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「連載版」婚約破棄されて辺境に追放された悪役令嬢ですが、のんびりカフェを開いたら無愛想辺境伯様に溺愛されています  作者: 夢見叶
第1章 婚約破棄と辺境行き

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第3話 道中襲撃と生活鑑定の初仕事

 ガタゴトと馬車が揺れるたびに、体が小さく跳ねる。


 さっきまで私は、膝の上のメモ帳に未来の死亡フラグを書き出していた。処刑エンドは回避済み、王都半壊エンドはスルー予定、みたいな感じで。


「……本当に、怖くないのですか、リリアナ様」


 向かいに座る護衛隊長が、じっと私を見つめてくる。三十代くらいの、現場叩き上げっぽい人だ。


「北の辺境は魔物も瘴気も多い。王都とは危険の質が違います」


「少しは不安ですけど……静かな場所は好きなんです。人より魔物の方が、まだ話が通じそうですし」


 軽く笑って返すと、隊長は目を瞬かせ、それから苦笑した。


「公爵令嬢というのは、皆様もっとこう……」


「きゃっ……!」


 言葉の途中で、馬車が大きく跳ねた。外から馬のいななきと、怒鳴り声、金属のぶつかる音が雪原に響く。


「魔物だ! 構えろ!」


 隊長が扉を開けて飛び出していく。私もスカートの裾をつまみながら外へ出た。


 そこには、ゲームで見たままの魔物がいた。


 黒い毛並みの大きな狼。赤く濁った目、紫色のよだれ。瘴気で狂った魔狼だ。


 護衛たちが剣を構え、必死に応戦している。すでに1体は倒れていたが、残りが2体。馬が怯えて、御者が必死になだめていた。


「リリアナ様、危険です、下がって!」


 兵士が私の前に立つ。


「邪魔はしません。ここで見ててもいいですか?」


 足は震えそうだけど、引くわけにはいかない。炎上案件だって、現場を見なきゃ始まらない。


 しばらくの攻防のあと、隊長の剣が魔狼の喉元を貫いた。最後の1体も、別の兵士がとどめを刺す。


 張り詰めていた空気が、ふっとゆるんだ、その瞬間。


「隊長! ヨハンが!」


 振り向けば、若い兵士が雪の上に倒れていた。太ももを深く噛まれたのだろう、布が真っ赤に染まっている。


「ヨハン! おい、しっかりしろ!」


 肩を揺さぶる声が、やけに遠く聞こえる。


(あ、これゲームだと誰か死んでたイベントだ)


 背筋が冷たくなった。


 でも。


「……どいてください」


 気づけば前に出ていて、その場に膝をついていた。


「リ、リリアナ様?」


「近くで見させてください」


 兵士が慌てて身を引く。その隙に、私は血まみれの足に手をかざし、意識を集中させた。


 前世から持ち越した、私の固有スキル。


 生活鑑定。


 視界の端に、ふわりと文字が浮かぶ。


《生活鑑定》


対象:ヨハン・ベルク(推定)


出血:大

毒:小(魔狼由来)

体温:下降中

意識:不安定


(うわ、想像以上にまずい)


「隊長!」


 顔を上げると、すぐ目の前に隊長がいた。


「応急処置用の布と、酒か消毒できそうなもの、ありますか?」


「え、あ、あるが……」


「急いでください。このままだと、本当に手遅れになります」


 きっぱり言うと、隊長ははっとして腰の袋をあさる。酒瓶と、比較的きれいな布が渡された。


 私はスカートの裾を少しだけたくし上げ、動きやすいようにしてから傷口を露出させた。


(前世で見た研修ビデオより、何倍も生々しい……!)


 心の中だけで悲鳴を上げつつ、手だけは止めない。


「あなた、ここを押さえてください。できるだけ強く。はい、1から数えましょう。1、2、3……」


 近くの兵士に圧迫止血を任せ、自分は酒で布を湿らせて周囲を拭う。前世で叩き込まれた応急処置の手順を、できるだけ忠実になぞる。


 生活鑑定の表示が、少し変わる。


出血:中

体温:下降中


「毒は弱いです。薬草で薄めれば、多分大丈夫。近くで採れるものはありますか?」


「あの淡い紫の葉だな……!」


 別の兵士が森の端に走っていく。私は隊長に向き直った。


「体を冷やさないように、マントをかけてあげてください。あと、誰かが声をかけ続けてあげてください。呼ぶ声があると、人は戻ろうとしますから」


「……分かった」


 隊長が頷き、震える兵士の肩に手を置く。


「ヨハン、聞こえるか。お前、給金の使い道、まだ決めてないだろう」


「たい……ちょ……」


 かすかな声が漏れた瞬間、生活鑑定の文字がまた動いた。


意識:不安定 → かろうじて覚醒


 やがて薬草が煎じられ、湯気を立てて運ばれてくる。私はそれを少し冷ましてから、ヨハンの口元へ運んだ。


「まずいと思いますけど、我慢してくださいね」


「……うぇ……」


「生きて文句を言えるなら、上出来です」


 小さく笑いながら、少しずつ喉に流し込む。


 しばらくして、生活鑑定の表示が落ち着いてきた。


出血:小

毒:微量

体温:ゆっくり上昇中


(よし、とりあえず山場は越えたかな)


 大きく息を吐いた瞬間、自分の手が震えていることに気づく。


 顔を上げると、兵士たちがぽかんとした顔でこちらを見ていた。さっきまで私を罪人扱いしていた人まで。


「……王都の医師より、ずっと手際がいいな」


 誰かの呟きに、私は苦笑する。


「前世が社畜だったもので。炎上案件の応急処置には、そこそこ慣れてるんです」


「……前世?」


「あ、いえ。気にしないでください」


 うっかり本音を漏らしそうになって、慌ててごまかす。


 隊長が、真面目な顔で頭を下げた。


「本当に助かった。リリアナ様がいなければ、ヨハンはもう……」


「皆さんがすぐ動いたからですよ。私一人なら、何もできません」


 それは本心だ。


 前世でも今でも、一人だけで完璧な対応なんてできない。ただ、少し早く動ける人がいるだけで、結果は変わる。


 だから私は、ほんの少しだけ胸を張ってみせた。


「これからも怪我人が出たら、できる範囲で手伝います。そのかわり……」


「そのかわり?」


「私が辺境でカフェを始めたら、ちゃんとお客さんになってくださいね」


 冗談半分で言うと、兵士たちの顔にようやく笑いが戻る。


「もちろんだ」「この恩は忘れません」


 雪混じりの風の中、少しだけ温かい笑い声が広がった。


 ふと空を見上げると、さっきまで漂っていた瘴気のもやは、いつの間にか風に流されて消えていた。


(悪役令嬢のはずの私が、兵士さんたちの役に立つなんて。ゲームのシナリオ、だいぶズレてきたな)


 再び動き出した馬車が、ガタゴトと心地よく揺れる。


 その揺れに身を任せながら、私はそっと膝の上で指を組んだ。


(どうか、この先も。できるだけ、いい方向にズレていきますように)


 そんな小さな願いを胸に抱きながら、私は辺境への道のりを見つめた。


ここまで読んでくださってありがとうございます。

第1章第3話では、リリアナの生活鑑定が初めて本格的に役に立ちました。悪役令嬢ポジションだったはずの彼女が、兵士たちに感謝される側に回ることで、少しずつ運命がずれていく……そんな変化を楽しんでもらえていたらうれしいです。


この先は、いよいよ辺境の街ノルドハイムに到着し、のんびりカフェ計画が少しずつ動き出していきます。ふわっと甘くて、時々きゅんとするお話にしていきたいと思っていますので、続きを読みたい、応援したいと思っていただけましたら、評価やブックマークをぽちっとしていただけると、とても励みになります。


感想も一言でもいただけると、今後の更新の元気になります。

ここまでお付き合いくださり、本当にありがとうございました。

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