出る。


「リリアナ様。……おめでとうございます」


「ありがとうございます。クラリス様も、どうかご自分を大切になさってください」


 交わした言葉はそれだけなのに、胸の中で長かった何かが音を立ててほどけていく。


 この部屋はもう、「断罪された元婚約者」と「それを悔いる王太子」が向き合う場ではない。

 辺境伯とその婚約者が、王都とどう向き合うかを決める場所になったのだ。


 ふと、テーブルの下で指先に温もりが触れた。

 ディルク様の大きな手が、遠慮がちに私の指を包み込む。


「……嫌なら、離す」


 小さく告げられて、私は首を横に振った。


「嫌じゃ、ないです」


 それが、未来への返事になればいい。


 北の辺境の、小さなカフェを切り盛りする女主人。

 そして、無愛想で不器用な辺境伯の婚約者として――

 私はここからの人生を選んだのだと、静かに噛みしめた。

ここまで読んでくださりありがとうございます!

リリアナの「嫌です」から、ようやく過去に区切りがつき、正式に辺境伯様の婚約者になりました。

これからはカフェののんびり日常と、王都との駆け引きがさらに動いていきます。

続きが少しでも気になると思っていただけましたら、評価・ブックマーク・感想をいただけると励みになります!


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殿下変わり身早すぎワロタ
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