第29話 バフ料理の研究会
カウンターに、私の黒歴史ノートが広がっている。
背表紙には大きく「バフ料理研究ノート・その一」。
「……タイトルからして、ゲームの世界よね」
ページには、討伐帰りの騎士さんたちを《生活鑑定》した数字が並ぶ。
疲労度+5/体力−3/集中力−2/緊張度+4
「やっぱり、集中力と持久力と緊張……ここがボロボロなんだ」
丸をつけていると、マリアが覗き込んだ。
「また数字とにらめっこでございますか?」
「皆さんの“状態ログ”よ。前と今を比べる記録」
昨日の討伐帰りを思い出す。
カフェのスープを飲んだあと、集中力と体力のバーがにゅっと持ち上がったあの光景。
(あれを戦う前に少し底上げできたら……助かる命、増やせるかもしれない)
余白に大きく書き込む。
集中力+ 持久力+ 緊張度−
「……完全にバフだ、これ」
「ばふ、とは?」
「戦う人をちょっと強くするご飯、かな」
「でしたら、この店のお料理はすでに……」
「それを、もっと狙ってやる“強化版”よ」
私はノートを抱えて立ち上がる。
「ディルク様とクラウス隊長を捕まえて、作戦会議してきます」
◇
領主館の応接室。地図と報告書の横に、ぽつんと私のノート。
「……というわけで、討伐前に“バフ料理”を出したいんです」
一気に説明すると、クラウス隊長が腕を組んだ。
「討伐前後の数字を比べると、確かに集中力と持久力の落ちが大きいな」
「ここを料理で支えられたら、踏ん張れる場面が増えるはずです」
簡単なグラフを見て、彼はうなずく。
「兵の命がかかっているなら、協力は惜しまない。実験会をやろう」
隣でディルク様が、少しだけ心配そうな目で私を見る。
「危険が増えるなら却下だが、負担が減るなら歓迎だ」
「量も内容も、身体に優しい範囲で調整します」
「……お前が倒れるようなやり方はするな」
「気を付けます。マリアの監視付きで」
「お任せくださいませ」
「参加者は前衛組を数名、それから……そちらの密偵殿たちもどうだ」
クラウス隊長の視線が、隅のユリウスさんたちへ向かう。
「戦闘時の集中力は命ですからな。ぜひ参加させていただきたい」
「やった、無料試食だ」
「ミゲル、仕事中」
レナさんのひと言で、場が和んだ。
◇
実験会当日、カフェは臨時休業。
ノエルが書いた札には「本日、兵士さんと旅人さんのごはん実験中」。
厨房には湯気が満ちている。
「まずは、集中力アップスープ」
根菜と豆、香りの良いハーブ。前世で夜勤明けさんに人気だったブレンドを、この世界用に調整した。
「こっちは持久力おむすびですね」
マリアが雑穀と干し肉入りのおむすびを手際よく握る。
「で、問題の緊張ほぐしハーブミルク」
ノエルとミゲルが鍋をのぞき込んだ。
「これ、また眠くなるやつじゃないでしょうね」
「前のは完全に寝落ちドリンクだったし」
「何回も薄めて、落ち着くけど動ける線まで調整したから」
「寝そうになったら?」
「その場で鑑定して調整する」
二人はしぶしぶ試飲カップを手に取る。
「いただきます」
ごくりと飲んだ瞬間、ノエルの目が少しとろんとして、ミゲルが頬を掻いた。
「ふわっとしますけど、前よりは全然ましです」
「緊張ほどけるけど、体は動かせそうっす」
私は《生活鑑定》を起動し、二人の頭上に簡易ステータスを浮かべる。
緊張度−2/眠気+1/集中力±0
「うん、ギリギリセーフ。これなら採用」
バーが伸びたり縮んだりする光景の向こう側には、ちゃんと命がある。
◇
店内に鎧のきしむ音が満ちた。
クラウス隊長を先頭に前衛組、ユリウスさんたち密偵三人組、そしてラウルさんの姿も。
「噂の実験会と聞いてね。新メニューを見逃したら商人として恥でしょ」
「ラウルさん、今日は値切り禁止ですからね」
笑いで、緊張が少し溶けた。
「では、まず現在の状態を拝見しますね」
一列に並んでもらい、順番に《生活鑑定》をかけていく。
「今日は訓練だけなので疲労は中くらい。緊張は……ユリウスさん、少し高めですね」
「仕事柄、実験でも油断はできませんので」
ミゲルが小声で何か言いかけて、レナさんに肘で止められていた。
「まずは集中力アップスープ。ゆっくり味わってください」
ハーブと野菜の香りがふわり。騎士たちが慎重に口をつける。
「うまい。体が温まる」
「頭も、冴えてきた気がする」
再び鑑定すると、集中力バーがじわっと伸び、体力も少し上がっていた。
「集中力+2、体力+1。いい感じです」
続いて持久力おむすび。
雑穀と干し肉の旨味に、ミゲルの目がきらきらする。
「これ、遠征中に欲しいやつです」
持久力のバーがぐん、と一段伸びた。
最後にハーブミルク。
私は一人一人の様子を見ながら、ハーブの量を微調整して注ぐ。
「リラックス重視の方はこちら、緊張が高い方は少し控えめで」
飲み終えると、店内の空気がふっと柔らかくなる。
刺々しさが消えていた。
緊張ゲージが二段階ほど下がり、その横に「安心」のアイコンがぽんと灯る。
「これは……」
ユリウスさんがカップを見下ろし、息を吐いた。
「戦う前に飲めば、無駄な焦りを削ってくれそうだ。王都の兵にも、適用できればいいのだが」
その呟きに、ディルク様の視線がちらりと私へ向かう。
私は背筋を伸ばした。
「まだ試作品ですけれど、手応えはあります。次に大きな討伐がある時は、この“バフセット”を正式導入しませんか?」
クラウス隊長とディルク様が顔を見合わせる。
「兵の負担を減らせるなら、俺としては大歓迎だ」
「近いうちに、必ず機会が来る」
意味深な声と同時に、外の風が窓を鳴らした。
「……その予感、あまり当たってほしくないですね」
つい本音をこぼすと、ディルク様が口元だけで笑う。
「その時は、お前の料理が守ってくれる」
「守るのは皆さんの剣と盾です。私は、その横で、ちょっと背中を押すだけ」
「それで十分だ」
胸の奥が熱くなる。
マリアがこっそり脇腹をつついた。
「リリアナ様、耳が赤くなっておりますよ」
「なってません」
私はノートの最後のページを開き、さらりと書き込んだ。
戦士のためのバフ料理セット
試験成功。次の実戦で、本格運用予定。
(どうか、その時、誰も欠けませんように)
数字とバーの向こうにいる人たちを思い浮かべながら、私は静かにペンを置いた。
ここまで読んでくださりありがとうございます!
今回はリリアナの「バフ料理」お披露目回でした。
兵士たちの命綱になるごはん、気に入っていただけたでしょうか。
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