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「完結済」婚約破棄されて辺境に追放された悪役令嬢ですが、のんびりカフェを開いたら無愛想辺境伯様に溺愛されています  作者: 夢見叶
第3章 王都の影とカフェ聖女

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番外編1 カフェ見習い、戦士たちの朝を走る (ノエル視点)

 その朝、俺は鐘の音で目を覚ました。


「……なんだよ、まだ外暗いじゃん……」


 布団から這い出して窓の外を見た瞬間、眠気が吹き飛ぶ。


 北の空に、赤い煙が上がっていた。見張り塔の狼煙だ。


「魔物か!」


 心臓がどくんと鳴る。完全武装の兵士たちが、通りを駆け抜けていくのが見えた。


 こんな時、昔の俺なら家に閉じこもって震えてるだけだったと思う。

 でも今の俺には、走る場所がある。


「やっべ、急がないと。リリアナさんとこ!」


 服だけ引っつかんで着替えると、外の冷気に顔をしかめながら路地を駆けた。雪を踏みしめる音と、兵士たちの鎧のきしみが混ざり合う。


      ◇


 カフェの戸を開ける前から、中の熱気と匂いが分かった。


 肉と野菜とスパイスの、濃くてあったかい匂い。


「ノエル、来たわね!」


 カウンターの向こうで、リリアナさんがエプロン姿で振り向く。

 髪はいつもよりざっくりまとめていて、頬も少し赤い。すでに全力モードだ。


「今日、総出撃みたい。ここは臨時の後方拠点ってことでって、ディルク様から」


「うわ、マジで本気のやつだ……!」


 ストーブの横では、大鍋がいくつもぐつぐつと煮えている。

 マリアさんが手際よく味見をして、次々とパンと器を並べていた。


「ノエル君は、まず薪と水ね。あとは……そう、外の臨時カウンター用にテーブルを運びましょう」


「了解!」


 俺は返事をして、裏口から走り出る。

 冷たい空気の中で、さっきまでの眠気なんて跡形もない。


 俺の手で運んだ薪が、戦う人たちを温める。

 俺の手で運んだ水が、スープになる。


 そう考えると、胸の奥がじんわり熱くなる。


      ◇


 中央広場の端に、簡易の台を出して、布をかける。

 そこが今日だけの、戦士専用カウンターだ。


 息を吐くたびに白い煙が上がる。そこへ、鎧姿の兵士たちが列を作り始めた。


「こっち、空いてます! 順番にどうぞ!」


 自分でも驚くくらい大きな声が出た。

 昔なら、こんな大人に向かって叫ぶなんて無理だったのに。


 カウンターでは、リリアナさんがひたすらスープをよそい、穀物コーヒーを淹れている。

 《生活鑑定》ってやつで、ひとりひとりの顔色を見て、塩加減や濃さを変えているらしい。


 正直、俺には見えないけど。


「熱いから気をつけてくださいね。今日は、体力と集中力が持つように調整してあります」


 いつもより少しだけきゅっと結ばれた口元で、リリアナさんがそう言うと、兵士のおっさんたちが照れくさそうに笑う。


「カフェ聖女様のスープってやつだな」


「変なあだ名、誰が言い出したんですかもう」


 そう言いながら、リリアナさんの耳がほんのり赤くなる。

 そういうところ、ちょっと可愛いと思うのは内緒だ。


      ◇


「ノエル、そっちの列、カップ足りてる?」


「あと3個で切れる!」


「じゃあすぐ持っていくから、返却用を回収してきて!」


「任せろ!」


 俺は空になったカップを両手いっぱいに抱えて、雪を蹴る。

 兵士たちの鎧が肩に当たっても、もう怖くない。


「小僧、悪いな。助かる」


「へへ。飲んだらちゃんと返してよね。割ったら給料から引くから」


「給料もらってんのか、ちゃんとしてるな!」


 笑い声が、寒い空気を少しだけ温かくしていく。


 その中に、ひときわよく通る低い声が混ざった。


「列を詰めろ。時間がない」


 振り向けば、ディルク様がいた。

 いつものコートの上に鎧を着込み、マントの裾には雪がついている。


「ディルク様!」


 思わず背筋を伸ばした俺に、ディルク様はほんの少しだけ顎を動かした。


「ノエル。ここは任せた」


「……はい!」


 短い言葉なのに、ずしんと重い。

 でも、嫌な重さじゃない。


 任された。ちゃんと、戦ってる人と同じ場所で。


      ◇


 やがて、列は途切れた。


 広場の空気が一度静まり、次の瞬間、兵士たちが一斉に北門の方へ走り出す。

 鎧がぶつかり合う音、掛け声、雪を蹴る音。


 その背中を見送りながら、俺はぎゅっと拳を握った。


「……絶対、全員で戻ってこいよ」


 誰に聞かせるでもなく、小さくつぶやいた声は、湯気に紛れて消えた。


      ◇


 どれくらい時間が経ったのか、正直よく覚えていない。


 鍋をかき混ぜては味を見て、カップを洗って、薪を足して。

 気づけば、空は薄い灰色から、少しずつ明るくなっていた。


「戻ってきた!」


 誰かの叫び声に、心臓が跳ねる。

 北門の方から、泥と血と雪まみれの兵士たちが戻ってくるのが見えた。


 怪我をしている人もいる。肩を貸し合っている人もいる。

 それでも、その足取りははっきりしていた。


「お帰りなさい! 座れるところからどうぞ!」


 リリアナさんの声が響く。

 俺も、空いている椅子を引っ張り出して、次々にスープを配っていく。


「はい、戦士の一杯!」


「……生きて帰って、飲むのが目標だったんだ」


 カップを受け取った兵士が、笑いながらそう言った。

 その笑いは、さっきよりずっと柔らかい。


 隣でスープを飲んだ別の兵士が、小さく息を吐く。


「これ飲むとさ、不思議と怖いのがちょっと薄くなるんだよな」


「それ、多分塩分と温度と栄養と愛情のせいですよ」


 リリアナさんが冗談めかして言うと、周りの空気が少しだけ弛んだ。


 俺はカップを持つ手を見つめる。

 冷たいはずなのに、指先まであったかい。


 ここは戦場じゃない。剣も槍もない。

 でも、誰かが帰ってくる場所を守るのだって、戦うことだ。


「なあ、小僧」


 さっきも列にいた、髭面の兵士が手招きした。


「さっきのスープ、うまかった。今度、戦い抜きじゃなくて……休みの日にも飲みに来ていいか?」


「当たり前でしょ。次はもっと落ち着いて飲ませるから」


「約束だ。生きて、また来る」


 そう言って笑う顔を見ながら、俺は胸の中でそっと、同じ言葉を繰り返した。


(生きて、また来いよ)


 カフェの看板も薪もカップも、俺が守る。

 ここは、戦士たちの帰る場所で、俺の戦う場所だから。


      ◇


 夕方、やっと一段落した頃。


 片付けをしながら、リリアナさんがぽつりと言った。


「ねえ、ノエル。今日、すごく頼りになったわ。ありがとう」


「べ、別に。俺は走ってただけだし」


「走る人がいなかったら、スープもコーヒーも届かないもの」


 ふわっと笑う顔を見て、なんだか耳のあたりがむずがゆくなる。


「……じゃあ、次も走ってやるよ」


「次は、もう少し穏やかな理由で走れるといいわね」


「例えば?」


「新作おやつの試食とか」


「それは全力で走る!」


 思わず笑ってしまった声が、まだ少し冷たい夕焼け空に吸い込まれていった。


番外編1を読んでくださりありがとうございます!

今回はノエル視点で、「剣を持たなくても守れる場所がある」をテーマに書いてみました。

戦士たちの帰る場所としてのカフェを、少しでも好きになってもらえたら嬉しいです。

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