第28話 密偵バレと、カフェの逆尋問
その日も、あの旅人三人組はいつも通りに店へ入ってきた。
「いらっしゃいませ。本日は少し冷えるので、スープを濃いめにしてありますね」
私は笑顔の裏で《生活鑑定》をのぞく。
黒髪リーダー・ユリウスは「疲労+警戒心+」。
茶髪のミゲルは「幸福感+3」。
紅茶好きのレナは「好奇心+情報収集中」。
(うん、やっぱりただの旅人じゃない)
けれど、きちんと代金を払い、穀物コーヒーを味わってくれる常連客でもある。
私はカウンターから、そっと様子を見守った。
◇
「お嬢様」
洗い物をしていると、マリアが小声で袖をつまんだ。
「あの三人、やっぱり変ですよね。旅人なのに、帳簿の場所とか客の入りとか、じーっと見てて」
「質問も、役人っぽいよな」
ノエルもひょいと顔を出す。
「『領主様はどれくらい来るのか』『教会とは』とかさ。旅の話よりそっちばっか」
(……王都からの調査役、かな)
最近の「カフェ聖女」騒ぎを思えば、不思議ではない。
「でも、こっちから『密偵ですよね?』なんて聞けませんし」
「ですよねえ……」
ふたりが困っていると、奥の席から低い声が落ちた。
「心配するな。あいつらは最初から王都の密偵だ」
「ディルク様!?」
私たちがそろって振り向くと、ディルク様は穀物コーヒーを置き、淡々と続ける。
「王都情報部のやり口は分かりやすい。数日前から気づいていた」
「じゃあ、どうして放っておいたんですか」
「泳がせておいた。この店にどれだけ依存するか見ておきたくてな」
「性格悪くないですか!?」「そう思います!」
マリアとノエルの小声ツッコミに、私は苦笑する。
(でも実際、ほぼ毎日来てるし、ミゲルさんは『帰りたくない』って言ってたし)
「そろそろ頃合いだ。今日の閉店後に話を聞く。ここでな」
「ここで、ですか?」
「ここはカフェだ。剣は抜かせん」
きっぱりした一言に、私は心強さを覚えた。
◇
夕暮れ。最後のお客さんが帰り、扉の鈴の音が消える。
店内に残っているのは、密偵三人組と、私たちだけだ。
「本日の営業はここまでとなります。ありがとうございました」
私は表の看板を裏返し、扉に鍵をかける。
戻ると、ディルク様がすでに三人のテーブルの前に立っていた。
「さて」
低い声に、ユリウスがわずかに目を細める。
「そろそろ、本当の用件を聞かせてもらおうか。王都情報部殿」
ぴん、と空気が張りつめた。
レナは表情を消し、ミゲルは分かりやすく肩を跳ねさせる。
「……何のことでしょうか」
ユリウスはとぼけてみせるが、指先がカップをリズムよく叩いている。
「ここで暴れたところで、北門の兵がすぐ駆けつける。ここはそういう町だ」
「穏やかとは言いがたい状況ですね」
皮肉を返しながらも、ユリウスは剣に触れない。
そこで私は一歩前へ出た。
「お二人とも、落ち着いてください。ここは本当に、ただのカフェですから」
視線を向けてくるディルク様に、「任せて」と目で伝える。
「王都から派遣された方々なんですよね?」
問うと、ユリウスは黙って私を見つめた。
敵意よりも、様子を測る静けさがある。
「王都が大変だから、辺境の様子を確かめに来た。違いますか?」
私が言い切ると、一番に口を開いたのはミゲルだった。
「だってさ、王都、今ほんと大変なんですよ!」
「ミゲル」
「す、すみません。でも――」
ミゲルの口は止まらない。
「聖女様はほとんど寝てなくて、瘴気も増えるばっかで、殿下も重臣もピリピリで、まともにご飯食べてない人も多くて!」
「ミゲル」
二度目の制止でようやく黙るが、もう十分すぎる情報が出ていた。
(やっぱり……クラリス、限界なんだ)
胸の奥が痛む。
嘘をつかれたことは簡単に許せない。
それでも、彼女が必死に働いている姿を、私は知っている。
「王都の人たちも、ちゃんとご飯を食べられていないんですね」
思わずこぼれた言葉に、ユリウスが短く頷く。
「瘴気のひどい地域では、食料も不足しています。聖女様の浄化も追いつかない。だから、あなたの噂が届いた」
「私の、噂」
「『食事で瘴気を軽くする女がいる』と。……カフェ聖女、でしたか」
私は思いきり顔をしかめた。
「その呼び名、本気でやめてほしいんですけど」
「分かります」
マリアが即座に頷く。
「でも、来てみて納得しました」
レナがそっとカップを抱え込む。
「女の人が自分の場所を持って、誰かのために働く。……私、こういうの、すごくいいと思います」
「レナ」
「本音くらい許してください。ねえ、マリアさん」
「ふふ、私も最初は『お嬢様にカフェなんて』って思ってましたから」
女子トークの芽が出かけて、ユリウスが小さくため息をつく。
「……ともかく」
彼は胸元から小さなメモ帳を取り出した。
「こちらも、いつまでも隠し通せる立場ではありません。報告にはこう書くつもりです」
さらさらと、ペンが走る。
「『辺境ノルドハイムの一軒のカフェは、王国にとって“必要な場所”である』」
必要な場所。
その言葉が胸に落ちて、じんわりと広がる。
「私は、この店を守りたいです」
私は自然と口を開いていた。
「ここで暮らしている人たちのために。ディルク様のために。……そして、自分のために」
ユリウスが、少しだけ驚いたように目を見開く。
「王都がどう動くかは分かりません。しかし少なくとも私は、ここを敵と見なす気はない」
「ありがとうございます」
頭を下げると、ユリウスの表情がわずかに和らいだ。
「本来なら、尋問するのは私の役目のはずだったのですが」
「ここはカフェですから。質問も相談も、いつでも受け付けてますよ」
私は新しい穀物コーヒーを三つ淹れながら、笑う。
「王都にも、いつか。あったかいご飯を食べられる場所が増えるといいですね」
ぽつりとこぼした本音に、ユリウスの手が一瞬止まった。
「……その時のためにも、あなたの店のことを、きちんと伝えましょう」
その言葉に、小さな未来の気配を感じながら、私はカップを差し出す。
「それじゃあ、まずは――おかわり、いかがですか?」
ここまで読んでくださりありがとうございます!
密偵組との対話で、「カフェが王国にとって必要な場所」という言葉を書きながら、私自身も胸がじんわりしていました。
王都の状況や、クラリスとの因縁もいよいよ本格的に動き出します。続きが気になると思っていただけたら、ぜひブクマ&評価で応援してもらえると励みになります!




