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「完結済」婚約破棄されて辺境に追放された悪役令嬢ですが、のんびりカフェを開いたら無愛想辺境伯様に溺愛されています  作者: 夢見叶
第3章 王都の影とカフェ聖女

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第25話 ディルクの過去と、王都不信の理由

 教会の神官たちが去った夜、店内には客が数人だけ。暖炉の火がぱちぱちと鳴る。


「ふう……今日は疲れましたわ」


 マリアとノエルを帰して片付けを終えた私は、カウンターから客席を眺めた。

 火のそばで穀物コーヒーを飲むグンターさんと兵士が二人。奥の席には、いつものように黙ったディルク様。


「おい、店主。こっち来な」


 グンターさんが手招きする。私はエプロンを整え、暖炉の近くに腰を下ろした。気づけばディルク様も席を移し、同じ輪に入っている。


「さっきの教会の連中を見てたらな……昔を思い出した」


 低い声に、空気が少しだけ重くなる。



「昔な、このノルドハイムは一度、本気で終わりかけた」


 グンターさんは炎を見つめたまま続ける。


「魔物の大群が押し寄せた。援軍要請しても、王都からの返事は『状況を注視せよ』『数刻、持ちこたえよ』ばっかりだ」


 兵士の一人が苦笑した。


「マントの裾まで血で真っ赤でしたよね、隊長」


「おう。仲間が倒れても代わりは来ねえ。矢も薬も底が見えて……それでも前に立ってたのが、先代様と、その坊主だ」


 坊主、とは若い頃のディルク様だろう。

 私は思わず横顔を盗み見る。彼は黙ったまま、しかしカップを握る指先だけが白く強張っていた。


「先代様は最後まで前線から下がらなかった。『背中は息子に見せられん』ってな。……立派すぎるじじいだったよ」


 短く息を吐く。


「で、派手に散りやがった。魔物のど真ん中でな」


 胸がちくりと痛む。兵士たちも、唇をかみしめていた。


「そっからは坊主が無茶した。城壁も門も裏道も、全部顔出して指示飛ばしてよ。正直、俺たちは『ここまでか』と思ってたが……」


 そこでグンターさんは、わずかに口元を上げた。


「持ちこたえちまった」


「王都の援軍が来た時には、ほとんど片付いていました、ですよね」


 兵士の言葉に、グンターさんが肩をすくめる。


「雪の上には、こっちの兵と魔物の死体と、役に立たなかった援軍の鎧だけ。援軍は“後片付け要員”だ」


「隊長、それ言い方が」


「事実だろうが」


 穀物コーヒーのカップが、空になって卓に置かれる。


「援軍は間に合わなかった。王都は、この辺境を一度見捨ててる」


 淡々とした声なのに、その一文だけが重く沈んだ。



「……そんなことが、あったのですね」


 うまく続きが出てこない。私が絞り出した言葉に、グンターさんは苦笑した。


「まあ、昔話だ。今さら責めちゃいねえ。ただな」


 視線がそっと、隣の領主へ向かう。


「あいつは、あんときもう十分やった。王都を信じねえくらい、当たり前だろ」


 その「あいつ」に込められた情に、胸が温かくなる。


「……グンター」


 低い声が割り込んだ。ディルク様だ。


「余計なことまで話すなと言ったはずだ」


「余計なとこは大体削ったさ。美談は本人の口から、ってな」


「どこが美談だ」


 ようやくこちらを向いたその瞳は、静かで、奥にまだ燃え残った火を抱えていた。


「だから俺は、王都を信用しない」


 短い一言が落ちる。


「だが、国そのものを憎んでいるわけじゃない。この土地も、人も、兵も……ここで生きている者は、全部守るべきものだ」


 彼は淡々と続けた。


「あの時ここを見捨てた連中に、二度と任せないと決めただけだ。もう二度と、誰かの都合でこの領地を切り捨てさせない」


 炎に照らされた拳が、わずかに震えているのが見えた。


 なるほど、と私は心の中で息をつく。


(だから、あんなに教会を拒んだんだ)


 王都も教会も、上から目線で人を“駒”扱いする。社畜時代に見飽きた光景だ。


「ディルク様」


 気づけば、私は前に乗り出していた。


「じゃあ、私が“ここを見捨てない王都の代わり”になります」


 自分で言って、自分で驚く。でも引っ込めない。


「王都の代わりに、この街の人たちを守るなんて大それた真似はできません。

 けれど、ご飯と《生活鑑定》で、できるだけ人を死なせないようにするくらいなら――」


 一拍置いて、苦笑した。


「その程度なら、社畜時代で慣れてますから」


 徹夜明けの同僚に軽食を押し付け、救急対応で体調チェックしていた日々が頭をよぎる。


「だから、ここで踏ん張っている人たちを、今度は私が、できる限り支えたいんです。カフェ店主として」


 グンターさんが、ぽかんと口を開いた。


「お、お嬢……いや店主。お前さん、さらっとすげえこと言うな」


「そうでしょうか?」


「『王都の代わり』なんて普通出てこねえ。……まあ、悪くねえ」


「では最高級の褒め言葉として受け取っておきます」


 笑い返してから、そっと隣を見る。


 ディルク様は、わずかに目を見開いていた。視線がぶつかり、数秒の沈黙。


「……勝手に決めろ」


 それだけ言って、彼はカップに視線を落とす。けれど、その声は、ほんの少し柔らかかった。


 私はこっそり《生活鑑定》を起動する。


《生活鑑定》

対象:ディルク・ノルドハイム

疲労:中

警戒:高

安心:小→中


(よし、上がった)


 ついでにグンターさんたちにも視線を向ける。


《安心:中》《不安:小》《誇り:高め》


(うん、悪くない)


「じゃあ店主、これからも頼りにするぞ」


「はい。のんびり、全力でがんばります」


 薪の弾ける音が、静かな夜に混じる。


 この火と、この人たちがいる限り。

 この街は、もう二度と簡単には折れない。


 私はそう信じることにした。


ここまでお読みいただきありがとうございます!

今回はディルク様の過去と、王都不信の理由が少しだけ明かされました。

雪に埋もれかけた辺境と、そこに「王都の代わり」として立とうとするアリシアの宣言が、皆さまの胸にも届いていたら嬉しいです。

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