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「連載版」婚約破棄されて辺境に追放された悪役令嬢ですが、のんびりカフェを開いたら無愛想辺境伯様に溺愛されています  作者: 夢見叶
第1章 婚約破棄と辺境行き

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第4話 無愛想辺境伯ディルク様との出会い

 ガタゴトと揺れる馬車の音にも、少しずつ慣れてきたころ。


 ふとカーテンをめくると、世界が白で塗りつぶされていた。

 一面の雪。凍った森の向こう、小さな煙突から白い煙がいくつも立ちのぼる。


「……わあ。ほんとに真っ白」


 思わず、素直な声がこぼれた。


(でも、静かでいい。前世のオフィスより、百倍マシ)


「リリアナ様」


 向かいの席の護衛隊長が、窓の外を見やる。


「もうすぐ、辺境伯の領都です」

「分かりました」


 私は膝の上で手を組み、こっそり深呼吸をする。


(さあ、辺境スローライフ本編。まずは初対面で変な印象を与えないこと)


 そんなことを考えているうちに、馬車の速度が落ち、外から号令が飛んだ。


◇ ◇ ◇


 馬車を降りた瞬間、頬を刺すような冷気が飛び込んできた。


 高い石造りの城壁。その前で、厚手のコート姿の兵士たちが整列している。

 その列から半歩前に、ひとりの男が立っていた。


 黒髪。無表情。肩にかかるマントには、雪が薄く積もっている。


(わ、こっち系のイケメン)


 脳内で、思わずジャンル分けが走る。


(無口寡黙武骨枠……!)


 護衛隊長が一歩進み出て、胸に手を当てた。


「ノルドハイム辺境伯閣下。王都より、公爵令嬢リリアナ・フォン・グランツ様をお連れしました」


「ご苦労だった」


 短い一言。低く抑えた声なのに、雪混じりの空気の中でもはっきり響く。


 黒曜石みたいな瞳が、まっすぐこちらを射抜いた。


「リリアナ・フォン・グランツ」


 名前を呼ばれ、私は裾をつまんで一礼する。


「この度はお世話になります、辺境伯ディルク様」

「……辺境伯ディルク・ノルドハイムだ。寒い、続きは中で話そう」


 それだけ言って踵を返す背中を、私は兵士たちに守られながら追った。


◇ ◇ ◇


 通されたのは、城壁内の小さな応接室だった。


 暖炉の火がぱちぱちと燃え、分厚いカーテンが外の冷気を遮っている。豪華ではないが、きちんと整えられた部屋だ。


 ディルク様は椅子に腰を下ろし、向かいに座るよう顎で示した。


「長旅だったな」


「お心遣い、感謝いたしますわ」


 姿勢を正す私の前で、彼は机の上の書類に視線を落とす。


「王都からの書状は読んだ。公爵令嬢リリアナ、聖女クラリスへの非行により婚約破棄、北方辺境へ追放……」


 そこで一度、言葉が切れる。

 ディルク様は小さく息を吐き、書類を伏せた。


「だが、ここでの扱いは別だ」


 黒い瞳が、まっすぐこちらを向く。


「お前は罪人ではない。この領では、俺の客だ。自由にしていい」


「…………え?」


 思わず、情けない声が漏れた。


(今、何て言った? 罪人じゃない? 自由?)


 断罪ざまぁ系ゲームで育った身としては、聞いたことのないセリフだ。


 なのに、目の前の辺境伯は淡々と続ける。


「もちろん、領内の決まりは守れ。森の奥にひとりで入るな。夜間に出歩くな。それはここに住む者全員に言っていることだ」


「……はい」


「住まいは街中に家を1軒用意してある。管理と身の回りは、こちらの者に任せる。何かあれば俺か家宰に伝えろ」


(優しい……というか、普通に常識的な大人だ)


 断罪イベントでまともな大人に会えるとは思っていなかった私は、内心で大混乱だった。


「言っておきたいことがあれば、聞こう」


 促され、私は少しだけ息を吸い込む。


「聖女クラリス様に、厳しくしたことがあるのは事実です。でも、祈りを邪魔したり、閉じ込めたりした覚えはございません」


 感情を抑え、事実だけを簡潔に並べた。


「信じてほしいとまでは申しません。ただ、ここで暮らすにあたって、最初にお伝えしておきたくて」


 ディルク様はしばし黙り込み、じっとこちらを見つめる。


 責めるでも、同情するでもない、静かな視線。


「……王都の判断は王都の都合だ」


 やがて、ぽつりと一言。


「ここで必要なのは、この土地を守る者と、この土地で生きようとする者。お前が後者であるなら、それでいい」


 胸の奥で、何かがふっと軽くなった。


(この人、私を「悪役令嬢」じゃなくて、「ここで生きる1人」として見てくれてる)


 頬が少しだけ緩むのを感じながら、私は深く頭を下げた。


「でしたら、こちらでの生活、全力でがんばらせていただきますわ」


 もちろん、カフェ開業計画も含めて。


◇ ◇ ◇


 城壁の上は、いつも通り風が冷たい。


 見慣れた雪原を見下ろしながら、さっきの令嬢の顔を思い出す。


(聖女を虐げた悪女、か)


 王都から届いた書類には、そう書かれていた。

 祈りを妨げ、泣かせ、悪評を流した、公爵令嬢リリアナ。


 だが実際に会ってみれば、小柄で、どこか疲れた目をした娘だった。王都貴族にありがちな驕りも、派手な香りもない。


(思ったより、ずっと普通だな)


 断罪されたことを恨んで叫ぶでもなく、妙に落ち着いていた。

 聖女の件も、「覚えはない」とだけ簡潔に告げた。


「ここでの生活、全力でがんばらせていただきますわ」


 あの時の笑みは、諦めでも贅沢でもない。

 この土地で生きると決めた者の顔だった。


 書類の最後の一文が脳裏をよぎる。


「以後の処遇は、ノルドハイム辺境伯の裁量に委ねる」


(王都の都合で放り込まれた女を、今度は俺が見捨てるわけにはいかん)


 かつて王都に見放され、自力で立つしかなかったこの領地で、何人の人間を雪の下に送ったか。俺は、その重さを知っている。


 吐いた息が白くほどけ、遠くの灯りに溶けていった。


(守れるか──)

お読みいただきありがとうございます。


第1章第4話では、ついに無愛想辺境伯ディルク様との初対面でした。

王都から「悪役令嬢」として放り出されたリリアナを、あっさりと「罪人ではない」と言い切るディルク様……この先、少しずつ距離が縮まっていく予定です。


ここからは、街での生活やカフェ開業準備、そしてディルク様の不器用な優しさが、じわじわと顔を出していきます。

「続きが気になる」「この先も読んでみたい」と少しでも感じていただけましたら、


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次回も、リリアナののんびりだけど前向きな辺境ライフをお届けしますので、どうぞお付き合いいただけたら嬉しいです。

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