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「完結済」婚約破棄されて辺境に追放された悪役令嬢ですが、のんびりカフェを開いたら無愛想辺境伯様に溺愛されています  作者: 夢見叶
第4章 再会ざまぁと国を救うごはん

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第32話 元婚約者一行、雪の街に現る

 王家の紋章旗が、雪の街を揺らした。


「リリアナ殿。閣下がお呼びです。至急、領主館へ」


 仕込み中のカフェに飛び込んできた兵士は、白い息を切らしてそう告げた。通りの先に、豪奢な馬車の影が見える。屋根の上で翻る赤い旗。金の紋章。


(……本当に、来たんだ)


 父からの手紙。聖女クラリスの過重な任務と、王都の危機。それを読んだとき覚悟はしていたが、現物の旗を見れば胃がきゅっと縮む。


「マリア、店をお願いします」

「承知しました。……リリアナ様」

「大丈夫です。ただの話し合いですよ」


 厚手のコートを羽織り、私は雪の上に踏み出した。


      ◇


 領主館の前には、黒い馬車が横付けされていた。扉をくぐったところで、低い声が私を呼ぶ。


「リリアナ」


 振り向けば、黒いマントの男。ノルドハイム辺境伯、ディルク様だ。


「呼びつけて悪い」

「いいえ。王都からの客人、ですよね」

「ああ。王太子殿下と聖女殿、それから……お前の父君だ」


 最後の一人に、胸の奥がひときわ強くざわつく。


「お前も同席してくれ。席は俺の隣だ」


「えっ」


 思わず間抜けな声が出た。


「その……後ろの方で静かに見ている、ではなく?」

「お前の居場所は、ここだからな」


 当たり前のように言われて、言葉が喉で止まる。


 王都では断罪された公爵令嬢。ここでは、小さなカフェの店主で、領主が守るべき誰か。


「……はい」


 私は小さくうなずいた。


      ◇


 領主館の大広間は、壁にノルドハイムと王家の紋章旗が並び、いつもより少しだけ華やかだった。


 長いテーブルの片側、上座にディルク様。その隣に、私用の椅子が一脚。


 向かい側には、王都からの一行が並んでいる。


 金の髪を整えた青年。かつての婚約者、アルバート殿下。


 その隣で、小さく身を縮めている栗色髪の少女。聖女クラリス。


 そして、灰色の瞳をした男。グランツ公爵家当主、私の父。


「……久しぶりだな、リリアナ」


 先に口を開いたのは、アルバート殿下だった。以前よりやつれて見える。


 私は立ち上がり、礼儀通りに裾をつまんで一礼した。


「お久しゅうございます、アルバート殿下」


 それだけ。余計な言葉も、感情も添えない。


(ゲームだったら、ここで泣きながら縋るイベントだったんだけどね)


 前世の記憶が、心の中だけで冷静にツッコミを入れる。


「……リリアナ」


 父が、小さく名を呼んだ。


「お久しゅうございます。お父様」


 頭を下げると、父は一瞬だけまぶしそうに目を細めた。その意味を考えるのは、今ではない。


「座れ」


 ディルク様が椅子を引く。私は促されるまま、彼の隣に腰を下ろした。


「ディルク殿」


 父が目を細める。アルバート殿下も、わずかに表情を引き締めた。


 その視線を真正面から受け止めながら、ディルク様は無表情に口を開く。


「先に言っておこう。リリアナは、この領の大切な人間だ」


 静かな声が、大広間に響いた。


「王都でどう扱われていたかは関係ない。ここでは俺の客であり、仲間であり、領民だ。彼女を傷つける言葉は、誰であろうと許さん」


(うちの辺境伯、かっこよすぎません?)


 内心で転げ回りながら、私は必死で顔の筋肉を制御した。


 アルバート殿下は、苦い笑みを浮かべる。


「……そこまで信頼されているとは、知らなかった」

「それだけのことをしてもらったからな」


 ディルク様は淡々と返し、その視線をこちらへ送ってくる。


 私は小さくうなずき返した。


      ◇


 形式的な挨拶が交わされたあと、アルバート殿下が改めて口を開いた。


「まずは、現状の報告をさせてほしい」


 瘴気の濃度が増していること。魔物の出現が相次ぎ、街道も王都も消耗していること。聖女クラリスの力だけでは、もう支えきれないこと。


 そのたびに、クラリスは小さく身を縮めていた。顔色は悪く、肩が震えている。


「わ、わたしの力が足りないせいで……」


 か細い声。以前の、甘えるように笑っていた少女とは違っていた。


 私は彼女と目が合わないよう、視線をテーブルへ落とす。


「本題に入ろう」


 父の低い声が、場の空気を締めた。


「本日の目的は、辺境の『カフェ聖女』に協力を仰ぐことだと聞いている。殿下」


「ああ」


 アルバート殿下は、私をまっすぐ見た。


「リリアナ。国は今、危機に瀕している。聖女クラリスの補佐として……いな、王都を立て直すために、きみの知恵と力を貸してほしい」


 懇願と責任が混ざった瞳。それでも、以前のような軽さはもうない。


 私は一拍置き、ゆっくりと口を開いた。


「身に余るお申し出、痛み入ります。ですが」


 そこで、隣のディルク様を見る。彼は何も言わず、静かにこちらを見守っている。


 ここが、私の居場所。


「詳しいお話をうかがう前に、一度、整理する時間をいただけますか」


 アルバート殿下の眉が、わずかに動いた。


「……分かった。こちらからも、資料を用意しよう」


 父が小さくうなずく。


「では、本日はここまでとしよう。続きは明日、またこの場で」


 そうして、初日の会談はお開きになった。


      ◇


 大広間を出て歩く廊下は、さっきまでの緊張が嘘のように静かだった。窓の外では、細かな雪が舞っている。


「疲れたか」


 隣を歩くディルク様が、ぽつりと尋ねた。


「少しだけ。けれど……大丈夫です」


 私は胸に手を当て、小さく息を吐く。


「明日、ちゃんと答えを出します」


「ああ」


 短い返事。でも、その一言に、変わらない信頼がこもっていた。


 雪の街に現れた元婚約者一行。過去と現在と未来が、静かな辺境で交差しようとしている。


 その中心で、私は自分の選ぶべき場所を確かめようとしていた。


ここまで読んでくださりありがとうございます!

王都組がついに辺境へ乗り込み、リリアナの前でそれぞれの「今」が顔を見せ始めました。

あなたなら、どんな答えを選びますか?

続きが気になると思っていただけたら、★評価やブックマーク、ひと言感想をいただけると、とても励みになります。

次話も全力で甘く波乱に書いていきますので、お付き合いいただけたら嬉しいです!


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