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「完結済」婚約破棄されて辺境に追放された悪役令嬢ですが、のんびりカフェを開いたら無愛想辺境伯様に溺愛されています  作者: 夢見叶
第3章 王都の影とカフェ聖女

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第27話 偽旅人たちと、居心地の良さという罠



「……情報部の仕事って、たまに寒すぎません?」


 毛皮のフードを押さえながら、若い男がぼやく。末っ子密偵のミゲルだ。


「仕事に気温は関係ない」


 先頭を歩く黒髪の男、ユリウスが淡々と答える。


「王都から『辺境のカフェ聖女を確認せよ』と任務が下った。それだけだ」


「聖女って、あのクラリス様みたいな?」


 隣で歩くレナが、白い息を吐きながら首をかしげる。


「食事で瘴気を和らげる女だそうだ。教会筋は半分警戒、半分期待。俺たちは、反乱の芽かどうかを見極める」


「また物騒な」


 レナは肩をすくめ、ちらりと前を見た。


「でもさ。女の人が自分のお店を持って、そこで人を癒やしてるって話、ちょっと憧れるなあ」


「任務中だ、レナ」


「はいはい、分かってますって。ね、ミゲル?」


「俺はうまい飯が食えればだいたい賛成です」


「お前は少しは警戒しろ」


 ユリウスがため息をついたところで、城壁と門が見えてきた。雪に縁取られた石造りの街、ノルドハイムだ。


     ◇


「旅の方ですか? でしたら――」


 城門で通行証を確認した兵士は、三人をじろりと眺めたあと、にかっと笑った。


「この寒さなら、中央広場のそばのカフェが一番ですよ。暖炉もあるし、腹も満たせる。領主様もよく通う店でして」


「領主も?」


 ユリウスが小さく反復する。


「ええ、『のんびりカフェ』って店で。……あっしらもよく世話になってます」


 兵士の声には、隠しようのない誇らしさが滲んでいた。


 三人は互いに目配せする。


「……狙い通りだな」


 短くそう告げて、ユリウスは雪道を広場へと向かわせた。


     ◇


「いらっしゃいませ。本日も、のんびりカフェへようこそ」


 昼どきの波がひと段落したころ、私はカウンターの中で穀物コーヒーの粉を量っていた。


 扉の鈴が鳴り、見慣れない三人組が入ってくる。厚手のコートの裾には、街道の雪がまだ残っていた。


「お、お客さんだ。いらっしゃいっす!」


 ノエルが元気よく飛び出し、席へと案内する。


「旅の人? だったら、これがおすすめだよ。リリアナさん特製、旅の疲れほぐしセット!」


「旅の……?」


 黒髪の男が片眉を上げる。私は慌てて補足した。


「長旅で冷えた体に優しい、根菜と豆のスープと、自家製の香ばしい穀物コーヒー、それからハーブクッキーの三点セットですわ。塩分と水分、糖分をほどよく補給できますの」


「なんか説明が理詰めだ……」


 末っ子らしい青年がぽつりと漏らし、隣の女性がくすりと笑った。


「じゃあ、そのセットを三つ。あと、席は窓際で」


「かしこまりました」


 スープ鍋のふたを開けると、湯気と一緒に、根菜の甘い香りが立ちのぼる。


(寒さ対策:体温+2、 疲労−1。今日も数値は悪くないわね)


 《生活鑑定》の文字をちらりと確認しながら、私は三人分のトレイを用意した。


     ◇


「……うま」


 一口スープを飲んだ途端、ミゲルの肩から力が抜けた。


 彼はこっそりと掌を自分の胸に当て、《生活鑑定》を起動する。


 疲労:−2

 冷え:−2

 幸福感:+3


「顔が緩んでますよ、ミゲル」


「だって、これ……帰りたくなくなる味なんですよ……」


 思わず本音が漏れたところで、ユリウスの軽いデコピンが飛んできた。


「任務中だと言った」


「いだっ」


 レナは笑いを噛み殺しながら、穀物コーヒーの香りを深く吸い込む。


「……いい香り。焙煎してるのかな。ねえ、あのカウンターの人が店主?」


「さあな」


 ユリウスは視線だけを動かし、店内をぐるりと見渡した。


 炉端の席では、常連らしい老騎士が新聞を広げている。


 奥まったテーブルには、書類の束とマグカップ。無表情な男が穀物コーヒーを口に運びながら、静かに客席を見ていた。


(あれが、この領の辺境伯か)


 黒いコートの肩に乗る空気は、明らかにただの客とは違う。


 ふと、彼の灰色の瞳と視線がぶつかった。


 一瞬の沈黙。


 互いに、気付く。


(……こいつは、ただの旅人じゃないな)


(領主自ら偵察か。やりにくい店だ)


 しかしどちらも、表情一つ動かさない。ただ穀物コーヒーを一口すすり、それぞれの視線を自分の席へと戻した。


     ◇


「旅の方ですのね。寒さは大丈夫かしら」


 配膳の合間に声をかけると、レナがにこりと笑った。


「ええ、おかげさまで。こんなに落ち着くお店があるなんて、うらやましいです。貴族さまの店なのに、全然偉ぶってなくて」


「えっ」


「領主様もよくいらっしゃるって、門の兵士さんが教えてくれましたよ。みんな、この店の話ばかりで」


 そんなふうに言われると、くすぐったくてどこを見ればいいか分からない。


「それは……ありがたいことですわね」


 レナはそれ以上踏み込んでこず、代わりに隣の席のおばさまと世間話を始めた。


「この街には、長くお住まいなんですか?」


「もう三十年はいるわねえ。腰は痛いけど、この店に来ると楽になるのよ」


「まあ、素敵」


 さりげない会話の端々から、彼女は器用に情報をすくい取っているようだった。


 一方のミゲルは、クッキーをかじりながら、また小声で呟く。


「……やっぱり帰りたくない」


 ユリウスは、もはやツッコむ気力もないのか、穀物コーヒーをひと口飲んでから、静かに息を吐いた。


「長居はするなよ」


「はい」


 そう返事をしながらも、三人は気付けば、予定していた時間をとうに過ぎていた。


     ◇


 その夜。


 借りた宿の一室で、ユリウスは小さな油灯の下、暗号用の紙を広げていた。


「本日の報告。噂の中心は、領都ノルドハイムの一店『のんびりカフェ』」


 さらさらと、簡易暗号で文字が走る。


「店主リリアナ・フォン・グランツ。貴族身分を隠していないが、領民からの評判は概ね良好。敵対的な空気は薄く、むしろ人を生かす場として機能している」


 ペン先が、一瞬だけ止まる。


「国にとって、脅威となる可能性よりも――」


 ユリウスはわずかに眉をひそめ、別の言葉を選んだ。


「――むしろ必要な拠点となり得る。しばらく観察を続行したい」


 書き終えた紙を折り畳み、封蝋の準備をしながら、彼は小さく息を吐いた。


「……任務だ。任務だぞ」


 それでも、脳裏に浮かぶのは、湯気の立つスープと、温かな笑い声に満ちた店内。


 気付かぬうちに自分も、居心地の良さという罠に片足を突っ込んでいることなど、まだ認めるつもりはなかった。


ここまで読んでくださりありがとうございます!


偽旅人三人組、ただのモブの顔をして物語に深く関わってきます。

彼らが今後どう「のんびりカフェ」に絡んでくるのか、少しでも続きが気になるな、と思っていただけたら、評価やブックマークで応援してもらえると、とても励みになります。


感想もお待ちしています!


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