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「完結済」婚約破棄されて辺境に追放された悪役令嬢ですが、のんびりカフェを開いたら無愛想辺境伯様に溺愛されています  作者: 夢見叶
第3章 王都の影とカフェ聖女

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第23話 瀕死の兵士と「奇跡のごはん」

 その夜、外はまた吹雪だった。窓の外で白いものが横へ走り、カフェの扉がぎしぎしと震える。


「今日もよく降りますね……」


 そうつぶやいた瞬間、扉が勢いよく開いた。冷気と吹雪、そして雪まみれのノエル。


「り、リリアナさん! 北門から担架が! 兵士さんが、教会でももうダメだって!」


 血に染まった布と割れた鎧が、カフェの中に運び込まれる。覗いた肌は、不自然な黒ずみが広がっていた。


「瘴気の傷ですね……」


 礼拝所の神官と、付き添いの若い兵士も飛び込んでくる。若い兵士は今にも泣き出しそうに唇を噛んだ。


「浄化も、王都仕込みの薬も効かなくて……せめて、あったかい場所に寝かせてやりたくて……」


 その視線が、私に縋る。


「まず鎧と服を外して、体を拭きましょう。マリア、お湯と清潔な布を。ノエルは毛布を追加で」


「はい!」


 身体が先に動いていた。前世、ブラック企業の総務でなぜか救急対応マニュアルまで叩き込まれた夜を思い出す。あのときも、誰かの命のゲージが確実に減っていた。


 今は、そのゲージが見える。


 私は兵士の手首に触れ、《生活鑑定》を起動した。


 体力:1/10

 出血:大

 瘴気侵食:進行中

 生命力:かろうじて持ち直しの余地あり


(ぎりぎり、でも……ゼロじゃない)


「……まだ、間に合います」


 こぼれた言葉に、神官様が顔を上げた。


「本当かね? 浄化の光も、ほとんど反応しなかったのだが……」


「浄化は神官様にお願いします。その間に、私が身体を支えます。ちゃんと温めて、水分と栄養を入れて、血を止めて……それでまだ戦える状態にします」


 自分で言いながら、「カフェ店主の仕事だっけ?」と頭の片隅がつぶやく。でも、誰も否定しない。


「……分かった。女神は、どこであろうと見ておられるはずだ」


 神官様が祈りを紡ぎ、薄い光が傷口に降る。私は圧迫止血をしながら、《生活鑑定》の数字が一気に落ちないか見張った。


 足りない。けれど、ゼロに落ちる気配も、今のところはない。


「マリア、スープは?」


「もうすぐです。干し肉と根菜をよく煮込んで、上澄みだけ。塩と、鉄分の多い豆をほんの少し。それと薄めのハーブミルクも」


(ショック状態にがっつり固形物は厳禁。水分と塩分を少しずつ、体温も急に上げない)


 社畜時代の知識が、頭の棚から勝手に落ちてくる。


「ノエル、おたま半分だけスープを。こぼさないように、ゆっくり」


「了解!」


 ひび割れた唇に慎重にスプーンを運ぶ。喉はほとんど動かない。それでも、液体が中へ流れ込んだ感触があった。


 《生活鑑定》の表示が、わずかに揺れる。


 体力:1/10→1.1/10

 体温:危険域→ぎりぎり危険手前


「今夜はここで看病します。マリア、私とあなたとノエルで三交代。神官様は一度お戻りください。倒れたら、患者さんが増えます」


「む……それは困るな。では、祈りだけここに置いていこう」


 そう言って、神官様はテーブルの上に小さな携帯聖印を置いた。


     ♢


 長い一晩だった。


 ノエルは眠気と戦いながら暖炉の火を守り、あくびをしてはマリアに小突かれている。マリアは淡々と額の汗を拭き、薄めたハーブミルクを少しずつ飲ませた。


 私は交代で短い仮眠を取りつつ、何度も《生活鑑定》を覗く。ゲージは少しずつ、悪化せずに踏みとどまっていた。


 カウンターの上では、明日の分の穀物コーヒーが静かに香っている。その匂いが、張り詰めた空気の中で、唯一の日常だった。


     ♢


 窓の外が、うっすら青白くなり始めたころ。


「……ん……」


 かすかな声に、私は跳ね起きた。担架の上で、兵士のまぶたが震えている。


「ノエル、マリア、起きて! 神官様も呼んできて!」


 慌てて身を乗り出すと、兵士の唇が微かに動いた。


「……はら……減った……」


 その一言で、カフェの空気が弾ける。


「しゃ、喋った!」「腹が減ったって言ったぞ!」


 泣きそうな顔で付き添っていた同僚兵士が、がばっと膝をついた。


「ロルフ! 分かるか! ここはカフェだ! お前、生きてるんだよ!」


 ロルフさんはぼんやり天井を見つめているが、確かに意識は戻っている。《生活鑑定》を見ると、体力ゲージは2/10近くまで回復し、黒い瘴気のもやも薄くなっていた。


 息を切らせて神官様が飛び込んでくる。


「これは……! 昨夜、ほとんど反応しなかった光が……」


 聖印からこぼれる光は、今度は柔らかくロルフさんを包んだ。


「王都の医師でも難しいと言われたのに……」

 誰かがぽつりと呟く。


「いえ、私はただ、温めて、食べて、寝てもらっただけで……」


 本気でそう言ったのに、返ってきたのは驚き混じりの笑い声だった。


「それで瀕死からここまで戻すなら、十分奇跡だよ」「カフェのごはん、侮れねぇな」


 エルザおばさんまで、パンを抱えて飛び込んでくる。


「聞いたよリリアナちゃん! 教会でダメだって言われた兵隊さんを、ここで助けたんだって? こりゃもう、うちの街の“カフェ聖女様”だねぇ」


「せ、聖女はクラリス様でしょ!? 私はただのカフェ店主見習いで……」


「でも実際に救ったのはあんたの手とごはんだろう?」


 同僚兵士の言葉に、周りの頷きが広がる。神官様まで、困ったように笑った。


「正式な称号ではないが……私は今日からそう呼びたくなったよ」


 カフェの聖女。

 その呼び名は、私の胃にプレッシャーを刻みつつも、ロルフさんの呼吸が安定していくのを見れば、否定する気にもなれなかった。


(聖女でも、なにかの加護でもなくていい。ただ、ここで食べた人が、生きて帰れれば)


 そう胸の内で呟いた瞬間、エルザおばさんが店の外へ駆け出していく。


「隣の奥さんにも知らせなきゃ! 『カフェ聖女様が瀕死の兵士を救った』って!」


「ちょ、ちょっと盛りすぎですってばーー!」


 私の制止は、朝の吹雪と一緒に街へ広がっていく噂話に、あっさりかき消されていった。


ここまでお読みいただきありがとうございます!

瀕死兵士ロルフくん、なんとか「カフェ聖女」の胃袋パワーで生還しました。タイトル回収がじわじわ始まってきた感じですが、ここから噂が街と本編にどう波及していくのか、ぜひ見守っていただけるとうれしいです。


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